第72話 人類最強のコンバットバトラー

 暗く不気味に静まり返った長い廊下に、コツコツと革靴で地を蹴る足音が響き渡った。



「何という失態……まさかこのような自体になってしまうとは……いや、思えば変貌して尚、バルキュラスが生きていたという事態にもっと強い違和感を感じていれば、敵の考えに気づくことは十分可能であったはず……この東堂、白爪家に尽くして30年……最大にして一生の不覚にございます……!!」



 突如出現したセルクリーチャーの破壊行動により停電した基地内を、東堂は懐中電灯で辺りを照らしながら急ぎ足で駆けて行った。



「……アーベラさん、応答願います」



 耳につけた通信機を用い、東堂はアーベラから現状の報告を待つ。



 と、しばらくして、ざらざらと無線の荒れた音と共に、徐々にアーベラの肉声がはっきりと耳に届いていった。



『……ら…ーベラ……こち…アー…ラ…………聞こえてますデスかッ!?こちらアーベラ!!現在、武装部隊を前線へと配置し、非戦闘員の避難を最優先に行動していマスが……依然バルキュラスから生まれた赤い化け物は進行中……どんどん上へと迫って来てるデース!!』


『くそっ……下の階のバリケードが崩された!!アーベラさん!!もう敵がかなり近くまで迫って来ています!!』



 何とか無線が繋がると、そこからは前線付近で指揮をとるアーベラと小坂、二人の声が聞こえてきた。


 共に怖立つ声色が、現場に張り詰めた緊張感を東堂にひしひしと伝えた。



『小坂ちゃん!ここは一度退いて、態勢を立て直すデス!!』


『……いや、それじゃダメです!このままだといずれ押し込まれる……なら、いっそ私も前線へ出て加勢します!!』


『何また無茶言ってるんデスか!!確かに小坂ちゃんのゴリラ並みの身体能力は異常なまでのものデスが、いくら何でも相手が悪すぎるデース!!』


『誰がゴリラよッ!!……じゃあ、アーベラさんはこのままこの基地を捨てろって言うんですか!?ここは奴らに対抗するための重要な拠点なんです……それを失うということは我々のみならず、人類にとって大きな痛手となるということはあなたもわかってるでしょう!!?』


『そ、それは……』



 厳しい言葉の畳み掛けに、辺りにはギスギスとした空気が流れる。


 追い込まれた状況への苛立ちからか、無線越しに二人の口喧嘩が勃発した。



 と、そんなやり取りが続けられていた最中、しばらく黙って聞いていた東堂はとうとう痺れを切らせ、珍しく大きな声を張り上げた。



「……二人とも落ち着けッ!!!!……こんな時こそ冷静に……ワタクシに一つ策があります。無理な戦いを強いて隊員を失うことも、このLDM本部を捨てる必要もない。そんな作戦がね……!」



 突如放たれた東堂の言葉に、二人は驚いた様子ですっと声を殺す。


 無線から聞こえてくる声が止み、現場が静まったことを確認すると、東堂は再び話を続けた。



「……アーベラさん、ここからはターゲットの”排除”ではなく”誘導”に移ってください。目的地はセクターR”半球状シェルター”……お願いできますかな?」


『……っ!?そういうことデスか……わかりました。ただし約束してください!絶対に……絶対に無事帰ってくると……!』


「……ええ、当然ですとも」



 そう短く返すと、東堂は一度無線を切る。


 と、続けて、手にはめた白い手袋を外し、ポケットから取り出した新たな”黒い手袋”を手に付け替えた。



 深く息を吸い込み一度気を落ち着けると、東堂はそのまま長く広がる廊下を全速で駆けていったのだった。




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 東堂の指示から何かを察したアーベラは、冷たい汗を一滴、額に浮かべながらも、目を閉じ静かに覚悟を決める。


 切れた通信機からは”ツー…ツー…”と、ただ虚しく音が鳴り響いた。



「東堂さん……」



 小さく東堂の名を呟くアーベラの様子に、彼の作戦内容をいまいちまだ飲み込めないでいる小坂は、困惑した表情を浮かべていた。



「……あの人は何をするつもりです?……まさか!東堂さんはシェルターの中にあの化け物を閉じ込めようとしてるわけじゃ……!?だとしたら、いくらなんでも無謀すぎる!!」

 

「……いいえ、違うデス。シェルターまで誘導は出来たとしても、そこから扉を閉鎖するまで奴が大人しくしているとは考えられません……仮に閉じ込められたとしても、敵の力が未知数な以上、シェルターを破壊されてしまう可能性だって十分に考えられマス……それぐらい、東堂さんもわかっているはずデース……!」


「なら、一体何を……!!」



 小坂の抱く疑問に、アーベラは一度深く息を吸い込むと、しばらくして、ゆっくりとその口を開いた。




「昔……こうしてメイド長として働く以前、ワタシは”格闘家”として世界中を旅していたのデス……」




「……は?」



 突然の、しかも突拍子もない内容の自分語りに、小坂は思わず声を漏らした。


 この危機的状況において語り始めたアーベラに対し、”こいつは一体何を言っているんだ”と言わんばかりに目を丸くさせる。


 が、しかし、そんな小坂の冷めた反応に目を向けず、アーベラは淡々と話を続けた。



「15歳の時、フォックスオード大学を飛び級で卒業したワタシはその後、おじいさまのような立派な格闘家を目指して、ただひたすら強さを求め世界中を渡り歩いていました」


「フォックスオード大学って……世界的にも超一流の学校と言われてるあのフォックス!?しかも飛び級って……アーベラさんって、ただの変わった外人さんじゃなかったんですね……」


「うっ……今までそんな風に思われていたとは、上司としてちょっとショックデース……と、とにかく!こんな昔話を始めて、一体何が言いたかったかといいますとね……」



 小坂の発言に取り乱していると、アーベラはあたふたと顔を赤くしながら荒れた呼吸を整える。


 と、すぐさま気持ちを切り替え、再び口を開いた。



「長く厳しい旅の中で、ワタシは様々な強い人間に出会ってきました。空手を極めた者、クマを一撃で倒せる者、念を操れる者……数々の強者を実際に目にし、そして幾度も拳を交えてきました。……正直なところ、そんな環境で育ったが故に、自分自信、少し天狗になっていた時期があったのデース……だからこそ、初めて見た時は正直痺れましたね……そんなワタシが断言するデス……」



 そこまで言いかけると、アーベラは喉から出かかった言葉を止め、焦らすように口角を上げると、その後、静かにこう言葉を放った。




「東堂さんは……ワタシが知る限り、間違いなく”人類最強”デス……!!」




 その言葉にどう反応していいのかわからず、小坂はただ唖然と口を開けた。


 だが、一つ言えることとして、アーベラが真剣な眼差しで放ったその言葉は、決して冗談などではないということを、小坂は理解していた。




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 激しく撃ち荒れる銃声が徐々に近づく最中、真っ暗な空間の中で、一人静かに精神を統一する。


 緊迫した状況下で神経を研ぎ澄ませていると、しばらくして、激しく鳴り響いていたはずの銃声が突如ピタリと音を止めた。



 と、同時に、耳に付けていた通信機から、微かに声が聞こえてきた。



『な、何とか誘導に成功したデース……あとは、託しましたよ……!!』


「……ありがとうございます。皆さんの健闘を、ワタクシは決して無駄には致しません……!」



 お互い短く言葉を交わすと、すぐさま無線を切り、通信機を地面に捨て去る。




 その直後、ひたひたと不気味な足音を響かせ、真っ赤に染まった体を揺らしながら”セルクリーチャー”はその場に姿を現せた。


 広ろい空間に出てすぐ、キョロキョロと周囲を見渡していると、次の瞬間、天井の電灯が一斉に光を放ち、部屋全体を眩いまでに照らし上げた。



 刹那、セルクリーチャーが顔を上げると、目の前には圧倒的存在感を見せる一人の男……東堂の姿があった。


 その全身から放たれた覇気に、セルクリーチャーは立ち塞がる相手がこれまで殺してきたどの人間達とも別格の、明らかに次元が違う存在ということを瞬時に理解した。



 その胸を裂くほどの圧力感に、セルクリーチャーは警戒した様子でしばらく状況を伺うと、静かに背を屈め、少しずつ足を一歩、前へ出そうとした。




「止まれ……赤子め……!」




 刹那、放たれた東堂の一声に、セルクリーチャーは足を止めた。


 ……いや、止めたのではない。


 ビリビリと芯に響くような声に、彼の放つあまりにも強大な気迫に、セルクリーチャーの足は”動かなく”なっていたのだ。



「貴様の破壊活動は、ここが魔法少女を含め闇と対抗する人類の拠点と知っての狼藉か?……まあ、どちらにせよ最悪、破壊された機材や消滅した情報などはまた集めればよいだけのこと……我々がいる限り、LDMは何度でも立ち直せる……が、しかし、ここより先……地上には我が主人とそのご令嬢、ユリカお嬢様のお屋敷がございます……そこにはご家族の皆様の大切な思い出が詰まっており、またワタクシ達にとってもかけがえのない場所となっています……ですから、ワタクシがいる限り、お嬢様の帰るこの場所を……何びとたりとも脅かさせはせんぞ……!!」



 動揺するセルクリーチャーに対し、胸に刻んだ決意を語ると、東堂は静かに息を吐き出しながら、ゆっくりとその場で構えをとった。


 いつもとは違う黒い手袋が、嫌に不気味に映って見えた。



「ニン……ゲン……?これまでとは異なる気配……だが、構造上、人間と断定。削除対象とみなし、これより抹殺を開始すル……!」



 と、ここで、東堂の覇気を振り払い、セルクリーチャーはまるで命令されたロボットのように忠実に、対象である東堂を抹殺しようと勢いよく飛び出していった。



 東堂の力を警戒してのものか、それはもはや常人には姿すら見えないほどの速さで、セルクリーチャーはぐっと彼との距離を縮める。



 ……が、それはあくまで”常人”の話であった。




「先ほど”止まれ”と言ったのが聞こえなかったのか……?」




 そう静かに東堂が口にした刹那、彼の瞳は迫り来るセルクリーチャーの姿を捉えた。



 そして次の瞬間、猛スピードで攻撃を仕掛けようとする相手の腹部に、目にもとまらぬ速さで東堂の拳が突き刺さった。



 その腕を振るうあまりの素早さに、セルクリーチャーは目を疑いながら、驚愕した様子で足をふらつかせる。


 と、弱った相手に追い打ちをかけるように、東堂はすかさずセルクリーチャーの頭部に回し蹴りをお見舞いし、その”化け物”を地面に叩きつけた。




「ガ…グガガ……エラー発生……エラー発生……!!こんなノ、情報にはなかっタ……!何故……何故、魔法少女以外の人間が、その身に”魔力”を宿していル……ッ!!?」




 地面を這いながら、セルクリーチャーは恐る恐る顔を見上げた。



 その視線の先には、先ほど攻撃に使用した左手と右足に光り輝く魔道回路を浮かべる東堂の姿があった。


 人間離れした力を見せつける彼は、片方の瞳に赤く光る魔法陣のような紋章を宿していた。







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