第77話 零から

 瞳をカッと見開き、刃を向ける。


 張り詰める緊張感の中、ゆっくりと呼吸を整えると、沙耶は静かに刀を構えた。



「……さあ、来いッ!!」



 圧倒的気迫を放ち、腹の底から声を響かせる沙耶。


 そんな彼女の姿を、突如襲来したセルクリーチャー2体は不気味な”一つ目の仮面”越しにじっと見詰めていた。



「魔法少女……まさかここで出会ってしまうとハ……」


「どういうわけかターゲットの肩を持っているようだガ……邪魔立てするというのなら構わなイ。戦闘プラグラムに移行、排除すル」



 不穏な言葉と共に姿勢を低くすると、2体のセルクリーチャーは同時にその場から飛び出す。



 と、2体は壁や床を勢いよく蹴り上げ、部屋中を縦横無尽に駆け回り始めた。


 2体の素早く立体な動きに、不意を突かれた沙耶は翻弄され、握りしめた刀の刃先をあちらこちらに向けた。



(こいつら……想像以上に素早い!落ち着け、私……いくら速いとは言え、前に風菜と一緒に戦ったバルキュラスほどではない……大丈夫……冷製に対処すれば、勝てない相手じゃないはず……!!)



 そう心の中で自分に言い聞かせると、沙耶は必死に2体の動きを目で追いながら、相手の動きを予測する。



「……ッ!そこだああああああッ!!」



 刹那、背後に近づく1体のセルクリーチャーの存在をいち早く感じ取った沙耶は、瞬時に後ろを振り返り、力一杯刀を振り下ろす。


 と、銀色に輝く刃はざっくりとセルクリーチャーの赤い皮膚を切り裂き、その肉体に食い込んでいった。



「や……やった!!まずは1体ッ!!」



 確かな手応えに、思わず声が漏れる。



 が、しかし、そう沙耶が口にした次の瞬間、刃を肉体に刺したセルクリーチャーの表情が僅かに和らいだ。



 刹那、セルクリーチャーは刀が突き刺さった状態のままバキバキと体を大きく捻り、あり得ない姿勢から、油断する沙耶の首を掴み取った。



「…………ッ!!!!」



 喉を絞め上げられ、まともに声すら出せない。


 そんな状況に追い打ちをかけるようにして、もう1体のセルクリーチャーが、動きを封じられた沙耶に容赦なく襲い掛かった。


 赤く大きなその足で壁を強く蹴りつけ、彼女目掛けて鋭い鉤爪を振りかぶる。



(いっ……いや……やめてッ!!!!)



 鋭く尖った爪先が目の前まで迫る……恐怖から冷たい汗が噴き出して止まらない。


 と、そんな中、首にかかる”死神の鎌”から、沙耶の脳裏には、これまでの記憶が次々と湧き上がってきた。




(そうだ……私はあの日、決めたんだ……魔法少女になったあの日、たとえこれがどれだけ苦しい道だったとしても、みずき達と一緒にこの世界を守るって……!あの時……無我夢中で、一生懸命で……高ぶる鼓動が抑えられなかった……あんな気持ち初めてだった……それがこんな……こんなところで……まだ……まだ!!終わりたくないッ!!!!)




 走馬灯のように頭の中を流れる様々な記憶に、沙耶はハッと真っ赤に充血させた目を見開き、最後のその時まで必死の抵抗を見せた。




 すると、次の瞬間、首を搔っ切らんとばかりに迫る”赤い死神”を遮り、沙耶の瞳には突如鮮やかな色をした絹が、視界いっぱいに映り込んだ。


 刹那、ほんの一瞬のうちに、襲い掛かってきたセルクリーチャーの体は真っ二つに裂け、そのまま灰となり闇へと姿を消していったのだった。



 突然。あまりに突然の出来事に動揺しながらも、ハッと我に返った沙耶はその隙をつき、首を絞めつけていたセルクリーチャーの腹を強く蹴りつけ相手の拘束から脱出する。


 その際、セルクリーチャーの体に刺さっていた刀はすっぽりと抜け落ち、宙を舞いながらやがて床へと突き刺さった。



 と、ゆっくりと顔を上げる沙耶の前には、またしても刀を握り締めた侍が、こちらに背を向けセルクリーチャーに立ちはだかっていた。

 


「ゲホッ……ゲホッ……オエェ……今の、瞬時に攻撃を防ぐと同時に相手をカウンターで斬りつけた……しかも、とんでもないスピードで……!!」


「ほぉ……あの状況でよくそれを見切ったな……ご名答!これが俺の必殺奥義、秘技”ツバメ返し”だッ!!」



 目の前で繰り出された技の精度に思わず仰天する沙耶に対し、侍は自慢げにニッと笑みを浮かべ見せる。


 と、彼は床に突き刺さった沙耶の刀を拾い上げ、それを本人に手渡した。



「あっ……ありがとう……ございます……また助けられちゃいましたね……やっぱりダメだな、私……もっと強くならなきゃいけないのに……それなのに、こんな調子じゃ……」


「……一体、何を恐れている?嬢ちゃんにはこの立派な刀がついてるじゃないか」


「そうだけど……!」


「なーに、心配することはない!あの時……始めて会った時から、その瞳に宿る強い力見て確信していたよ……嬢ちゃんは強くなる!それも今とは比べものにならないほどにな……!」


「えっ……?」



 侍から放たれた言葉に、沙耶はそっと顔を見上げた。


 その目に映る曇りのない侍の瞳に、鼓動の高鳴りを感じた。



「私……どうすれば強くなれるの……?」


「勘違いしちゃいけねぇ。あんたは今でも十分強いさ……多くの修羅場を潜り抜けてきたであろうその目、刀使いとしてのセンス……とんでもなく優秀なもんだ……だが、筋がいいからこそ惜しい……!嬢ちゃんはまだ、その”相棒”の力を……自分の本当の力を使いこなせていない!!」


「私の……本当の力……!!教えて!それを扱えるようになる方法を……!」


「まあ焦りなさんなって。言われなくとも教えるつもりさ……だが、その前にまずは残った”鬼”を始末するのが先だろう……あれは嬢ちゃん1人でやりな。然程大した手練れじゃない……あれを倒せないようじゃダメだ。話の続きはその後に……な?」



 会話の中で侍が指差した先、そこには、体を元の状態にまで回復させ、ゆっくりと立ち上がるセルクリーチャーの姿があった。


 その姿を確認するや否や、彼の言葉を聞き入れた沙耶は深く息を吐き、再びセルクリーチャーに対して刀を構えた。



 互いに無言の睨み合いが続く……静寂が、辺りを包み込む。



 と、瞬間、先に仕掛けたのはセルクリーチャーの方だった。


 先ほどと同様、部屋中を縦横無尽に素早く動き回り、沙耶を翻弄しようと目論む。



「くっ……今度こそ……!!」


「待て!!奴の動きを目で追うなッ!!」


「えっ!?」



 セルクリーチャーの動きを必死に捉えようとする沙耶に対し、侍は突如大声を張り上げて、何故か彼女の行動を強制的にやめさせた。



「目を閉じろ!!視界に映るものに頼るんじゃない、心で感じ取るんだ!!」


「そ、そんな無茶な……」


「嬢ちゃんなら出来る……絶対にだ!!俺を信じろ!!あんたの握る”相棒”は必ず答えてくれる!!」



 一見、無茶苦茶に思える侍の発言。


 だが、その言葉から伝わってくる妙な説得力に、沙耶は恐る恐る目を閉じた。


 暗く狭まっていく世界……暗闇に置かれることで、これまで以上に恐怖が彼女に重くのしかかる。



(暗い……奴の動き回る音だけが、耳の奥に響いてくる……)


「慌てるな!!落ち着いて……神経を研ぎ澄ませ、相手の動きを肌で感じろ!!」


(神経を研ぎ澄ませて……集中……集中……!!)



 聞こえてくる侍の言葉に従い、沙耶は己の意識を深いところにまで沈め、神経を研ぎ澄ませる。



 と、その刹那、突如小刻みに震えていたはずの手が静まり、沙耶はぴたりと動きを止めた。


 呼吸は整い、鼓動が安定する……極限にまで研ぎ澄まされた精神の中、巨大な覇気が、彼女の体を包み込む。



 そんな豹変する沙耶の様子にためらいつつも、機会を伺っていたセルクリーチャーがついに飛び出してきた。


 猛スピードで近づき、一気に首を搔っ切らんと迫る。




 と、次の瞬間、暗闇の中、肌を掠める空気の揺れ動く感覚が、沙耶の鋭い神経にはっきりと感じ取れた。


 刹那、その感覚にカッと目を見開いた沙耶は、無意識のうちに、反射的にセルクリーチャーの攻撃を受け止める。


 見開かれたその瞳は、美しい黄金色に輝いていた。



「な……ニ……!!?」


「秘技……”ツバメ返し”……!!」



 小さくそう口にした刹那、沙耶は目にも止まらぬ早さで刀を切り返し、攻撃を防ぐと同時に相手を斬りつけることに成功した。


 真っ二つに裂けるセルクリーチャーの断末魔が、辺りに鳴り響いた。




 一度見ただけで”ツバメ返し”を習得した沙耶……これには教えた侍本人も驚いた様子で、彼女の持つ秘めたる能力にただただ目を丸くさせていた。



「ハァ……ハァ……私、今……!!」


(やれやれ……強くなるとは思っていたが、まさかほんの少しアドバイスしただけで俺の必殺技がこうもあっさり盗まれるとは……間違いない。俺の目に狂いはなかった……この子は今後、もっともっと強くなる……!!)



 そう内心確信すると、侍は動揺する沙耶に近づき、彼女の肩に優しく手を置き語りかける。



「まずはおめでとう!まさかこんなにもあっさりと俺の必殺奥義を盗まれちまうとは思ってもみなかったが……まあ、身につけちまったもんは仕方ない。その技は嬢ちゃんにくれてやるよ!今の感覚、絶対に忘れるんじゃねーぞ!」


「お侍さん……!今、私……言われた通りにしてたら、何だか体の内側から力が”ブワーッ”って湧いてきて……それで……!!」


「そんなに驚くことじゃないさ。その溢れ出た力こそが、嬢ちゃんの秘めていた本当の力ってわけだ」


「私の……本当の力……!」



 侍の言葉に、沙耶は黄金色に光るその瞳で刀を見詰める。


 と、しばらくして、瞳に宿っていた光はふっと静かに消え去り、沙耶を包み込んでいた強大な覇気は霧のように晴れていった。



「……嬢ちゃんは最初、刀を一種の武器として使っていただろ?戦いの上でしっかりと考えを練りだし、計算された動きを自然と行っていた……違うかい?だが、俺から言わせてみれば、そいつは相手が自分の想定外の行動を取った時あっさりと崩れ去る危険な戦い方だ。あまりに脆く、さらには動きも鈍くなる……じゃあどうすればいいのか?ついさっきツバメ返しを習得した嬢ちゃんなら、もう答えはわかっているはずだ」


「……深く考え込むんじゃなくて、反射的に、本能的に立ち振る舞う……!」


「その通り!しかも嬢ちゃんは自分で気がついていないだけで、そいつを実行するだけの能力・技量を既に持ち合わせている!……いいか、武士にとって、刀は武器じゃない……”体の一部”だ!その事を理解した上で、まずは精神統一の修行から!!次に俺と会う時までに、とにかくひたすら神経を研ぎ澄ます特訓をしておくこと!!それだけでも、嬢ちゃんの力は爆発的に上がるはずさ……じゃ、長話もこれくらいにしておいてっと……俺はそろそろ行くよ。色々世話になっちまったな!あばよッ!」



 そう最後に言い残すと、侍はセルクリーチャーが壊した窓から身を乗り出し、外へと飛び出していってしまった。


 突然のことに驚きながら、沙耶は急いで彼を追い、窓から顔を覗かせた。



「ちょっ、ちょっと待って!!もう、行っちゃうんですか……?」


「ああ……記憶にはないが、連中の狙いは明らかに俺だった……これ以上、嬢ちゃんに迷惑はかけられないからな……ここで一度お別れだ。だが、安心しな!俺は必ずまたあんたの前に現れる!そんで、その時は刀の極意ってやつを叩き込んでやるよ!一から……いや、”ゼロ”からみっちりとな!!」



 そう高らかに言い放つと、侍は沙耶に背を向け、その場を後にする……が、その刹那、侍は突如ハッと何かを思い出したように声を上げると、180度向きを変え、再び沙耶の方へと顔を向けた。



「ど、どうしたんですか!?またいきなり……」


「ゼロから……ゼロ……うん、間違いない……思い出したんだよ!俺の名前!俺の名は零(ぜろ)!!零だ!!」



 嬉しそうに声を大にして話す侍……零は、自分の本当の名前を思い出したことに歓喜した様子で、沙耶に大きく手を振った。



「ああ、最後の最後でようやく名乗れてよかったよ……ところで、嬢ちゃんの名前はなんだったっけか?」


「私は……沙耶!神童沙耶!!」


「沙耶……うん、いい名だ。じゃあな、沙耶の嬢ちゃん!!またいずれ会おう!!」



 そう別れを告げると、零は急ぎ足でその場から去って行った。


 そんな彼の背中を、沙耶は見えなくなるまでずっと窓から見送っていた。




「零……結局、彼が何者なのかはわからなかった……けど、零からは全く悪意を感じられなかった。それどころか、私を何度も助けてくれて、さらには強くなるヒントまで……もし……もしも、彼が闇からやってきた使者だったとしても……彼となら、ニューンのように手を取り合えるのかもしれない……少なくとも、私は今、彼との出会いに感謝してる……零、貴方は一体……」




 沙耶の前に現れた謎の侍”零”。


 彼のことを考えながら、沙耶は割れた窓から辺りの景色を眺めて、しばらくボーッと黄昏ていた。



 が、次の瞬間、彼女はある重大なことに気がつき、ハッとその場で立ち上がった。



「この部屋……どうしよう……!!」



 沙耶の見渡す先、そこには、激しい戦いにより荒れた食卓が広がっていた。


 大きく割れた窓に、あちらこちらに飛び散ったガラスや食器の破片を見詰め、沙耶は深いため息を吐くのであった。



(その後、荒れた自宅は沙耶の連絡を受けて駆けつけたLDMの大人達によって、とりあえずは何とかなったそうな……)







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