第78話 最強の刺客

 紫色の光が辺りを照らす不気味な闇の巣窟。


 部屋の中央に置かれた円卓の前で、銀色に光沢を浴びた鎖を握りしめるジークラインが2人の帰りを静かに待っていた……が。



「ぐるる……ウガアアアアアアアアアアアアアッ!!!!血ッ!!血が足りねぇ!!!!おい、ジークライン!!いい加減この鎖を解きやがれ!!もうここ何日も血を見てねーんだ!!このままじゃアタシは……我慢の限界だああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 ジークラインの握りしめる鎖の先、そこには、まるで犬のリードのように首を鎖で繋がれたゾルビアの姿があった。


 その上さらに厳重に手錠・足枷を付けられた状態で尚、血に飢えた彼女は奇声を上げながら暴れ続けた。



「……ああ、やかましい……少しくらい大人しく出来ないのかこの珍獣は……!!」



 手に負えないゾルビアの暴れっぷりに、ジークラインはイライラとした様子で机の上を人差し指で何度か小突く。



 と、しばらくして、円卓の前に突如出現した禍々しい黒い靄の中から、任務を終えたベリーベイリとフレデリックの2人がようやくジークラインの元へと帰って来た。



「はぁ〜い☆ベリーベイリちゃん、ただいま帰還せり〜☆……って、あららぁ〜?なになにゾルビアちゃん!鎖なんか付けられちゃって!キャハハっ、2人並んで何だか猿回しみたい☆……馬鹿共にはよくお似合いだぜ!」


「……その辺にしておけ、ベリーベイリ。……ジークライン、こいつが調査報告書だ。まずはこいつに目を通して欲しい……」



 まるで息をするかのようにジークライン達を罵倒するベリーベイリの態度を注意しつつ、フレデリックは用意した書類を円卓に広げる 。


 と、並べられた報告書を、ジークラインは一つ一つそれぞれ真剣な眼差しで読み漁っていった。




『……本作戦”プランγ”は、異界の存在、人間の秘めたる魔力の覚醒を目的とする。また、人工生命体開発”プランΩ”を同時に進行・展開していき、この両計画を最優先研究事項とし、その一切を極秘のものとする……』




 走り書きされた文章から、難解な計算式・図解まで、書類に書かれた様々な情報をジークラインは黙々と目を通していった。


 その度に、彼の表情は険しいものへと変化していく。



「断片的な情報ばかりになってしまったが……こいつを調べていて僕も確信したよ。おそらく、ジークラインの推測は正しいものだ……」


「……確定だな。愚かな奴め、我々を本気であざむけられると思っていたか……!」



 全ての書類を読み終えると、ジークラインは小さくため息を吐く。


 と、机に並べられた資料をまとめ、彼は再び口を開いた。



「裏切り者が確定した今、もはや一切の躊躇もあるまい……すぐに準備しろ!これより、潜り込んだ”害虫”の駆除を開始する!!さあようやく出番だ、ゾルビア……今回は貴様にも役立って貰うぞ」



 そのジークラインの言い放った言葉に、ゾルビアの肩がピクリと反応を示す。



「……ッ!!マジか!!やっとか、ジークライン!!ようやく……アタシは、暴れまくれるんだなッ!!!?」


「ああ……ただし、殺すなよ。”奴”には聞きたいことが山ほどあるものでな……」


「ゲヘッ、ああいいぜぇ……半殺しにしてジワジワいたぶっていくのも乙なもんだ……ああ……楽しみだなぁ……久々に……血が拝めるッ!!!!」



 ジークラインの引く鎖に引きづられながら、ゾルビアはうきうきと上機嫌な様子でその場を後しようとする。



 と、その最中、先を急ぐジークラインの肩を突如フレデリックが掴み取り、彼の足を無理やりに止めさせた。



「待つんだ、ジークライン!まさか、今すぐに仕掛けるつもりか……!?」


「当然だ。オレ達の行動がいつ勘づかれるかもわからない……となれば、叩くなら急ぐに越したことはあるまい!」


「しかし、女王の承諾もなしにいきなり城内での戦闘行為を余儀なくするというのは、いささか僕としては賛同しかねるが……」



 と、フレデリックがそこまで言葉を言いかけたその時、ジークラインの眉がピクリと動いた。



「……フレデリック。貴様、誰に向かって口を利いているんだ……?今ッ!この場で最も力を持つのはオレの言葉だ!!貴様達は黙ってオレの言う通りに動いていればいいんだよ!!!!」



 張り上げられたジークラインの怒りの叫び声に、全員が咄嗟に耳を塞ぐ。


 と、その彼の相変わらずな気性の荒さに、フレデリックの口からは自然とため息が漏れた。



「ハァ……ああ、わかったよ……君の言う通りにしよう」


「チッ……初めからそうしていればいいものを……貴様らもオレに続け……!」



 渋々と命令を聞き分けるフレデリックの様子にジークラインは若干の苛立ちを見せながらも、その場は小さく舌打ちを打つのみで、大人しく先を急いで行った。


 そんな去り行く彼の後ろ姿に、フレデリックはどこか冷たい視線を浮かべていた。



 と、いつになく不愛想な表情を浮かべる彼の背後から、ひっそりと歩み寄ったベリーベイリがひょっこりと横から顔を覗き込ませる。



「あらあら〜?もしかしてフレデリック……おこなのぉ〜???……でもその気持ち、ベリーベイリちゃんもわかっちゃうな〜☆ジークラインってばさ、立場が変わってから明らかに私達に対する態度変わっちゃたよね〜……調子付きやがって……このベリーベイリちゃんを下に見やがったこと、いつかぜってー後悔させてやる……!!」


「……だが、立場が僕らより上になったというのもまた事実……今は命令に従っているのが妥当だろう」


「へっ!”今は”……か。フレデリック……あんたもなかなか食えない男なんだからぁ〜、もぉ〜☆」



 不穏な会話を挟みながら、フレデリックとベリーベイリの2人もまた、ジークラインとその彼が”リード”を引くゾルビアの後ろに続いて歩み出して行った。


 両者、互いにしたたかな瞳を浮かべながら……。



 そんな2人の向ける視線などつゆ知らず、一方で、ジークラインはふとある気掛かりなことを思い出していた。



(……それにしても、妙にヴォルムガングの帰りが遅いな……奴め、まさか魔法少女如きに苦戦しているのではあるまいな……!?……いや、まさか……あいつに限ってそんなことはあり得んか……全く、一体どこで何をしているんだ……!!)



 彼の語る”闇最強の戦士”……ヴォルムガングの様子を気にしつつ、ジークラインは真っ直ぐと暗い廊下をひた歩いて行った。

 

 足元をボンヤリと照らす紫色の炎が、静かに、そして不気味に揺れ動いた。




 >>



 闇で不穏な動きが繰り広げられる中、一方、横浜市行駿町。現在、みずき達の暮らすこの地にも、ある異変が起こっていた。



「えっと……合計で1296円になります……はい、ちょうどお預かりします……あ、ありがとうございました……」


「うむ……ご苦労。若者よ、精々労働に励むが良い!」


「えっ……あ、はい……」



 商店街の一角に佇む一軒のレンタルビデオショップ。


 いつも通りの日常、落ち着いた平日の昼下がり……だが、その時、突如、”その男”の存在に、辺りは騒つきを見せていた。



「ふぅむ……以前たまたま見てしまったアニメーション?とやらの続きが気になってしまい、ついにこのような人間の娯楽にまで手をつけてしまった……全く、この世界はどれほど吾輩を誘惑するものに溢れておるのだ!」



 そう口にしながら店の自動ドアを潜り抜ける男……赤いフードを深く被った怪しい大柄の男は、堂々と空高く昇る太陽の姿を見上げていた。



「……しかし、この世界へやってきてしばらく経つが、いつまでもこのような事にうつつを抜かしていているわけにもいくまい……早く我が使命を果たさねば……!頭の中ではそう理解している!理解しているのだが……くうぅ……一巻だけ!この一巻だけ見終わったら、すぐにでも魔法少女を始末しよう!!うむ、そうしよう!!」


 顔はフードの影に隠れ確認出来ないものの、その身長およそ2メートル以上。明らかに不審な容姿をした男は、レンタルしたDVDを片手にルンルンと軽快な足取りで商店街を後にした。


 乾いた風が、大男の被るフードを靡かせ、その頬を掠めていった。





―運命改変による世界終了まであと66日-



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