第25話 その力は友のために

  強力な魔力を放った赤い閃光が、月明かりの照らす夜空に走った。


  みずきの振り下ろした拳から響く鈍い轟音が、彼女の心の内を露わにしていた。



「ちょっと……いきなり飛び出してきてびっくりするじゃない。何で不意打ちなんてナンセンスなことしちゃうかなぁ」


「黙れ……」



 勢いよく飛び出したみずきの激しい一撃により粉々に舞い上がった瓦の破片が、まるで煙幕のように小田原城の頂上を包み込む。が、しばらくして煙が晴れると、中からは涼しい顔でみずきの拳を受け止めるバルキュラスの姿があった。


 その姿は先程までの衣装とは一変、西洋風のまるでファンタジーに登場しそうなビキニアーマーを身に纏い、その手に握った巨大な槍の柄でみずきの拳を食い止めていた。



「これがアタシの自慢の特殊魔法”アームドチェンジ”。その場面場面に合わせて様々な衣装を瞬時に身に纏うことのできる魔法。衣装にはそれぞれ特性があり、それを身に纏うことでアタシ自身の力にも大幅な変化が……」


「黙れって言ってんだろッ!!んなこたぁハナから聞いてねーんだよ!!」


「……全く、話もまともに聞けないっていうの、魔法少女ってヤツは?たかが数える程死んだだけで大袈裟ね……そんなに血相変えちゃって。殺した数なら、まだドボルザークの奴の方が遥かに多いってのにさ」



 まるで神経を逆撫でするように語り続けるバルキュラス対し、その度にみずきは”黙れ”と一言放ち猛威を振るった。

 そんな異常に取り乱すみずきの様子を見て、バルキュラスはある事に勘付いた。



「……さてはあんた、直接その目で同種が無様に殺されるところを見たのは初めてね」


「……黙れ」


「ふん、どうやら図星のようね……プッ、アハハ!そりゃ面白い!あなた、そんなにアタシが憎い?その拳でぶん殴ってやりたいと思う?……かかって来なさいよ、雑魚が。こうしている間にも、アタシが解き放った魔道生物は人間を襲い続ける。今は下でお仲間が頑張ってくれてるみたいだけど、果たしていつまでもつのかしらね」


「だから……黙れって……言ってんだろうがアアアアアッ!!!」



  大声で叫びながら、怒りのままに拳を振るうみずき。だが、それを嘲笑うかのように、バルキュラスはみずきの攻撃を華麗に避け、かつ槍先を彼女の体へと打つけジワジワとダメージを負わせていった。


 皮膚を掠る槍先から真っ赤な血が飛沫を上げて宙を舞う。

捨て身の攻撃も軽くあしらわれるように反撃を受けたみずきは、唸るような声を上げバルキュラスを睨みつけた。



「だいぶ息が上がってるようだけど、魔法少女の力はその程度なわけ?」


「まだ……こんなもんじゃねぇ……私はあんたを絶対ブチのめす……んだよっ!!」



  瞬間、みずきはバルキュラスの槍先を左手で握り掴み、右手に力を込めた。

 右の手甲が巨大化し、赤く光を放つ。心の奥で滾る怒りを力と変え、握りしめた拳を渾身の勢いで振るう。



「アルティメット・ブロオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!」



  己の拳に怒りを乗せ、喉がはち切れんばかりの大声でみずきは叫んだ。

  轟音とともに、空間を揺さぶる程の衝撃波が空に響き渡った。



 が、しかし、必死の思いで振り出したみずきのその一撃に手応えはなかった。

 

  目の前には再び装備を変え、みずきの拳を肘打ちで軽く打ち消すバルキュラスの姿があった。まるで拳法家のような動きやすい軽装備。燃え上がる真っ赤な衣装に身を包み、一本に束ねられた金色の尾が風に揺れた。



「これがあんたの大技ってわけ?……正直ガッカリね。それじゃあ、アタシには勝てない」



 あまりの衝撃に言葉を失ったみずき。

 

 そんなみずきに、休む間も無くバルキュラスの容赦ない攻撃が襲った。


  先程とはまるで違うバルキュラスの戦闘スタイルに全く対応できず、打撃を数発まともに食らったみずきは一瞬の怯みを見せた。そして、その僅かな隙も見逃さないバルキュラの畳み掛けるような回し蹴りが首元に突き刺さった。



「ガハっ……!!」



 そのあまりの痛みに、みずきは吐血し意識を失った。


 そのまま突き刺さった足をバルキュラスは勢いよく振り下ろし、みずきを小田原城の城壁に叩きつけた。




「みずきいいいいいいいい!!!」



 バルキュラスに圧倒されるみずきの様子を見て、風菜が咄嗟に彼女の名前を叫んだ。



「風菜!後ろ!」



  息吹の声に反応し、風菜が後ろを振り返ると、背後には大量の牙を持った魔道生物が、今まさに風菜の頭部に噛みつかんとばかりに大きな口を開けていた。



「ぬおおっ!?」



 咄嗟に回避しようとするも間に合わない。視界を覆い尽くすほどの大口に、目の前が真っ暗なった。


 刹那、遠方から放たれた息吹のライフルが命中。魔道生物は金切り声を上げ、黒灰となりその姿を消した。



「アッシとしたことが油断してしまった……すまぬな……」


「……風菜、みずきを助けに行きたい気持ちはわかる。けど、今ボク達がここを離れたら、一体誰が魔道生物を食い止めるんだ。これ以上、被害を広げるわけにはいかない……」


「……」



  息吹は風菜の肩を掴み、そう強く言い聞かせると、風菜は乗り出した身をそっと落とした。



「その話だけど、このままみずきを一人で戦わせておくのはかなり危険な判断だと言えるよ」



  と、脇側から聞こえてきたニューンの声に風菜と息吹は耳を傾けた。



「前にも言ったように、君達の魔力の源は心の力だ。だけど、今のみずきはそれを上手く制御できていない……明らかに不安定な状態だ。このままじゃ、彼女はやられてしまう」


「そんな……」



  ニューンの言葉に、周囲の空気が沈みかえる。そんな中、容赦なく襲いかかる魔道生物を相手に、風菜達は不安気な表情を浮かべた。



「……私が……私が行く!」



 後方から張り上げられた声に、一同は咄嗟に振り返った。


  目線の先には沙耶の姿があった。

  震える手を必死で抑えながら、真剣な眼差しで真っ直ぐとこちらを見詰めていた。



「沙耶……気持ちは察するが、あまり無茶をするのは……」


「無理でも無茶でも誰かがやらなきゃいけないでしょ!!」


「……!」



  引きつった声で叫ぶ沙耶に、風菜は言葉を詰まらせた。小高いその声が、ビリビリと体の芯にまで響き渡った。



「最初、あの化け物が人を喰い殺したのを見た時、”怖い、夢であってほしい、私には絶対無理だ”って、自分を塞ぎ込んだ。でも、紅咲さんが苦しそうに戦ってるのを見て思った……このまま見ないフリをして、みんなを失ってしまうことの方が、もっと怖いことなんだって……」



 沙耶の語る想いに、風菜と息吹は彼女の話を真剣に聞き入った。



「せっかく友達になれたのに……やっと自分を知って貰えたのに……こんなことで、終わらせたくない……。私なるよ、魔法少女に。人類のためだとか、世界平和だとか、そんな大きなことはまだよくわかならない……でも、それでも私は……大切な友達のために戦いたい!!」



 そう沙耶が強く言い放った瞬間、彼女の胸から金色の光が溢れ出し、輝きを放った。



「覚悟を決めたんだね、神童沙耶……。それが君の戦う理由だと言うのなら、これを受け取って欲しい」



 そう言いながらニューンが差し出したペンダントに、沙耶は指先でゆっくりと触れる。

刹那、沙耶の心と共鳴したペンダントは、強い輝きを放ち、その形を変化させていった。


 目の前に現れた僅か一尺ほどの短い鞘を握りしめ、突出した光の柄を引っ張り出す。と同時 に、抜刀した金色の刀から溢れた光が沙耶の全身を覆った。


 やがて、彼女を覆っていた光が薄っすらと消えて行き、その姿が露わとなった。



  凛とした立ち姿、黄色の美しい絹が風に靡く。特徴的だった赤いメガネが外れ、一目見ただけで和を印象付ける派手な鎧装備が艶を放った。沙耶の片手に握られた大きな刀がギラリと輝いた。



 変身した沙耶のその圧倒的覇気を前に、風菜と息吹はその場で硬直し、小さな声で呟いた。



「これが4人目の魔法少女……」


「戦国無双みたい……」



 沙耶は一度、変身後の自分の体をキョロキョロと見回すと、すぐさま表情を切り替え、目元をキッと引き締める。

その闘志を燃やした眼光は、真っ直ぐとみずきの方を見詰めていた。


 美しくも堂々としたその構えは、まさに侍そのものだった。



「あの時、私は自分を知って貰えて、受け入れて貰えて凄く嬉しかった。だから、今度は私が紅咲さんを……みずきを必ず助けてみせる」



 一度深く深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると、沙耶は月光の彼方へと一直線に飛び出していった。





―運命改変による世界終了まであと101日-



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