第93話 ベリーベイリちゃんは裏表のない素敵な人です☆

 多くの人集りで賑わいを見せる秋葉原の大通り。


 皆、何らかの目的を持った者ばかりが徘徊するこの物欲渦巻く人混みの中を掻き分けるようにして、三人の”少女達”は全速力で駆け抜けていた。



「風菜!こっちの方角からさらに強い気配を感じる……!」


「ああ、アッシにもわかるぞ、息吹……この悍ましい気配……初めての感覚じゃ。新手の闇の使者と見て間違いないじゃろう!」


「それにしても何故突然こんなにも近くに気配が……先程まで、何も感じませんでしたのに……」



 突如、街全体を覆い尽くすほどに満ちた邪悪な気配に、合流した風菜・息吹・ユリカの三人はその正体を突き止めるべく、気配のする根源を目指し足を進めていた。



 と、そんな中、ハッと何かに気がついたように息吹が不意に顔を上げた。



「……あれ、そういえばみずきと沙耶が見当たらないようだけど?」



 ふと息吹が口にしたその一言に、突如風菜は呆れたような表情を浮かべ、思わずため息を漏らした。



「はぁ……そのことじゃが、実はさっきみずきから連絡が来ておってな……『奇妙な気配についてはこっちも気がついてる。ただ……せっかくここまで並んだんだ!何としてでもこのイベントだけは参加したい!どーーーっしても助けが必要になった時だけ呼んでくれ!魔法少女に有るまじき姿、許してくれ!何でもしますから!』……という文章が送られてきおったわ……」


「えぇ……困惑……」


「……まあ、ここで趣味を優先してしまう辺り、彼奴は”憧れのヒーロー”以前に”根っからのオタク”なんじゃろうよ……」



 その彼女らしいと言えばらしい返答に、一同は何とも言えないと言った微妙な表情を浮かべていた……。



 が、しかし、次に風菜の口にした言葉によって、辺りの空気は一変する。



「……問題は沙耶の方じゃ。この異様な気配、彼奴とて気がつかぬほどのタマではあるまい……じゃが、いくら連絡しても一向に返信が返ってこんのじゃ……」



 漂う”嫌な予感”に緊張が走る。



 その時、彼女達の脳裏にはかつての記憶……単独行動中を狙われ、強敵・ニコラグーンによって一方的に痛めつけられた沙耶の姿が鮮明に思い出されていた。


 もう、彼女一人にあんな辛い思いはさせたくない……そんな強い思いに唇をぐっと噛み締めると、ユリカは静かに重い口を開いた。



「……秋葉原に着いてから、みずきや息吹同様、沙耶は単独で行動していましたわね……あまり考えたくはありませんが、最悪の場合を考えるとすれば…………」




『もうとっくにぶっ殺されてたりしてねぇ〜!キャハハっ☆』




「!!!?……誰ッ!?」



 突如、耳に飛び込んできた不快な小高い笑い声に、魔法少女達は一斉に足を止め、声のする方へと顔を向けた。



 すると、目の前にはチェック柄のシャツを着た大勢の”秋葉戦士”達が、まるで地面に落ちた飴玉に群がるアリのように溢れ返る衝撃的な光景が飛び込んできた。



”握手!!僕にも握手お願いいたします!!”


”すいません!目線ください!こっちは写真一枚、お願いいたします!!”



「はいは〜い、順番順番☆ ちゃんと皆んな”触れて”あげるから、ちょ〜とだけ待っててねぇ〜☆」



”フォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!”



 そのあまりの地獄絵図に、魔法少女達は思わず言葉を失う。


 興奮気味に息を荒くする男達の中心、そこには、フリフリとした可愛らしい衣装を身に纏った幼き少女の姿があった。



「な、なんじゃ、あれは……!」


「幼女コスプレイヤーにブンブンと集るオタクバエ達……」


「……って、あれ絶対コスプレイヤーじゃないですわよ!この溢れ出る妙な雰囲気……間違いなく新手の闇の使者ですわ!!一体何をやって……いいえ、それ以前に、こんなにも近くにいたのに気配を全く感じなかったのは何故……!?」



 新たなる脅威を前に魔法少女達が動揺する中、”闇の気配を全く感じなかった”と口にして驚くユリカの様子に、幼い少女はフッと鼻で笑って見せた。



「あらあらまあまあ!これはまた随分と見くびられちゃったものね☆ ドボルザークやそこらの雑魚共と一緒にしてもらっちゃ困る困る☆ ”ベリーベイリ”ちゃんほどの上位存在ともなれば、自分の魔力をコントロールして気配を消すことぐらい朝飯前なんだから!……それに、今回はその方が色々と都合がよかったしね☆」



 群がる秋葉戦士の集団を尻目に、ベリーベイリと名乗る闇の使者が話しを始めると、風菜達は一斉に身を構えた。



「”都合がいい”……か。さっきの発言といい、やはりお主の狙いは戦力の分担か!おのれ、卑怯な手を……!」


「ふふふっ、卑怯だなんて……素敵な褒め言葉をありがとう☆ これまでの戦いを振り返って見ても、魔法少女が5人揃うと厄介なのは目に見えてわかることだしねぇ〜。あんた達が気を抜いている今、一人一人確実に潰していくのがこっちの作戦としては適切だとは思わなぁーい???」


「ぐっ……!!」



 警戒心を強める魔法少女達の姿に不敵な笑みを浮かべると、ベリーベイリは深く息を吐き、再びゆっくりと口を開く。



「前のヴォルムガングのようにはいかない……先に言っておくけど、ベリーベイリちゃんは一切手加減しないから☆ ……それと、もうお気づきだとは思うけど、既に”仲間”が魔法少女の一人と交戦しているわ。そして、ベリーベイリちゃんはそれを他の魔法少女達に邪魔されないようここで足止めする必要があるのです……あとはもう、言葉を交わさなくてもわかるよね?☆」



 甘い声とは裏腹に、カッと狂気的なまでに瞳孔を見開くベリーベイリに対して、魔法少女達は息を呑みつつも、静かに熱く、決意を固める。



「……どうやら、避けては通れぬようじゃな……多勢に無勢で悪いが、アッシらも大切な仲間を救うため躊躇している余裕はなくてのう……!皆、行くぞ!!彼奴を倒して沙耶を助ける!!!!」


「ああ、ボクも最初から全力でいかせてもらうつもりだよ……!」


「これ以上、沙耶一人に辛い思いはさせたくありません……!ワタクシも大切なお友達のため、初めから100%!!本気でいかせていただきますわ!!」



 強大な魔力を解放するベリーベイリに臆することなく、少女達の瞳に炎が灯る。


 すると、強い輝きを放つ彼女達の瞳をベリーベイリはじっと見詰めると、しばらくして、突然肩を揺らし、ケタケタと奇妙な笑い声を上げ始めた。



「くっ……くくくくくっ……!!多勢に無勢……か。3対1で自分達の方が圧倒的に有利……本当にそうかなぁ〜???☆」



 ニヤリと浮かべる不気味な笑顔に、風菜達の背筋がゾクリと凍りつく……。



 と、次の瞬間、ベリーベイリがパチンっと軽快に指を鳴らした刹那、物珍しそうに彼女達のやり取りを眺めていた周囲の秋葉戦士達の体に、突如異変が起こった。



”あ、あれ……なんか俺、変だ……か、体が……痛い……!痛い痛い痛い痛い痛い!!!!”


”な、何だこれ!?うわっ?!うわっ?!い、嫌だ……!!嫌だあああああああああああああああッ!!!!”


”た、助けて……助けてッ!!!!”



 瞬間、辺りは一瞬にしてパニックに陥った。


 突如”目の前で繰り広げられるその恐ろしい光景”に、魔法少女達はただ唖然とした顔を浮かべるしかなかった。



「な、なんじゃ……人々の中から……”化け物”が……!!一体、何が起こっていると言うんじゃ!!?」



 風菜のその言葉通り、ベリーベイリが合図を送った瞬間、突如、辺りで傍観していた人々の体内から”人の形をした化け物”が次々と飛び出してきたのだった。


 体内からぬるりと化け物が飛び出すと、刹那、人々は抜け殻のようにしてバタバタと倒れていく……。



 と、そのあまりに突然の自体に思わず絶句する彼女達の様子に、ベリーベイリの口角はニヤリと不敵に上がった。




「どうどうどう???☆ これがベリーベイリちゃんの特異魔法……名付けて『メイク☆メモリーアンデット』!!人間・闇の使者・魔道生物……生きとし生ける全ての者は、みんな何かしらの”過去”や”辛い出来事”に心を囚われているもの……そんな誰もが抱える”負の感情”を、何とベリーベイリちゃんは魔法で無理やり増大させて、そのエネルギーからちょちょいのちょいっと”忠実なアンデット戦士”を生み出すことが出来るのだ☆ 発動条件はただ一つ!その対象に”触れる”!たったこれだけ!」


「それがお主の魔法か……なるほど、”触れる”ことが条件であるが故に、わざと多くの人間を引き連れていたわけか……!しかし、よくもまあそれだけベラベラと自分の能力を話せるものじゃな……!」


「ちっ☆ちっ☆ちっ☆ こういうのはわざとバラすからこそ、ベリーベイリちゃんの大物感がより際立つんじゃない☆」



 自身の魔法について胸を張り自慢げに語ると、ベリーベイリは込み上げて来る笑い声に一度肩を揺らすと、再び淡々と話を続けた。



「ふふっ……☆ さらにさらに、凄いのはここから!なんと、生み出した戦士達はその場で調達する以外に予めストックしておくこともでき、必要に応じて召喚することが可能なのだ!だ・か・ら、例えばこんなことも出来ちゃうわけ……見ててね☆」



 そう口にするベリーベイリの言葉に、魔法少女達に不吉な予感が走る……。



 刹那、ベリーベイリの立つ地面に、突如、不気味な赤黒い光を放つ巨大な魔法陣が出現した。



 と、同時に、その光に吸い寄せられるようにして、先ほど生み出されたばかりのアンデット達が、ぞろぞろと彼女の周りを取り囲み始めた。




「じゃあ、いくわよぉ〜!”地の眠りより、再び我が名の下に目覚めよ……”召喚☆ アンデットキャッスル!!!!」




 ベリーベイリが高らかに詠唱を口にした瞬間、空は暗雲に染まり、彼女の真下に浮かび上がる魔法陣の中からは溢れんばかりのアンデット達が地上へと流れ出した。


 すると、召喚された大量のアンデット達は次々と山のように積み上がり……やがて、秋葉原の大通りに巨大な”アンデットの城”を築き上げたのだった。



「はい!完成!”ベリーベイリちゃんのベリーベイリちゃんによるベリーベイリちゃんのための城”!!これでざっと戦力は1000対3……あっという間に形勢逆転ね☆」


「おいおい……これは骨が折れるどころの騒ぎでは済みそうにないのう……!」



 見上げるほど高く積み上がったアンデットの”城”、その頂上から地上を見下すようにして立つベリーベイリの姿に、風菜は思わず呆気にとられた様子で声を漏らす。




「さあ!じゃあ、そろそろ始めましょうか☆……楽しい楽しい殺戮ショーをッ!!最高の魔法少女狩りをなぁッ!!!!」




 豹変するベリーベイリの声が辺りにビリビリと響き渡る。


 絶望感漂う中、少女達は互いに顔を見合わせ、強く頷き合う……と、同時に、皆眩いばかりの美しい瞳を浮かべ、決意を胸に、変身アイテムを空へと掲げるのであった。







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