第98話 おおスレイブよ、死んでしまうとは情けない

 巨大な闇の城の中、その一角に設けられた小さな部屋に”彼”は引きこもっていた。


 ぼんやりと紫色の光に包まれた空間には、乱雑に置かれた本や書類の山、不気味な色をした薬品に、何に使うか全く見当もつかないような機械など、怪しげな代物がいくつも無造作に転がっていた。



 そんな薄暗い部屋の片隅で、背の低い”男”の影が揺れ動く。



「ヒッ、ヒヒヒ……!いいぞぉ……当時想定していた予想を遥かに上回る素晴らしい成長速度だ……!!このままいけば、いずれ女王をも……!”理想”への到達は近い……!!」



 部屋の壁に取り付けられた液晶の画面を眺め、男は奇妙な引き笑いを辺りに響かせる……。




 と、”背後から近づく影”に、彼はゆっくりと体を振り向かせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「ヒヒッ……!思っていたより来るのが早かったじゃないか……ジークライン……!」


「……まるで最初から俺がここに来るとわかっていたような言い草だな……Dr.スレイブ……!」



 スレイブの視線の先、そこには、研究室に足を踏み入れるジークラインの姿があった。


 眉間にしわをよせ、その表情は怒りに満ちていた。



「何故この俺がこんな辛気臭い場所にわざわざやって来たのか……貴様ならもう察しがついているはずだ」


「……はて、何のことじゃろう?ヒヒヒッ……最近物忘れが酷くてな」


「とぼけるなッ!!”これ”を見ろ!!こいつを前にしても、貴様はまだそんなふざけた口が聞けるのかッ!!?」



 スレイブの言葉に堪らずジークラインは怒号を上げると、咄嗟に手に持っていた”書類”を彼に向かって投げつけた。



「ほう……ワシの研究資料の複製か……大方、ベリーベイリにでも頼んで探りを入れさせておったんじゃな……人のデータを盗むとは、あまり趣味がいいとは言えんぞ、ジークラインよ……ヒヒッ!」


「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか!?……ある時、世界が”闇”以外にも存在していると知ったお前が突如はじめた”人間を使っての実験”……誰もが貴様を頭のイカれた奴だと思ったさ……だが、仮にも貴様はディスティニー様が一目置いている存在……事実、これまで残してきた功績も多大なものだ……だが……だが、しかし!今回ばかりはあまりに度し難いぞ!!スレイブッ!!」



 一頻り息が途切れるまで声を張り上げると、ジークラインは一度呼吸を整え、ふと冷静さを取り戻す。


 と、今度は凍りついたような冷ややかな瞳を浮かべ、静かに口を開いた。



「何故だ……何故、我々を裏切る……事の始まりは人の言葉を話す魔道生物”キメラ”が発見されたあの日……奴は貴様の開発した”魔道適合者”に魔力を与える”ペンダント”を盗み出し、我々の追跡を逃れ人間界へと降りた……追っ手としてドボルザークと魔道生物の大群を向かわせたが、結果は知っての通り……”5人の魔法少女の誕生”……このイレギュラーな事態に誰もが怪しんだ。果たして、彼女達の誕生は本当にただの偶然なのか……もし、これが意図して行われたものだとしたら、そんなことが出来るのはこの世界に”ただ一人”しかいない……!」



 そこまで話すと、ジークラインは一度口を閉じ、深く息を吐いた。



 異様な間に、辺りの空気がしんと静まり返る……。



 と、ジークラインは徐に人差し指を真っ直ぐ伸ばすと、スレイブに対し、再び口を開いた。




「魔法少女という存在を生み出したのは貴様だな……Dr.スレイブ……ッ!!」




 ジークラインの微かに震える声が、狭い部屋の中で薄っすらと反響する。



 が、ジークラインの絞り出した言葉に、スレイブはただニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるだけであった。


 そんな彼の態度に怒りを覚えつつも、ジークラインはさらに話を続けた。



「……はじめからわかりきっていた事だ。人間が魔力を持った存在、”魔法少女”……これを聞いた時、誰もが真っ先に貴様の行なっていた”人体実験”を連想したことだろう……あのキメラもどうせ貴様の作品の一つ……ペンダントを盗まれたなど真っ赤な嘘、最初から魔道適合者と接触させるつもりで奴を人間界へ解き放ったんだろ?……だが、当時ディスティニー様がそのことについて、ご自身の口から触れられることはなかった。絶対女王の指示なくして、我々使者は動くことは出来ない……だから貴様への疑いは暗黙の了解となり、俺達はただ魔法少女の排除だけを考えるようにしてきた……が、状況は変わった。魔法少女は当初想定していたよりも遥かに大きな成長を遂げ、今や我々の脅威となった……もはや、貴様を放置するのはあまりに危険と、この俺自らが判断したわけだ……!!」


「”俺が判断した”……か。ヒヒッ、女王の命令なくして独断で行動するのも立派な反逆行為ではないのかな?」


「そんなことは貴様に言われずともわかっているッ!!だが……ディスティニー様は間違っておられる……間違いは誰かが正さねばならない……それが出来るのはこの俺!絶対女王の忠実な僕!”骸の愛”のリーダーにしてあのお方の側近であるこの俺しかいないッ!!さあ、答えろ!!魔法少女を生み出した貴様の目的はなんだ!?Dr.スレイブッ!!」



 部屋中に響き渡るほどの怒号を上げながら計画の”目的”を問うジークラインに対し、この時、ここまで終始不敵な笑みを見せていたスレイブの表情が僅かにだが歪んだ。




「ヒヒッ……目的ねぇ……はっきり言うと、魔法少女を生み出したこと自体に明確な意味はない。理由は様々……”退屈な日々に何か刺激が欲しかった”……”作り出す技術を手に入れてしまった以上、研究者としての血が、彼女達を生み出さずにはいられなかった”……しかし、強いて目的を一つ上げるとするならそうじゃなぁ……ワシは超えてみたくなったのじゃよ……”絶対の存在”とやらを、この”神の才能”で……ッ!!」




 ”神の才能”……そう自称し、両手を広げ天を仰ぐ彼の姿に、ジークラインは唖然とした表情を浮かべていた。



「か、神の才能だとぉ……!?貴様……まさか、あろうことか絶対女王であるディスティニー様を巻き込んで、自らの持つ才能や技術を腕試ししたいがためだけに魔法少女を生み出したというのか……!!」


「まあ平たく言えばそうなるが……考えてもみろ?この長い闇の歴史の中で、ディスティニーは常に頂点に君臨していた……ワシがまだ小さく無力な餓鬼だった頃から、彼女は今と変わらぬあの美しい姿でずーっと玉座に腰を据えていた。揺るがない絶対の存在、故に”絶対女王”……じゃが……もしも、自分がそれを超越するほどの、長い歴史を覆せるやもしれない力を持ってこの世に生を受けたとすれば……?」


「……貴様にはその力がある……と?」


「ワシ自身に力はないさ……しかし、この天性の才能があれば……魔法少女ならばあるいは……!!彼女達はワシの作り上げた最高傑作だ!今この瞬間も、戦いを通して確実に成長している!ああ、生き物とは罪なもの……力を手に入れればそれを使わずにはいられない……それはこのワシとて同じ。……それに、女王自身もまた、ワシの研究には目を瞑っている……それは何故か、考えたことはあるか?」


「…………」


「彼女もまた求めているんじゃ!!魔法少女の存在を……自身の障害となる相手を……!最強である故に、支配者とは孤独……何千何万もの時を頂点から退屈に見下ろしてきた彼女にとって、障害とはまさに”生(せい)の実感”ッ!!彼女の悲願……簡単に”世界の運命”を手に入れては実につまらん……ディスティニーは受けたのじゃよ、このワシからの”挑戦”を……!!」



 スレイブの淡々と語る言葉に、ジークラインは怒りに歯をギリギリと噛み締めつつ、一度荒くなった呼吸を落ち着かせ、改めて口を開いた。



「……理解不能だな。”楽しいから”・”つまらないから”……そのレベルであの崇高なお方が動くなど……我らが悲願を達するため、やはり誤ちは粛清しなければ……!!」



 スレイブの話に、ジークラインは軽く頭痛を覚えながらも、激しく首を横に振り、これ以上の話し合いは不要と言わんばかりに鋭い視線を浮かべ、臨戦態勢へと移る。


 と、次の瞬間、スレイブはジークラインの遥か後方に目を向け、手で何やら怪しげな”合図”を送った……。



 刹那、ジークラインの背後に、不気味な”暗黒の腕”が大量に出現した。


 不気味なオーラを纏うその”魔法の手”は、彼の背を貫かんばかりの勢いで亜空間から一斉に腕を伸ばす……が、しかし。




「……そんな不意打ちで、この俺を本気で倒せると思っていたのか……!」




 そう小さく囁いた瞬間、ジークラインの背後に、美しく輝く”水晶の壁”が出現した。


 彼の足元に描かれた魔法陣からそそり立ったその巨大な壁に、暗黒の腕は真正面から激突し、砕ける水晶の破片と共に消滅していった。



「さあ、いい加減こそこそと隠れてないで出て来たらどうだ!!姿を隠したとて無駄だ……ナイトアンダーッ!!」


『あーあ……仕留めそこなっちゃったよ』




 辺りをキョロキョロと見渡すジークラインの声に、柱の陰から、黒いパーカーを深く被ったナイトアンダーがひょっこりと顔を出した。


 奇襲が失敗に終わったにも関わらず、その表情はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。



「ごめんねぇ〜、ドクター。一発で仕留める自信あったんだけど、まー見事に防がれちゃったわ〜」


「ヒヒッ……全く、ワシがあれほど奴の隙を作ってやったというのに……少し君の実力を買い被りすぎたかな……?」


「うへぇー、辛辣だなぁ。仮にも相手は女王の側近、一度の失敗くらい許してほしいものだよ」



 スレイブとナイトアンダー、緊迫したこの状況下で、二人の緩い会話が目の前で繰り広げられる。


 と、そんな彼らの様子に、ジークラインは目の下を怒りに震わせながら、再び声を上げた。



「ナイトアンダー……やはり貴様もグルだったか……!!ディスティニー様のお情けで生かせてもらえている分際で、なんと愚かな……貴様も必ず仕留める!だが、まずはお前からだ……Dr.スレイブ!!」



 メラメラと燃え盛る”決意”を瞳に宿すと、ジークラインはそっと手を伸ばす。


 と、瞬間、彼の手のひらの前には、魔法の水晶で造形された鋭く不気味に光るナイフが出現した。




「もはや語るにも及ばない……魔法少女を生み出した研究行為を反逆とみなし、貴様をこの場で処刑する!!」




 強くそう言葉を吐き出すと、刹那、ジークラインは硬く握り締めたナイフを勢いよく投げつけた。


 放たれた水晶のナイフはまるで弾丸の如く鋭い速さで真っ直ぐに飛んでいく……。



 と、次の瞬間、ナイフは深くスレイブの額に突き刺さり、彼の体はそのまま後方へと倒れていった。



「ヒ……ヒヒッ……ヒヒヒ……!!」



 真っ黒な血を滴らせながら、ケタケタと奇妙な笑い声を上げる。


 仰向けに倒れるスレイブの体はしばらくの間激しく痙攣を起こし、そして、やがてパタリとその動きを止めた。


 その皮膚は冷たく、まるで凍りついたかのようだった……。




 スレイブはしんでしまった。







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