第47話 さあ、進むぜ!!前へッ!!

 風が吹き荒れるスカイデッキの頂上で、魔法少女達の声が鳴り響く。


 一点の曇りもない瞳で真っ直ぐとこちらへ向かい来る彼女達の姿に、ニコラグーンは思わず不敵な笑みを浮かべた。



「……どれだけ叩き潰したとしても、その度に何度でも立ち上がる……そのゴキブリのような精神、とても潰し甲斐がありますね!!もはや手加減など一切不要……私も初めから本気でいかせて頂きます……!!」



 その言葉通り、ニコラグーンは全身から一気に膨大な魔力を解き放つ。


 と、同時に、再びその姿を巨大で、そして悍ましいものへと変貌させていった。



「出たなバケモノめ……そもそも第二形態なんてラスボス以外やっちゃダメだろ……」


「いいや、みずき、ゲームによっては序盤のボスキャラでも普通に第二形態を使ってくるよ。初見殺しだった第二形態も今やゲームの常識……そこだけは気になったから訂正させてくれ」


「お、おう……そうか……」



 変身を遂げたニコラグーンを前にして尚、緊張感の無さを感じさせる会話を交わすみずきと息吹。


 そんな彼女達に、ニコラグーンの振るう鎖の攻撃が容赦なく襲い掛かった。



 次の瞬間、先程までの緊張感の無さは一変、ニコラグーンの一手が振るわれた途端、みずき達は皆一斉に目の色を変えた。


 ジャリジャリと激しく音を立てながら荒れ狂う鎖の波の中を、みずき達はその隙間を次々と縫うようにして躱し進んで行く。



 そして誰よりも早く、風菜がニコラグーンの背後へと素早く回り込んだ。


 が、風菜が足を大きく振り上げたその瞬間、ニコラグーンは瞬時に背後を振り返り、風菜渾身の攻撃をあっさりと受け止めて見せた。



「くっ……此奴、相変わらずなんて反応速度しとるんじゃ……!」


「潮見風菜さん、貴方は少し速さに拘りすぎですね。たとえ自身の得意分野だとしても、乱用していてばかりではその動きは簡単に読まれてしまいますよ……あと、それから……」



 風菜の蹴りを抑え込みながらそこまで話すと、突如ニコラグーンは風菜から目を離し、体の方向を変えた。



 刹那、体を反らせたニコラグーンの目の前を、強力な魔力を纏った魔道弾が、鼻をギリギリ掠めないほどの際どい距離で通り過ぎていった。


 魔道弾が向かって来た方向にニコラグーンが目をやると、そこにはライフルを構えた息吹の姿があった。



「チッ、攻撃を先読みされた……!!」


「速さを取り柄とする風菜さんが囮となり、遠距離からの攻撃を得意とする息吹さんが隙を見て攻撃を仕掛ける……戦術の方もいささか浅はかなようですね」


「ぐぬぅ……!!」



 悔しそうに歯を立てる風菜。


 と、その最中、気がつくと風菜の足にはニコラグーンの召喚する鎖が、彼女を拘束するようにいつの間にか大量に巻き付けられていた。



 風菜がその事態に気がついた次の瞬間、ニコラグーンは鎖ごと足を強く縛られた風菜を、ライフルを構える息吹の方へと勢いよく投げ飛ばした。



「ちょっ……マジか……ッ!!?」



 吹き飛ぶ風菜は焦る息吹と正面から衝突し、互いに大きな傷を負うこととなった。



 そんな様子を目の当たりにし、みずきもまた悔しさに歯をぎりぎりと噛み締めた。



「風菜!息吹!くそっ、やりやがったこの野郎……沙耶!ユリカ!私達も続くぞ!!」


「はいっ!!」


「無論、そのつもりですわ!」



 フィールドを飛び交う鎖を掻い潜り、みずきを筆頭に沙耶とユリカ、3人は真正面からニコラグーンの元へと突っ込んでいった。



 勢い任せに力強く拳を振るうみずきに対抗し、ニコラグーンもまた薄っすらと笑みを浮かながら向かい来る拳に己の拳を突き立て、彼女との肉弾戦に応じた。


 激しい拳と拳のぶつかり合いに、辺りには鈍い音が響き渡った。



 果敢にも拳一つでニコラグーンに立ち向かって行くみずきに続いて、前線には沙耶が、後方からはユリカのサポートが入る。


 みずきが受け止めきれない攻撃を、沙耶は瞬時に前へと飛び出し、その攻撃を積極的に防ぐ。


 さらに、中距離からはシールドにミサイル、終始飛び交う鎖の嵐を回避しつつ器用に魔法を使い分けながら、ユリカはみずきと沙耶が近接戦を優位に進めるための補助へと徹底した。



 だが、しかし、沙耶とユリカ、2人の補助を持ってしても、一発一発が素早く、そして重く撃ち込まれるニコラグーンの攻撃を受け続けているうち、みずき達には早くも限界の色が見え始めていた。


 必死に攻撃を防いでいるつもりでも、その肉体には見るも痛々しい程の数のアザが刻み込まれていた。


 さらに、戦いの最中、ニコラグーンの激しいボディーブローが鋭く腹部へと突き刺さり、みずきは口から生臭い血の塊を吐き散らした。



 だが、それでも、みずきは必死の形相でニコラグーンに食らいつく。



「まだだ……こんなもんじゃ、まだ終われない……もっとだ!もっと強く!もっと先へ!私は……私は……!!」



 もはやそれは理屈などではない。まるで野生の獣のように光る眼光、彼女の強い執念が、彼女自身を奮い立たしていたのだ。



 そんなみずきの姿に、沙耶とユリカ、そして、倒れていた風菜と息吹、全員の鼓動が高鳴る。


 互いに目を見合わせると、魔法少女達は声を上げてニコラグーンに飛び掛かっていった。



 5人がかりの一斉攻撃。心の底から湧き出る恐怖を押し殺し、魔法少女達は持てる全ての力を目の前の敵へとぶつけた。



 交差する拳と拳、ぶつかり合う魔法の嵐、5人の魔法少女と深い闇を纏う男の激しい攻防戦は続く。


 荒廃した街を背景に天高く伸びるスカイデッキの頂上は、まさに人類の”明日”を賭けた戦場と化していた。



 だが、5人の全力を持ってしても、ニコラグーンが沈むことはなかった。それどころか、戦いは実に一方的なものだった。


 縦横無尽にフィールドを駆け巡りながら攻撃を撃ち込むみずき達に対し、ニコラグーンは最小限の動きで向かい来る彼女達をバッサバッサと薙ぎ払っていった。




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 戦いの末、スカイデッキの頂上に聳える巨大なヘリポートは、少女達の血で真っ赤に染まった。


 あまりの実力の差に、みずき達は絶句しながら地面にへばり付く。


 そんな彼女達を嘲笑うかのように、ニコラグーンは不快な笑みを浮かべながら倒れるみずきの元へと近づいていった。



「ふぅ……初めに言いましたよねぇ?本気でいかせて頂くと……さあ、絶体絶命のこの状況で、次は一体何をして頂けるんでしょうか……楽しみですねぇ……ねっ、そうでしょう?ヒーローさん……!!」


「わ、私は……私達は……まだ終わってない……ヒーローは……最後まで諦めない……!!」



 もはや言葉を話すことすら容易でないほどに傷付いた魔法少女達。それでも、みずきは腹の底から声を絞り出すと、ボタボタと血を零しながら、震える足を抑えゆっくりと立ち上がった。




「ここで倒れるわけにはいかねぇ……何故なら、”魔法少女は人の夢の為に生まれた……この拳、この命は、その為のものだ……!!”」




 言葉を紡ぎながら、みずきはボロボロになった体でキメポーズをとった。



 たとえどれだけの窮地に追いやられようとも、彼女のその目はいつまでも輝きを放ち続けていた。


 熱く燃えるような熱いその眼差しで、みずきは真っ直ぐとニコラグーンの目を見詰めた。




 しかし、次の瞬間、突如みずきの頰に鋭い痛みが走った。


 あまりに突然に、そして容赦なく繰り出されたニコラグーンの強烈な蹴りが、みずきの顔面に直撃したのだ。


 必死の思いで立ち上がって間も無く、みずきは為す術なく再び真っ赤に染まる地面に手をついた。



「……魔法少女は守るものが多すぎます……故に、貴方方は前へ進み続ける……哀れな、哀れすぎて逆に抱きしめたくなるほど愛おしいくなってきましたよ、紅咲みずきさん……」


「うぅ……ぐっ……!!」



 痛みに痺れる頰を抑え苦しむみずきの姿を見て、ニコラグーンは少し息を荒くしながら舌で唇を撫でた。


 不敵な笑みを浮かべると、ニコラグーンはみずきの髪を掴み、そのまま痛みに苦しむ彼女を宙へと持ち上げた。



「は、離せ……!!」


「……もういいんですよ、紅咲みずきさん……貴方方魔法少女はもう十分に頑張りました。見ず知らずの人間の死に嘆き、そして怒り、絶望し、それでも諦めずにここまで戦い抜いた……」


「な、なんだ……あんた、何言って……?」


「……もういいじゃないですか、諦めたって。他の皆さんも、そして貴方自身も、もう疲れているはずです……」


「……ッ!!」



 突然、優しく語り掛けてくるニコラグーンの甘い言葉に、みずきの瞳は大きく揺らいだ。



「み、みずき……彼奴の言葉に耳を貸してはいかん……!!」



 その光景に堪らなく不安を感じた風菜は、倒れた体を僅かながらに起こし、振り絞った声で必死にみずきを呼び止めようとした。


 だが、悪魔の囁きは止むことなく、みずきの心の隙へ潜り込もうとする。



「世界のためにここまで頑張れる……紅咲みずきさん、そんな貴方は間違いなくヒーローです。これだけボロボロになりながら世界を救おうとした貴方を、一体誰が責めるというのですか!?……誰も責めはできませんよ。だから……安心しておやすみなさい……」



 心の隙を突くニコラグーンの巧みな言葉に、みずきは抗う姿勢を止め、その表情に影を落とした。



「みずき……死んではならぬ……死んでしまえば、全ては無駄になるぞ!!」


「みずき……ッ!!」



 消え行こうとする炎、その背中を目の当たりにし、倒れる魔法少女達は次々にみずきの名を口にした。



 ぴたりと止んだ風の匂い。壊れ行く世界。絶望の味に、ニコラグーンは自らに酔いしれる。


 絶望の果てに、力尽きた魔法少女達の恐ろしいまでの沈黙が辺りを支配した……




 ……はずだった。




 しかし、実際は違った。



 辺りには突如、この状況の中では聞こえるはずのない音が響き渡っていた。




「ク、クク……アッハハ……ハハハハハッ!!」




 笑い声だ。


 この絶望的な状況の中、突如みずきは高らかに笑い声を上げたのだ。



「何です……気が狂ったわけではなさそうですが……一体、貴方は何が可笑しくて笑っているのですか……!?」



 予想外のこの光景には、流石のニコラグーンも困惑し、思わず表情を歪めた。


 一頻り笑い終えると、みずきはようやく口を開いた。



「いやぁ、悪りぃ悪りぃ。あんたがあんまりにも知ったような口で私達を語るのが面白くって、ついな……」


「ッ……!!」



 ふっと笑みを浮かべながら、みずきは髪を掴むニコラグーンの手首を強く掴み返すと、彼の瞳を真っ直ぐと見詰めた。


 彼女の目は全く死んでなどいなかった。それどころか、先程よりもさらにその輝きを増し、光り輝いているようにも思える。



 そんな真っ直ぐなみずきの姿に、風菜達の表情にもまた、光が見え始めた。


 悪魔の囁きなど、初めからみずきの耳には届いてすらいなかったのだ。



「貴方は……何故諦めない……何故絶望しないのですか……!?」

 


 震える唇、怒りとも取れるニコラグーンの言葉に、みずきは真っ直ぐと彼の目を見詰め、静かに答えた。



「生憎、こっちはあんたのお陰で絶望し飽きちまったんでな……私、こう見えて意外と繊細な乙女なわけでさぁ……”私が弱いから、何も守れなかった。私が魔法少女に巻き込んだから、みんながこんな苦しい目にあってるんだ。何一つ守れないのなら、いっそここで殺されてしまった方が……”なんて、今思えば笑っちまうようなこと考えてたんだよ、あの時。そしたらさ、案の定怒られちまった。私らしくないって……」


「何を言って……」


「みんなのお陰で目が覚めた……あれはただの逃げだ。魔法少女になったあの日、私はもう逃げないと決めた。一度決めたことは曲げない!それが私の決めた道……みんなには悪いけど、魔法少女になったからには、私のこのやり方に付き合って貰う!腹くくってくれ!!……勝手なこと言うだろ?ああ、勝手で結構。正義なんて持論の押し付け……なら、私は私自身を、私の仲間を信じて進み続ける!それによぉ、私は根っからのオタクなもんでな……オタクなんざ、大概がワガママなもんさ……なあ、そうだろ?!みんなッ!!!」



 希望に満ちた表情で、淡々と熱く語るみずき。


 ニコラグーンが一人困惑する中、みずきの言葉を一心に浴び、その場に倒れていた魔法少女達は次々と体を起こしていった。


 そして、立ち上がった彼女達は皆、みずきの言葉に自然と笑顔をこぼした。



「やれやれ、これですからみずきは……勝手にオタクはワガママと断定しないで頂きたいですわね!」


「えっ、いや、少なくともユリカはワガママな方じゃ……」


「……沙耶、貴方ワタクシと仲直りする気ありますの???」


「うっ……何でもないです……」



 沙耶とユリカのやり取りに、先程までの重く淀んだ空気が一変。スカイデッキの頂上に、心地の良い風が吹き抜けていった。



「本当に、相変わらず勝手な奴じゃの……今更何を言っておるんじゃ!」


「みずきと出会って、魔法少女として戦うと決めたあの日から、ボク達の腹なんてとっくに決まっている!!」



 力強く返ってくる返事に、みずきは目元を熱くさせる。


 風菜、息吹、沙耶、ユリカ、皆いい顔をしている。魔法少女達の顔をぐるりと見回すと、みずきはスッと大きく息を吸い込んだ。



「ふっ……どうやらみんな、すっかり私の信者ってわけだな。……おい、ニコラグーン!言い忘れてたが、さっき私はあんたに”魔法少女は人の夢の為に生まれた……”的なセリフを言ったが、あれは単に私が死ぬまでに使ってみたかった漫画の名台詞だ!」



 ここへ来てまさかの予想外発言。


 これにはみずきが名指しで呼び掛けたニコラグーン本人よりも、むしろ風菜達の方が驚きの表情を見せていた。



「最高の台詞だよな。ヒーローの強い意志を感じるぜ……ヒーローは……特に、パンチマンは小さい頃から私がずっと憧れ続けていたヒーローだ……だけど、どれだけ大好きでも、私は”パンチマン”じゃない!!私は私だ!!その上で言わせて貰う!!いろんな事があったけど、それでも、やっぱり世界を守るなんてスケールが大きすぎてまだ実感がわかねぇ……それでも諦めずあんたと戦う理由……私の今の本心は……”ムカつくあんたをとりあえずぶっ飛ばしたい!!”戦う理由はそれだけで十分だッ!!!!」



 怒りに震えたその瞳が、ニコラグーンに突き刺さる。みずきは実にシンプルな答えで、ニコラグーンに対する怒りを真っ向からぶつけた。



 直後、体を大きく回転させ、頭を掴むニコラグーンの腕を振り払う。




「さあ、進むぜ!!前へッ!!」




 そう一言言い放つと、みずきは体の回転をそのまま利用し、遠心力に身を乗せて、強く握りしめた拳を大きく振りかぶった。




 次の瞬間、鈍い音を立てながら、ニコラグーンの頬にみずきの拳が突き刺さる。


 突然に、そして、先程までのみずきからは想像も付かないほどの威力を持つ重い一撃に、ニコラグーンは思わず眼光を見開いた。




 紅咲みずき……彼女は魔法少女として、また、ヒーローとして……正義を語る者としてはあまりにも不恰好な少女だった。


 だが、そんな彼女にも、否、彼女だったからこそ、積み上げることの出来た多くのものが存在した……。


 目の前の壁を突き破り、ただ真っ直ぐに、ただ只管に前へと進む。その強い思いが、みずきにさらなる力を与えたのだった。




 黒い血飛沫を撒き散らしながら、ニコラグーンの巨体は大きく後ろへと吹き飛ばされた。



「ガハッ……!!まだこれほどの力が…………ああ、久しぶりに自分の血を見ましたが、そういえば私の血は黒く淀んでいましたね……ふっ、ふふふ……これは……堪らなくゾクゾクしてきましたよ……!貴様ら全員……皆殺しですッ!!」



 荒れた口調で吐き捨てるようにそう言うと、ニコラグーンはドス黒く染まった覇気にその身を包んだ。


 恐ろしく上昇する彼の魔力に、大地が揺れる。


 ギラリと瞳を見開かせ、荒れ狂う鎖と共にニコラグーンはみずきの元へと飛び出していった。




 だが、狂人を前にしても、みずきは臆することなく正面から真っ向勝負をかけた。



 激しいぶつかり合いの中、両者一歩譲らぬ殴り合いが続く。



 最中、単調な殴り合いからのニコラグーンの絶妙なフェイントにより、みずきはペースを乱し、大きく体のバランスを崩した。


 その隙を、ニコラグーンが見逃すはずがなかった。



「ここまでですね……所詮は貴方も人間、強大な闇の力を前には越えられぬ壁があるということを再教育して差し上げましょうッ!!」



 その言葉と共に、みずきの目の前には大量の鎖が纏わり付いたニコラグーンの巨大な拳が迫り来る。


 回避は絶望的。腹を決め、みずきは咄嗟に両腕を重ね防御姿勢に徹した。



 瞬間、金属音を立てながら、突如ニコラグーンの拳がその動きを止めた。



 イラつくニコラグーンの目線の先、そこにはみずきを庇うようにして刀を振るう沙耶の姿があった。


 細い足をガタガタと揺らしながら、その巨大な拳を刀一本で受け止める。


 あれほどまでに恐怖心を植え付けられた憎っくき相手を前に臆することなく、果敢にも正面からぶつかり合う。


 もはや、沙耶の澄んだその目に、一切の迷いはなかった。



「たとえ1人じゃ乗り越えられない大きな壁だったとしても……みんながいるから乗り越えられるッ!!」



 力強く振り下ろされた沙耶の一太刀に、ニコラグーンの拳は勢いよく跳ね除けられた。



(なっ、何故です……何故なのです……力押しを得意とする紅咲みずきならばまだしも、何故神童沙耶にこれほどの力が……!?)



 この想像を遥かに上回る沙耶の力に、これまた予想外といった表情を浮かべながらニコラグーンは足をよろめかせる。



 と、その時を待ってたと言わんばかりのタイミングで、みずきと沙耶のさらに後方、遠方から、ニコラグーンを的(まと)に、息吹とユリカの遠距離魔法が次々と連続して撃ち込まれた。


 魔道弾とミサイルの嵐、着弾時の爆発により、スカイデッキの頂上は濃い煙で包まれた。



「ゲホッ……ゲホッ……小賢しい真似を……」



 モクモクと上がる煙に咳き込みながら、ニコラグーンは手で軽く煙をバタバタと払った。



 刹那、微かに薄れた煙の奥から、全速力でこちらに接近してくる風菜の姿を視界に捉えた。



「なるほど、これは潮見風菜が近接攻撃に転じるための目隠しとなる煙幕というわけですか……そんな小細工が、今更私に通用するとでもお思いましたかッ!!?」



 ニヤリと笑みを浮かべると、ニコラグーンは向かい来る風菜の影に手を伸ばした。


 が、彼の伸ばしたその手が、風菜に届くことは決してなかった。



「これは……一体……!?」



 優越からの一転、ニコラグーンは困惑の表情を浮かべる。


 確かに捉えたはずの風菜の姿は何処にもなく、煙と共にその影は忽然と消えていった。


 その様子に何かおかしいと察したニコラグーンは、警戒気味に煙に包まれた辺りをキョロキョロと見渡した。



「……こっちじゃよ、ウスノロ」


「……ッ!!ば、馬鹿な……そんなはずは……」



 突如聞こえて来る声に、思わず額から汗が流れた。己の耳を疑いながら、ニコラグーンは声の聞こえて来る方向へゆっくりと体を向けた。



 ニコラグーンの背後、そこには鎖を手に握り締めながら立つ、風菜の姿があった。



(さっきのは残像……!!いつの間にか回り込まれていたというのですか……全く気付かぬうちに……この私が……?)



 一欠片として己の気配を感じさせぬ凄まじい速さ。気付けば、ニコラグーンの体は風菜の持つ鎖に締め付けられていた。自らが出現させた武器を、又しても自らを拘束する道具として逆に利用されてしまった。



「ふぅ……お主の言った通り、アッシはこの速さに頼り切りになのかもしれんのう……じゃが、それがどうした!足りないものは補い合えばいい。アッシにはアッシの役目がある……さあ、どうする?お主がボヤボヤしていた間に、アッシはまた世界を縮めてしまったぞ……?」



 先程まで圧倒的優位にいたはずの男は一転、風菜の上からな物言いに、ニコラグーンはその表情に影を落とした。



「ぐっ……ふっ、ふふふ……魔法少女、ようやく理解しましたよ……この短時間での異常なまでの成長速度……正直、貴方方を見くびっていたことを心底後悔しています……魔法少女は危険すぎる!!故に、私がここで!確実に!仕留めなければならないのですッ!!」



 魔法少女達から味わった怒り・屈辱……複雑な感情の交わり合う奇怪な笑顔を浮かべると、ニコラグーンは自らを縛る鎖を軽く引き千切って見せた。



「沙耶ッ!!今じゃ!!」



 と、風菜の呼ぶ声と共に、今度は沙耶が刀を片手に荒れ狂うニコラグーンの元へと飛び込んで行った。



 が、しかし、ニコラグーンの突き出した的確な蹴りにより、沙耶の刀はその足に弾かれ宙を舞った。


 果敢にも飛び込んだものの、沙耶はあっという間に唯一の武器を失ってしまった。



「斬らせはしませんよ……貴方のチャチな刃で、この私の肉を斬らせはさせません!!」


「……いいわ、斬らなくて。元々、私は貴方を斬るつもりで突っ込んだわけじゃないし……ね!!」


「……ッ!!」



 その沙耶の言い回しに、ニコラグーンはすぐさま理解した。彼女の唯一の武器であった刀、あれは囮だったということに。



 体をバク転させながら、沙耶は不意を突き、ニコラグーンの懐に潜り込む。



「あの時、あなたに一人で襲われた時……怖かったんだから……本当に……本当に、怖かったんだからああああーーーーーッ!!!!」



 声を大にして叫ぶと、沙耶は目に涙を浮かべながら、その感情を爆発させる。


 そして、あの時の報復とばかりに、沙耶はまるでカポエラの如く逆立ちの状態のまま体に回転をかけ、そのままニコラグーンの顎を砕くように鋭い蹴りをお見舞いした。



 これには流石のニコラグーンもこたえたのか、顎を抑えながらふらふらと足取りを覚束せた。




 その後も容赦なく続く魔法少女達の猛攻に、やがて、魔法少女達を絶望の渦へと誘った狂気の悪魔は、ついにその膝を地に付けた。


 黒い血を撒き散らし倒れるその姿は、彼にとって屈辱の極み。もはや、その表情に狂気的な笑顔は一切消え失せていた。



(屈辱……久々に味わう屈辱の味……やはり解せませんねぇ……吐き気がする。しかし、やはりおかしいです……いくら力をつけたとて、完全体であるはずの私が、唯一の武器である刀を持たぬ神童沙耶の蹴り一つでここまで致命的な傷を負うなど……これは一体……)



 何かがおかしい……強烈な違和感を感じたニコラグーンは、恐る恐る自らの顔をベタベタと触り始めた。



 と、その時、ようやくここで、ニコラグーンは自分の身に起こっていたある違和感に気が付いた。



「な、何故です……完全体となったはずの私の肉体が、少しずつ、徐々に元の姿へと戻ろうとしている……!?」



 わなわなと手を震わせながら、ニコラグーンはゆっくりと抜け落ちる自らの魔力に顔の色を真っ青に染めた。



(まさか……彼女達魔法少女から溢れ出る眩い魔力が、私の闇の力を打ち消しているとでもいうのですか……!?これも、全て魔法少女達の持つ……)




「……”心の力”。君の魔力を打ち消す強大な魔力……それは、どれだけ君に恐怖し、どれだけ絶望しようとも、諦めず前へ進み続けた彼女達の強い意志から生まれた力だ……!!」




 どこからか聞こえてくる声に、ニコラグーンはハッと我に返り声の方へと顔を向けた。



 スカイデッキから空高く伸びる鉄柱の頂上、そこに、ニューンの姿があった。


 体を覆う白い毛を風に揺らしながら、その小さくつぶらな瞳で真っ直ぐとニコラグーンの方を見詰めていた。



「キメラ……」


「闇ではない、人間だからこそ為せた力……人間を愚かと笑ったお前に、今の彼女達を止めることはできない!」


「これが人間の力だというのですか……全く、たかが小っぽけな魔道生物風情が、よくもまあ恐ろしいものを生み出してくれたものですね……!!」



 ニューンとの会話の間にも、容赦なく次々と向かい来る5人の魔法少女達との激しい交戦を繰り返す中で、ニコラグーンは彼女達の進化、そして、己の弱体化を強く実感する。


 と、同時に、目の前に立つみずきの姿に、堪らなく憎悪を沸かせた。



「紅咲みずき……貴方のその力の引き金を引いてしまったのは、紛れもないこの私です……ならば、貴方を潰すのもまた私に課せられた責任……”女王様”の手は煩わせません……貴方は私が必ず……必ず……ぶち殺すッ!!!!」



 瞬間、ニコラグーンは拳を握り締めると、鬼のような形相を浮かべ、みずき目掛けて全力で飛び出した。



 だが、そんな鬼を前に、みずきは大きく息を吸い込むと、臆する事なくどっしりとした態度で静かに拳を構えた。


 ボロボロに傷付きなりながらも、血に塗れながらも、彼女はその表情を凛とさせた。その顔付きは、魔法少女として戦うことを決意したあの日のものとどこか重なる……。




「……アルティメット・ブロウッ!!」




 小さく技の名を口したその瞬間、構えるみずきの手甲は金色(こんじき)に輝きを放った。



 向かい来るニコラグーンに対し、全身全霊をかけた拳を突き付ける。


 金色に輝きを放つみずきの拳は、襲い掛かる鎖の群れをも物ともせず、どんどんと真っ直ぐに、進み続けた。



 やがて、みずきの伸ばしたその拳はニコラグーンの振り下ろす拳と正面から衝突した。


 重なる拳と拳とは、互いに火花を散らし、激しくぶつかり合う。




「進め……進め……私達はこんなところで立ち止まってられねぇんだ……だから……進め……進め……壁を、貫けええええええええーーーーーーッ!!!!!!」




 振るえる魂の叫びが辺りに響き渡る。


 と、遂にその時、みずきの掲げた拳は、圧倒的力を誇っていたニコラグーンの攻撃をさらに上の力で完全粉砕し、その拳を彼の心臓に強く突き立てた。


 見開かれた瞳、溢れ出す黒い血、絶叫を上げながら、強大な闇の混沌、ニコラグーンはとうとう背中から地面へ崩れ落ちた。



 地に倒れると共に、ニコラグーンの肉体は徐々に元の状態へと戻っていった。




「ハァ……ハァ……やっ、やった……こいつ……死んだのか……?」




 手応えは確かにあった。


 だが、みずきはその勝利に、どこか疑心暗鬼な表情を浮かべていた。


 背中から崩れピクリとも動かなくなったニコラグーンに、魔法少女達は全員互いに目を合わせると、息を殺し恐る恐る倒れた彼の元へと近付いて行った。




 その時、突如引きつった不気味な男の笑い声が辺り一面に響き渡った。



「ふっ、ふふふ……ハハ……ハハハ、アハハハハハッ!!」



 高らかに笑い声を上げながら、ニコラグーンは再びその目(まなこ)に闇を宿した。


 みずきの本気の一撃を真っ向から受けても尚、ニコラグーンはまるでゾンビのようにガタガタになったその体をゆっくりと起こす。



「ふふ、ふふふ……これが”絶望”という名の感情ですか……!常に与える側であったこの私が!今、まさに!絶望しているッ!!……仮に私を絶望させる者がいるとすれば、それは女王様の他にいない……そう信じてここまで生きてきました……ですが、事実、私は貴方方に……人間に絶望の味を植え付けられてしまった……」



 ブツブツと言葉を吐き出すように呟くと、並ぶ魔法少女達の姿を目に焼き付ける。



 と、次の瞬間、ニコラグーンは奇妙な笑みを浮かべながら空高く飛び上がった。


 宙へと浮き、大きく息を吸い込む。と、そこから見える荒廃した町の景色に、彼はまたしても白い歯を見せ、不気味な笑顔を浮かべた。



「皮肉なものですよ。一度絶望させた者達に、逆に絶望させられるなんて……ふ、ふふっ……滑稽ですよ、自分自身が……屈辱以外の何もでもありません……くっくっくっ……ああ、何だかもう全てがどうでもよくなってきましたよ……何もかも消えて無くなってしまえばいい……ふっ、ふふっ……!!」



 何度も何度も肩を揺らしながら、ニコラグーンは不敵な笑みを見せた。その状態は明らかに普通のものではなかった。


 何かが来る……そう直感的に感じ取った魔法少女達は身を寄せ合い、皆一斉に構えをとった。




「魔法少女…………我が究極魔法の下に!!塵の一片すら残さず、この世界諸共消滅するがいいッ!!!!」




 声を大にして叫ぶニコラグーン。その言葉に警戒を示した5人の魔法少女達は、咄嗟に臨戦態勢へと移った。



 暗雲立ち込める空が、さらに奇妙に、不気味に、真っ赤に燃え始めた。






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