第79話 愛しき駄作

 薄暗く照らされた狭い空間で、テレビから放たれる光がチカチカと男の真剣な表情を照らした。




”ゴクゴクゴクゴク…………”




 哀愁漂う小さなアパート、六畳一間の部屋の中で、乾いた喉を潤す音が辺りに響き渡る。


 キンキンに冷えたビールを滝のように一気に飲み干すと、彼は前のめりに背を丸め、テレビに釘付けとなっていた。



『いつまでも追い続けてみせるさ……誰も泣かない世界を……誰もが笑顔でいられる世界を……!!たとえそれがどれだけ長く険しい道だったとしても、かまわない!負けはしない!俺はまだ旅の途中なんだ……そう……俺達の戦いはこれからだッ!!!!』



 画面に堂々と映るラストシーン、背中で語る孤高のヒーローが拳を突き上げると、直後、バーンっと大きく飛び出す”超絶ヒーローパンチマン”のタイトルロゴと共に、画面はゆっくりとフェードアウトしていった。



 と、流れるスタッフロールを前に、男は思わず詰まっていた息を漏らした。



「はぁ……終わった……結局、借りてきた分一気に見てしまった……いや、しかしこれ、本当にここで終わりなのか……?だとしたらなんとも消化不良なことこの上ないぞ、この作品は……一体なんだこの続きそうで続かない締め括り方は!?まさか製作中に何かよからぬことでもおこったか!?それに、第10話くらいから臭わせていた生き別れの兄の存在!奴はどこにいった!?結局最後まで出てこなかったではないか!!……この世界に来てから他にもいくつかの文学や映画などの作品に触れてきたが……ここまで行き当たりばったりな展開の作品はこれが初めてであったぞ!!」



 全50話、4クールに渡る長いストーリーを一気に消化した闇の使者……ヴォルムガングは、とにかく咄嗟に思い浮かぶ限りの率直な感想を、まるでマシンガンのように鋭くズバズバと言い放っていく。


 アニメ”超絶ヒーローパンチマン”の納得のいかない展開・ストーリーに大いに不満をぶちまける……が、しばらくして、一通り話を終えると、少し落ち着いた様子でヴォルムガングはそっと自身の胸に手を当て、その鼓動を感じ取った。



「……だが、何故だ……お世辞にもとても名作とは呼べぬこの作品に……この胸が高鳴る!興奮が抑えきれない……!この作品の……”パンチマン”の持つ何か……そう、”特別な何か”が……吾輩の心に火をつけた!!……しかし、それが一体なんなのか、まるでわからぬ……自分のことだと言うのに、こんなことは初めてだ……うーむ……」



 高鳴る胸を抑え、ヴォルムガングは自身がこの作品に心惹かれた理由を必死に頭の中で模索する。


 が、いくら考えても、その答えが出されることはなかった。



「……ええいッ!考えても仕方があるまい!やがて答えがわかるその時まで、この件は放置!!吾輩は考えることをやめたぞ!!」



 そうキッパリと答えの模索を諦めると、ヴォルムガングはふっと体を起こし、部屋のカーテンを開け、日の光を全身で浴びた。


 暑苦しい服を脱ぎ捨て、その隅々まで鍛え抜かれた”黒鉄の肉体”が美しく輝く。



 日の明かりに照らされて尚、彼の表情はわからない。いや、わからないのではない。彼にはそもそも、不要な人相など最初から存在していなかったのだ。


 全身真っ黒に染まったヴォルムガングの頭には髪はおろか、鼻も口も耳も、何もない。あるのは黒い顔に浮かぶ鋭く切れた赤い瞳、だだそれのみであった。


 これまで魔法少女達が出会ってきた闇の使者と比べても極めて異端の存在……それがこの男、ヴォルムガングであった。



 その大きな体を天井ギリギリまでうんと伸ばすと、ヴォルムガングはちゃぶ台に置かれた新たなビールを手に取り、再びそれを一気に喉に流し込む。


 口もないのにどうやってビールをそれらしく飲んでいるのか、そこについては謎である。



「うむ!美味い!この世界はなんと美味たるものが多いのだろうか!!それに、これら絶品が全て”こんびに”とやらで手軽に手に入れられてしまうというまさに怠惰!素晴らしく羨ましいぞ、人間!!……しかし、最初はこの世界の仕組みを知るため、興味本位で始めた”人間生活”の真似事であったが……知れば知るほど、まさかここまで快適なものだったとは思わなかったぞ……全く、退屈せぬな!この世界は!!」



 片手に握るカラになったビール缶を握り潰すと、ヴォルムガングはガハハと豪快な笑い声を上げ、それを床に投げ捨てる。


 と、直後、酒缶や惣菜パックなどの食い散らかしたゴミと、様々なトレーニング器具に囲まれた部屋をぐるりと見渡した。



「……だが、いつまでもこうしているわけにもいくまい……最後にいいものも見れたことだ。愉悦はここらで終わりとしよう。今こそ使命を果たす時……”この世界のしきたり”に従って、正々堂々……魔法少女と拳を交えるとしよう……!」



 そう自分自身に言い聞かせ、決意を固めると、ヴォルムガングは棚の引き出しから一枚の紙を取り出し、筆を手に取った。



「世界の運命を手にするのはどちらか……少女達よ、今こそ雌雄を決そうではないか……ッ!!」



 決意を胸に、今、漢はその思いの全てを筆に乗せるのだった……。




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 青く透き通った空に、涼しい風の吹き抜ける清々しい朝。


 こんな平日の朝は、決まって次々と登校して来る生徒達の群れで学校の正門付近はガヤガヤと賑わいを見せていた。


 その中には当然、”彼女達”の姿もあった。



「あ〜……課題やるの忘れてた……」


「みずき……お主、そのセリフを一体何度言えば気がすむんじゃ……むしろまともにやってきたことの方が珍しいくらいじゃわい」


「いやぁ、家帰った段階ではちゃんと課題あること覚えてんだけどさ……なんか今からやるのはダルいなぁ〜って思って後回しにしてたら、気づいた頃にはもう寝て覚めて朝になってて……」


「うーむ……そして理由まで毎回同じとはのう……」


「だってさだってさ〜、魔法少女してるとアニメ見れる時間だって限られてくんだもん!溜め録りしてた深夜アニメ消化してたら、いつの間にか…………」



 たわいもない会話を交わしながら、人の波をかき分け、正門の奥からみずきと風菜の2人が姿を現した。


 登校を共にする2人は昇降口で靴を脱ぎ捨てると、互いに自分の下駄箱から上靴を取り出そうと手を伸ばす。



 と、その時だった。


 みずきが上靴を取り出した刹那、下駄箱の中から、突如何かがバサリと零れ落ちた。



「あれ、なんか入ってた……んんっ!!?」



 落ちた物を拾い上げようと姿勢を低くしたみずきの目に飛び込んできたもの……それは、ハート型のシールでしっかりと封をされた一通の手紙だった。


 手紙の存在に激しく動揺を見せるみずきであったが、恐る恐る震える手を伸ばし、慎重にそれを拾い上げる。



(こ、こ、これってまさか……!!?)


「……どうしたんじゃ、みずき?突然黙り込みおって……もしや体調でも優れんのか?」


「いっ、いいや!別にィ!なんでもないけどぉぉお!!?」



 明らかに挙動不審になりながらも、みずきは咄嗟に拾った手紙を風菜に見つからないように隠し持つ。



「……ふーん、そうか……”なんでもない”……ねぇ……」


「そうそう!なんでもないなんでもない!……あっ!もうすぐ朝礼始まんじゃ〜ん!私さ、ちょっと用事あるから!風菜は先に教室行っててくれよ!なっ!?なっ!?」



 ジロジロと見詰めてくる風菜の視線に、みずきの額には大量の汗が噴き出す。


 そのあまりに下手くそな演技に、異常なまでの汗の量と、風菜のみずきに対する疑いはますます強まるばかりであった……が、しかし。



「……まっ、そういうことにしておいてやるかのぅ……じゃあ、アッシはお言葉通り、先に教室で待たせてもらうとしよう」



 みずきの様子を怪しみつつも、風菜は敢えてそのことには触れず、彼女の言葉通り素直に教室へと急いで行く。


 と、その途中、一度足を止め、くるりとみずきの方へと振り返った。



「……あっ、用事が何かは知らんが、くれぐれも遅刻するではないぞ!!」



 振り向きざまにそう言い残すと、風菜は長い廊下をひた歩いて行った。



 そんな彼女の遠退く背中を確認すると、みずきは思わずホッと胸を撫で下ろす。



「……ぷはぁーーーっ!!危ない危ない……”これ”を風菜に見られてたら、一体今頃どんないじり方されてたことか……たく、たまったもんじゃねーなぁ……そう、私は別に鈍感系で売ってるタイプの人種じゃない……下駄箱からハートマークのシールが貼っつけられた手紙……これは、まごう事なき”ラブレター”ってやつだ!!……下駄箱にラブレターって都市伝説じゃなかったんだなぁ……」



 こっそりと廊下の陰に身を潜め、みずきは先ほど拾った手紙を取り出し、じっとそれを見詰める。



「……もちろん、今は甘酸っぱい恋愛なんてしている場合じゃない。相手が誰であろうと当然断るつもりだ。……だが、問題はその断り方だ……残念ながら、私は男性経験が”ほとんど”ない……(自分自身に見栄を張っているだけで、実際は”全く”ない)。きっとこれを送るまでも相当悩んで、精一杯の勇気を振り絞ってくれたんだろう……どうすれば相手を傷つけずに断れる?そもそも相手は私のどこを好きになった?……さては胸か!?胸なのか!?体目当てか!発情期めッ!!」



 やや暴走気味になるほど悶々とした思いを抱えるみずきは、一度深呼吸し、自身の気持ちを落ち着かせる。


 と、意を決し、ついに彼女は手紙の中身に目を通した。





 『果たし状』


 明朝5時、同封した地図の場所で待つ。


 ps.この世界の文化に従い、”想いのこもった手紙”を下駄箱に送らせてもらった。無事汝らに届いていることを祈る。





「あっ……うん、あんたの学んだこの世界の文化とやら、色々間違ってるよ……」



 顔を真っ赤にさせながら、脱力するみずきはやる気ないツッコミを小さく呟いた。


 この瞬間、一人騒いでいたとんでもない早とちりに、みずきは割と本気で死にたくなったという。





―運命改変による世界終了まであと64日-



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