第49話 実験体
じめじめとした薄暗い空間、大量に撒き散らされた不気味な色彩の薬品が、異様な臭いを放ち部屋に立ち込める。
暗い闇の底。その施設中では、人間の世界において決して見ることのないであろう奇妙な生物が、巨大な透明ケースの中でホルマリン漬けにされズラリと並べられていた。
そんな奇妙な部屋の中に、1人の男の声が響き渡った。
「スレイブ!Dr.スレイブ!!」
暗い闇の底で、黒いパーカーを身に付けた青年……ナイトアンダーの声が響き渡った。
と、彼の声に反応し、机の上に並べられたフラスコの間から白衣姿の老人がひょっこりと顔を覗かせた。
「なんだ、居るじゃないか……居るなら居るで返事をしてくれれば有難いんだが……」
「ヒヒ……いやぁ、すまんすまん。研究の方に集中していて聞こえんかったわい……。しかし、今回のはまた凄いぞぉ!素晴らしいものが出来た!ヒッヒヒ……ヒヒヒヒヒヒッ!今回、ついに魔法と科学の融合に成功し、ワシが完成させたこいつは……」
「あー、すまない。今はあんたの研究成果より、もっと面白い話があるんだ……!」
「ヒヒ……ワシの研究話よりも面白い話じゃと……?ヒッヒヒヒ……それはまた大きく出たものじゃなぁ、ナイトアンダー……して、一体どんな話をしてくれる……」
「ニコラグーンが死んだ」
突き刺さるような言葉に、一瞬、空間は凍りついたかのようにその時を止めた。
ナイトアンダーから言い放たれたその一言に、スレイブは驚愕の表情を浮かべる。しばらくして、取り乱した白衣を引っ張り整えると、彼は再び口を開いた。
「……ヒッ、ヒヒ……それは、魔法少女に殺られたということか……?」
「……ああ、そうだ。ニコラグーン……彼奴は嫌いだったけど、正直、人間如きにやられちゃうとは俺も予想外だったよ……でも、それが事実。奴は魔法少女に負けた……それが結果だ。”監視者”の俺が言うんだ、間違いはない」
震える声で尋ねられたスレイブの質問に、ナイトアンダーは静かにそう答えた。
衝撃の事実に、肩を震わせるスレイブ。
だが、その震える声とは対照的に、薄っすらと口角を釣り上げた彼のその表情は、どこか喜んでいるようにも見えた。
「ヒッ……ヒヒヒ……人間と魔力の融合……その力がまさかここまでのものとは……ヒヒ……恐ろしい……恐ろしく、そしてまた素晴らしい……!!堪らなく尊い……魔法少女……!!ヒッ、ヒヒヒヒヒッ……!!」
ナイトアンダーから魔法少女の話を聞き、スレイブは興奮気味に笑い声を漏らす。
すると、笑い声を上げると共に突如目を見開き、爪をガリガリとかじり始めた。
肩を丸め、ブツブツと不気味に小さく呟く彼の姿に、ナイトアンダーは呆れたようにため息を吐いた。
「……相変わらず、あんたは何を考えているのか全くわからないな……ニコラグーンの死。この事実に、ここで確実に魔法少女を潰すつもりだったはずの女王も完全に機嫌を損ねておられるよ」
「まさに、ワシらは城を支える大きな柱の一本をへし折られてしまったというわけじゃな……フヒヒ……」
「例えるならそういうことになるだろう。魔法少女は俺達の想像を遥かに超えて成長している……これはもう、いよいよ底辺の魔道生物やドボルザーク達は本格的に使い物にならなくなってきたわけだ……」
ナイトアンダーはそう口にすると、ダルそうに頭を掻いた。
すると、彼のこの発言にスレイブはまたしても唐突に笑い声を漏らした。
「ヒッ、ヒヒヒヒヒ……!!何を言っておるんじゃ。魔法少女の急成長、これ程喜ばしい事があるか!!……フッ……フヒヒ!!ヒヒヒヒヒーーーーッ!!!」
一度笑い出すともう止まらない。
カスカスの笑い声を上げながら5本指の爪を噛み倒すスレイブの不気味な姿に、ナイトアンダーもまた寒気を覚えていた。
そして一通り笑い終えると、スレイブは一呼吸置き、再び口を開いた。
「……それはさておき、その言い回しじゃと、既にこの話は女王の耳に入っておるわけじゃな?」
スレイブのこの発言に対し、ナイトアンダーはピクリと眉を動かした。と、少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「あんた……知っててワザと聞いてるだろ?本当に性根の腐った奴だ……俺は監視役……何故なら、俺は”女王の目”だからだ。向こうの世界でこの目に映ったものは全てあのお方と共有される……それが俺に課せられた”罰”……呪いとも言えるだろう」
「ヒッ……ヒヒヒ……!!そう怒るな、ジョークじゃないか。それに、向こう側の世界ではそうだったとしても、この闇の世界においては、その呪いとやらも効力を発揮しておらん……それだけでも少しはマシじゃろう?」
懇切丁寧に語るナイトアンダーに、スレイブはケタケタと不気味な笑い声を漏らし、面白そうにまじまじと彼を見詰めていた。
そんな視線に、ナイトアンダーは額に汗を滲ませながらスレイブに背を向けると、彼の視線から目を外した。
「確かに、魔力を最大限に解放出来る闇の空間では、この呪いを自在に制御することができる。が、人間界では制御できても精々10分が限界だ……これは女王も承知の上。せめてもの慈悲のつもりか、はたまた……」
難しそうな表情を浮かべ、深々と話し込みそうになっていたその時、ナイトアンダーは咄嗟にハッと我に返った。
「……って、もう俺の話はいいだろう?ニコラグーンが魔法少女に殺られたこと……それだけをあんたに伝えに来ただけだ。じゃあ、俺はこれからこの話を他の連中にも伝えなきゃならないから、これで失礼させて貰うよ」
そう言うと、ナイトアンダーは背を向けたままスレイブの研究室を後にしようとした。
その時、スレイブが咄嗟に声を発した。
「……おっと、そうじゃ。ヒヒッ……お前さんの話ですっかり忘れてしまっておったわい。……ナイトアンダー、少しワシの頼まれごとを聞いてはくれまいか?」
ナイトアンダーを呼び止める言葉に、彼は進む足を止め、渋々スレイブの方を振り返った。
「頼まれごと……?」
「実はの……今回研究で使った”実験体”を試しに人間界に送り込んでみたんじゃよ……」
「なっ……!?また勝手なことを……そんな命令は一切出てなかったはずだ。もしそんなことが女王にバレでもしたら……」
「だ・か・ら、そいつがバレる前にお前さんにその実験体を回収して来て貰いたいわけ!ヒヒッ……」
「な、なんで俺が……それにさっきも言ったが、俺の視覚は呪いで女王のものとリンクしている。俺を使えばすぐにバレるぞ……?」
「なぁに、場所は既に特定しておる。お前さんが自らの呪いを制御できる範囲の10分もかからん軽作業じゃよ。告げ口要員のニコラグーンも死んだわけじゃし、多少は自由に動きやすくなったはずじゃろ」
そう言いながら、スレイブはナイトアンダーの肩にそっと手を置くと、不敵な笑みを浮かべた。
「それと、何故お主にこのことを頼んだかのアンサーじゃが……今、実験体がすこーし面倒なことになっておるんじゃよ……ワシ自らが行けば、最悪交戦中の”アレ”にやられてしまうかもしれないんでな……」
「交戦中!?一体、あんたの実験体はどこで何をしているんだ……」
「ヒヒ……まあまあ、それは行ってみてからのお楽しみじゃよ……フヒッ、フヒヒヒヒッ!!」
嬉しそうな笑い声、勿体ぶったスレイブのその言い回しに、ナイトアンダーは悪い予感を覚えた。
暗く薄暗い空間に、奇妙な老人の笑い声が鳴り響いた。
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