第31話 少年漫画にありがちなサシでの勝負展開

 LDM直属の部隊により、外では懸命な消化活動・人命救助が行われていた。そんな中、みずき達は半壊したショッピングモールに一歩、足を踏み入れる。


 建物内部には闇の息がかかっている可能性が高く非常に危険なため、部隊の人間には潜入許可は降りていない。そのため内部での消化活動はまだ済んでおらず、建物内では所々で不気味に炎が揺れていた。が、しかし、割れたガラスの破片や亀裂の入った柱などが見られるものの、建物自体はまだある程度建っていられる程の状態にあった。

 確かに悲惨な有様ではあるが、以前の横浜襲撃のことを考えれば、ここの破壊はみずき達を誘い出すためにわざと手を抜いて行われたものだということは明らかであった。



「見たところ僕以外の魔道生物はいなさそうだけど……周りからとてつもなく嫌な気配を感じる」


「なるほど、やはりこれはアッシらを誘き寄せるための罠だったというわけじゃな」


「ああ、しかも辺りからビンビン感じるこの嫌な気配……見覚えのあるやつだぜ、こいつはよぉ……」



 変身アイテムに手を掛けながら、警戒を張り一同身構える。その悍ましい気配に、みずきの額から頬に冷たい汗が流れた。




 と、その時、コツコツとこちらに向かって聞こえてくる足音に、皆が一斉に振り返った。

 振り返った先、ゆらゆらと揺れる炎の中からは突如不気味な人影が出現した。



「紅咲……みずきぃぃ……!!」



 その憎悪に満ちた気迫・殺気に、みずきは眉をひそめつつも口角を少し上げ、強気な姿勢を示した。



「ドボルザーク……ここへ来た瞬間からあんたのことは気付いてたぜ。相変わらず殺気むき出しなんだよ……あんたは」


「ほう、そうかよ……だがな、それも無理ねぇんだわ。テメェの面見た瞬間からよぉ、この手が疼いてしかたがねぇんだ……押さえきれねぇんだよ……この気が狂いそうになるほど高ぶる感情をなあッ!!」



 みずきとドボルザーク、互の目を合わせ、バチバチと火花が散る。不気味な静寂に包まれ、辺りに緊張が走った。




「はいはい、どっちも暑苦しいからその辺にしといてくれないかなぁ?」



 と、突如二人の間を割って入るようにモール中を響き渡る声に、一同はハッと顔を上げた。



「奴は……!」



 やけに腹立たしい表情を浮かべるその見覚えある姿を目にし、息吹は思わず声を漏らした。


 見上げた先、吹き抜けた2階ホールの仕切りに肘を掛けながら、ゴッドフリートはみずき達を見下ろしていた。



「ゴッドフリート……テメェ……」


「邪魔して悪かったよ。けど、あのままじゃ君が無計画単身で魔法少女に突っ込んでいきそうなもんだったんでね……今回は共闘なんだからもう少し冷静になれよ。そうしないと、いつまで経っても僕のように美しくは慣れないよ」


「共闘……か。いいぜ、せいぜい俺の足を引っ張らないことだな。それと……紅咲みずき、奴は俺の獲物だ。それだけは理解しておけ」


「……はいはい、好きにしろよ」



 共闘と言葉にした割には、お互いどうにも煮え切らない表情を浮かべていた。が、それもほんのつかの間、彼らがみずき達魔法少女の顔に目を向けた瞬間、二人の表情は一変して鋭いものとなった。



「ふーむ、ドボルザークとゴッドフリートですか……実際に見るのは初めてでしたが、なるほどなるほど……カップリング的にはドボルザークのドS攻めとゴッドフリートのヘタレ受けがまあ無難といったところでしょうかね」


「……アッシにしてみれば、あやつら闇の使者よりお主のその発想の方が恐ろしいわ」



 風菜の呆れた表情に、ユリカは照れ臭そうに首元を掻いた。



「いやぁ、それほどでも!……ですが、どうやらあまりそんなことも言ってられないようですわね。相手もワタクシ達と友好的にお近づきになろうなんて気は一切なさそうですし……」



 先ほどまでのふざけた様子とは一変、ユリカは真剣な表情を浮かべ、彼らの目を真っ直ぐと見返した。


 鋭く向けられる二つの殺意の目に、ユリカは内心一歩後退りしながらも強くその目を睨み返した。



「冷静になれと言った割には、今回はゴッドフリートの方もかなりやる気のようですわね……ニューン!いよいよアレの出番がやってきたようですわよッ!」


「ああ、わかってる。ユリカ、これを使って変身するんだ!」



 そう言うと、ニューンは本のような物体を勢いよくユリカの元へと投げつけた。


 弧を描いて宙を舞うそれは、表紙に頬を薄っすらと赤らめながら抱き合う美少年達が堂々と描かれた、まごう事なき例のアレであった。



「あいつ、薄い本で変身するのか……(困惑)」


「ユリカは既にペンダントに触れ、魔法少女に変身する能力を身につけている。ただ、最後の魔法少女になるまでは変身したくないと言うから、仕方なく僕が変身アイテムを預かっていたんだ」



 バサバサと風に揺すられながら落下するそれに、ユリカはうんと手を伸ばした。



 と、次の瞬間、宙を舞っていた薄い本に何やら黒い紐のような物が纏わりつき、そのままそれを引き上げていってしまった。



「ああッ!!ワタクシのアイデンティティがッ!!?」



 引き上げられたその薄い本は、巨大な時計型オブジェの上部に立つ人影の元へと引き寄せられていった。




「やれやれ、またマヌケそうなのが一人増えたようね……けど残念、こいつがなきゃ、あんた達は変身することすらできないんでしょ?」



 そこには二つに括られた金髪を靡かせ、薄い本片手に余裕そうな表情でこちらを見下ろすバルキュラスの姿があった。


 薄い本をバサバサと揺すり見せつけているもう片方の手に黒光りする長いムチを持ち、網タイツのハイレグレオタードに謎の仮面という相変わらず訳のわからない格好での登場となった。



「あらら、そんなところに……派手な格好をしていますのに全く気が付きませんでしたわ」


「ふんっ、あんた随分と余裕じゃない……これは”暗夜の装”、自らの存在を極力まで抑える効果を持つ魔法装備よ」


「ほうほうなるほど。流石アームドチェンジのバルキュラス、話に聞いていた通りなかなか万能な魔法の使い手のようですわね……ですが、存在を消す装備を見に纏いながら足元を掬われているようではまだまだですわよ」


「はあ?あんた何言って……」



 そこまで言うと、バルキュラスはハッとした表情で咄嗟に背後を振り向いた。瞬間、バルキュラスの目には執事服を着た長身の男が一瞬映った。



「失礼致します」



 そう一言聞こえた刹那、バルキュラスの体に強い衝撃が走った。

 掌底打ちによる打撃、腕を盾にし辛うじて防いだものの、バルキュラスの体は吹き飛ばされ落下。その勢いで握っていた薄い本を手放してしまった。


 落下したバルキュラスは急いで衣装を変更、普段着のゴシックドレスに戻り、黒い傘を広げることによってその場で浮遊停止した。



「なっ……誰よあんたは!?」


「ワタクシ、代々”白爪家”に執事としてお雇いいただいております、東堂と申します」



 バルキュラスの落とした薄い本を拾い上げ、オブジェの狭い足場に立っていたのは紛れもなく白爪家執事、東堂であった。



(執事……アタシがただの人間如きに不意を突かれたとでも言うの!?……けど、あれほどの近接攻撃だったのに気配を全く感じなかった。こいつ一体……?)



 渦巻く疑念に、バルキュラスは顔を顰めてしばらく東堂をじっと見詰めた。



「お嬢様、ワタクシめに出来ることはここまでです。あとは……」



 東堂は拾った薄い本を人差し指と中指の間に挟み、まるで手裏剣のようにして的確にユリカの元へと投げた。クルクルと回転しながら飛んでくる薄い本をユリカはしっかりとキャッチし、東堂に向けて笑顔で親指を立てた。



「グッジョブ!パーフェクトですわよ、東堂」



 ユリカの言葉に東堂は丁寧に頭を下げると、2階ほどの高さのあるオブジェから飛び降りその姿をくらました。



「……何となく想像はしてたけど、東堂さんとんでもねえスーパーおじいちゃんじゃねーか!!」


「あの身体能力は一体……」



「東堂はこのワタクシの執事ですのよ?これくらい朝飯前ですわ!」



 東堂の姿に驚くみずきや息吹を見て、ユリカは誇らしげに語ると、すぐさま気持ちを切り替え、真っ直ぐな表情で変身する態勢に入った。




「では、そろそろ始めるとしましょうか……変身ッ!!」



 本を開きその言葉を口にした瞬間、薄い本は強い輝きを放ち、薄桃色の光がユリカの体を覆った。



「うおっ!?あの感じ、まるでBL本が魔物の子のパートナーが持つ魔本みたいなかっこいい物のように見えてきたぞ!」



 みずきが嬉しそうに声を上げる中、光に包まれたユリカの姿が徐々に変化していく。


 フリフリとしたピンクベースの衣装を身に纏い、やがて強い光が拡散しユリカの姿が露わとなった。


 白いニーソとスベスベとした生足が目にチラつく短いスカートや、至る所に施されたストールやフリルがひらひらと揺れる。


 その姿は意外や意外、誰もが想像していなかったであろうユリカのそれは、今までで最も魔法少女らしい魔法少女の格好だったと言える。

 ただ、唯一気になる点といえば、ふっくらと大きく膨らんだ胸元に付けられた青色の”♂”が2つ交差する謎のブローチの自重性のなさであった。



「oh、まさにザ・魔法少女!素晴らしい衣装ですわ!」



「……一体どんな酷いビックリ衣装が飛び出すのやらと期待してたんだが……何であいつが一番魔法少女っぽいんだよッ!!」


「わ〜、かわいい〜」



 沙耶が目を輝かせ、みずきがツッコミをいれるなど周囲がざわつく中、出現した大きな杖を片手にユリカはドヤ顔で決めポーズをとった。



「さあ皆さん!ショータイムですわよ!」



 ユリカの声に、魔法少女達は互いの顔を見合わせ頷く。そして、一同駆け出し一列に肩を並べた。


 アニオタ、鉄オタ、ゲーマー、歴女、腐女子……個性豊かすぎる5人が、これまたそれぞれ個性的な衣装を身に纏い、闇の使徒達と真正面から対立した。



「チッ……何よ、また一人増えちゃったじゃない……」


「やれやれ、姑息な手を使っておいてこのザマとはまた……」


「あ?何、喧嘩売ってんの?このナルシスト野郎……」



「……喧しい!うっとおしいから少し黙ってろッ!」



 ゴッドフリートの煽りから口論が始まりそうなのを察したか、ドボルザークはうっとおしそうに首を鳴らし、声を荒げた。



「内で争う暇があるならさっさと黙って予定通りに事を進めろ……おい、ゴッドフリートッ!!」


「……はいはい、言われなくてもわかってますよ」



 イライラした様子のドボルザークを横目に、ゴッドフリートは適当に相槌を打ちながら指をパチンと鳴らした。



 と、次の瞬間、突如みずき達の背後に巨大な2つの穴が出現した。


 一同が咄嗟に振り返り、背後のそれに気づいた頃には時既に遅し。空間に空いた不気味な穴は風菜・沙耶、息吹・ユリカをそれぞれ声を出す暇すら与えずに飲む混むと、みずきとニューンを残して一瞬にして消えてしまった。



「なっ……これは!?」


「落ち着くんだ、みずき。これはおそらく空間を司るゴッドフリートの魔法……あの時、僕達をゲームの中の世界へと引きずり込んだ時と同じような魔法だ」


「くそっ!一体みんなどこへ……」



「安心しろ、そう遠くには行ってない。テメェのお仲間はこの建物内のどこかにいるはずだ」



 キョロキョロと周囲を見渡し焦るみずきは、聞こえてきたドボルザークの言葉に反応して再び彼の方を向いた。

 よく見ると、そこにはいつの間にかゴッドフリートとバルキュラスの姿もなく、目の前にはドボルザークだけが佇んでいた。



「テメェら5人をまとめて相手するのは少しばかり骨がいるからな……戦力を分散させてもらったぜ。あの青いのと黄色いのの相手はバルキュラスが、緑とピンクの相手はゴッドフリートが、そして……紅咲みずき、テメェの相手はこの俺だ……!!」



 ニヤリと鋭い牙を剥き出し、ドボルザークは不気味な笑みを浮かべた。その闘争心に翻弄されつつも、みずきはドボルザークを強く睨み、戦いの構えをとった。



「やっと、やっと二人きりになれたなぁ……この時を待っていたぜ……テメェをこの手で捻りつぶす、復讐の時をよぉ!!そろそろ決着つけようや……ここでテメェもテメェのくだらねぇダチも、まとめてぶっ潰してやるッ!!」



 轟々と渦巻く脅威的かつ圧倒的な気迫を全身から発し、ドボルザークは指をボキボキと鳴らしながらゆっくりと足を大きく開いた。



「……来いよ、ドボルザーク。あんたのその一方的な殺意も、思いも、力も、全部まとめて打ち砕いてやる……貴様の最後に、私の拳を刻み込め!!」



 真剣な表情を浮かべ、みずきはここぞという絶妙なタイミングでパンチマンをリスペクトした決め台詞を言い放った。





―運命改変による世界終了まであと100日-



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