第50話 潮見風菜と行くぶらり鉄道旅(前編)

 美しい大自然の中、古びた鉄橋の線路上を、黒い輝きを纏った列車が煙を上げて突き進む。


 風情を感じさせる蒸気機関車の車内から、小高い少女の声が響いた。



「おお!凄い!凄いのう!!まるで大正時代にタイムスリップしたかのようなレトロな車内!いや〜、たまには観光SLも悪くないものじゃな!!」



 嬉しそうにはしゃぎ声を上げる風菜。


 その彼女の背後には、足取りをフラつかせながら続くみずき達一行の姿があった。



「風菜の奴、相変わらず鉄道のこととなると目の色を変えやがる……おかげでこっちはもうクタクタだぜ……」


「ひぃ……ひぃ……さ、流石に疲れたぁ……」




 キャッキャッとまるで無邪気な子供のように飛び跳ねて喜ぶ風菜をよそに、みずきと沙耶は車内に設けられたシックな座席にいそいそと腰掛ける。


 それに続き、息吹とユリカもまた、少し顔色を青くさせながら椅子に座り込んだ。



「なんじゃお主ら、せっかく人が最高の旅行プランを練ってやったというのに、えらくテンションが低いではないか!!」


「最高って……そりゃ自分にとっちゃ最高かもしれないけど、ボクらはもうヘトヘトだよ……」


「まさか九州まで来てこんなにもたくさんの鉄道を拝むことになるとは思いませんでしたわ……」



 そんな息吹とユリカの微妙な反応を見るや否や、風菜は眉を顰めると不満そうにむっと頰を膨らませた。



「九州まで来て……?否、断じてそうではない!むしろ九州まで来たからこそ鉄道!!遥々”薩摩ノ国”に出向いたというのに、鉄道をこのフィルムに収めずして一体何をしろというんじゃ!!そもそも九州の鉄道の歴史は古く、明治20年に…………」



 連れない2人のリアクションに対し、風菜は九州鉄道の歴史についてクドクドと長話を始めた。


 その流れに、皆思わず疲労に満ちた表情を浮かべた。



 一体何故こうなってしまったのか……みずきはスッと目を閉じ、その経由を脳裏に思い浮かべた。




 。。。




 ニコラグーンとの激戦から1週間。


 あれ以来、脅威は嵐のように過ぎ去り、嘘のように平和な日々が続いた。


 闇の使者は愚か、魔道生物すら姿を現すことのない、ごくありふれた日常。


 そんな穏やかに流れるひと時の中で生まれた、本当に、本当にたわいのない会話から全てが始まった……



「ニコラグーン……あいつは強かった。今回はなんとか勝つことが出来たが、今後現れる敵が全員あのクラスの相手となると、一切の気は抜けねーな……」



 学校の昼休み、5人の少女達はみずきの席を囲うようにして集まり、顔を揃えていた。



 教室の机に肘をつきながら、みずきは真剣な表情で窓の外を眺め黄昏る。


 ひらひらと揺れるカーテンが、日の光を浴びて美しく輝いた。



「……なんて、こっちは珍しく真剣に考えてたってのによぉ!何だあいつら、あれ以来急に現れなくなりやがったじゃねーか!!前までは毎日のように何かしら仕掛けてきたってのに……休憩中とはいいご身分だなぁ、おい!!……ああいいさ、そっちがその気なら、私達だって今のうちに思いっきり遊んで羽を伸ばしてやるってんだ!!」



 握り締めた拳をだんだんと力強く机に叩け、みずきはその場で不機嫌そうな態度をとってみせた。


 すると、そんな彼女の様子を見兼ね、机の横にかけられていた鞄の中から、ニューンがひょっこりと顔を出した。



「みずき、焦る気持ちもわかるけど、まずは一度落ち着くんだ!油断は禁物……今は平和だとしても、奴らは必ずまた何か仕掛けてくるはずだ!今は遊んでいる暇なんて……」


「いいや!限界だ、遊ぶねッ!」



 頑なにニューンの言葉に耳を向けようとしないみずきは、長らく口論を続けた。


 と、その様子を見ていた息吹が小さく口を開いた。



「相変わらず騒がしいよ……でも、ニューンの言ってることも確かだけど、みずきの意見もまた頷ける……現に、最近色々なことがありすぎて、ボクも少し休息が欲しいと思ってたところだ」


「い、息吹、君まで……」



 息吹のその言葉に少し意外そうな表情を浮かべると、ニューンは彼女の方を見詰めた。


 会話に割って入った息吹が、あろうことかみずき側の意見に加担してしまうという想定外の事態に、戸惑いを見せる。



「おおっ、流石は息吹!わかってるじゃねーか!やっぱり私達にもそろそろ休みは必要だよなぁ?!」


「明日の土曜日と祝日を合わせれば三連休。魔法少女として戦う以上、長期休暇は難しい。ならば平和な今のうちに、簡単な旅行にでも行くってのはどうだろう?そう……お、お、温泉とか……/////」



 みずきの顔色をチラチラと伺いながら、息吹は頰を赤らめさせながらそう答えた。



 明らかに個人の下心丸出しなこの発言、だが、旅行という魅力的なその響きに、少女達は一斉に目をキラキラと輝かせた。



「旅行!それいいね!願わくば史跡巡りでもして心を和ませたいなぁ〜」


「明日からとは、なかなか急な話ですわね……しかーし、ご安心を!このワタクシ、もとい、神園グループの力を持ってすれば、前日だろうが当日だろうが、交通手段の確保から宿の手配まで、何から何までドーンっとお任せですわ!」


「じゃあ、役割分担でわっちが旅程を組むとするかのう……ニヤニヤ」



 次々と飛び出す彼女達の発言に、ここで、ようやく心折れたニューンは少し呆れたような表情を浮かべると、一呼吸置いた後、深いため息を吐いた。



「はぁ……あれだけのことがあったというのに、君達は本当に相変わらずだね……まあ、その方が君達らしいと言えば君達らしいが……もし、何か起こった時はすぐに戦えるようにしておくこと!それが守れるなら、休息を認めよう」



 ニューンの発言に、みずきは思わずガッツポーズをとった。



「よっしゃー!そうと決まれば、今日はさっさと帰って明日の支度だな!」



 こうして、流れに押し切られる形で急遽魔法少女達の旅行は決定された。



 だが、喜びのあまり、少女達は忘れてしまっていた。さり気なく肝心の旅行プランを立てると言った、”彼女”の存在を。



 あの時、何かを企んでいるかのような意味深な含み笑いに気づいていれば……


 安らぎのひと時となるはずだった旅行が、まさか過酷な鉄道の旅の始まりになろうとは、この時まだ誰も知る由はなかった……




 。。。



「誰だよ、こいつに旅行プラン任せた奴……」


「いやいや、今更何を言っておるんじゃ。アッシが旅程を組むと言った時点で止められなかったということは、意見は満場一致ということではないか。……それに、前半は個人的な趣味を優先してディープな場所を巡っておったが、ここからはアッシなりにお主らのような鉄道初心者でも楽しめるような計画を立てておいたから、心配するでない!」


「へっ、どうだか……」


「むっ……さては信用しておらんな、みずき。鉄道の旅が本当に退屈か否か……その答えを出す前に、まずはそこの車窓を除いてみるんじゃ!」



 その言葉と共に風菜の指差した方向を、皆が一斉に振り返った。



 と、次の瞬間、彼女達は目をキラキラと輝かせ、口をポッカリと開いた。



 車窓から見える景色、そこには、優しく風に靡く木々が、眩く光を反射させる水面が、大自然の美しい眺めが鮮やかに映って見えた。


 目の前に広がる絶景を前に、みずき達の胸の内で緩やかに感動が噴き上がる。



「……思わず言葉を失ってしまうほどの絶景じゃろ?この”SL人吉”は九州の観光鉄道として有名なんじゃ。どうじゃ、鉄道もなかなかいいものじゃろう?それとも、この景色を前にしても尚、お主らはアッシのこの旅程を頭ごなしに否定しよるのか?」


「ま、まあ、悪くはねーわな……」



 聞こえてくる風菜の声に、思わず景色に見惚れてしまっていたみずきはふと我に返ると、少し頰を赤らめながらツンと素っ気ない態度を装った。


 そんな彼女の様子を見て、風菜は実に満足そうに笑みを浮かべた。




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 長い鉄道巡りを得て、ようやっと地に足をつけたみずきは、ある違和感から咄嗟に辺りをキョロキョロと見渡した。



「……あれ?なあ沙耶、風菜の奴を見かけなかったか?」


「えっ……あれ?おかしいなぁ……さっきまで近くにいたはずなんだけど……」



 風菜の指示に従い、”SLミュージアム”に下車したみずき達一行。しかし、少し目を離した隙に、肝心の風菜の姿がどこにも見当たらなくなってしまっていたのだ。


 と、困り果てた表情を浮かべるみずきに、息吹がそっと声を掛ける。



「風菜なら、少し前に”用事があるからみんな適当に見学しておいてくれ”とか何とか言って、早々に出て行ったよ」


「用事って……さてはまた趣味を優先しやがったな……ったく、連れて来といて適当に見学しといてくれって、あいつもなかなかいい加減なこと言うなぁ」



 呆れた表情を浮かべると、みずきはため息を吐きながら頭を掻いた。




 一方その頃、当の本人である風菜は、寂れた施設の周辺をカメラ片手に1人ぶらぶらと歩いていた。



「うーむ、やはり古びた車庫を背景に撮る鉄道は最高じゃな!物凄く味のある写真が撮れるわい!」



 撮れた写真を確認しながら、風菜は軽く飛び跳ね嬉しそうにはしゃぎ声を上げる。


 と、一通りはしゃぎ終えると、今度は少し落ち着いたトーンでブツブツと独り言を漏らし始めた。



「ふぅ……皆少し疲れておったし、ここはアッシ1人で廻るのがやはり無難じゃったな。……しかし、彼奴らと鉄道について語れんというのは、少し残念なものを感じるの……もっとも、アッシ自身、歴史やBLについて語れる自信はないわけじゃが……」



 両手でカメラを握り締めながら、風菜はどこか寂しそうに哀愁を漂わせる。




 そんな最中、影を落とす彼女の瞳に、突如、不気味な”何か”が映り込んだ。


 それに気が付き、風菜が咄嗟に顔を上げると、そこには見知らぬ男の佇む姿がはっきりと見えた。


 真っ黒なコートに、何やら拘束器具のような物を身体中に身に付けた奇抜な格好。その明らかに不審な人物を前に、風菜は警戒した様子で険しい表情を浮かべた。



(何じゃあの男は……ここに来るということは、ただの鉄道マニア……にしては明らかに不審すぎる。じゃが、闇の使者と言うにはどうも雰囲気が違う……ただの不審者か?)



 こちらをじっと見詰めて来る男に対し、風菜は様々な考えを巡らせていた。



 と、その最中、先程までじっと佇んでいただけの男は、突如奇声を上げながら、風菜目掛けて一直線に飛び出した。



 瞬間、風菜に近づくと共に、男は彼女の顔面狙って鋭い蹴りを繰り出した。


 勢いよく向かい来る突然の攻撃に、風菜は咄嗟にたすき掛けに持っていた鞄を盾に、男の蹴りを防ぐ。


 が、その男の力は強く、鞄越しにミシミシと鋭い痛みが感じられた。



「ぐっ……!!な、何じゃお主は!!?」



 後ろに体を引きながら、風菜は声を張り上げて男に問いかける。


 が、その男は一切の反応を示さなかった。



 と、こわばった表情を浮かべながら、風菜がふと攻撃を防ぐために利用した鞄に目を落とすと、そこには驚きの光景が広がっていた。



「な、何じゃこれは……鞄が溶けておるじゃと……!?」



 奇妙な色を浮き出しながら、風菜の持つ鞄はまるでマグマにでも溶かされてしまったかのようにドロドロと地面に滴り落ちていた。



「この能力……まさか魔法……!?じゃが、この気配は闇の使者とはまた明らかに別のもの……第一、新たな闇の使者がこの世界に現れたのであれば、すぐさまニューンが勘付くはず……なら、此奴は一体……」



 困惑した表情を浮かべながら、風菜は恐る恐る男の顔に目をやった。


 ギラギラと不安定に揺れ動く眼光。さらによく見ると、男の顔には大きな傷跡がいくつも見られた。



 風菜がじろじろと男の顔を覗き込んでいると、ここでようやく、その男はゆっくりと口を開いた。


「ショウジョ……マホウショウジョ……ハ……コロス……コロス……!!」



 見開かれた目にぎこちなく話す言葉、男の放つ異様な殺気に、風菜はその表情を次第に青ざめさせていった。





―運命改変による世界終了まであと86日-



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