第58話 ここらでちょっと羽休め

 ドボルザークとの決戦から一夜明け、眩く光る昼の木漏れ日が広い庭園を照らす。



「よし!突然ですが、たまには女の子の憧れ魔法少女らしく、女子力向上も兼ねたお菓子作りを始めようと思います。レッツラクッキング!」


「すまぬ、本気で状況が理解できんのじゃが???」



 右手に握った泡だて器を天へと掲げ、意気揚々とした様子を見せるみずきに対し、その他一同はもはや困惑した表情を浮かべるほかない状況にあった。



「みずき……昨日の今日でそのテンションになれる君のそういうちょっとネジの外れたところはある意味尊敬させられるよ……」


「どうせ、またアニメ見て何かしらの影響を受けたんじゃろ?」


「うっ、うるせえなぁ……!」



 周りから向けられる呆れた視線に、みずきは堪らず視線を逸らす。



「ま、まあまあ、ニューンも風菜もそれぐらいにして。あんなことがあった後だからこそ、みずきは少しでも私達を元気付けようとしてくれてるわけだろうし……」


「沙耶ち〜ん!そういうことだよ!ようやくわかってくれたか!ほんと、あんただけが私の癒しだ〜」


「ほんと都合のいい奴じゃの……」



 冷たい視線を送るニューンと風菜から庇うようにしてフォローに転じた沙耶に、みずきは歓喜のあまり彼女を背後からぎゅっと抱き締めた。



「……ボクだって、みずきの癒しに……ブツブツ……」



 イチャイチャと絡み合うその光景に、先程から大人しかった息吹が突如ブツブツと呪文のように言葉を吐き捨て始めた。



「そんな負のオーラ全開で癒しとか言われてものう……てかお主、正直触れたくなかったのじゃが……その格好はなんじゃ……?」



 表情を引きつらせながら、風菜は恐る恐る息吹の方へと目を向けた。


 そんな彼女の頭には、キャラに全く属さない可愛らしい紫色のケモノ耳カチューシャが、本人の意図して付けられていた。



「……猫耳だよ」


「いや、それは見ればわかるんじゃが……そのぉ……何というか……キッツぅ……」


「だ、だって!みずきがおそらく影響を受けたであろう日曜朝の番組にもこういう感じの奴いたんだもん!これで少しでもモチベーションが上がるのなら……みずきが笑ってくれるなら……ボクは何だってやってやる!!」


「やめろォ!せっかくボカしておったのに、時間帯までハッキリ吐かすでない!!お主、ほんと最近キャラブレまくっとるのう……lionとかいうハンドルネームでゲーム大会無双しておった初期の頃が懐かしすぎる……しかも張り切って付けて来た割に、みずきもその頭に一切触れてこんし……」


「うん……それは……うん……」



 先程までおかしな衝動に駆られていた息吹だったが、風菜のその言葉を聞いた途端、急に大人しく肩を竦める。


 嫌でも目立つ派手な猫耳が、しゅんと寂しそうに項垂れた。



「全く、君達はほんとお気楽な……でも、僕が言ったところで、みずきは自重するつもりなんてないんだろう?……それに今ユリカがいない以上、結局のところ、僕達には待つことくらいしか出来ないわけだし……今回は……というか、今回も大目に見ることにするよ……」


「そういうこと!ユリカは地下組織の方でなんか会議あるみたいだし、その間、こんなバカでかいキッチン自由に使ってくれていいって借してくれたんだ!せっかくなんだし、息抜きも兼ねて普段しないことをするのもまあ悪くねーだろ!」



 ニューンの呆れた顔を尻目に、みずきは多少強引に話を進める。


 その普段と変わらぬ彼女の姿に、一同はため息を漏らしながらも、その表情には思わず笑みを浮かべていた。




 昨日発生したドボルザーク変貌に伴った横浜での破壊活動。ドボルザークの手によって、横浜市内で大規模被害が出たのはこれで2回目であった。


 その他にも、ゴッドフリートにバルキュラス、ニコラグーンから数々襲い来る魔道生物まで、これまでこの世界に突如として現れた脅威によって付けられた傷跡はあまりにも多すぎた。


 さらに、被害規模の観点以外から見ても、現状、民間により魔道生物や魔法少女の目撃情報が後を絶たず、インターネットなどを中心に不穏な情報が多方面で囁かれ始めていた。


 上記からも言えるように、これ以上、混乱回避の為の情報制限も、ついに限界を迎えようとしていた。



 そんな一寸の判断ミスも許されないこの緊迫した状況の中、白爪邸地下LDM本部にて、現在、政府機関を混じえた緊急会議が開かれていたのであった。



 日本の、世界の未来が大きく変わるやもしれない判断を問われる重大な会議の最中、その上階で、まさか世界を背負って戦う等の本人達がスイーツ作りに勤しんでることなど梅雨知らずに……。




<<



「でーきた!」


「いやいや、菓子作りにしてはいくらなんでも完成するのが早すぎるじゃろ……みずき、一体何を作って……」


「タッパープリン」


「お主……それ卵と牛乳と砂糖をタッパーにぶち込んで固めただけではないかッ!言い出した本人が一番やる気なくててどうするんじゃ!」


「はぁ!?べ、別にいざ始めたものの途中でめんどくさくなったとかそんなんじゃねーしぃ!!てかこれ、安価で作れて普通に美味いから!!タッパープリン舐めんなよこの野郎!!」



 風菜の言葉に、みずきはムッと眉間にしわを寄せる。


 タッパープリンがどこか下に見られているような感覚に、彼女は思わず声を大にして風菜を怒鳴りつけた。



 些細なことで二人がわちゃわちゃとしばらく揉め合っていると、やがて、沙耶が満足そうな表情を浮かべながら、喧嘩するみずきと風菜の間に割って入って来た。



「ストーーーップ!!はい、喧嘩はそこまで!二人ともこれでも食べて元気出して!美味しいよ!」



 喧嘩する両者の間に無理矢理割り込むと、沙耶は手のひらに乗せた鮮やかな色合いの小さなスイーツを二人の前に差し出した。



「こ、これは……圧倒的女子力を持つ者のみに作ることの許された伝説のスイーツ……”マカロン”!!」


「ま、眩しい……沙耶から放たれる女子力が眩しすぎるぞ!ただでさえ素人では作るのが難しいとされておる菓子を、こうもあっさりと……しかもこの完成度……圧巻じゃ!」



 みずきと風菜は、沙耶から滲み出る圧倒的女子力に翻弄されながらも、恐る恐るそのマカロンへと手を伸ばし、意を決して女子力の塊を口へと運んだ。


 と、生地を噛み締めた瞬間、甘い香りが口の中いっぱいに広がるのがわかった。


 サクッとした外地、しっとりとした舌触りが食欲をそそる。



「……こりゃ驚いた……本当に美味いもんを食うと言葉を失うもんなんだな……美味い!美味すぎる!料理漫画とかなら口から光線出るだろこれってぐらい美味いぞ、沙耶!!」


「えっと、例えは微妙にわかりにくいけど……えへへ、ありがとう!」


「本当に驚きじゃ……味も見た目も完全にプロのそれじゃろ、これは……男に作れば、まず間違いなく堕ちるじゃろうな。これで歴女でさえなければ……」


「あーッ!今ちょっとバカにした!風菜、今私の趣味にイチャモンつけたわね!?そもそも、日本にスイーツという概念が生まれたのは室町〜安土桃山時代にかけて、ポルトガルやスペインから砂糖や卵を使ったカスティラなどの洋菓子が上陸し、我が国の菓子事情に大変革をもたらしたとされているわ!さらにさらに遡ること大和時代、田道間守(たじまもり)が橘を常世国から持ち返ったのが本国での菓子の始まりとされていて……」


「あー……出とる出とる、おそらく大抵の男に好かれないであろうお主の悪いところが……というか、お菓子の歴史なんてニッチな部分にまで詳しいんじゃの、沙耶は……」



 最近症状が出ていなかった分、いつも以上にペラペラと止まらず話し続ける沙耶。その様子を驚いたような呆れたような何とも言えない表情で見守る風菜。沙耶の作ったマカロンを次々とひたすら頬張りこむみずき……仲むつまじい光景(?)が広がる中、既に嫌な予感しかしないあの少女がついに動き出した。



「出来た……みずき!!ついにボクの手作りスイーツが完成した!!」


「おっ、マジか!息吹は何を作って……」



 息吹の声に全員が振り返った瞬間、まるで、時間が凍りついたように一同は硬直した。


 みずき達の目に止まったもの、それは、ドロドロと毒々しい見た目をした紫色の不気味な物体だった。


 とても”食べ物”とは思えないそのあまりにおどろおどろしいスイーツを前に、全員が大量の汗を額に浮かべる。



「い、息吹さん、これは一体……」


「ボクの考えたオリジナルスイーツだよ!みずきに食べて欲しくて……一生懸命作ったんだ!さあ!一番美味しい出来たてを早く食べてくれよ!さあ!!さあ!!」


(ええぇ……これスイーツ以前にそもそも食い物なのか……?何か宇宙的な……ダークマターのような危険なものを感じるんだが!?)



 息吹の生み出したその未知の存在に表情を硬ばらせるみずき。と、そんな眉をピクピクと引き攣らせる彼女の肩に、風菜がポンと優しく手を置いた。



「風菜……!」


「諦めるじゃな。元よりこれはお主が言い出したこと、何となくこんなオチになることはある程度詠めておったわい……安心せい、骨だけは拾っておいてやるからの」


「ちょっ……勝手に殺すな!!」



 と、風菜と話していた最中、息吹は強引にみずきの手を引くと、その恐ろしいほどまでに不気味なスイーツを彼女の口元へと運んだ。



「さあみずき、早く食べてくれよ……さっき沙耶の作ったやつを美味しそうに食べてたじゃないか……ほら、ボクのも絶対負けてないからさ!丹精込めて作ったんだ!美味しくないはずがない!!」


「わ、わーったよ!!食べるからそんなに強く引っ張るなって!!」



 半ば強引に丸め込められると、みずきは一度目を瞑り、精神を集中させる。


 呼吸を整えると、意を決して口を大きく開き、ひと思いにそのダークマターへと噛り付いた。




 瞬間、みずきの脳裏には広大な銀河の光景が広がった。


 キラキラと輝く星々が、滅んではまた長い年月をかけ再生し、また消えては新しい星となって蘇る。そんな壮大な景色が、みずきの目に飛び込んでくる。



(何だこれは……甘い、辛い、苦い……そんな次元の話じゃーない……新たな味のカテゴリー……いや、もはや味という概念すらも超越している……!それに、このほのかに香る匂い……これは……洗剤!洗剤なのか!?このスイーツ洗剤入りなのか息吹ッ!!?)



 味覚から流れ込むあまりに膨大な情報量に、みずきの頭は既に悲鳴をあげていた。




「これが……虚無の境地……か……」




 一言そう口にすると、みずきは顔を真っ青にし、その場で崩れ落ちた。


 その倒れ方はまさに危険な状態。このリアクションが冗談ではないというのが、周りの目から見ても明らかだった。



「キャーッ!!み、みずき!しっかりして!水……水飲ませなきゃ!!」


「みずき!おい、しっかりせんか!これまでもお主は、瀕死の状態から何度も立ち上がってきたではないか!そんなお主が……こんなサイコレズ野郎のオリジナルスイーツ如きにやられていてどうする!立ち上がれ、紅咲みずきーーッ!!」



 突如訪れた危機的状況に、大慌てで彼女の元へ駆け寄る風菜と沙耶。


 と、その様子をじっと見詰めていた息吹もまた、倒れるみずきの元へとゆっくり近づき、重い口を開けた。



「……愛が重すぎちゃった、テヘペロ☆……なんつって……」


「言っとる場合か!!この戯けめ!!」



 その後、みずきの意識は回復したものの、数日間はお腹を下した状態が続いたという……彼女達魔法少女の日常は今日も平和であった。




<<



「……以上のことからも言えますように、依然として組織化された闇の使者”オスクリターα”の目的は不明とされています……現在、地底深くに張り巡らされた”魔力の根”に関しては調査中であるものの、なにぶん肉眼では捉えられない代物であるため、捜査は難航……被害規模からしても、これ以上等対策組織での情報操作は返って危険を生むと、ワタクシ達は判断しますわ」



 薄暗い地下空間、並べられる言葉とは差異

 に、若く透き通った女性の声が辺りに響き渡る。


 如何にもお堅いスーツ姿の大人達に囲まれながら、ユリカは着慣れないレディーススーツに身を包み、淡々と現状と自らの意見を織り交ぜ一同に報告した。


 LDM、政府機関の人員が一斉に面と向かって円卓に着席する中で、背後の巨大モニターには、今尚地球全土を覆う謎の”赤い根”の姿が映し出されていた。



 ユリカが話し終わると共にざわざわとざわめき始める空間に、彼女の隣に立つ東堂がすかさず咳払いを入れ、ユリカから引き継ぐ形で話を続けた。



「オッホン……現在、我々LDMは最悪の避難場となる巨大シェルターを各地に建設中です。……国内のみならず、既に海外にまで一部情報が漏洩しているというこの現状で、これ以上の情報操作及び機密は国の信用を失うことは愚か、民間の不安を煽るだけと考えられます。ここは、魔道生物の存在等一部情報をはっきりと政府側から公表するべきと、我々組織は断定いたします」



 東堂の話に、会議に出席していた全員が思わず息を飲む。


 と、辺りがしんと静まり返る重い空気の中、一人の男が口を開いた。



「……まさか、このようなことが現実として起こりうるとは……だが、こうなってしまった以上、我々も立ち上がらなければならないというものでしょう。……わかりました、貴方達LDMの決定を我々政府側も承諾しましょう」



 覚悟を決めたように手を組みながら東堂の言葉を飲む男。



 この男こそ、35歳という若さで総理大臣に登りつめた現在の日本の若きリーダー、安条弘文(あんじょう ひろふみ)その人である。


 これほどまでの人物が自ら会議に出席している辺り、現状がどれほど最悪なものかは容易に想像できることであろう。



 危機的状況の中で臆することなく堂々とした態度を見せる安条は、さらに話を続けた。



「して、その件についてこちら側からも質問なのですが、ユリカ君達”魔道適合者”に関して……」


「NO!”魔法少女”!!」


「……えっ?」


「”魔道適合者”なんて呼び名全然可愛くないですわ!ちゃんと濁さず”魔法少女”とお呼びになってくださいまし!」



 ”可愛くない”、ただそれだけの理由で日本のトップに噛み付くユリカの姿に、会議は大きくざわつきを見せた。


 額に浮かぶ汗を拭き取ると、言葉を改め安条は話を再開した。



「し、失礼。では改めて……魔法少女について、君達人類を守る立場の存在を、魔道生物同様世間へ正式に公表するか否かに関してはどうお考えを?」


「それは……」



 安条の質問にユリカは一度目を逸らすと、息を深く吐き出し、ゆっくりと口を開いた。



「魔法少女の公表は……控えて貰う方向でお願いしますわ。ワタクシはともかく、彼女達は……そりゃ、変わってるところの方が多い子達であるのは間違いありませんが、みずき達はあくまで普通の民間人……本来、このようなことに巻き込んではいけない立場なんですのに……魔法少女となってしまった以上やむを得ないとはいえ、ワタクシは……これ以上、友達を危険な目に晒したくはないんですの……!」


「……了解した。君は、本当に優しい子なんだね……」



 話しながら少し涙ぐむユリカの姿を前に、安条は自らの立場を忘れ、一人の大人として彼女に優しく声をかけた。


 その言葉に小さく頷くユリカ。その光景に、再び会議は静寂に包まれた。



 湿った空気の中で、次に言葉を発したのは東堂であった。



「……ワタクシ達を守ってくれている立場にあるとはいえ、魔法少女そのものにもまだまだ謎は多いです。特に、我々が密かに研究を続けている生命体……”ニューン”について、疑っているわけではないのですが、彼もまた闇からやって来た魔道生物の一種……こちら側の世界へ来た時、彼は何故記憶を失っていたのか。何故闇の存在である彼が、闇と敵対する魔法少女を誕生させる力を所有していたのか……まだ解明されていないことが多すぎる以上、魔法少女に関しましては、これからもしばらく研究を進めていく所存にございます」



 東堂のフォローもあり、過半数以上の一致で魔法少女の存在は民間へ明かされることはなくなった。


 とはいえ、一部と言ったものの、魔道生物及び闇の存在を現実として公開するにあたって、混乱は避けられないと予想される。


 日本のみならず、世界は今後、大きく変革を受けることとなるだろう。




 この後、会議はしばらく続けられたものの、未だ”闇”に関する有益な情報は少なく、話はこれ以上進展することのないまま今回の重大会議は幕を閉じた。


 人類の行く末、そして、世界を託された魔法少女達の未来……それは、神すらも知る由はなかった。





―運命改変による世界終了まであと77日-



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る