第48話 超絶・アルティメットV
真っ赤に、まるで血のように淀んだ空の下、宙に浮遊するニコラグーンはその右腕を天に掲げ、空に巨大な魔法陣を描いた。
「★ # 〒 # ♀@ ※ G ⌘ 〆 ▲……」
聞いたことのない言語が、彼の口から淡々発せられる。
と、ニコラグーンが呪文を唱えると共に、魔法陣はさらにその大きさを拡大していった。
やがて、その魔法陣からはとてつもない魔力を纏った、まるで轟々と燃え盛る”太陽”のような巨大なエネルギー弾が召喚された。
邪悪な力に空が荒れ、大地が揺れる。
その圧倒的ともいえるニコラグーンの最大魔法を前に、傷付いた魔法少女達は思わず体を後ろへと引いた。
「何……あれ……?」
「覚悟は決めてきたはずじゃったが、また体が震えてきおったわい……恐ろしいほどの魔力を感じる……もし、アレが落ちでもすれば……」
「おいおい、冗談じゃねーぜ……あいつ、まさかこの地球ごと私達を吹っ飛ばそうってつもりか?……今更だがマジでどうしようもなく頭のネジぶっ飛んだ野郎だ……」
強大な力を前に動揺する魔法少女達の姿に、ニコラグーンは目を見開きケタケタと奇怪に笑い声を上げた。
「魔法少女を始末する……それこそが、あのお方の望み、私にお与え下さった使命……使命は必ず果たす……全ては偉大なる”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”の為……そう!全て愛故に、私は尊き愛を叫び続けるのですッ!!ハハハ……アハハハハハハハハーーーーーッ!!!!」
狂気の沙汰に溺れるニコラグーン。その表情に、全員が背筋を凍らせた。
と、次の瞬間、ニコラグーンは引きつった笑い声を止め、ついにその掲げた巨大な”太陽”をみずき達目掛けて振り下ろした。
空を裂く禍々しい魔法が、ゆっくりと地上へ降り立とうと近づく。
不気味な赤い光が、荒廃した地上を照らした。
「熱い……すごい熱量……ボク達の魔法とでは比べ物にならないほどデタラメな力だ……!」
「そんな……こんなの、どうやって食い止めればいいんですの……」
漂う絶望の香り。
迫り来る強大な力は、魔法少女達の目に宿る希望の光すら、深い闇へ誘おうとしていった。
ただ、一人の少女を除いては……。
「……進まなきゃ……立ち止まってちゃ、何も始まらねぇ……!!」
燃え盛る”太陽”が轟々と音を立て近づく最中、静まり返った辺りには、みずきの声が響き渡った。
「みずき……」
その熱く胸に突き刺さる声に、一同は顔を上げた。皆の視線を一斉に浴びながら、みずきは向かい来る”太陽”の前へと出た。
「みずき、ニコラグーンの放つ魔力はとてつもなく強大なものだ……何か策はあるのかい?」
背後から聞こえて来るニューンの声に、みずきは前を見詰めたまま背中で答えた。
「……みんな、まだ立てるよなぁ……まだ戦えるよなぁ……!!もし、まだその意思が、力が少しでも残っているのなら……そいつを全部私に貸してくれッ!!!!」
荒ぶる風に煽られ激しく靡く髪、キリリと釣り上がる目つき。巨大な”太陽”の逆光を浴びたみずきの背中は眩く、その後ろ姿からは神々しさすら感じられた。
「成功するかはわからない……けど、やるなら今しかない……決めてやる……”アルティメットV”をッ!!」
『アルティメットV』……それはかつてヒマラヤでの特訓の末、断念した合体必殺技の名だった。当然、成功した試しは一度もない。
ただ、それでも、少しでも可能性が残っているのなら、みずきはその足を止めることはなかった。
がむしゃらに前へと進み続けるみずき、そんな彼女の姿に、堪らなく鼓動が高まる。
風菜、息吹、沙耶、ユリカ……4人の魔法少女は互いに目を合わせると、覚悟を決め、一同はみずきの元へと歩み寄って行った。
「……そうじゃったな。諦めてしまえばそこが終点……アッシらの乗り込んだ列車は特急、止まることは許されんかったの」
「人生は一度きり……その道を、これからもみんなと一緒に歩んでいきたい……だから……だからこそ、ボクは今、この瞬間に全てを賭けよう……ノーコンティニューでクリアだ……!!」
「”世々の道を背くことなし”……私も、最後までみんなと一緒に戦うって決めたから……だから……もう、迷わない」
「やるしかないですわね……必ず世界を救ってみせますわ……だって……ブクマしてるサークルさんの新刊、まだ読めてませんもの!このまま世界が滅んでしまったら……ワタクシ、死んでも死にきれませんことよ!」
4人の魔法少女はそれぞれ言葉を残すと同時に、みずきの背後へと回る。
この絶体絶命の窮地の中で、集う仲間達の表情は皆、どれも真っ直ぐに、その先の未来を見詰めているものばかりであった。
互いに肩を持つと、魔法少女達は定位置に立ち、構えをとった。
瞬間、魔法少女達の体が眩い光に覆われる。
輝きを身に纏うと共に、みずきは自らの体に流れる魔力が、爆発的なまでに上昇していくのを感じ取った。
「すげぇ……特訓の時とは比べ物にならねぇほど、魔力が体から溢れ出てくる……!!」
仲間との絆、そして、各々の心の力の強さが、合体必殺を成功させる上で重要な鍵となる。
ニコラグーンとの激しい死闘の最中、怒り・悲しみ・絶望……そして希望、あらゆる感情の変化・経験により、彼女達魔法少女の心の力は以前よりも遥かに強固なものへと進化を遂げていたのだ。
「ほ、ほんとだ……あの練習の時とはまるで違う……本当に、これが私達の魔力なの……?」
「どうやら、そのようですわね……全く、我ながらなんて馬鹿げた力なんでしょう……あまりの強さに、みずきの背中を支えているワタクシ達まで吹っ飛ばされしまいそうですわ!」
その莫大なまでに膨れ上がったみずきの魔力は、背後で力を送るユリカ達にもビリビリと伝わってきていた。
「いける……これならいける……さあ、行くぞみんな!世界の運命、全人類の未来、全部全部……この拳に賭ける!!なってやろうぜ英雄に!!オタクが世界を救うヒーローで何が悪いッ!!!!」
みずきの言葉に、全員が強い眼差しで頷いた。
鮮明に蘇るはこの戦いの記憶。
幾度となく血に塗れ、また多くの人が命を落とした……幾度となく繰り返された絶望に、何度心が折れたことだろうか……だが、それでも、少女達は前へと歩み続けることを決めた。
何度倒れたとしても、また何度でも立ち上がる……小さな光を必死に手繰り寄せ、彼女達がようやく手にした”希望の光”。
自分自身でも正体のわからない熱さが、みずきの頰を伝う。
微かな希望の意図が確信へと変わったその時、大きく息を吸い込み、魔法少女達は全力の声を天高く張り上げた。
「……愛とッ!!!!」
「正義がッ!!!!」
「世界を救……!!」
「うッ!!!!」
「完全!!究極!!超絶!!今こそ5人の力を1つにッ!!!!」
全ての思いを一握りの拳に託し、魔法少女達はその名を天地に轟かせんとばかりにこれまで以上の声でその技の名を叫ぶ。
『超絶……アルティメットVッ!!!!!』
万感の思いを込め、今、みずきは迫り来る”太陽”に向かい、5人の魔法少女全員の全力を撃ち放った。
突き立てた拳から伸びる眩い黄金の輝きは、真っ直ぐに、そして一直線に、ニコラグーンの凶悪な魔法と正面からぶつかり合った。
激しい轟音が辺りに鳴り響く。
そのあまりに強大な魔法と魔法とのぶつかり合いに、強い衝撃を受けるスカイデッキは崩壊を始めた。
飛び散る火花、ぶつかり合う全力と全力、大地を揺るがす真っ向勝負は、両者互角のものに見えた。
しかし、実際は違った。
みずきを支える魔法少女達の表情には、徐々に疲労の色が見え始めていた。
額に大量の汗を浮かべながら、消費されていく莫大な魔力の量に思わず足をふらつかせる。
「ま、まだじゃ……まだ、倒れるわけにはいかんのじゃ……!!」
「ここでボクらが倒れちゃ……全てが終わる……!!」
既に、魔力を送り続ける風菜達の肉体は限界をゆうに超えていた。
しかし、それでも、彼女達はみずきに魔力を送ることをやめはしなかった。来るべき明日を守るため、みずきを信じ、彼女達は自身の全てを注ぎ込む。
「ぐっ……あああッ……!!!」
肉体を締め付けるような痛みが、電流のように身体中を駆け巡る。容量を遥かに超えた強い魔力に、みずき達の肉体が悲鳴を上げる。
一方で、悲痛の叫びを上げる魔法少女達に対し、ニコラグーンは薄っすらと口角を上げた。
白い歯をギリギリと軋ませ、その力をより強固なものへとする。
「まさか、私の全力にここまで応えて下さるとは……素晴らしい……全く素晴らしいですよ、魔法少女……ですが、勝利は既にこの私の手の中にあります!!」
そう言葉にすると、ニコラグーンは”太陽”を放つ右手とは反対の、空いている左手を天へと掲げた。
それが意味する事を、みずきは瞬時に理解した。
「あと一押し……この私の掲げる左手でほんの一押しすれば、この世界は木っ端微塵に消滅するでしょう……運命は、この私に味方しているのですよッ!!」
声高らかにそう話すと、ニコラグーンは自身の左手を大きく後ろへと引いた。
「勝利の時です……死ねええええええええーーーーーーッ!!!!」
勝利を確信するニコラグーンは眼光を見開かせ、不気味な笑みを浮かべながら大きく引いた左手を、今まさに”太陽”へ突き立てんとした。
その時だった。
突如、ニコラグーンの耳に、鼓膜を突き破らんとばかりの破裂音が響き渡った。
と、同時に、飛び散る血飛沫を目に、ニコラグーンは思わず背筋を凍らせ、恐る恐る視点を下ろした。
目に飛び移る光景。そこには、先程まで掲げていたはずの自らの左手が映っていなかった。否、映っていないのではない、無くなっていたのだ。
手首から先は血が溢れるばかりで、勝利への一押しとはるはずの左手は跡形もなく爆散されていた。
突然、あまりに突然の事態に、ニコラグーンは動揺を隠しきれないでいた。
しばらく唖然としたまま、本来左手があったであろう場所をじっと見詰める。
その空白の左手の先、見詰めるその先には、煙を上げた銃口をこちらへと向ける小坂の姿があった。
「……開発中の”対魔道生物兵器”、闇の使者に通用するかどうかはわからないが持って行けって東堂さんが渡してくれたけど……これは、正直ナメてたわ……バッチリ効果あるじゃない……ふっ、ふふふ……!」
負傷した体で器用に対魔道型ショットガンを構える小坂は、動揺するニコラグーンの様子に思わず小さく笑い声を漏らした。
「やってやったわよ……ざまぁみろ……ッ!!」
頰を伝う汗、緊張からの解放に、手を小刻みに震わせる。体をフラつかせながら、小坂はニコラグーンに人差し指を突き立てた。
瞬間、今度はみずきが大声を上げた。
「今だーーーーーッ!!!!」
小坂の作った隙を突き、全員が一斉に魔力を最大限にまで高める。
刹那、爆発的にまで上昇した魔力により、アルティメットVはついにニコラグーンの放つ巨大な”太陽”を押し返していった。
「なっ……!?こんな……こんなこと、あるはずがないッ!!運命は……私に味方しているしているのですッ!!!!」
すぐさま再生した左手を突き出すと、ニコラグーンは迫り来るみずき達の魔法を必死の形相で押し返そうと全身に力を込める。
だが、全ては手遅れだった。
勢いよく伸びるみずき達の”想い”は、強大な魔法を完全に押し殺し、やがて、勢いそのままニコラグーンの体をどんどんと後ろへと追いやっていった。
『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!』
魔法少女達全員の声が、天を貫き響き渡る。
暗黒の雲を貫き、高く、高く、心が叫ぶその先へ、みずき達の想いを込めたアルティメットVは空高く突き上がっていった。
「あっ……あっ……そんなぁ……!!」
突き上げたこの手に握り締めた想いが強い光となり、闇に覆われたニコラグーンの体を徐々に蝕んでいく。
最期、崩れ去って行くニコラグーンの目には、決死の表情を浮かべる魔法少女達の姿が映った。
小っぽけな、たった小っぽけな少女が5人。
だが、そこに、絶望の渦に心折られ、泣き叫んでいた彼女達の面影はどこにもなかった。
その終始真っ直ぐと向けられる強い目に、ニコラグーンの胸には焦げるように熱い、何かが燃え盛った。
「…………ああ、なんて美しい目をしているんでしょう……これが、人間の持つ心の力だというのですか……ふっ、ふふ……全く、手に負えませんね……人間というものは……ディスティニー様ァ……最後に……最後に私は、貴方への永遠の愛を誓います……愛を……愛をォォォ……!!ふふっ、ははは……ハハハハハッ__________ 」
肉体を包み込まれていく光の中、高らかな笑い声を上げると、ニコラグーンはその光と共に広大な空へと消えていった。
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ニコラグーンの消滅と同時に、闇に覆われた空は晴れ渡り、眩い空の輝きが地上を照らし出した。
激しい死闘の最中、闇に覆われていた空はいつの間にか朝を迎えていたのだった。
「朝だ……朝がきた……勝ったんだ……私達、勝ったんだ……!!」
澄んだ風の薫りに、心がスッと軽くなる。
眩しい朝日に照らされながら、風になびく髪をかきあげると、魔法少女達は限りなく広がる空を見上げた。
すると、暗闇を切り裂き辿り着いた美しいその景色に、みずきの目からは涙が溢れ出した。
「あれ……私、何で泣いて……あれ?あれ?……」
頰を真っ赤に染めながら、みずきは訳もわからず流れ出る涙を必死に手で拭った。
そんな泣きじゃくるみずきの姿に、風菜達は皆顔を見合わせると、小さく笑みを浮かべた。
荒廃した町の朝、一点の曇りもない青く透き通った空の下で、身を寄り添い合う少女達の姿がキラキラと眩しく光輝いていた。ぐっしょりと涙で濡れた傷跡が、やけにひりひりと沁みる。
取り戻した”今日”の風が、爽やかに吹き抜けた。
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