第74話 まだ見ぬ強敵達

 部屋中のあちらこちらで灯る紫色の炎が不気味に揺れ動く。


 赤き月が照らす月光の下、城のテラスから暗く染まった闇の空を眺めるジークラインの姿があった。



 と、その最中、背後にぞろぞろと迫り来る”いくつかの気配”に、彼はおもむろに後ろを振り返った。



「……ようやく集まったか……”骸の愛”をその身に抱きし者達よ……!」



 ジークラインが口にした言葉に、部屋の奥からは”3人の新顔”が、濃い影の中からゆっくりと姿を現せた。



「はぁ〜い、おまたせおまたせぇ〜☆闇に咲く一輪の可憐な花!みんなのアイドル、ベリーベイリちゃんただいま参上ぉ〜!今日も元気にベリベリハッピ〜〜〜☆……って、ンなわけねーんだよなぁ、クソが……何の理由も聞かさずにこのベリーベイリちゃんをこんなところまで呼び出しやがって……とりあえず、相変わらずなその上から目線がちょ〜ムカつくからとっとと死んでどぞ」


「血ッ!!血が足りねぇ!!もっとアタシに殺させろォ!!!!血が……血が欲しいぃぃぃぃぃいいいいッ!!!!!!」


「ゾルビアちゃんうるさぁ〜い……死ね」



 姿を見せて早々、強烈な個性を放つ2人の女が、ジークラインの目の前に立ち並んだ。



 フリフリとした可愛らしい衣装を身に纏った幼き少女の名はベリーベイリ。


 可愛らしい見た目とは裏腹に、その甘い口調から突如放たれる荒い言動は、歪みきった彼女の本性を表していた。



 そしてもう一人、突然不気味な奇声を上げた女性の名はゾルビア。


 顔中に取り付けられた銀色に艶めくピアス、そして常に見開かれた眼光、ボサボサに伸びた長い黒髮に、血に塗れた衣装……と、容姿からして、その全てが彼女の放つ異常なまでの”狂気”を物語っていた。



 そんな新たに出現したベリーベイリ、ゾルビアには、それぞれ左頰と舌の上に、ジークラインの額に描かれたものと同じ”ハートの形をした紋章”が刻まれていた。




 そんな二人の不快な言動に、ジークラインは眉間にしわを寄せながらも必死に冷静を装い、静かに口を開いた。



「……つけあがるなよ、糞共が……オレはディスティニー様の新たな側近であり、同じ”骸の愛”といえど、貴様達より立場は遥かに上だ。そのことを忘れるなよ……!!」



 イライラとした様子で言葉を返すと、あからさまに機嫌を損ねるジークラインに対し、ベリーベイリは面白そうに追い討ちをかけ始める。



「おやぁ?おやおやおやおや〜?もしかしてもしかするとぉ〜……とってもとっても偉いジークラインさん……オコなんですかぁ〜〜〜???えぇ〜、こんなことですぐガチギレしちゃうだなんてぇ、煽り耐性なさすぎなんじゃなぁ〜い?ぷーくすくす!超ウケる〜☆」


「き、貴様ァ……ッ!!!!」



 ベリーベイリの煽り文句に、短気なジークラインはいとも容易く乗せられる。


 激しい殺意から、魔力がバチバチと身体中を駆け巡る……ジークラインの怒りが、もはや爆発寸前にまで膨れ上がった。



 と、次の瞬間、火花を散らす二人の間を割って入るようにして、一人の男がそっと手を挙げた。



「まあまあ二人とも、ここは一度落ち着こうか……このままだと、せっかく集まったのにも関わらず、話が全く進まないじゃないか。さあ、ジークライン、いい加減教えてくれよ……何故、僕ら”骸の愛”の主力を一斉にここへ集めたのか……」


「フレデリック……ああ、そうだったな……すまない、余計な世話をかけさせた」



 仲裁に入り、手早く話を本題へ戻すこの男……スーツを少し着崩す、一見”人間”にしか見えない容姿をした彼の名はフレデリック。


 ジークライン・ベリーベイリ・ゾルビアと同じく、女王へ深い忠誠を誓い、闇の世界の前線で戦い続けてきた”骸の愛”における主力の一人である。その証拠として、彼もまた他の面々と同じく、手の甲に骸の愛の印であるハートの形をした紋章を宿していた。




 そんなフレデリックの落ち着いた声色で語る言葉に、ジークラインは一度頭を冷やし、ようやく本題へと話を進めた。


 その様子に、ベリーベイリはつまらなそうに舌を打つ。



「ここへ集めたのは他でもない……ディスティニー様率いる我ら”運命の支配者”繁栄のため、貴様達にはこれよりある重要な任務に取り掛かって貰う」



 と、ジークラインがそこまで話すと、フレデリックの眉がピクリと動いた。



「……その任務とやらが、魔法少女の排除というわけか」


「魔法少女ォッ!!知ってる!!アタシも聞いてるぞ!!雑魚を倒したぐらいで調子に乗ってやがるあの小娘共をぶっ殺ろしていいのかぁ!!!?ヒャッハアーッ!!いいねいいね!!体の芯から湧いてきやがるゾクゾクが止まらない……血が滾るううううぅぅぅぅぅうううう!!!!」


「ゾルビア……頼むからもう少し静かにしていてくれ……」





 フレデリックによる魔法少女との戦いを予感させる発言に、ゾルビアは再び興奮した様子で首元を真っ赤になるまで搔きむしり、奇声を上げた。



 が、そんな彼女を尻目に、ジークラインはその首を横へと大きく振った。



「……いいや、貴様達にやって貰いたいは魔法少女打倒以上に重要なことだ」



 そのジークラインの予想外の言葉に、フレデリックは思わず耳を疑った。



「何ッ!?魔法少女以上に……だって?言葉を返すようで悪いがジークライン……もしかして君はまだ彼女達の力を侮っているんじゃないのか?ドボルザーク達はともかく、既にニコラグーンが魔法少女の手によって倒されているんだ……このまま放っておくにはあまりにも危険すぎる……現状、僕達が最も優先すべきことは魔法少女の始末にあるはずだと思うんだが……」



 慎重な性格のフレデリックは、少し不安げな表情を浮かべると、魔法少女打倒を最優先事項にするべきであると主張する。



 と、そんなフレデリックの心情を見透かしたように、ジークラインは口角を微かに上げ、彼に不敵な笑みを浮かべて見せた。



「侮るな、オレとてそこまで浅はかではない。魔法少女の存在はディスティニー様の悲願達成にはあまりに邪魔すぎる……もはや、奴らに手加減をしてやる気などさらさらない!!だからこそ、既に”あの男”を人間界へ向かわせた……現に、今こうして骸の愛の主力を集結させたわけだが、一人足りないだろう?化け物が……!!」



 ”あの男”……ジークラインがそう口にした瞬間、一同はハッとした様子で一斉に彼の方へと視線を向けた。




「そう、我ら闇が誇る最強の戦士……ヴォルムガング……奴を魔法少女にぶつける!!」




 ”ヴォルムガング”……その名が飛び出した瞬間、辺りの空気は一変する。


 一瞬、まるで凍りついたかのような時の中で、その場にいた全員が動揺を見せると共に息を飲んだ。



 と、辺りに沈黙が張り詰める中、フレデリックは詰まる言葉を押し切り、その重い口を開いた。



「……いや、失礼。まさか、もうヴォルムガングを使ってくるとは思っていなかったものでな……少し驚いたよ」


「まあ、その反応は当然だな……オレとて本来、魔法少女に奴を使う気などなかったのだが……もはや、この世界において、絶対女王に逆らおうとする者も早々いるまい……現に、以前現れた愚かな反乱軍(レジスタンス)共も、既にオレ達の手で壊滅状態にまで追い込んだではないか。……寧ろ、このタイミングだからこそ、城を守る最強の戦士である奴を惜しみなく人間界へ送り出すことが出来きたわけだ」


「……なるほど、それはまた人間相手に容赦のないことを……それで、魔法少女の対処はわかったとして、僕らは一体何をすればいいんだい?」



 フレデリックからの質問に対し、ジークラインは一度深く息を吸い込むと、本題を焦らすように間を置き、ゆっくりと口を開く。


 そんな様子に、ベリーベイリはイライラとした表情を浮かべながらも、一同、彼の話に身を構えた。



「何、簡単なことだ……実はこのところ、我々の目を盗んでは不審な動きを繰り返す”愚者”の存在が明らかとなってな……対象はこのまま放っておけば”魔法少女以上に厄介な存在”となり得る可能性がある。故に、魔法少女の始末よりもこの件は優先すべき事項とオレは考えている……フレデリック!ベリーベイリ!貴様達にはそいつの尻尾を掴むためのある調査を行って貰う。これは命令だ、出来ないとは言わせん……!!」



 ジークラインから名指しを受けたフレデリック、そしてベリーベイリの二人は、その名を呼ぶ彼の方へ強い視線を向ける。



 と、その時、フレデリックは胸のポケットからタバコ一本取り出し、深く煙を吸い始めた。そしてベリーベイリもまた、長いため息を吐きながら、それぞれが返答までに其れなりの時間を有した。



 やがて、タバコを吸い終わったフレデリックが先に口を開く。



「……そういうことか……確かに、重要な任務となれば僕ら上が動く他なさそうだ。それに何より、ベリーベイリの魔法があれば調べ物など容易いことだろうしね……」


「はぁ〜全くぅ、可愛い可愛いベリーベイリちゃん使いが荒いんだからぁ〜、もう!めんどぉくさいなぁ〜〜〜……やってらんねーぜ、ったく……!」



 少し気だるそうにしながらも、フレデリックは与えられた役割に対し文句一つ言わず、素直にジークラインの命令に従った。


 そして、そんなフレデリックに続き、明らかに強い嫌悪感を放つベリーベイリもまた、渋々と彼の言葉を聞き入れる。




 と、そんな中、一人だけ何の指示も与えられなかった”彼女”は、驚いた様子でキョロキョロと周囲を見回した。



「……って、あれ!?アタシはッ!!?アタシは誰殺せばいいんだ!!!?早く……もう誰でもいいからぶっ殺したくてぶっ殺したくてしょうがねーんだよおおおおぉぉぉぉぉおおおおおッ!!!!!!」


「……ゾルビア、今回貴様はお留守だ」


「なっ……ナニィィーーーーッ!!!?」



 お留守番通告によるショックのあまり大声を上げるゾルビアを尻目に、ジークラインは再びテラスから空を見上げた。


 月光に照らされた表情には、薄っすらと笑みを浮かべる唇が映る。




「さて、これで全ての手筈が整った……魔法少女……ここからは我々”骸の愛”が、闇に喧嘩を売ったというのがどういうことかを教えてやろう……精々覚悟しておくことだな、小賢しい小娘共……ッ!!」




 不意に拳を握り締め、絶対女王クイーン・オブ・ザ・ディスティニーに逆らう全ての者への敵意を剥き出しにする。


 ジークラインの視線の先、暗黒の空に浮かぶ赤い月が、彼の瞳の中で不気味に輝いた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る