第24話 オタクなのは恥ずべきことではないが自慢することでもない

  日は沈み、薄暗い空が辺りを覆った。


  傍で生い茂る木々を眺めながら、少し早めに点けられた電灯が照らす道を進んで行く。

  しばらくして、神童沙耶は立ち止まり、顔を上げて目を輝かせた。



「おお……やっぱりいつ見ても感動しちゃうなあ、これは……」



  自分の中に押し寄せてくる圧倒的感動に、鼓動が高鳴る音が聞こえた。


  そんな感極まる沙耶の視線の先にあった物、それは、照明で美しく照らされた巨大な城であった。



  神奈川県小田原市にそびえ建つここ『小田原城』は、戦国時代から江戸時代にかけて北条氏の本拠地として知られており、そこには戦国時代の始まりと終わりがあるとされている。



 そんな歴史的建造物を前に、沙耶はうっとりとした表情で感嘆の吐息を洩らした。



「はあ、やっぱりお城はいいよね……こう、歴史を肌で感じ取れるというかさ。とにかく何回見ても飽きないわ……。でも、わざわざ小田原まで来ないと拝めないのが残念すぎる……かつて横浜市内にあったとされる44個ものお城はなんで一つも残ってないかなぁ……」



  近くにあった木にもたれ掛かると、沙耶は城を見上げながらブツブツと独り言を呟いた。すると……



「……なんだ?あんたこういうのが好きなのか?」


「うわああああっ!!?」



 突如背後から話しかけてくる声に、沙耶は思わず声を上げて飛び出した。

 恐る恐る振り向くと、そこには見覚えのある少女が、困惑した表情で立ち尽くしていた。



「びっくりしたぁ……何もそこまで驚かんでも……」


「こ、紅咲さん……?なんでこんな所に……?」



 あまりに突然の事だったためか、沙耶は頬を赤く染めながら眼鏡越しに目をうるうるとさせ、小刻みに震えていた。可愛い。



「え、えっと……何というか、その……こっそり後付けてたというか……」


「……ええっ!?何、紅咲さんそう言う趣味だったの!?てか普通に通報ものだからねそれ!!」


「ちゃ、ちゃうわい!!人をレズの不審者呼ばわりするのはやめろっ!」



  肩を竦めドン引きする沙耶に対して、みずきはあせあせと大きく両手を動かしながら必死に弁解を試みた。



「いや、今の説明ではそう思われても仕方ないじゃろ……てか、いい加減初対面の相手にもハキハキ喋れるようにならんのかお主は……」


「あれ?あなた達は確か同じ学年の……」



 先陣を切ったみずきの、そのあまりの体たらくっぷりを見るに見かねて、生い茂る木々の影から風菜達がぞろぞろと姿を現した。



「アッシの名は潮見風菜じゃ。こっちの無愛想な顔しとるのが獅子留息吹。で、このよく分からないふわふわした珍獣がニューンじゃ」


「……ども」


「おいおい、ちょっと待ってくれ。君達から見れば僕は魔法少女を導く、言わば妖精のような存在なんだよ?それを珍獣呼ばわりとは……あまりにも失礼なんじゃないかな」



「ああ、ご丁寧にどうも……って、えええええええっ!!?何この生き物!!喋った!?今喋ったよねえ!!?」


「ぐっ……苦しい……と、とりあえず離してくれないかい……?」



  あまりに現実離れしたその生物を前に、沙耶は思いの外テンションが上がりニューンの体を思いっきり鷲掴んだ。


 その新鮮なリアクションを見て、みずき達も思わず笑みを零した。




>>



「魔法少女……か……」



 辺りもすっかり暗くなった夜の城下周辺、電灯が照らすベンチに座り込みながら、沙耶は少し苦い表情を浮かべていた。



「もちろん、頑なに紅咲さん達の話を信じないわけじゃないよ……ただ、一緒に魔法少女として戦ってくれだなんて、話があんまりにも突拍子なさすぎて完全には信じられないよ……仮にそれが本当だとしても、私にそんなこと出来るとは思えないし……」



 みずき達は沙耶に魔法少女について多くを語った。自分達が魔法少女として戦っていること、そして沙耶自身も魔法少女としての素質があることを。


 そのあまりにぶっ飛んだ話に対しても、沙耶は真剣に受け止め考えてくれたように見えた。まあ実際は、自分のことを魔法少女とか言っちゃうやたらとイタい集団を前に、深く関わることを恐れ、あえて真面目に言葉を返したのかもしれない……その真相は定かではないが、この沙耶の言葉に、流石のみずきもこれ以上彼女を問い詰める気はなかった。



「……まあ、そうなるわな普通。もちろん、これはあんたの人生・選択だ。今すぐ決めろなんて、とてもじゃないが言えない……だけど、少しでもその気があるならまた話してくれ。私達は待ってるからさ」


「いや、僕としては今すぐにでも決めて欲しいところなんだけど……」


「珍獣はもう少し人の都合を考えろ。よーし、今日は撤退だ、撤退。帰るぞー」



 食い気味に出てきたニューンを手の甲で払い退けると、みずきは沙耶にくるりと背を向け、来た道を一歩戻り出した。



「あ、そうだ」



 と、突然何かを思い出したようにみずきはその場で立ち止まり、体をねじり再び沙耶の方を向いた。



「沙耶、一つだけ聞いていいか?」


「ん、どうしたの?」


「いや、思ったんだけどさ、さっき城を眺めてたあんたに話しかけた時のリアクションといい、カラオケでの態度といい……もしかして沙耶は自分が歴史オタだってこと周りに隠してたのか?」


「あっ……」



  みずきが何気なく聞いたこの質問に、沙耶は声を漏らすと何処となく暗い表情を浮かべた。


  薄ら寒い風が足元を通り抜ける。

妙な息苦しい間に周囲の不安感が煽られた。



(……あれ?もしかして私なんか地雷踏んだ?)



  辺りに漂う冷めた雰囲気に、みずきは少し弱気になる。


  ”お前やらかしたな”と言わんばかりの風菜達の視線に、みずきの額は冷たい汗でびっしょりと濡れた。



「……うん、まあ、一応周りには秘密にしてたかな……だって、正直変な趣味でしょ?親にも”女の子なのに変わってる”ってよく言われちゃうし……」



  長い沈黙の中、沙耶がようやく口を開き、無理に作った笑顔を見せながら語った。


  オタバレを少しでも恐れる気持ちがある人間なら理解せざるを得ないこのもどかしい感情に 、みずきは思わず開きかけた口をゆっくりと閉じた。



「最初は周りにバラしちゃおうって私も思ったよ。でも、好きになれば好きになるほど、それを悪く言われたり嫌われたりするのが怖くて……それに、言葉にすれば今まで築いてきた関係も何と無く壊れちゃうのかな……なんて、考え出したらもう簡単には言えないよ」



  沙耶の話を聞いていたその時、みずき・風菜・息吹の三人は自分達の過去の記憶を思い起こしていた。


  沙耶の言葉に自分達を重ね合わせる。自分達はどのようにしてこの道を歩み出したのか。いつ周りにその事がバレたのか。あるいは打ち明けたのか……など、様々な思い出が脳裏に過った。


  瞬間、みずきは一歩、沙耶の前へと足を踏み出した。



「……気を使わせてごめんね、紅咲さん。周りはそんなこと一々気にしたりしないってことはわかってる。きっと私の気にしすぎだって……」


「違う、そうじゃない……」


「えっ?」



  うつむきながら語る沙耶に対して、みずきは一言そう言うと、突然沙耶の両肩に手の平を置き大声を出した。



「歴史オタクでそんだけオタバレびびってるなら……私達みたいなどうしようもない趣味の奴らは一体どーすりゃいいんだよ!!!」



「えっ!?えっ!?何!?」



 そのあまりに唐突なみずきの行動に、沙耶は困惑したように目をパチパチとさせた。



「……ふぅ。今思えば、あんただけ趣味がバレてるのに私達だけだんまりなんて、なんか失礼だったな。しかも私ら別に隠してるわけじゃないし……先に言っとくけど、私がアニオタで風菜が鉄オタ、息吹がゲーマーと、何故かは知らんが実はここ今のところ喪女三人集と化してるんだよなぁ……」


「おいおい、誰が喪女じゃって誰が」


「……みずきと同じにされるのは不愉快」



  周囲から飛び交うバッシングを華麗にスルーして、みずきはポカンとした表情でこちらを見つめる沙耶にさらに近づき話を続けた。



「まあ、実際周りに話しちゃえば楽かもしれないけどさ、沙耶の言ってた”好きなものを悪く言われたり嫌われたりするのが怖い”って気持ちは私もわかるから……言いたくないことは無理に言わなくてもいいって、みずきさん的にもそう思うわけですよ。実際こいつにだけは知られたくなかったとかいう奴、中学の時いたし……アハハ……思い出したくない記憶が蘇ってきた……」



  実にふわふわとしていて締まらないみずきのフォローに、後ろにいる風菜達は何とも言えない表情を浮かべながら事を見守っていた。


  が、風菜達とは対照的に、沙耶はそんなみずきの言葉にクスッと笑みを零した。



「ふふ……あー、おっかしい!さっきまで趣味がバレちゃってヒヤヒヤしてたけど、何だか励まされちゃった。ありがとう。私の気持ち、ちゃんとわかってくれて……歴オタなのがバレたのがあなた達でよかった」


「いやいや……私さ、沙耶は大人しいけど積極的だし、人気者で友達いっぱいいるし、何と無く別の世界の住人なんだろうなって勝手に思ってたんだ。でも、実際は違った。一緒だった。似たような悩み持って、それを話し合える。そんでちゃんと分かり合えて……私も、本当のあんたを知れてよかった」



 そう言いながらみずきが手を差し出すと、沙耶はその手を握り、ベンチから立ち上がった。

  その時、一瞬メガネ越しに見えた沙耶の目は輝いていたように感じた。



「これまで一人で抱え込んでおったことを誰かに打ち明けると、なんだか気持ちがスッキリするじゃろ?人には言えない秘密や悩みなんて、生きていく上では誰にでもあることじゃよ……しかし、誰かに自分を知ってもらうというのも、時には大切な事なのじゃろう」



 と、先ほどまで後ろで様子を伺っていただけの風菜が、沙耶がご機嫌になったのを見るや否や、突然前へ出て話を始めた。そんな風菜の様子に、みずきは思わず彼女の肩を軽く叩いた。



「おいおい、風菜。何最後はあんたが良いように締めようとしてんだよ!沙耶の心を開いた今回のMVPは私のはずだろ!」


「じゃが、その神童沙耶の地雷を踏んだのもお主じゃったがな」


「うっ……」



  対して特別なわけでも何でもない、いつも通りのみずきと風菜の馴れ合いに、周囲もまた明るい雰囲気に包まれる。先程とは一転、暖かい空気が辺りを漂った。




 だが、そんな 穏やかな時間もつかの間、みずきは背筋が凍るようなその禍々しい気配にいち早く気づき、辺りを見渡した。



「……いるのはわかってる。何処だ!隠れてないで姿を見せろ!!」



 張り上げたみずきの声を合図に、風菜と息吹は変身道具取り出し、何が起こっているのかと困惑している沙耶をかばうような形で構えをとった。



「こっちよこっち、マヌケな魔法少女さん」



  突如聞こえてきた女の声に反応し、みずき達は一斉に声の方へと顔を向けた。



「チッ、あんな所にいやがったのか……」


「えっ……嘘、何で小田原城の屋根に人が乗ってるの……?」


「下がって!あいつは人間じゃない。ボク達の敵……闇の使者だ」


「あの人が……敵?」



 みずき達が見上げた先には、小田原城の頂上に座り込む影があった。


  月光に照らされた美しい金色のツインテールがキラキラと輝きを放つ。辺りの和風な配色とは全く異色な黒いゴシック衣装を身にまとい、女は膝を抱えた色っぽい体勢で遥か下にいるみずき達を見下ろしていた。



「アタシはバルキュラス。まあ、名乗ったところであんまり意味はないんだけどね……だって、あんた達はみんなここでおしまいだから」



  そう言うと、バルキュラスは小田原城の屋根の上でゆっくりと立ち上がった。


  と、同時に、騒ぎを目にしたの周囲の人々が、ポツポツと城の周りに集まりだした。



”何、あれ……?”


”人……なの?”


”何で女の子があんな所に?”



  城の屋根に立つ女性という異様な光景を前に、周囲がざわつきだす。話し声はだんだんと大きくなり、集まってくる人も徐々にその数を増していった。



「まずいぞみずき、人が集まりだしてきおった……ここで戦うのはあまりにも危険じゃぞ」


「わかってる。何とかして奴を人気のない所まで誘導しよう。変身するところを見られちまうかもしれないが……今はそんなこと言ってられない!」



  最悪の事態を想定し、みずきと風菜は、互いにヒソヒソと小さな声で話し合いながら戦闘体勢に入った。


 と、その様子を上から見下ろしていたバルキュラスは、突如みずき達を鼻で笑った。



「ふふ……あんた達の考えなんてお見通しよ。そこいらから湧いてきた人間共を生かしておきたいんでしょ……見逃してやると思う?このアタシが。アタシの周りを鬱陶しく飛ぶ虫は躊躇なく殺してやる……」



 その言葉に、みずきの脳裏に悪い予感が走った。ドス黒い空気が辺りに張り詰め、みずき達は極限の緊張感に駆られた。



「……あんた、あんましデカイ口叩いてんじゃねーよ……私達をナメるな」



  不快なバルキュラスの発言に、みずきは彼女を睨みつけながらドスの効いた言葉を突きつけた。



「おー、怖い怖い。……でも確かに、仮にもドボルザークやゴッドフリートを退いた程の力を持つ魔法少女。3対1では流石のアタシも苦戦を強いられるかもしれない……だ・か・ら、”数”を用意しておいて正解だったわ……」



  バルキュラスが手を振り上げ指を鳴らすと、彼女を囲むように空に大きな穴がいくつも出現した。

  その禍々しい気を帯びた空間の裂け目の出現に、みずきの身の毛がよだつ。


”この禍々しい気配に覚えがある……こいつはやばい……”そう直感的に感じ取った。




「全員この場から離れろ!!!!今すぐにッ!!!!!」




  みずきが大声を上げたその時、空に開いた穴からは大量の魔道生物が出現し、一直線に周囲の人々の元へと飛び出していった。



  瞬間、みずきの声をかき消すほどの鈍い音が、辺りに響き渡った。


 みずきのいた位置からすぐ近く、丸々とした白い魔道生物が、真後ろに立っていた男性の体に喰らい付いていた。

  魔道生物はその巨大な口で男声の上半身を丸々飲み込むと、いとも容易く肉体を食いちぎり、再び空へと浮上していった。引きちぎられた胴体からは大量の血が噴き出し、一瞬にしてアスファルトを真っ赤に染めた。


 一瞬、本当に一瞬の出来事に、周囲は一体何が起こったのかを理解するのに随分と時間を要した。が、一人が恐怖の悲鳴を上げた瞬間、全員が一斉にパニックに陥った。

  そんな人々の叫び声に煽られるように、魔道生物は次々に人を襲い、無常にも人間を食い殺し続けた。


  つい先程までの落ち着いた美しい夜空の風景とは一変、化け物が人々を食らい血で空を赤く染めるこの現状は、まさに地獄絵図と言わざるを得なかった。



「そんな……そんな……こんなのって……嘘だよ……」



  そのあまりに過激すぎる惨劇に、沙耶の目の前は真っ暗になり、膝から崩れ落ちた。


  沙耶だけではない。魔法少女達もまた、そのあまりにも突然すぎる悲劇に、目元を真っ暗にし硬直した。


  ただ一人を除いて……。




「……貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」




  怒りに声を荒げ、みずきは全力で叫んだ。


  拳を手のひらに叩きつけ、赤いレザーグローブを輝かせる。

  全身を包む赤い閃光から身を乗り出し、早々と魔法少女に変身を遂げたみずきは、思い切りバリュキュラスの元へと飛び出していった。





―運命改変による世界終了まであと101日-



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