第57話 強敵と書いて友と読むらしい
カラフルに色付いた照明に照らされて、キラキラと輝く汗が流れ落ちる。
館内中に響き渡った音楽がゆっくりと消えて行く中で、息を切らせながら息吹はふと顔を上げた。
すると、そこには舞台に立つ彼女達にとって、これ以上ないほどの美しい光景が広がっていた。
拍手喝采。曲が終わりを迎えても尚、興奮冷めやらぬ様子で客席が沸き立つ。広い体育中に拍手の嵐が巻き起こった。
(驚いた……まさか文化祭の舞台でこんな景色が見れるなんて……頑張って練習した甲斐があったかもなぁ……)
胸が苦しい。
高まる高揚感、心臓の音に、息吹は堪らず胸を強く押さえつけた。
「凄い……」
湧き上がる感情の中で、ただ一言息吹はそう言うと、再び言葉を詰まらせる。
自分の中で目まぐるしく駆け回る感情を、上手く言葉に表現出来ない。
と、本番を終えて尚、熱の冷めない息吹の肩に、ユリカがそっと手を添えた。
「やりましたわね……!」
「……ああ、パーフェクトだ」
親指を立てて笑顔を見せるユリカに、息吹もまた小さく微笑むと親指を立て返した。
短い期間ではあったが、それでもみんなで力を合わせ、精一杯練習を積み重ねてきた。その時の記憶が、舞台に立つ全員の脳裏に鮮やかに思い出される。
惜しみない拍手と歓声に包まれながら、舞台に立つ5人は観客側に向かって深く頭を下げたのだった。
だが、そんな至福の時もつかの間、高揚感に浸る間も無く、突如出現した不穏な空気に、息吹とユリカの2人はハッと顔を上げた。
「この感じ……まさか……!!」
「……どうやら間違いじゃなさそうですわね……今、人の波を掻き分けながらオモテに飛び出して行く風菜達の姿が見えましたわ」
そう言ってユリカの指差す方へと目線を向けると、そこには急いで体育館を後にする風菜と沙耶の後ろ姿が見えた。
「……てことは、やっぱり闇の使者が……あれ?みずきは……?みずきももう出て行ったの?!」
「わかりません……ですがこの気配、そうとうな魔力を感じますわ……どうやら、只事ではなさそうですわね……ワタクシ達も急ぎましょう!」
「……ああ、わかった」
互いに顔を見合わせ肯き合うと、2人は急いで舞台の袖へとはけていった。
と、その時、足早にその場を去ろうとする息吹とユリカの姿に、ギタリストの舞美がいち早く気がついた。
「……あれ?!2人ともそんなに急いでどこ行くの!?」
舞美の呼び止める声に、息吹達は一度足を止めようとする。
が、一刻を争う中、立ち止まる暇などなく、2人は申し訳なさそうな表情を見せるとそのまま舞台を後にしていった。
「ちょ、ちょっとー!!打ち明げはー!?」
舞美の声が響く中、ざわつき始めた体育館を、2人は全速力で抜け出して行く。
その後、体育館の外で、息吹とユリカは前を走る風菜・沙耶と合流し、不穏な気配のする方へと急いで駆けていった。
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一斉に差し込んでくる光に、目蓋がチカチカと痛む。
(……あれ?ここは?……私、何してたんだったっけな……)
しばらくすると、視界を覆う真っ白なモヤが晴れ、みずきはようやく辺りを見渡した。
すると、そこには見慣れたビルの立ち並ぶ景色が広がっていた。
ドボルザークとの死闘を制したみずきは、気がつけばリングの上ではなく元いた世界へと送還されていたのだった。
また、こちらへ戻って来たのは彼女一人ではない。みずきのすぐ側に、困惑した表情を浮かべるゴッドフリートとバルキュラスの姿が確認できた。
と、何やら揉め合う2人の会話に、みずきはそっと聞き耳を立てた。
「……ちょっと!なんで人間界に戻ってきちゃってんのよ!」
「し、信じられない……僕の空間魔法が弾かれた……!?そんなバカな……アレの持つ魔力が強大すぎて、僕の魔法では空間を維持出来なかったっていうのか……」
”アレ”……そう言い表しながら、ゴッドフリートは震える指先を伸ばした。
その彼の指し示す方向、そこには、おどろおどろしい見た目をした巨大な魔道生物……もとい、ドボルザークの姿があった。
ビルの間から顔を覗かせるその圧倒的な大きさに、みずきの頭の中は真っ白になった。
先ほど見た時よりも遥かに大きい、さらに、今尚成長し続けるその”怪物”の姿は、みずき達だけでなく、街中にいる誰もがハッキリと認識できた。
少し動くだけで背の高いビルをも破壊してしまうほどの恐ろしい生物を前に、今まさに、横浜の街は大混乱を迎えていた。
街中がパニックに陥り、あちこちから悲鳴の嵐が飛び交う。
まるで特撮か何かと疑いたくなるような、しかし現実として起こっているこの地獄絵図に、みずきは握り締めた拳を震わせながら、唇を強く噛み締めた。
「……ちょっと意識を失ってた間に、最悪なことになってんな……こいつは」
沸き上がる感情を少しでも緩和させるため、敢えて軽い口調で呟くみずきであったが、内心、ドボルザークの放つそのあまりに不気味な覇気に、胸が締め付けられたような苦しみを覚えていた。
額から吹き出す嫌な汗が止まらない。
と、その時、豹変したドボルザークの姿をじっと見上げているうちに、みずきはある違和感を感じ取った。
「……そういえばあいつ、さっきから同じ場所でウネウネと動いてるだけで何もしてこないな……」
みずきの感じた違和感……それは、巨大化したドボルザークが先程から全く動きを見せないことにあった。
目の前に立つみずきを襲うわけでもなく、況してや逃げ惑う人々を追うわけでもない。ドボルザークはただ唸り声を上げながら、歪に変形したその体を動かしているだけにすぎなかった。
(暴走しているわけじゃない……まさか、あんな姿になった今も、あいつの意思はまだ残ってるっていうのか……!?)
そう思い付くと、ふとみずきの脳裏にはある言葉が過った。
『魔法少女として、本気でこのくそったれな世界を守りたいというのなら……俺を全力で止めてみせろ』
ドボルザークが残した言葉……その言葉と共に、彼の声が、彼が最後に見せた表現が、みずきの中で鮮明に思い出された。
刹那、深く息を吸い込むと、みずきは瞳を真っ直ぐと輝かせ、その場から立ち上がった。
「……そういうことかよ……ったく、あんまり気乗りはしないけど、この状況でそんなこと言ってられねーよな……それに、今、あんたをなんとかしてやれるのは私しかいねーんだから……」
みずきは腕を大きく横に伸ばすと、その拳を強く握りしめながら、ドボルザークの元へと一歩一歩、ゆっくりと近づいて行った。
「あんたは強かったよ……そんな姿になっちまった今も、暴走しようとする意思と必死に戦い続けてる。最後のその時まで、自分が自分でなくなってしまわないように……」
進む足を止めると、みずきは変わり果てたドボルザークの姿を再び見上げる。
と、みずきを目の前にしたドボルザークは、大きく呻き声を上げた。
その声はどこか寂しく、悲しげなものに聞こえてならなかった。
響き渡る悲痛な叫び声に、みずきはそっと息を吐き出し、腰を降ろす。拳を小さく震わせながら、静かに構えをとった。
「苦しかったな……今楽にしてやるから……だから……歯、食いしばっとけよ……!!」
瞬間、目をカっと見開かせ、みずきは全身全霊をかけた重い拳を振りかぶり、ドボルザークの元へと飛び出して行った。
地を蹴り上げ、高く、高く、舞い上がる。
最中、空中では背中に魔法陣を描き、輝く翼を伸ばした。浮遊魔法を駆使し、ドボルザークとの距離を一気に縮めていく。
(空を飛ぶのも、あんたと初めて戦って以来だな……)
ふと頭に浮かぶ言葉が、胸の内を妙にざわつかせる。
湧き上がる感情をぐっと噛み締めながら、みずきは吹っ切れたように声を上げた。
「あんたがお望みのものをくれてやるよ!!これが!私の全力の……”アルティメット・ブロウ”だアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!」
喉がはち切れんばかりの大声を張り上げながら、みずきは全力の一撃を放った。
全身が熱く輝きを放つ。みずきの高まる感情が、彼女自身に宿る魔力を爆発的にまで引き上げていった。
やがて、突き刺さる拳から、ドボルザークの肉体はビシビシとひび割れていく。
一切の抵抗を見せることなく、まるで、こうなる事を自らが望んでいたかのように、奇形したドボルザークの肉体はあっさりと崩れ落ちる。
みずきの放つ眩い魔力の輝きが、崩壊した街を真っ白に包み込んでいった。
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「これは酷い……崩壊した横浜の街並み……まるで、僕がみずきと初めて出会った時に見たあの景色のようだ……」
悲痛な表情を浮かべながら、ニューンは静かにそう語った。
「酷いよ……こんなの、特撮とかでしか見たことない……」
「ああ、それも怪獣映画のような巨大な何かが現れたかの如く……そんな崩れ方をしておるようにも見える。確かに海道祭の時、闇の気配は全く感じられなかった。なのにあの一瞬、強大な魔力を感じ取ったほんの一瞬のうちに、一体何が起こったというんじゃ……」
青ざめた表情で話す沙耶の言葉に、風菜は自分の考えを返した。
目の前に広がる光景に、ニューンの後ろに立つ魔法少女達もまた、胸を締め付けられるような思いを感じていた。
海道祭の最中、突如出現した闇の気配を追った風菜達は、途中、合流したニューンの力を使い、その現場まで足を運んでいた。
ところが、テレポートを終えた瞬間、途端に闇の気配は感じられなくなり、目の前には崩壊した街の景色が広がっていたのだった。
と、そんな中、建物が崩壊し、その先で海が一望できるほどまでに抉られた道路の上に、ポツリと立つ人影が見えた。
「……みずきッ!!」
海辺に映るその人影がみずきであるといち早く気が付いた息吹は、真っ先に彼女の元へと駆けて行く。
その後に続き、ニューンを含めた他の魔法少女達もまた、海沿いに立ち尽くすみずきの元へと急いで駆け寄って行った。
「みずき!!」
「……ん?おお、息吹!それにみんなも!」
「”おお”じゃないよ!一体こんなところで何を……」
と、息吹がそう言いかけた刹那、突然、みずきが彼女の頭にそっと手を置いた。
「なっ……!?み、みずき?!!」
「頑張ったな、息吹……ちゃんと届いてたよ、あんたの歌声。息吹の声が聞こえたからこそ、頑張れた……ありがとう……」
「あわわ……な、何のことだかさっぱりだけど……ど、どういたしまして……」
優しく微笑むみずきの表情に顔を真っ赤にしながら、息吹は恥ずかしそうに服の裾を引っ張った。
海岸線から登る夕焼けが、見つめ合う2人をキラキラと照らし輝いた。
「……それが、お前の戦う理由か……」
暖かい空気が場に流れ始めていたその最中、突如聞こえてきた低い声に、一同は一斉に声のする方へと振り向いた。
彼女達の視線の集まる先、そこには、異常なまでに痩せこけた男が、膝をついて崩れ落ちていた。
黒く淀んだ皮膚に、ボサボサに伸ばされた髪の毛……だが、その男の面影に、彼女達はどこか見覚えがあった。
「なっ、なんだよ、こいつ……」
「酷い痩せよう……でも、この感じ、どこかで……」
「微かに感じるこの嫌な気配……それに魔力も……とても初めて感じたものとは思えませんわ……」
「うむ……忘れもしない、この感覚……じゃが、この姿は一体……お主、本当にドボルザークなのか……?」
ようやく目の前に映る男の正体に気が付いた風菜達は、そのあまりの変貌ぶりに言葉を失った。
変わり果てたドボルザークの姿に、思わず表情を歪める。
そんな中で、ただ一人、みずきは重い表情を浮かべながら、燃えかすのように黒く焼け切れたドボルザークの元へと近づいて行った。
「……痛みはないか?」
「ふっ、まさかテメェに情けをかけられる日がくるとは……ああ、おかげさまでな……」
「そうか……なら、後悔は?」
「ない。……と言っても、こうなる前の記憶は今でもほとんど残っちゃいねぇ……だが、ただ一つ言えることがある。それは、これが俺自らの望んだ結末だってことだ。これが俺の選択、運命……後は消滅するだけだ」
どこか寂しげに語るドボルザークの姿に、みずきはそっと目を閉じた。
頭の中で交差する様々な記憶、感情。
ある日、目の前に現れた男は憎っくき敵となった。彼の犯したこれまでの行為は、とても許せるものではない。
だが、これまで幾多も拳を重ねているうちに、奇妙な感情が、だが、それでいて確かな思いが、知らず識らずのうちに互いの胸に刻み込まれていたのだった。
「アタシはまだ納得してないわよ……それが本当にあんたの望んだことだって……」
と、みずきとドボルザークが語る最中、突如山積みになった瓦礫の中から、バルキュラスとその肩に寄りかかるゴッドフリートが顔を出した。
スカートに付く土ぼこりを軽くはたき落とすと、バルキュラスは真っ直ぐに痩せこけたドボルザークの方へと視線を向けた。
「……意外だな。テメェは俺になんざに全く興味ないもんだと思ってたんだが」
「図に乗るな。あんたになんてさらさら興味ないわよ。……ただ、その姿を見てると妙に胸がざわついてしょうがないだけ……」
「俺が哀れに見えるか?まるで自分の内を見詰めているかのようで……」
「……やっぱり、最後まであんたは嫌な奴ね。ほんと、こっちの世界にはロクな奴がいないわ。……所詮は従う上が同じで立場が同じってだけ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。ずっとそう思ってた……なのに、今のあんたを見るだけで、どうしてこんなに胸が痛むわけ?アタシは、あんたとは仲間までじゃなかったと思ってたのにさ……」
「…………」
小さく息を吐くと、バルキュラスはどこか表情に影を落としながら、悲しい目を向けるとその場で俯いた。
そして、彼女はそのままドボルザークから背を向けた。まるで、弱々しく映る彼の姿から目を背けるようにして。
「……もう行くわ。これ以上あんたを見てると気分が悪くなる……それに、こいつもそろそろ精神的に限界みたいだし」
そう言うと、バルキュラスは虚ろな目を浮かべ肩に寄りかかるゴッドフリートに視線を向けた。
「……じゃあね」
「ああ、今度は地獄で会おうぜ……!」
ドボルザークの言葉にムッと眉をひそめると、バルキュラスはゴッドフリートを連れて闇の中へと消えていった。
と、同時に、ドボルザークの細い体もまた、風に煽られ灰のようにバラバラと崩れ始めていった。
その一粒一粒が、背後に映る夕日に照らされキラキラと輝きを発する。
「……紅咲みずき」
消えかかる最中、ドボルザークはみずきの名を呼ぶと、その重い口をゆっくりと開いた。
「俺は迷い続けた。迷って迷って……最後は運命に負けた……こうなりたくなきゃ、テメェはテメェで、精々その過酷な運命に争い続けることだな……それだけだ、今の俺に言えることは……じゃ、あばよ……」
最後、微かな笑みを浮かべると、ドボルザークは美しく光る夕日の中へと消えていった。
目の前でキラキラと輝く広大な海が、この時、少女達の目にはあまりにも眩しく映って見えた。
「……強敵をついに倒したというのに、あまりいい気はしないものじゃの」
風菜のその言葉に、全員がふっと顔を俯かせた。
これまでのように敵を倒した。
ただそれだけのことだと頭の中では理解していても、少女達の心は、何故か無性にざわついていた。
と、その時、みずきがふと顔を見上げた先、そこには橙色の空が、どこまでも美しく広がっていた。
まるで吸い込まれてしまいそうな光景に、みずきは薄っすらと笑みを浮かべる。
「……よし、腹減った!飯だ飯!飯食べに行こう!!」
『……えっ?!』
唐突に放たれたみずきの意外すぎる言葉に、一同は度肝抜かれた様子で思わず声を漏らした。
「えぇ……今さっきでそのテンションって……やっぱりみずきは凄すぎだよ……」
「仕方ねーじゃん。海道祭でもっと色々食べるつもりだったから、昼飯抜いて来ちまったし……それに、今日はめっちゃ戦いまくったから完全にエネルギー切れだ、これ!こんな日は肉だ肉!焼肉行こうぜ!!」
「ちょっ……ったく、本当にしょうがない奴だよ、みずきは……」
機嫌よく走り出すみずきの後ろ姿に困惑しつつも、気がつくと、魔法少女達の顔には自然と笑顔が溢れていた。
深く息を吐くと、皆、再び顔を上げて彼女の後を追うように前へと足を進めた。
そんな中、夕日に照らされ輝くみずきのその大きな背中を、最後尾のユリカはしばらく立ち止まり、じっと眺めていた。
(みずき、貴方は本当に強い人ですわね……自分では気づいていないかもしれませんが、貴方の存在こそが、ワタクシ達をここまで導いてくれましたのよ……しかし、”ドボルザークの正体”、”未だ解明されない地上を覆う強大な魔力の根”……不穏なことがあまりに多すぎる……これはいよいよ、ワタクシ達白爪財団含めLDMの力を持ってしても、世間へ”真実”を隠し通すことは難しくなってきたかもしれませんわ……みずき、これからワタクシ達の戦いはより一層激しさを増すことでしょう……それでも貴方は、この先も変わらず、運命を切り開いてくれますか……?)
そう心の中で静かに語るユリカは、眉をひそめて先を行くみずきをじっと見詰める。
不穏に流れる風が、彼女の長い白髪を揺らした。
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