第73話 世界に希望を見出し、人は決意を抱き続ける



 かつて、来るべき”第三の大戦”へ向けて、某国では独自の軍事育成計画が進められていた。


 各国から捨て子や売りに出された子ども達をかき集め、幼少期から軍の教育を施す新たなプログラムの導入……しかし、そこで行われていた訓練の実態はどれも非道なまでに過酷なものばかりで、休息はおろかまともな食料すら与えられてこなかった子ども達は次々と死に倒れていき、気がつけばそこには屍の山が築き上げられた。


 学問から実戦訓練まで……実際に幾度も紛争地に赴き、小さい頃から多くの”人”を自らの手で殺め続けてきた。

 


 そんな10年以上もの長い年月に渡り行われてきた過酷な訓練を生き抜き、誕生した”最強の軍隊”_ハイソルジャーズ_……わたしもまた、かつてはその一人だった。



 幼き時より完璧なまでの軍事教育を叩き込まれてきた子ども達……肌の色も皆それぞれ違う彼らは、もはや心すら忘れ、親の愛も知らず、考えることといえば、如何にして相手を殺すかどうかといったことばかりのよく出来た機械……”人間兵器”と成り果てていたのだった。



 全てが灰色に映って見えた世界……だが、あの日……あの時を境に、わたしの中で全てがガラリと変わっていった。




 かの歴史的大陸出兵の際、我ら”戦士達”もまた、戦場へと駆り出されていた。


 ”第三の大戦”を勝ち抜くために鍛え上げられた我々は、もはや他国の兵とは比べものにならないまでの圧倒的戦力をその身に宿していた。


 戦況は優勢。あまりに一方的な殺戮に、勝利は約束されたも同然であった。



 ……だが、その時だった。



 今でもはっきりと思い出せるほど根強く脳裏に焼き付けられた恐ろしい光景……突如として降り注ぐ豪雨をきっかけに、風は荒れ、大地は激しく揺れ動く。


 と、次の瞬間、目の前には自然現象ではあり得ないような膨大な原因不明エネルギーの放出により、大規模な隆起が発生したのだ。


 突然出現した隆起は何もかもを飲み込んでいき、地獄のような戦場を一瞬のうちに何もない殺風景な更地へと変えていった。



 ……いや、一つだけ残ったものがある。



 それはそう……唯一無二の自分自身、我が”命”だ。



 何故あの尋常ではない被害の中、わたしの命だけが助かったのか……考えられることが一つだけある。


 隆起が発生した際、あの時、一瞬……ほんの僅かだが、わたしは確かにこの目で”向こう側の世界”を見た。


 混沌とした邪悪な空間……別次元にある”闇の世界”を……!!




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 激しく乱れる呼吸の中で、東堂の全身を流れる魔力がそうさせたのか、突如、彼の脳裏には過去の記憶が鮮明に蘇った。



(……あの時、あちら側の世界と偶然にもリンクしたわたしの体には、いつしか魔力が流れ、瞳には奇妙な紋章が宿った……が、魔法少女のような完全な魔道適合者のものと比べれば、所詮これはまがいものの力……諸刃の剣、使えばその分、体への負担は相当なものとなるだろう……が、構わぬ。このような化け物風情に、お嬢様の帰る場所を汚らわさせてなるものか……ッ!!)



 決意を胸に抱き、東堂は記憶の奥底から静かに我に返ると、深く呼吸を吐きながら身を引き締め直す。



 そう……”奴”との戦いはまだ、始まったばかりであった。



「ギ……ギガガ……こんなことガ……こんなはずガ……我が使命は人類の拠点制圧……それを可能とするだけの力を”マスター”は授けてくださったのダ……それが、このような人間風情ニ……負けることなど、絶対にあり得ヌッ!!!!」



 東堂の向ける視線の先、歪んだ声を大にして叫ぶと、地面に伏せていたセルクリーチャーはふらふらと足をもたつかせながらゆっくりとその場に立ち上がった。


 一つ目の描かれた奇妙な仮面により、その表情こそわからないものの、震える声や呼吸の荒さから、彼の放つ鋭い殺気が嫌というほど感じられた。



「……なるほど。機械的かと思えば、どうやら知識以外に感情も有しているわけか……闇の使者、”オスクリターα”でもなければ魔道生物でもない……”マスター”と言っていたが、貴様の行動は全てそいつの差し金か?……まあどちらにせよ、この基地の修繕が終わった後、貴様らについて色々と調べなければならないわけだが……仮にその際、貴様をサンプルとして取り扱うとするならば、出来れば生きたままが是非とも好ましい……が、危険性を考えれば死体解剖が妥当か……」



 向けられる強烈な殺意にも臆することなく、東堂はセルクリーチャーに対し淡々と挑発するように言葉を語ると、今一度拳を強く握り締め、再び構えをとった。




「せめて、ある程度原型は留めておきたいのだが……さて、貴様は頭か胴、どちらをなぶり殺されたい?敵とは言え、最後の時を飾る花だ……死に方ぐらいは選ばせてやろう」




 そう口にすると、余裕を見せる東堂は、煽るようにクイクイと手を引き、セルクリーチャーを挑発して見せた。




 刹那、彼の態度に痺れを切らせたセルクリーチャーは、怒りに身を任せ、猛スピードで東堂の元へと迫っていった。


 まるで猛獣を前にするかのような気迫に、背中には冷たい汗が流れる。



(先程よりもスピードが上がった!?……だが、既に奴の動きは読めている……!!)



 その言葉通り、東堂は素早い動きから繰り出されるセルクリーチャーの攻撃を紙一重で回避すると、その直後、相手の顎に拳を突き立て、見事なまでのカウンターを決めた。


 その魔力の込められた凄まじい一撃に、辺りには衝撃波が波打つ。


 と、攻撃をまともに受けたセルクリーチャーの体は捻れるように回転し、その場でゆっくりと倒れていった。


 まともな人間であれば頭を砕いていたであろうほど強烈な一撃に、東堂は自らの勝利を確信し、相手に背を向ける。



 ……だが、彼が思うほど、セルクリーチャーとの戦いはそう甘くはなかった。



 息を吐いたのもつかの間、背後から感じるただならぬ殺気に、東堂は咄嗟に後ろを振り返る。


 と、そこには体を捻らせたまま必死に足を踏ん張り、倒れることを拒むセルクリーチャーの姿があった。



 その予想外のしぶとさに東堂が動揺を見せた刹那、セルクリーチャーは捻れた体を伸縮させ、まるでムチのようにしならせた腕を彼目掛けて全力で振り下ろした。


 本来、対人戦であれば起こり得ないようなあり得ない方向からの攻撃に、東堂は堪らず後ろへと大きく後退する。


 と、次の瞬間、突き立てられたセルクリーチャーの鋭い爪が、彼の肩を掠めていった。



(ぐっ……焦るな、落ち着け……!!形が近いとはいえ、相手は人ではない。対人格闘術での常識範囲内の戦闘は危険だということを、常に忘れてはならない……!!)



 油断大敵。有利な状況からの痛恨のミスに、東堂は自身に未熟な行いへの反省を言い聞かせると、安易な考えを悔い改める。



 瞬時に身を引いたことで、辛うじて致命傷は免れたものの、攻撃を掠った肩からは真っ赤な血が滲み出た。


 だが、相手が弱った隙を見逃すはずもなく、畳み掛けるようなセルクリーチャーの猛攻に、東堂は傷を庇いながらの激しい攻防戦を強いられることとなった。



「そうダ……これこそが正しい形……!!正常!正常!不必要な人間なド、崇高なる闇に飲まれるべきなのダッ!!そう脳に記録されていル……与えられたミッションと等しク、この身に刻まれた事項は絶対!!絶対でなければならなイッ!!!!」



 機械的に、しかし感情的に、その不気味な思考を剥き出しにしながら、セルクリーチャーは無我夢中で東堂へと攻撃を繰り返した。



 と、その時、劣勢にあるこの危機的状況の中で、突然、東堂は口角を上げ、セルクリーチャーの発言にニヤリと笑みを浮かべた。



(ふっ……我々が不要か……確かに、長い歴史の中、幾度も戦いを繰り返し、その度に大切なものを失ってきた我々は愚かな存在なのかもしれない……だが、それでも……ッ!!)



 ボロボロの姿になりながらも、東堂はその地にしっかりと足をつけ、強く、強く拳を握り締めた。


 高鳴る鼓動の響きが、今、はっきりと聞こえてくる。




「それでも我々は……この世界に希望を見出し、決意を抱き続けてきた!!!!」




 何度も、何度も、繰り出される重い攻撃を耐え忍ぶ中で、東堂の心はついに炎を上げ、叫びを上げた。


 溢れんばかりの感情に、胸が張り裂けそうになる……だが、それは決して辛いものなどではなく、むしろ実に清々しい気分だった。



「愚かだと知りながら、それでも微かに光る輝きを目指し、希望を抱き続ける者達がいる!!人間も!世界も!全てを守ろうと”彼女達”が戦い続ける限り、我々もそれに等しく命を懸けて戦うと決めた!!それがこのワタクシの……LDM司令もとい、白爪家執事長!東堂の意地だッ!!!!」



 力強く言い放たれた次の瞬間、東堂の全身は、血管のように浮かび上がる魔道回路で眩く光り輝いた。



(体が悲鳴を上げている……どうやら、これは想像以上に体への負担が重いようだ……だが、知ったことか……ッ!!)



 全身を駆け巡る激しい痛みを必死で堪える。


 と、東堂は身体中を流れる光を一点集中、突き上げた右手のみに集約させ、力一杯拳を握り締める。




「……闇の使い魔殿……誠に今更ではございますが、魔法少女の一人、ユリカお嬢様に付き従う者として一つ、ご忠告させていただきます……”人間を、侮るなよ”……ッ!!」




 その言葉と共に、万感の思いを込めた東堂の眩い拳が今、全力で解き放たれる。


 光り輝く拳はまるで流星の如く美しく、それでいて力強く、セルクリーチャーの必死の足掻きも物ともせず、真っ直ぐと彼の腹部へ突き立てられた。



 瞬間、殴りつけた拳から大量の光が溢れ出すと、セルクリーチャーの体はふわりと宙へ浮き上がる。


 と、そのあまりの衝撃に、シェルター内の壁には大量の亀裂が走り、地面はひび割れガタガタに盛り上がった。



「ガ……ガガガガガガガガガガガガガ……ミッション、失敗……失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗…………オヤスミナサイ、マスター……スレイブ……」



 不気味な奇声を上げると、最後の言葉と共に、セルクリーチャーの体は徐々に黒く染まっていき、やがて魔道生物同様、灰となってその姿を消していった。



 先程までの激しい死闘がまるで全部嘘だったかのような静けさに辺りは包まれる。


 静寂の中、東堂の荒れた呼吸の音だけが、広いシェルターに響き渡った。



「ハァ……ハァ……奴は……消えたのか?……やはり、敵もそう簡単に尻尾を掴ませてはくれないか……ぐっ……!!」



 敵にしてやられたと東堂が苦い表情を浮かべていたその時、突如、言葉にならないほどの激しい痛みが、全身を駆け巡った。


 不完全な適合率でありながら魔力を使用した反動による激痛に、東堂は堪らず地面に膝を立てる。



「この痛み……うぐっ!……過去これ以上にないほどのものだ……全く、情けない限りだ……戦闘においても、自分でもはっきりわかるほど動きの鈍さや判断力の低下が著しく感じられたが……やはりワタクシも衰えましたな……」



 全盛期に比べ、弱り果てた自らの力を戒めると、東堂は痛みを堪えながら懸命にその場で立ち上がる。




 と、その時、突如シェルターの扉が開かれ、外から何人かの人影がこちらへ向かって走り来るのが見えた。



「東堂さん!!本部の危機を聞きつけたみずき達が、ただいま帰還しま…………」


「東堂ッ!!!!!!」



 扉の向こうから聞こえてくる小坂の声に耳を傾けると、直後、それを遮るように放たれた東堂の名を叫ぶ大声が、辺りに響き渡った。



 刹那、東堂の胸に、誰よりも早く、一人の少女が勢いよく飛び込んできた。


 ふわりと生暖かい感触が全身を伝う。美しい白い髪が揺れるたび香る花の匂いに、東堂はどこか懐かしさを感じていた。



「お嬢様……おかえりなさいませ。……ですが、敵は排除できたものの、LDM本部はご覧の有様……全てはワタクシ共の失態が招いたことであり、この東堂、もはや合わせる顔も…………」


「そんなことは後回し!!まずは貴方ですわ、東堂!!その血……その怪我……本当に大丈夫ですの!!?」


「えっ……ええ、こんなもの擦り傷程度ですよ……少なくとも、命に別状はないかと……」


「……はぁ、それなら良かった……いいえ、全然良くはありませんわッ!!!!ここで何が起こったのか、全てアーベラと小坂さんから聞かせてもらいました。……東堂!貴方なんて無茶をするんですの!!いくら自分が強いからとはいえ、相手は容赦のない闇の存在……最悪、今頃貴方は殺されていたかもしれないんですのよ!!?」


「も、申し訳ございません……全てはワタクシ自らの失態への精算、並びに、お嬢様方へご迷惑はおかけしまいと思っての行動だったのですが……所詮は足元しか見ていない愚かな自己判断に過ぎませんでした……このワタクシの身勝手を、どうかお許しください……!」



 顔を真っ赤にさせながら、まるでマシンガンのようにズバズバと言葉を放つユリカの姿に東堂は動揺していると、ハッと我に返ったのち、カンカンに怒った彼女に対し、深く心より頭を下げた。



 すると、しばらくして、東堂が顔を上げたその時、ユリカは再び彼の胸に倒れ込むと、弱々しく拳を叩きつける。


 と、彼女のその白い頰には、一滴の涙が零れ落ちた。



「おっ、お嬢様!?これは一体……如何されたのですかッ!!!?」


「……バカバカ……ほんとバカ……東堂がいなくなってしまったら、ワタクシ……わたしは、どうしたらいいって言うのよ……!」


「…………っ!!……申しございませんでした……本当に、申し訳……ございません……」



 胸を貸した少女のすすり泣く声に、東堂は彼女の肩を強く抱き寄せる。


 静寂が支配した時の中で、二人は互いの鼓動を、温もりを感じながら、長い時間物思いにふけていった。



 そんな美しい光景を前に、ユリカに続き遅れてやって来たみずきや他の面々達は、その様子をただ静かに見守っていた。





―運命改変による世界終了まであと72日-



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