第26話 それでも彼女達は前へ進み続ける
月光が不気味に輝く夜、冷たい風が辺りに轟々と吹き荒れていた。
「みずきいいいいいいいいいい!!!」
大声で叫びながら天高く跳躍した沙耶は、じりじりとみずきに接近するバルキュラスに向かって、勢いよく刀を振り下ろした。
攻撃は刃先ギリギリで躱され、空を切った。
「……ちょっとちょっと、何?また増えたわけ?あなた達魔法少女って、一体何人いるのよ……まあいいわ、雑魚が一人増えたところで状況は変わらない。かかって来なさいよ、全力でぶっ潰してあげるから」
そう言うとバルキュラスは不敵な笑みを浮かべ、再びその衣装を変化させていった。
中世時代のようなフリフリとした黒々しい貴族衣装に身を包み、右手に握りしめた銀色に艶めくレイピアを天へとを掲げた。
「私は負けない……みんなと話したいことがまだたくさんあるんだから……」
「……ふーん、そう」
引き締まった表情で、沙耶は一歩づつ前へと歩み出した。と同時に、バルキュラスもまた余裕な表情を見せながら沙耶の元へ歩み始めた。
小田原城の頂上で、不気味な月明かりに照らされた二つの影がゆっくりと歩み寄る。
「あくまで私に勝つつもりなのね…人間風情の三下がッ!!ナメてんじゃないわよ!!」
突然、バルキュラスは険幕な表情で怒鳴り散らすと、沙耶と刀と剣を交えた。
互いの刃が接触し合うたび、キンキンと高い金属音が辺りに響き渡る。
和と洋、それぞれ全く異なる剣が、火の粉を上げてX状に交差した。
「へえ、少しはやるじゃない。けど、その程度じゃあ、まだまだアタシに傷をつけることすらできないわよ」
余裕そうに笑みを浮かべるバルキュラスに対して、沙耶は苦しそうに息を切らせながら、顔にはいくつもの傷を刻んでいた。
激しい剣撃が続く中、やがて、沙耶の動きが止まった。小刻みに手を震わせながら、地に膝をついて倒れる。
「ハア……ハア……くぅ……!」
「あらら、もうおしまいなの?……なんだ、つまらないわね。もういいわ、茶番にも飽きてきたし、とっとと死になさい。恨むならアタシじゃなくて、あんたを巻き込んだ他の魔法少女達を恨むことね」
皮肉な思いを込めた言葉を口にすると、バルキュラスは鋭く尖ったレイピアの剣先を沙耶の額の位置に向け、構えをとった。
「終わりね……自分の呪われた運命に後悔しながら死んでいきなさいッ!!」
顔を強張らせ、バルキュラスは沙耶の頭部目掛けて銀色に輝くそれを突き立てた。
刹那、金属がぶつかり合う高い音が辺りに響く。間一髪のところで振りかざされた沙耶の刀は顔ギリギリを掠め、レイピアの突きを紙一重で回避した。
「あぁ?まだそんな力が……」
攻撃が掠った頬から血を流しながら、震えた足を必死に立ち上がらせると、バルキュラスの目を真っ直ぐと睨みつけた。
「……我、事において、後悔せず」
枯れた声を絞り出し、沙耶は小さく囁いた。
「はあ?何言ってるの、あなた……」
「宮本武蔵の言葉……後悔しない決意。後悔なんて、絶対にしない。私は後悔しないために魔法少女になることを選んだの……!」
沙耶の心からの声に、崩れた城壁の瓦礫に埋もれ意識を失っていたみずきはゆっくりと目を開き、耳を傾けた。
「誰だって後悔しないように生きたい……でも、人は必ず過ちをおかす。後悔して、自分を責めて……けど、だけど……立ち止まってちゃ、前に進めないから!!もう中途半端なことはしたくない!!私は……みずき達と一緒に戦うと決めたの!!」
涙を浮かべながら震える声で立ち上がる沙耶に、みずきは鼓動が高鳴るのを感じた。その瞳に赤い灯火が宿る。
「ふん、そんな産まれたての子羊みたいに足をプルプル震わせてるあなたに今更何が出来るって言うのよ?もう勝ち目なんてないわ。いいからさっさと……くたばれやあああああああッ!!」
切り裂くほどの声とともに、沙耶の目の前には月光に輝く刃が突きつけられる。バルキュラスは勝ち誇った表情を浮かべると、銀色にきらめく不気味なそれを振り下ろした。
”ガチィィィィンッ!!”
と、バルキュラスがレイピアを振り下ろした瞬間、確実に沙耶を捉えたはずの攻撃から鈍い音が響いた。
振り下ろされたレイピアの先、そこにはみずきの姿があった。
血に濡れボロボロになったコスチュームを引きずりながら、剣先を拳でしっかりと握りしめる。
「ちょっ、あんた!!これだけ傷つけられてもまだ動けるっていうの!!?」
バルキュラスの攻撃を防いだまま、みずきは首を軽く横に向かせると、笑みを浮かべて沙耶に語りかけた。
「そうだったな……私達は後悔するためにここにいるんじゃなかった……。私達は進み続けんだ。だから……こんなところでいつまでも寝てる場合じゃなかったよなあッ!!」
みずきは掴んだレイピアを大きく振り払うと、ガラ空きになったバルキュラスの腹部に拳を突きつけた。
「ンガッ……!!」
口から黒い血液を吐き出し、バルキュラスは一歩後ろに下がる。瞬間、怯むバルキュラスに隙を与えることなく、みずきは彼女の首元に回し蹴りをお見舞いし、その体を勢いよく吹き飛ばした。
「悪かったな沙耶……一緒に進むぞ。後悔する暇なんざあたえねぇ」
暗い夜空の中、轟々と赤く燃え上がる背中に、沙耶は思わず涙を流した。
「紅咲さん……」
「あれ?さっきまでみずきだったのに!?」
「あ、あれはなんか咄嗟に……フフ、いや、そうだよね……行こう、みずき!」
沙耶は涙を拭き取り、ふっと頬を緩ませた。
お互いの魂が共鳴し合う。暗闇の中に見えた確かな光に、二人は眉間を引き締め進む覚悟を決めた。
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