第71話 セルクリーチャー

 ナイトアンダーとの戦闘からおよそ二時間前……。


 魔法少女達がゴッドフリートと交戦中にあったその時、一方で、白爪邸地下深くに広がる”LDM本部”では、傷付いたバルキュラスの治療が施されていた。


 危険に伴い、医師達には治療の妨げにならない程度の最小限の武装が為されており、また、気を失ったバルキュラスの体も厳重に手術台へと拘束されていた。



 真っ白な医務室の壁に囲まれて、高い天井からは眩い光が彼女の全身に浴びせられた。


 これまで誰も目にしたことのない”闇の使者”への治療ということもあり、その様子を多くの研究員達が強化ガラス越しに見守っていた。



 白い肌に長い睫毛、深い眠りにつくバルキュラスの姿は、まるで美しい人形そのものであった。




 ∞



 気がついた時、辺りは一面真っ白な世界に覆われていた。



 ______ここは……?



 思わず口を開けてそう呟く。


 ふわふわとした……まるで夢でも見ているかのような感覚に、アタシはその妙な違和感を拭えないでいた。



 と、その時、突然目の前を覆っていた白い靄が晴れて、眩しい光が視界いっぱいに飛び込んできた。



 ______……ッ!今度はなに!?



 その眩しさに、アタシは咄嗟に手で視界を遮った。



 しばらくして徐々に光が消えていくと、恐る恐る覆っていた手を顔から離す。




 と、そこにはさっきまで影も形もなかったはずの荒廃した街並みが目の前に広がっていた。


 道路は平然と捨てられたゴミで溢れかえり、辺りにはドロドロと濁った水が流れる。積み上げられた不法投棄の山に、小汚い人間達が群がっていた。


 肌に触れるざらざらとした風、鼻を掠める錆びれた鉄の臭いが、アタシをどこか懐かしい気持ちにさせる。




 何より、今、アタシの目の前に映る少女……薄汚いワンピースを身に纏った小さな彼女の姿が、どうにも胸の内を騒つかせた。



 少女は店先に飾られたブラウン管のテレビに映る煌びやかなドレスに、目を奪われていた。


 そのあまりの美しさに、彼女は瞳をキラキラと輝かせながら、指をくわえて画面を眺め続けていた。




 ”いつか……いつか、こんな綺麗なお洋服が着れたら……着てみたい……こんな場所から飛び出して、アタシは……こんなボロボロじゃなくて、もっと綺麗な……色んな服が着たい……!!!!”




 オシャレどころかまともな衣服すら着ることの出来なかった彼女にとって、いつしかそれは底知れない欲望へと変わっていった。



 ______……ああ、思い出した……アタシには……アタシには何もなかった……ただひたすら、何かを求め続けてた……けど、それにしてもなんで今更、こんな”貧民街”の頃の記憶が……?




『失われた記憶の再構築……魔道回路結合の際に生じた衝撃が原因と断定……計画への支障はなシ』




 ______ッ!!誰……!!?



 突然頭の中に響いてきた声に、アタシは咄嗟に後ろを振り返った。



 刹那、”記憶の世界”は崩れ去り、目の前には”一つ目の形をした紋章”のようなものがボンヤリと広がっていった。



『”誰”……その質問には答えかねル……何故なら名はまだないからダ……強いて名乗るとすれバ……ワタシは造られた存在、”セルクリーチャー”……そう主は呼んでおられル。今……そう、まさに今、ワタシはここに誕生しタ……貴様の中でナ……』


 ______アタシの……中で……?セルクリーチャー……って、何?悪いけど、さっきから何を言ってるのかさっぱりわからないわ……。



 次々と飛び出してくる情報に頭がこんがらがりそうになる。


 と、目の前に浮かぶ巨大な一つ目の紋章……セルクリーチャーは、瞳を見開いたまま小さく瞳孔を揺らした。




『……わからずとも良イ……どうせお前はここで”おしまい”なのだかラ……』




 そう短く言い放たれた直後、バルキュラスの目の前で、世界は黒く淀んでいった。




<<



 その時、長らく眠り続けていたバルキュラスの指が、突如ピクリと動き出す。


 麻酔をかけたはずが、突然の意識回復に、医師達も思わず動揺を見せた。



「アッ……アッ……!!」



 手術台の上で息を吹き返したバルキュラスは、小さく声を漏らす。


 その様子に、周りにいた医師や研究員達は皆興味津々に息を飲んだ。




「アア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」




 刹那、目覚めてすぐ、バルキュラスは気でも狂ったかのように、まるで獣の如く大声を張り上げ暴れ出した。



”血圧・心拍数……共に急上昇!!デッドラインに突入!!”


”魔力数値、8000……8500……9000……現在も上昇中!!”


”魔道回路が暴走しています!!このままではかなり危険かと……!!”



 予期せぬ異常事態に、周囲が騒つき始める。



 慌てて対応しようとするも、次の瞬間、拘束されていたバルキュラスは、震える腕を全力で振り上げ、頑丈に固定されていた金具を自らの力で無理やり引き剥がしたのだった。


 鳴り響く破壊音、撒き散らされた破片に一同が動揺していると、その時、バルキュラスは静かに天井に向かって腕を上げ、手術台を照らす光に手を伸ばした。


 真っ赤に充血し、見開かれた彼女のその瞳は、もはや正気のものではなかった。




「くる……何かが……アタシの中から……溢れ出してくる……ッ!!!!」




 ガラガラに枯れた声を振り絞りながら、バルキュラスはその手に光を握りしめ、拳を天高く突き上げた。




 その時だった。


 突如、バルキュラスの色白い肌が、じわじわと滲むようにして真っ黒に染まっていった。

 

 直後、彼女は皮膚から沸騰したかのような泡を立てながら、ドロドロと不気味な液体となってその身を溶かしていったのであった。



 まるで溶岩のような姿に成り果てたバルキュラスを、その場にいた誰もが唖然と見詰めていた。


 そのあまりに突然の出来事に、バクバクと鳴り響く心臓の音が止まらない。




 と、全員が表情を曇らせたその時、息つく暇もなく、今度は何やから奇妙な”影”が、バルキュラスの亡骸から飛び出していった。


 瞬間、ガラス越しに中の様子を伺っていた研究員達は、全員がその顔を真っ青に青ざめさせることとなる。




 一瞬……本当に一瞬の出来事に、皆自身の目を疑った……。



 全面白で覆われていた医務室が、一瞬のうちに赤く染まった。


 あろうことか、バルキュラスの中から飛び出した謎の”赤い影”は、目にも留まらぬ速さで医務室にいた医師達の首を次々と無残にも掻っ切っていったのだった。




『いっ……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!』




 そのあまりに衝撃的な光景に、一人の女性研究員が絹を裂くような悲鳴を上げると、現場は一斉にパニックに陥った。



 警報と悲鳴が入り混じる大混乱の中、血の池から一人の影が立ち上がる。


 全身赤一色で染められた細身で筋肉質な体が艶めく。顔に大きな”一つ目の模様”が描かれた仮面を被ったその”化け物”は、辺りをゆっくりと落ち着いた様子で見渡した。



「”セルクリーチャー”起動……対象:バルキュラスから切除した魔道回路……正常に作動中。敵内部への侵入を確認……与えられた任務に従い、これより破壊活動及び情報の回収を開始すル……」



 バルキュラスの体内から目覚めた”セルクリーチャー”はブツブツと小さな声で呟くと、任務開始の合図と共に姿勢を低く落とす。


 と、次の瞬間、全身を伝う脈が魔力の光に輝き、勢いよく飛び出す彼の周囲に爆発的なまでのエネルギーを発生させた。


 その力に、地下施設は大きく揺れ、衝撃で部屋を囲っていたガラスを一斉に粉砕していった。



 激しい揺れにより電気供給は途絶え、辺りは真っ暗に暗転する。


 暗闇に包まれる中、辺りには警報と悲鳴、そして異臭と共に肉を潰す鈍い音が絶え間なく響き渡った。





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