第75話 忘却の侍
青く澄み渡った気持ちのいい空が広がる。
こんな晴れた日は絶好の外出日和だと言わんばかりに、高速道路はたくさんの列を成した車によって渋滞が発生していた。
……しかし、一見平和そうに見えるこの光景だが、辺りは妙な静けさに包まれていた。
と、突如現れた大型のヘリが、高速道路の上空を騒がしく飛び回る。
そんな空を舞うヘリの窓から、外の様子を伺うように、後部座席に同乗していた小坂が身を乗り出して辺りを見渡した。
『……ッ!?こちら小坂!!”首都高速神奈川1号”にて、巨大魔道生物の出現を確認!部隊はただちに一般人の避難誘導を開始し、魔法少女達のサポートにあたってください!』
外の光景を見渡しながら、通信機を通して小坂は現地に駆けつけたLDMの部隊に指示を送った。
そう、現在、放置された無人の渋滞の先では、突如出現した巨大魔道生物と魔法少女達による激しい戦闘が繰り広げられていたのだった。
人の骨格を象った、まるで”骸骨”のような姿をした巨大魔道生物は、その人に近い身体構造を活かし、近くに駐車されていた車を片手で持ち上げ、魔法少女達目掛けて次々と投げつけた。
遠心力によりグルグルと回転する車は、地面に転がり落ちる衝撃によってガス爆発をおこし、一瞬のうちに戦場を燃え盛る炎の海へと変えていった。
そんな業火の中で、沙耶の構える刀の刃が、炎に照らされギラリと輝いた。
(何これ……熱い……こんなの……いや、ダメよ沙耶!いつまでもこんな弱腰になってちゃ!……こうなったら一か八か、魔道生物との距離を詰めて、一気に接近戦へ……)
心のどこかで焦りを感じながら、燃え盛る炎の中、沙耶は鬼気迫る表情を浮かべながら脳内で作戦を立て始める。
が、その刹那、辺りの視界を奪う黒い煙の中から、突如投げつけられた一台の車が、沙耶目掛けて一直線に飛び出してきたのだった。
そのことに気がついた沙耶は、瞬時に身を引こうと試みるも時すでに遅し。もはや回避は絶望的なこの状況で、彼女は湧き上がる恐怖から咄嗟に両手で目を覆う。
と、次の瞬間、突然、耳元に聞き覚えのある声が飛び込んで来た。
「……シールドッ!!!!」
叫ぶ声と共に放たれた巨大なシールドが、まるでスチール缶のように容易く車をぺしゃんと押し潰し、沙耶を守る。
と、彼女がゆっくりと目蓋を開いた先、そこには、吹き荒れる風に衣装を靡かせるユリカの背中が広がっていた。
「沙耶!!無事でして!?」
「ユ、ユリカ……ごめん、私……みんなのために戦おうとしてたのに……それなのに、こんな……逆に足引っ張っちゃって……」
「……?何を言っているのかよくわかりませんが、とにかく無事でよかったですわ。さあ、沙耶は後ろに下がって……ここはワタクシにお任せくださいまし!」
沙耶の手を取り、庇うようにして彼女を背中に密接させると、ユリカは桃色に輝く光を全身に纏い、以前見せた二段階目の変身へとその姿を変えた。
「ゴーレム……生成ッ!!」
そうユリカが短く唱えると、魔道生物の攻撃により辺りに散らばった車の部品が、轟々と燃え盛る炎が、彼女の背後で集約し、徐々に巨大なゴーレムの姿を形成していった。
だが、そんな目立つ行動を魔道生物が見逃すわけもなく、骸骨型の巨大魔道生物は再び高速道路に転がった車を掴み取ると、ユリカ目掛けてそれを全力で振りかぶる。
「ユ、ユリカ!!ゴーレムは確かに強力な魔法だけど、この状況じゃあまりにも隙が多すぎるよ!!早くここから逃げないと、私達二人とも車に潰されちゃう!!」
この危機的状況に、額に大量の汗を浮かべる沙耶は、背後から必死にユリカの肩を激しく揺さぶった。
と、そんな彼女に対し、ユリカはこの状況でも尚、余裕の表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「……確かに、この魔法には凄まじい破壊力の代償にあまりに隙が大きいというデメリットがありますわ……でも、大丈夫!なんたってワタクシ達には今、頼もしい”仲間達”が付いているんですもの……!!」
そう口にした刹那、ユリカと沙耶の背後から、突如巨大な”弾丸”が、彼女の美しい白い髪を掠め魔道生物目掛けて真っ直ぐと伸びていった。
”弾丸”は巨大魔道生物の肩へと着弾し、その瞬間、腕とその手に握り締めた車を木っ端微塵に破壊するほどの大爆発をおこした。
「……ふぅ、初めて『ガン・アイズ・ビューティ』から”バズーカ砲”を引っ張り出してみたけど……なるほど、これまで使ってきたライフルとはまるで桁違いの威力だ……まあその分、肩コリ一瞬で酷くなりそうなぐらいバッカ重たいけど、これ……」
突然真横を通過するバズーカに、沙耶が咄嗟に後ろを振り向くと、その先には新しい黒衣装を纏い、巨大なバズーカ砲を肩に背負う息吹の姿があった。
と、そんな息吹の攻撃により片手を失った魔道生物は、すぐさま報復を試みようと残ったもう一方の手で再び車を拾い上げた。
次の瞬間、隙だらけの魔道生物の背後に猛スピードで回り込む風菜が、後ろから二本のレールガンを構える。
「ほれ、デカブツ!こっちじゃ、こっち!背中がお留守じゃぞ!……レールガン!!発射ッ!!」
バチバチと音を轟かせ、放たれた青い電撃が、魔道生物の全身へと流れ伝わる。
と、いくら巨大な体と言えど、このレールガンの衝撃には魔道生物も堪らずマヒをおこし、体の自由を奪われる。
その隙、みずきは魔道生物向かって正面から高く地を蹴り上げ飛び出すと、勢いそのままに、自慢の拳を強く握り締めた。
「こいつ……見れば見るほどダーク◯ウルとかに出てきそうな奴だなぁ……これでもくらって……大人しくしてろおおおぉぉぉぉぉおおおッ!!!!」
叫ぶ声と共に、みずきは巨大化させた手甲を骸骨型魔道生物の顔面目掛けて全力で振り下ろす。
と、その拳は魔道生物の頭を粉砕し、骸骨の形を構成する骨はバラバラと地面に転がり落ちていった。
「よし、トドメだ!ユリカ!!」
「お待たせしましたわね……みずき達のおかげで、準備は万端ですわよ!!ワタクシの渾身の一撃!!くらいなさいッ!!!!」
華麗なみずき達の連携に続き、ユリカは杖を振ると共に、完成したゴーレムの巨大な拳を突き出した。
地面に叩きつけるようにして撃ち込まれたゴーレムの拳は、辺りに衝撃波を生み出し、その桁違いの威力で骸骨型魔道生物の残骸もろとも高速道路の一部を破壊していった。
その後、黒い灰となり姿を消した魔道生物の姿を確認すると、魔法少女達はホッと肩を撫で下ろし、それぞれ変身を解いていった。
「はぁ……今回は結構苦戦させられちまったなぁ……」
「やあやあ!みんな、今回も本当にお疲れ様だったね」
「ニューン!?いつの間に……あんたは相変わらず神出鬼没な奴だなぁ……もう慣れたけどさ」
戦いの疲れに一息吐くみずき達の前に、さも先程からその場に居たかのような顔で、ニューンが突如姿を現した。
おそらく、現場検証を行うためにやってきたLDMの車かヘリにでも同乗していたのであろう。
と、そんなニューンに対し、風菜はふと思ったことを口にした。
「……のう、ニューンよ。闇の使者はともかく、この不定期且つランダムで出現する厄介な魔道生物達をなんとかすることは出来んかの?こうも頻繁に現れられては、アッシらの負担もそうじゃが、被害があまりにも甚大すぎる……何か奴らを食い止める手段はないものか?」
「なんとかする方法……か。現状、本来交わるはずのないこの世界と闇の世界は、おそらく女王の力によって無理やり”ゲート”をこじ開けられている状態にある。そのため、この地にやって来る魔道生物の大半は、言わば”意図せぬうちになんらかの形でゲートに巻き込まれてしまった迷い子”同然の存在……暴れているのは単に本能がそうさせているだけにすぎない。つまり、奴らの進撃を食い止めるためにも……」
「”闇の女王を倒す”必要がある……と、そういうことか……なるほど、何事も早々上手くはいかんというわけじゃな」
魔道生物の出現を食い止めるためにも、闇の全てを牛耳る女王を一刻も早く倒さなければならない……与えられた使命に対し、二人の会話を、他の魔法少女達もまた真剣な表情で聞き入っていた。
が、その時、彼女一人だけが……沙耶だけが、どこか浮かない表情を見せていた。
そんな彼女の異様な様子に、みずきはそっと声をかける。
「沙耶、どうしたんだ?そんな冴えない顔して……?」
「えっ、あっ!みずき……!?う、うん、私メガネだし、冴えないのは元からだよ!!」
「え……いや、そういう話をしてるんじゃないんだが……」
「えっ?……あっ!!そ、そうだよね!全然そういう話じゃなかったね!アハハ……」
明らかにいつもとは様子がおかしい。そう確信したみずきは、心配するように沙耶に優しく問いかけた。
「……なあ、本当に大丈夫なのか、沙耶?もし……何かあったなら、遠慮せず言ってくれよ。私達は同じ魔法少女である前に……”友達”なんだからさ……!」
「みずき……うん、そうだよね……でも、ごめん。今はちょっと……」
「…………そうか。よければまた気持ちが落ち着いた時にでも相談に乗るからさ……だから……あんまり一人で抱え込むなよ」
一瞬、喉まで出かかった言葉をグッと抑えると、みずきは沙耶を信じ、その場はあまり深入りしないことにした。
そんな彼女の気遣いを察したのか、背を向けて去ろうとするみずきに対し、沙耶は小さく感謝の言葉を呟いた。
「ありがとう、みずき……」
その一言を胸の内にしまい込むと、みずきは彼女に背を向けたまま手を振り、その場を後にした。
乾いた空気が、みずきの赤い髪を、沙耶の結んだおさげを僅かに揺らしていった。
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高速道路に現れた骸骨型の巨大魔道生物を撃退したその後、沙耶は借りていた歴史の書物を返しに、定期的に通う図書館目指して足を進めていた。
「はぁ……」
分厚い本を片手に思い詰めた表情を浮かべる沙耶は、深いため息を吐きながら、長い道のりを一人とぼとぼと歩いて行く。
嫌というほど晴れ渡った青空が、どうにも彼女の気持ちをより重くさせていった。
「こんなんじゃダメ……みんな必死に戦ってるのに、私は……もっと強く……もっと強くならきゃいけないのに……!!」
輝く空を見上げ、唇をぐっと噛み締めると、不甲斐ない自分自身への悔しさに、沙耶は心に秘めた本音を零す。
ニコラグーンとの激戦、さらにはドボルザークとの決着と、何度も己の限界と向き合い、そのたびに進化していったみずきの存在。
さらに、風菜にはレールガンという新技が、ユリカにはゴーレムを生み出す力が、息吹には新たな魔法と、これまで皆それぞれが今まで以上の成長を遂げてきた。
……対して、自分はどうだろうか?
刀を振るうだけにすぎない能力に、気弱な性格。そんな自分の全てが、否定的に見えて仕方がなかった。
もちろん、ニコラグーンとの戦いを境に、他の魔法少女達同様、彼女もまた多くの修行を積み重ねてきた。
だが、それでも何かが足りなかった。
自分だけが劇的な進化を未だ果たせておらず、周りの4人が日々遠い存在になっていくような感覚に、沙耶は人知れず苦悩を抱いていたのだった。
「さっきだってそうだ……私だけなんの役にも立てなくて……みんなにどんどん遅れをとっていく……私は、どうしたら……」
”自分だけが”という焦りが、プレッシャーが、彼女をより精神的に追い込んで行く。
ボヤけていく視界に、目はいつの間にか涙で潤んでいた。
と、その時だった。
”ドゴオオオオオォォォォォォォォォオオオオンッ!!!!!!”
突如、背後から響く大きな破壊音に、沙耶は咄嗟に後ろを振り返る。
と、目の前には先程倒したはずの魔道生物の右腕のみが、住宅地の塀を突き破り飛び出してきていたのだった。
(こいつさっきの!?まさか、生き残った片腕だけでここまで追ってきたっていうの!!?やばい……とにかく変身しなきゃ……!!)
本日二度目となる危機的状況に、沙耶は急いで変身アイテムを取り出そうとする。
だが、そんな余裕を相手にみすみす与えるわけもなく、間髪入れず、魔道生物はまるで大蛇のように全身をうねらせ、沙耶目掛けて襲いかかってきた。
(ダメ……間に合わないッ!!!!)
魔道生物の勢いに翻弄される沙耶は、思わず足を絡ませ地に尻餅をつく。
もはや絶体絶命のこの窮地。
だが、それでも彼女は諦めず目を見開き、最後のその時が来るまで決して目蓋を閉じようとはしなかった。
と、次の瞬間、襲い来る右腕に、突如一本の亀裂が走った。
刹那、魔道生物の右腕は綺麗に真っ二つへと切断され、一瞬のうちに灰となってその姿を完全に消した。
その時、沙耶の目の前、魔道生物が消えたその先には、銀色に煌めく刀を握る”見知らぬ男”が佇んでいた。
「よお、嬢ちゃん。怪我はないかい?」
突如こちらに向かって話しかけてくる男……今時珍しい古風な和服を身に纏い、長い髪を結ったまさに”侍”のような容姿をした謎の男は、刀を腰の鞘に納めると、倒れる沙耶に手を差し伸ばした。
明らかに不審なその男に警戒しつつも、沙耶は恐る恐る彼の手をとる。
男の手に捕まり、ゆっくりと体を起こすと、お尻についた砂埃をパンパンと払い、咳払いをしながら彼の方へと目を合わせた。
「あ、ありがとうございます……えっと、貴方は……?」
「んっ、俺かい?俺はなぁ…………」
と、沙耶の質問に対し、男が答えようとした刹那、彼はふらふらと体を左右に大きく揺らすと、突如その場で倒れ込んでしまった。
「えっ……ええぇーーーーっ!!?ちょ、ちょっと!!いきなり倒れるなんて……一体どうしたの!!?」
「いや……すまない、実はもうここしばらく何も食べてなくてな……腹が減って……力が出ない……ガクリ」
「…………」
あまりに突然の急展開に、沙耶は表情を青ざめさせながら、困惑した様子でしばらく呆然と佇んでいた。
「……なんだこいつ…………」
彼女の悲痛の声と共に、乾いた風が辺りを吹き抜けていった。
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