第99話 コアクリーチャー

 紫色の光がぼんやりと辺りを照らす薄暗い空間の中、倒れた”死体”から流れる黒い血が、地面を真っ黒に染め上げる。



 と、彼の死を前に、遠目で事を眺めていたナイトアンダーは退屈そうに頭を掻き、深く息を漏らした。



「はぁ……そりゃ殺されるんだろうなぁとは思ってたけどさ、まさかこんなにもあっさり死んじゃうなんて……頭脳はピカイチでも、戦闘となるとからっきしダメだね、ドクターは……」



 やれやれと、まるで他人事のように呆れた様子でため息を吐くナイトアンダー……そんな彼に、ジークラインの鋭い視線が向けられた。


 返り血を浴び、その表情は先ほどよりもより険しいもののように伺える。



「随分と余裕だなぁ、ナイトアンダー……!お前がスレイブの計画に協力していたことは既に割れているんだぞ?……まあいい。どう足掻こうと、貴様ももうすぐ奴と同じところへ行くことになるさ……この俺の手でなッ!!」



 瞬時に造形した”水晶の槍”を片手に、邪悪な殺意で満ちたジークラインの瞳がカッと見開いた。



 凍るような冷たい空気が辺りに漂う。


 憎しみに拳を強く握り締めると、ジークラインは一歩づつ、ゆっくりとナイトアンダーの元へ歩み寄って行った……。



 刹那、こちらに向かって近づいて来るジークラインの姿に、ナイトアンダーは薄っすらと笑みを浮かべた。




「……やれやれ、相変わらず”詰めが甘い”なぁ、ジークラインは。そうやって慢心から足元を掬われる……だからあんたはニコラグーンのような優秀な側近にはなれないんだよ」




 胸を刺すナイトアンダーの言葉に、ジークラインは咄嗟に足を止めた。


 妙なざわつきが、背筋をゾクゾクと刺激する……この感覚は一体……謎の違和感に、彼は恐る恐る背後を振り返ろうとした……。




 刹那、下半身に鋭い痛みが走る。


 その異変に、ジークラインは咄嗟に足元を見下ろした。



 すると、自身の右足のふくらはぎに、見覚えのある”水晶で出来たナイフ”がぐっさりと深く突き刺さっていた。


 黒い血痕がべっとりと付着した水晶のナイフ……瞳に映るそれは、間違いなく先ほどスレイブに向かって投げつけたナイフであると、その時ジークラインは確信した。




『ヒヒッ……一応心臓を狙ったつもりだったんだが、見事に外してしまったか……やはり目覚めてすぐに”この体”を使いこなすのは困難なようだ』




 突如、聞こえてきたその声に、ジークラインはハッと視線を上げる……と、その瞬間、彼の瞳に衝撃的な光景が映った。




 まるでセミの抜け殻のように死体を真っ二つに裂き、なんとスレイブの中から、不気味に蠢く全裸の”赤い人影”が姿を現したのだ。


 スラリとした細い体型、長く伸ばされた黒い髪、切れ長な目……そして最大の特徴として、それは”赤い肌”をしていた。



「な、何なんだ……!?貴様は一体……スレイブ……なのか?くそっ、何がどうなっているというんだ……!?」



 困惑するジークラインの様子に、赤い肌をした男はニヤリと笑みを浮かべた。


 


「ヒヒッ……ワタシはDr.スレイブであり、Dr.スレイブではない……ワタシは彼の記憶を、意思を、その全ての情報をコピーしその身に受け継いだ新たなる存在、”コアクリーチャー”だ……!」




 ”コアクリーチャー”、彼はそう名乗ると、足元に転がったスレイブの死体から徐に白衣を剥ぎ取り、素肌の上からそれを羽織った。


 目の前に出現した新たな存在……予期せぬ事態に、ジークラインは激しく動揺をみせた。



「コアクリーチャー……だとぉ?」


「ああ、そうだ。最も、ワタシは母体である彼から、死後”Dr.スレイブ”の名を継承し、名乗ることを許可されている。故に、その姿や口調は大きく異なるものの、実質”Dr.スレイブ本人”と解釈してもらって結構。……まあ、君が困惑するのも無理はない。君の抱く感情……それすらも全て”想定内”、ワタシには初めから手に取るようにわかっていたからねぇ……!」


「……何が言いたい」

 

「プロジェクト:完成形魔道適合者(パーフェクト・パーソン)……通称”魔法少女計画”の隠ぺいはあまりに困難を極めた。これほど派手に動いては、いつ君のような反逆者狩りがやって来てもおかしくはなかったからね……だからワタシは考えを変えた。計画の情報は隠さない……敢えて無防備に構えることで注意を逸らし、”真に隠したい情報”を確実に隠す……!計画が成功するその時まで、ワタシ自らを防衛するためのもう一つの研究……”プロジェクト:セルクリーチャー”ッ!!」



 そうスレイブが声を張り上げた刹那、辺りに激しい閃光が走った。



 瞬間、光に一瞬目を眩ませていたジークラインが咄嗟に顔を上げると、刹那、目の前には大量の”赤い皮膚をした人型の生物”……一つ目の模様が刻まれた仮面を被ったセルクリーチャーの軍勢が、スレイブを囲むようにして出現していた。


 大柄なものから小柄なものまで、多種に渡る”赤い化け物”がズラリと立ち並ぶその何とも威圧的な光景を前に、ジークラインの頰に冷たい汗が一滴流れた。



「チッ……魔法少女だけではなく、まさかこれほどの数の軍勢を密かに用意していたとは……!!」


「ヒヒ……ッ!セルクリーチャーはこれまで幾度となく試験を重ね、ようやく使えるようになった防衛システムだ。先に忠告しておくが、彼らを甘く見ない方がいいぞ……!魔法少女やドボルザーク達のような完成型には劣るものの、こいつらもまたモルモットから抽出した”人間の細胞”によって生み出された生命体……”人間が魔力を持つことで我々以上の力を持つ存在になり得る可能性がある”……ワタシの研究データは貴様も知っているだろう?……さあ、ワタシの可愛い子ども達よ……目の前の邪魔者を排除しろ」


『……セルクリーチャー起動。命令を承認。ターゲット:ジークラインを確認。これより、ミッションを開始すル……!』



 命令と共に振り下ろされたスレイブの手を合図に、セルクリーチャーの軍勢は、ジークライン目掛けて一斉に襲いかかった。



「Dr.スレイブ……どこまでも貴様という奴は……!そんなちゃちな”オモチャ”で、この俺が倒せるものかぁッ!!!!」



 そう強気に言葉を吐き捨てると、水晶の槍を片手に、ジークラインは勃発した激しい乱闘の中でその圧倒的力をセルクリーチャー達にまざまざと見せつけた……。


 が、しかし、戦闘力の差は見て明らかなものの、敵の数の多さに、まるでゾンビのように何度倒れても立ち上がるそのタフさに、予想外の苦戦を強いられる。

 


「ぐっ……!鬱陶しいんだよぉ、雑魚どもがッ!!」



 倒しても倒しても、次々と湧いて出るようにして立ちはだかるセルクリーチャーを前に、次第にジークラインの表情に焦りが見え始める。



 と、死闘を繰り広げるジークラインを尻目に、終始事を遠目から眺めていたナイトアンダーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、スレイブの元へと近づいて行った。



「へぇ……流石は腐っても女王の側近、思っていたよりやるじゃないか!……まあ、セルクリーチャーの寄せ集め程度じゃこんなもんだろうね」


「うむ……もう少し強化が必要だったか……ともあれ、セルクリーチャーのおかげでここから脱出する”隙”は生まれた。さあ行くぞ、ナイトアンダー……!」


「へいへい、んじゃまあ行きますか」



 互いに顔を見合わせ二人は小さく頷き合うと、ナイトアンダーは目の前に大きな”光のゲート”を出現させる。


 と、次の瞬間、彼らはそのゲートに向かってゆっくりと足を進めた。



「ま、待て!スレイブッ!!貴様……生きて逃れられると思うなよッ!!」



 ゲートから脱出を図ろうとするスレイブ達を目に、ジークラインは必死にその後を追おうと前へ出る……が、セルクリーチャーの群れが盾となり、彼の行く手を阻んだ。


 そんな中、足止めを食らいもどかしそうに歯を食いしばるジークラインの姿に、スレイブは一度足を止めると、彼の方を振り返り静かに口を開いた。



「ワタシとナイトアンダーはこれより拠点を移す。反逆者らしく、逃亡生活の始まりだな……ヒヒヒっ……また会おう、ジークライン。無論、お互い”敵”としてな」


「くそっ……逃すものかッ!!」



 声を荒げると共にジークラインは地面に手のひらを付け、自身の全魔力を解放する……と、瞬間、出現した大量の”水晶の矢”が、部屋中に飛び交った。



 一斉に放たれたジークラインの魔法は、圧倒的数を誇るセルクリーチャーの軍勢を瞬時に一掃し、研究室を一瞬のうちに血の海に染め上げた……。



 が、しかし、息を切らせるジークラインが顔を見上げたその時、既にスレイブとナイトアンダーの姿はもう何処にもなかった。


 魔法で造形された水晶の矢は僅かに彼らに届かず、既に二人は光の中へと消えていたのだった。




「くっ……クソがああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」




 喉がはち切れんばかりの怒号が、セルクリーチャーの軍勢で溢れ返った研究室にただただ虚しく響き渡った。







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