第32話 未来無き闇

 広いホール中に鈍い音が響き渡る。


 互いに譲らぬ本気の戦い。拳と拳がぶつかり合い、一瞬にして周囲に汗と血生臭い臭いが充満した。



「ぐっ……!!」


「オラオラ、どうしたぁ?腰が引けてんぞ腰がぁ!!」



 ややドボルザーク優勢、激しい攻防の中で、みずきの態勢が僅かにブレる。刹那、その隙を見逃すことなく、ドボルザークの強烈な蹴りがみずきのみぞおちを鋭く捉えた。



「うっ……オエェ……ッ!」



 非常な攻撃に、みずきは堪らず口から大量の血を吐き出し、そのまま勢いよく背後の壁に叩きつけられた。



「ゲホっゲホっ……ああ、いでぇ……死ぬほどいてぇ……こいつ、前より遙かに力をつけてきてやがる……」


「強くなったのが自分だけだとでも思っていたのか……とんだ自惚れだな。テメェをぶちのめすために俺は帰ってきた……闇の使者であるこの俺様が、人間如きのテメェにあろう事か二度も無様に敗北した……屈辱だったぜ、気がどうにかなっちまう程になぁ……ほら、立てよ。まだまだこんなもんじゃあ気が済まねえんだよ……もっと……もっと俺を楽しませろッ!!!」



 既に壁に横たわるみずきに、ドボルザークの容赦ない追撃が襲う。


 その場から勢いよく飛び出してきたドボルザークに素早く反応し、みずきは背後の壁を破壊する程の一撃を間一髪のところで回避した。


 が、唸るような声を上げながら襲い来るドボルザークの猛攻は止まらない。圧倒的にドボルザーク優勢のまま、またしばらく殴り合いの攻防が続いた。




>>


 ホール2階、吹き抜けた空間のあちらこちらで連鎖するように激しい爆発が起こった。


 爆発の正体は息吹のライフルから撃ち出され、爆散する魔道弾だった。

 しかし、嵐のようにばら撒かれる魔道弾を、ゴッドフリートは余裕そうに軽々と躱していった。



「くっ、何だよあの動き……ほとんど瞬間移動じゃないか……」



 魔道弾が当たる直前、ゴッドフリートは自らの姿を消し、別の場所へとその身を瞬時に移動させた。その必死の攻撃をまるで嘲笑うかのような回避っぷりに、息吹は徐々に焦りと苛立ちを見せ始めた。



「瞬間移動とは少し違うんだよなぁ、これが。正確には瞬時に空間に出入り口を設け、その狭間を行ったり来たりしているだけなんだけど……さて、どうする?これだけ撃っておきながら、当たるどころか一発擦りもしないじゃーないか。所詮ゲーマーといえど、シューティングの腕はからっきしみたいだね……というか、ボクがチートすぎるだけか!アッハハ!」


「くそ、調子に乗って……絶対に撃ち落す!」



 高いところから見下ろすように煽るゴッドフリートに、息吹の撃つ魔道弾がより一層激しさを増した。撃てば撃つほど、その度に息吹の魔力はどんどん消耗されていった。



「息吹!落ち着いてくださいまし!そんなむやみやたらに魔法を使えば……」


「うぐっ……!?」



 焦る息吹の横顔を見て、咄嗟にユリカが息吹の肩に手をかけた。途端、急激な魔力の消費に息吹は地面に膝を着き、苦しそうに息を切らせた。



「ハァハァ……ぐっ、魔力が……」


「いくら超回復とはいえ、昨日あれほどの戦いがあったのです。昨日の今日で無理をしては……」



 心配そうに寄りかかるユリカに、息吹は手のひらを向け”大丈夫だ”と合図した。



「無理は承知だよ……あの日から……。これがボクのしたことの罪滅ぼしになるとは思っていない……けど、これがボク達の選んだ運命、進むと決めた未来なんだ……こんなところで立ち止まるわけにはいかない……」


「息吹……」



 息を詰まらせながらも、息吹は一言一言を噛み締めながらユリカに語った。


 震える足を必死で押さえながら、武器のライフルを杖のように使い、地面からゆっくりと立ち上がった。



「今はバラバラになってるけど、みんなはきっと大丈夫。目の前の敵を倒して、絶対合流できるってボクは信じてる……でも、ボク一人じゃ無理をしても敵わないかもしれない。だから……一緒に戦って欲しい、ユリカ。共に無理をしてでも……何としてでも生きてここを出るんだ……!」


「……オフコース!息吹、貴方の思い、確かに伝わりましたわ」



 ボロボロになった息吹の語る言葉は、その思いをユリカの心にしっかりと届けていた。二人は互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべた。




「……ふわぁ〜あ……で、仲良しごっこは終わったかい?いい加減退屈すぎて攻撃しちゃおうかと思ってたところだよ」



 と、聞こえてくるゴッドフリートの声に、息吹とユリカは表情を一変させ、彼の方に体を向けた。



「全く、よくもまああれだけ糞つまんない話が出来るものだ。この僕に勝つこと前提なのも気に食わない……罪滅ぼしだとは思っていない?一緒に戦って欲しい?くだらないねぇ。知ってるんだよ獅子留息吹、君は魔法少女になって得た力で人を殺そうとした。君がやろうとしたのは間違いなく僕達こちら側と同じことだ。それなのに自分で仲間を語るとは図々しい奴め。周りが求めている物だって、君自身ではなく君に宿った魔法少女の力の方に決まっている。……まあどっちにせよ、君達は今日ここで全員ゲームオーバーなんだけどね」


「ゴッドフリート……!」



 吐き捨てるように淡々と出てくるゴッドフリートの言葉に、ユリカは息吹を庇うように声湯震わせた。


 瞬間、息吹は再びライフルをゴッドフリートの方へと向け、構えをとった。



「お前は……一度黙ってくれよ」



 一言そう言うと、息吹は引き金を引き、魔道弾を発射させた。


 当然、これも回避されるであろうと威嚇のつもりで撃ち込んだ一撃。しかしここで、ゴッドフリートは予想外の行動に出た。



「……さて、じゃあそろそろ力の差ってヤツをちゃんと理解させてやるとしますか」



 そう小さく呟くと、ゴッドフリートは腕を組み、じっとその場で立ち尽くした。


 動かない。全く動かない。


 徐々に迫る魔道弾を前に、ゴッドフリートは回避行動は疎か、微動だりしようとはしなかった。

 これには流石の息吹とユリカも驚きを隠せないといった表情でゴッドフリートの様子をただ眺めていた。


 速度を上げた魔道弾が、ゴッドフリートの額に迫る。


 迫る。


 迫る。



 瞬間、突然場の空気が一変した。


 豪速で迫っていた魔道弾は、ゴッドフリートの目の前で、空中に波紋を描き急停止。そのまま地面に落ち、魔力を失い消滅した。



「止まっ……た……?」


「ふふ、僕の空間魔法は実に優れものでね。異空間を創り出したりワープするだけでなく、このように空間を捻じ曲げて君達の攻撃を無効化することも容易に出来てしまうんだ」


「そんな……そんなことがあってたまるかッ!!」



 ゴッドフリートの語る驚異的な魔法に納得がいかず、息吹はまたしてもライフルを構え、渾身の力で魔道弾を発射した。



「力で押し切ろうってわけか……さっき見ただろ?僕は空間の狭間を瞬間的に移動出来るんだ。それを応用すれば……」



 息吹渾身の力で撃ち込まれた魔道弾が真っ直ぐゴッドフリートの元へ迫った。が、しかし、迫る魔道弾はゴッドフリートの目の前で突如姿を消した。


 刹那、こちらが撃ち込んだはずの魔道弾が、何故か息吹の目の前に出現し、そのまま彼女の長い髪を掠めた。



「ボクの魔法を……跳ね返した……!?」


「空間転移させたんだ、君の目の前にね……次は当てるよ」


「そんなの……ありですの……」



 自分達の攻撃がまるで通用しないあまりのチートっぷりに、息吹とユリカは思わず言葉を失った。



 初戦、突然バイクレースを強制し、都合が悪くなれば魔道生物を召喚して自分はすぐさま退場。仲間内でもやや下に見られている様子を見て、息吹は自然とこれまでゴッドフリートを強敵として認識していなかった。

 しかし、その心境は一変、ゴッドフリートの実力は”本物”と認めざる負えなくなってしまっていた。




「宣言しよう。君達では僕には勝てない……そう、僕はゴッドフリート!神の名を持つ男だ!」




 絶句する息吹の中で”これは本当に勝てないのでは……”という最悪の考えが脳裏を過ぎった。




>>



「さて、昨日ぶりね、魔法少女……昨晩はよく眠れたかしら?」



 地下1階、建物の崩壊前までは衣服を取り扱っていたであろうエリアで、風菜と沙耶もまた、闇の使者バルキュラスと対立していた。


 バルキュラスは不気味な笑みを浮かべ、彼女達に一歩づつ、ゆっくりと近づいていった。



「……そういうお主はどうなんじゃ?」


「ハッ、おかげさまで昨日はあまり良い夜とは言えなかったわね……今日はその鬱憤ばらしに来たってわけ」



 そう答えるとバルキュラスは手のひらをこめかみに押し付け、首をゴキゴキと鳴らしながら言葉を続けた。



「特にそこの刀女、あんたに調子乗られると気分が悪いから先に水を差しておくわ。あんたがアタシにトドメを刺せたのは、4人がかりで襲いかかってきたから……あんたがアタシより勝ったわけじゃないわ。つまり……」


「人数が減った今、自分に勝機がある……そう言いたいのね……」


「勝機なんかじゃない。絶対的勝利を確信してる……今度は手加減しない、最初から全力で行かせてもらうわ!!」



 そう沙耶に強く言い捨てると、バルキュラスは以前同様、ドス黒い霧を放出させ、その身を包み隠した。


 やがて霧が晴れると、中からは奇抜な衣装を身に纏ったバルキュラスが現れた。

 腰の辺りにブースターを装着したメカニカルな攻撃的武装。だが、素肌に密着する露出多めのボディスーツ、水着のような股間部がやや目につくデザインが、風菜達の心をモヤモヤとさせた。



「おいおい……前からも大胆な衣装は多々あったが、この露出度はもう完全に痴女ではないか……」



 今までは辛うじて目を瞑っていた風菜だったが、その随分とマニアックな衣装を前に、バルキュラスに引き目で思っていたことを言い放った。



「フンっ、何とでも言いなさい……この魔道衣装の力を見て、その減らず口がいつまで保つのか見ものだわ」



 そう言うとバルキュラスは大きく足を開き、構えをとった。



 刹那、目の前にバルキュラスの残像が出現。風菜と沙耶が目を疑った時には、既にバルキュラスは信じられないほどの速度で風菜の背後を取っていた。



「なっ、んなアホな……」



 容赦無く背後から蹴り込まれるキックに、風菜は大きく後ろに突き飛ばされるも、咄嗟に防御姿勢をとった。

 だが、飛ばされた先で、再びバルキュラスに後ろを取られる。



「くっ……!」


「遅いッ!!」



 回避行動をとろうと足に魔力を込めるも、有無を言わせぬバルキュラスの連続攻撃に、風菜の反応は追いつかず、まともに攻撃を受けた。



「ガハッ……!!」


「風菜ああああッーーー!!!」



 吹っ飛ばされ地面に叩きつけられた風菜を庇うように、沙耶は急いで彼女の肩を支えた。



「風菜!しっかりして!」


「うう……追いつかなかった……このアッシが……」



 風菜が頭を強く打ち項垂れている中、バルキュラスは目にも留まらぬ速さで風菜と沙耶を囲うように動き続けた。



「光速の鎧”リンドブルム”……剛腕の鎧”阿修羅”と並ぶ上位三本に入る魔道衣装の一つよ。あんたも速さを自慢とした魔法を使えるようだけど、そんな程度じゃあまるで無力!到底このリンドブルムには及ばないわ!」



 光速の鎧”リンドブルム”、その名の通り光速で移動するバルキュラスを、風菜と沙耶は目に捉えることすらできず、風を切る音のみが耳に入ってきた。その不気味な感覚に、風菜達の空気はどっと重くなる。




 それぞれが窮地に立たされる極限の戦い。


 傷ついた魔法少女達に勝機はあるのか。それとも未来無き闇に覆われてしまうのか。


 戦いはまだ始まったばかりである。






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