第29話 集結!5人の魔法少女

 遠く藍色の幕のような深い空が、アーチ型のステンドガラス窓越しにぼんやりと広がっていた。


 黒い車に乗せられやって来た豪邸の内部、赤い絨毯で敷き詰められた長い長い廊下を、執事東堂の案内に従い、みずき達は真っ直ぐ奥へと進んで行った。



「うわ、なんだこの屋敷……360度どこ見ても高そうなもんしか視界に入ってこない件……おいニューン、ほんとにここ大丈夫なとこなのかよ?」


「ああ、心配することはないさ。この長い廊下の先に5人目の魔法少女がいる……」


「はーん……てかあんた、いつの間に5人目の魔法少女を探し出してたんだ?」


「彼女に会ったその時、全て話すつもりだよ」


「たく、相変わらず勿体振る奴だな……」



「さあ、着きました。こちらがお嬢様のお部屋となります」



 東堂の言葉に、一同は立ち止まった。


 ニューンと話しているうちに、気が付けばみずきの目の前には大きな扉があった。深く深呼吸すると、みずきは金色に輝くドアノブに手を掛け、ゆっくりとその重い扉を開けた。


 部屋の中は暗く、広い空間をステンドガラスから漏れる月明かりとランタンの微かにオレンジ色の光だけが照らしていた。

 その不気味な雰囲気に、みずき達は息を呑みながら一歩づつ慎重に部屋の中へと足を踏み入れた。



「あなた方が例の魔法少女……ですわね」



 と、部屋の一番奥、巨大なステンドガラスの窓を背景に、どっしりと構えられた机と椅子の方から突如聞こえてきた声に、みずき達は一斉にその方向に振り向いた。


 刹那、ガシャガシャと机の上の物を落とす音とともに、椅子に座っていたであろう人影が飛び出した。その人影は机を蹴り上げ、勢いよくみずきの元へと一直線に飛び出した。



「どわぁ!!いきなり何だあッ!?」


「ああん、大変お待ちしておりましたわ!貴方が紅咲みずきですわね!まあまあ、噂以上にガサツそうなお方で!」


「こ、こいつが最後の魔法少女なのか……ええい、いつまでベタベタくっついてんだよ!気色悪いからいい加減離れろッ!」


「いや~ん」



 みずきが自身の体にベタベタと引っ付いてくる少女の頭を叩いたと同時に、天井にぶら下げられた煌びやかなシャンデリアが光を放ち、薄暗かった不気味な部屋を一面明るく照らしだした。



「およ?部屋の明かりが……」


「お嬢様、せめてお客人を呼ぶ時くらいは部屋を明るくしておいてくださいとあれほど言ったではありませんか……」


「いえいえ東堂、こーゆーのは雰囲気が大事なんですわよ」


「はあ……」



 シャンデリアの光に照らされて、透き通るほど美しい白の長い髪が輝いた。その他、服がはち切れんばかりに豊満に育った胸が印象的な少女。端麗であり育ちの良さを表している彼女は、容姿こそまごう事なきお嬢様と言えるだろう。


 しかし、イメージと違っていたのか、そのえらく軽いノリのお嬢様に、みずき達はただただ唖然としていた。



「まあでも、明るくなったことでお互いの顔がハッキリ見えるようになりましたわね。ふむふむ、なるほど。流石魔法少女と言うだけあって、ワタクシ程ではないとはいえなかなかの美少女揃いですわね!”醜い少女はアニメヒロインになれんぞい”というのも、あながち間違いではないのかもしれませんわね」


「……本当にあんたが?」



 ポロっと出たみずきの質問に、少女はくるりとその場でターンし、仁王立ちで立ち止まった。美しい髪と胸が靡き揺れる。



「そう、ワタクシこそ、あなた方が捜し求めていた最後の魔法少女!新しいお友達ですことよ!」



 彼女は満面のドヤ顔でそう言い放った。




>>



「さて、では改めまして……おっほん、ワタクシが5人目の魔法少女、ユリカ=シラツメと申しますわ。以後お見知り置きを」



 長く白い髪を靡かせながら、ユリカは紅茶を一口啜る。一同は客人用の席へと移動し、机を囲むようにソファーに腰掛けていた。



「ユリカ……って、白爪百合華!!まさか、あの大財閥”神園グループ”の社長令嬢の!?」


「ほほう、あの世界規模の……なるほど、白爪家と聞いた時、どこかで聞いたことのある名じゃと思ったらそういうことか……」



 沙耶の言葉に、風菜は納得したように腕を組んだ。



「そう!金融から飲食店や玩具メーカーの経営まで、多角に渡って活躍する超超超一流企業!今や世界経済の5割を占める程にまで成長した日本を代表する富豪中の大富豪!神園グループの令嬢、白爪百合華ことユリカ=シラツメとはこのワタクシの事でございましてよ!!」



 謎のキメポーズをとりながら清々しい程のドヤ顔で語るユリカは、再び紅茶を口に運ぶと落ち着きを取り戻し、再び話し出した。



「ふう……では、そろそろ何故このようなことになっているのか、それまでの過程をご説明するとしましょうか。ニューン!」



 ユリカが呼ぶ声に、ニューンはフワフワと彼女の元へと近づき、膝の上に着地した。



「……んで、そこは一体いつの間に接点ができてたんだ?」


「そうだね……アレはちょうど君と出会って2日後のことだったかな」


「2日後って……それじゃ、あんた風菜が魔法少女になる前に既にユリカと出会ってたってことか!?」


「まあ、そういうことになるね」



 ニューンのサラッと口にした発言に驚くみずき。そんな二人の会話に、ユリカがくすりと笑った。



「ふふ、つい最近の出来事なのに、何だか懐かしく感じますわね。我が家のセキュリティに謎の生き物が引っかかっていた時は衝撃でしたわ」


「しかも捕まってたのかよ……」


「白爪家のセキュリティを甘く見て貰っては困りますわ。たとえ魔道生物だろうが、無断で侵入しようものなら容赦なく確保ですわよ!」


「ユリカの中に眠る強い魔力に惹かれやって来たんだけど、まさか瞬間移動する暇もなく捕まってしまうとは思っていなかったよ……まあでも、そのお陰で手っ取り早くユリカに会うことが出来たんだろうけどね」



 自慢気に語るユリカに、ニューンは苦い表情を浮かべた。



「で、ニューンは白爪百合華に魔法少女のことを話したんでしょ……なんでその時仲間にならなかったの?」



 息吹が口にした疑問に、ユリカはふふふと不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開き答えた。



「ニューンから話を聞いて、ワタクシも魔法少女になること自体は否定しませんでしたわ。ですが……ワタクシ程の人間が、2人目の魔法少女というところに納得がいきませんでしたの!」



「……は?」



 想像以上に斜め上を行くユリカの答えに、一同は唖然とした。



「本当は1番最初にワタクシが魔法少女を名乗りたかったのですが、生憎みずきに先を越されてしまっていたようなので”最後の魔法少女としての立ち位置”を条件に仲間になるということで妥協しましたわ」


「ちょ、おま、それだけのためにこんだけ登場するの引っ張ってたのかよ!?」


「それだけとは失礼な!大事なことです!」



 頬を膨らませるユリカに、みずきは拍子抜けしてソファーに深く寄りかかった。

 そんなみずきをよそに、ユリカは残った紅茶を飲み干し、そっとティーカップを机に置いた。



「その代わりと言ってはなんですが、実は裏でずっとあなた方をサポートさせていただいてたのですが……思い当たり節はございませんこと?」



 ユリカの言葉に、風菜はハッと何かを思い出したように膝に手をついた。



「まさかネット上から魔法少女の情報が一斉に削除されておったのは……」


「お察しの通りですわよ風菜。それ以外にも衛生や監視カメラの映像の回収、警察やマスメディアの足止めもこちらで手配しておきました。それにしても随分と派手にやってくれてたようで……ワタクシがクシャポイしていなければ、今頃世間は大騒ぎだったかもしれませんことよ」


「全く規格外の権力じゃな……ビビってちびってしまいそうじゃわい」



 額に冷たい汗を浮かべながら、風菜は目の前に置かれたティーカップに手を掛け、紅茶を一気に飲み干した。


 と、ここで、息吹の脳裏にある出来事が浮かび上がった。



「……っ!!ちょっと待って!じゃあ、もしかして朝霧が突然解散したのも……」


「闇との壮絶な戦いの中で、それ以外の障害があっては心身ともに動き辛いでしょう。ある程度はこちらで手を打っておきました。最も、魔法少女同士でぶつかり合うだなんて、予想外すぎる事態にこちらも少し戸惑ってしまいましたわ」


「そう……だったの……」



 そこまで聞くと、息吹は眉間を指で押さえつけ、複雑な表情でしばらく考え込んだ。



「そうか、なるほど……お前達のおかげで、ボクの復讐するべき相手がいなくなってしまったわけだ」


「復讐って……おい息吹!あんたまだそんなこと考えて……!」


「冗談よ。闇落ちジョーク。あれだけのことがあって学ばないほど、ボクは子供じゃないから……ボクは大人だから。大人だから」


「大事なことなので二回言いました……てかあんたが言うと冗談に聞こえねーよ」



 オドオドと戸惑うみずきの反応に、終始固い表情だった息吹は薄っすらと微笑んだ。そして、ユリカの方へと目を向け、軽く頭を下げた。



「まさかこんな形になるとは思ってなかったけど……ありがとう……と、いうべきなのかな……ユリカ」


「……ええ、どういたしまして」



 満足そうな表情を浮かべ、ユリカはいつもの癖のようにティーカップを口元に近づけた。が、その中身が既に空っぽになっていたことに気づき、少し照れくさそうに咳払いをした。


 喉を鳴らし、ユリカは改めて話を続けた。



「さて、ではワタクシ達白爪家が何故ニューンのあの現実味のない話を信用し、その上であなた方にここまで協力するのか……まだまだ話すことは山積みですが、本日はここまでとしましょう」



 そう言うと、ユリカは突然話を切り上げ席から立ち上がった。そんな彼女に、みずき達は待て待てと言わんばかり身を乗り出した。



「おいおい、まだ引っ張るつもりか!?タイミング的にも今のうちに全部話しといた方がいいんじゃねーのか?」


「いえ、実はあなた方に見せておきたいモノがあったのですが……もう夜も深まって参りました。それに、いくら超回復の能力があるとはいえ、まだボロボロではありませんか。シャワーと食事の用意をさせますから、今夜は泊まっていってくださいな。空き部屋なら腐るほどありましてよ」



 そう言われ、みずき達は互いの顔を見合わせた。ボロボロに汚れた姿、疲れきった表情を見て、お互い納得したように小さく笑い、頷いた。



「ああ、わかったよ。じゃあお言葉に甘えさせて貰うことにしますかね」


「ヤー、懸命な判断ね」



 そう言うと、みずき達はゆっくりと立ち上がり、体を大きく伸ばしながら扉の方へと歩き出した。すると、そのまま部屋を後にしようとするみずき達の目の前に、突然ユリカが立ち塞がった。



「ストップ!!まだやる事が残っていますわ!さあ、皆さん手を出して!」


「おいおい、今度はなんだよ……」



 そう言いながらユリカが突き出した手の甲に、みずき達は渋々手を重ね置いた。




「では……今ここに、5人の魔法少女が結成されたことを宣言します。これからこの5人で頑張っていきますわよ!エイエイオー!」




 重ねた手を勢いよく振り上げ、ユリカは満面の笑みを浮かべた。


 29話という長い時を得て、今まさに、5人の魔法少女がここに集結したのであった。




「おい、あんた地味に私のリーダーポジション狙ってないか……?」





―運命改変による世界終了まであと101日-


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