第92話 そして血塗られた女は静かに笑う

 迷路のように仕切られた道が続く建物の中、白い壁にズラリと並べられた絵画を前に、沙耶は口を大きく開け、今、まさに感極まっていた。



「こ、これは……戦国武将の中でもトップクラスの知名度と人気を誇る伊達政宗!!ふ〜む……細部まで拘りつつ、なんて力強くて大胆なタッチ……!!作者は!?作者は誰!?こんな素晴らしい絵を描いたこの人に、私はお寿司を奢りたい!!!!」



 秋葉原『武者絵展』


 開催期間約1ヶ月。総勢100人以上の漫画家・イラストレーター・アニメーターによって描かれた豪華絢爛な武者絵の数々が展示されるこのイベントは、歴史オタク達にとってまさに夢の祭典であった。



「う〜ん、良き……!こういう一部層にしか需要のなさそうなイベントでも積極的に開いてくれる辺り、流石秋葉原……こういうところが夢の街なんて言われる由縁なんだろうねぇ……それにしてもこの絵って、一体どうやって描いてるんだろう……」



 ブツブツと独り言を口にしながら、ふと脳裏を過る疑問に、思わず絵画の前でじっと考え込む沙耶。


 すると、そんな彼女の背後に、”一人の男の影”が静かに歩み寄った。



「……こいつは”水彩画”だな。しかもこの筆跡を見るに、でじたる……?とやらじゃなく、本物のな。だからこそ、ここまで繊細且つ力強い絵になるわけだ」


「へぇ〜、なるほど!水彩ねぇ……って、その声は……”零”!?あなた、どうしてこんなところに……!!」



 その解説に自然と感心していた沙耶であったが、刹那、背後から聞こえてきた声にびくりと肩を揺らし、咄嗟に後ろを振り返る。


 と、そこには相変わらず現代には馴染まない古風な和服を身に纏った侍、零の姿があった。



「それはこっちのセリフでもあるわけなんだが……まあいい。俺は自分の記憶を取り戻すヒントを探しにここへ来た」


「記憶を取り戻すヒント……?」


「ああ、前に嬢ちゃんと話して、どうやら記憶を失う前の俺は”この国の歴史”について詳しいってことがわかっただろ?だから、それに関係するものを辿っていけば、いつか記憶が蘇るかなぁ……なんて、考えたりしててな。……というか、今の俺に出来ることはこれぐらいしかないってのが正直なところなんだが……」


「そういうこと……でも確かに、零の歴史知識は相当なものです。それはこの私が保証します!だから、それに関連することを調べるのは確かに効果的かもしれませんね……!」


「どうだろうな……まあ、何もしないよりかはよっぽどマシなんだろが……」


「…………」



 珍しく気落ちした様子の零に、沙耶は少し困惑しながらも彼を慰めようと口を開く……が、どうも上手く言葉が出ないでいた。




 と、その時、先程まで浮かない顔をしていた零が突如その表情を一変させると、ハッと何かに反応するように顔を上げた。



「……どうしました?」


「嬢ちゃん……今、”何か”感じなかったか……!?」


「”何か”って……?」



 突然、顔を真っ青にして話す彼を、沙耶は不思議そうに見詰める。


 と、すぐさま零は周囲を警戒したようにキョロキョロと見渡し、どこか落ち着かない素振りを見せた。



「感じるんだ……途轍もなく邪悪な何かを……!!それに、さっきからどこか様子がおかしい……辺りがあまりに静かすぎやしないか……?!」


「静かって……そりゃ、展示会だし、そんなに大声で喋る人もいないんじゃ……」


「それにしてもおかしい……この静寂は明らかに異様だ……!」



 周囲を警戒しつつ、零は唇に人差し指を付き、息を殺して辺りの音を探ろうとした……刹那。




 ”キャアアアアーーーーーーッ!!!!”




 突如、遠くから誰かが叫ぶ金切声が、二人の耳に届いた。



「零!!今のって……!?」


「ああ……行ってみよう!」



 そう口にした瞬間、長い通路を駆けて行く零に続き、沙耶もそっと変身アイテムに手をかけ、彼の後に続いた。



 声の聞こえた方へ、臆することなく突き進む……と、やがて、通路を抜け、二人は少し開けた場所へと辿り着いた。


 瞬間、目の前に広がる光景に、沙耶は思わず絶句した。




「なっ……なに……なんなの、これは……?」




 思わずそう震える声を漏らす沙耶の視線の先、そこには、薄暗い部屋の中、ぐったりと息絶えた人の死体が、無造作にいくつも転がされていた。


 大きな刃物で何度も激しく切りつけられ、もはや原型を残していない”肉の塊”……返り血を浴びて真っ赤に染まる絵画の数々……目の前に映る全てが、沙耶にとってあまりにショックすぎた。



「なん……なんで……なにがおこって……」



 ドクドクと、激しく心臓を打つ音が止まらない……瞳孔がカッと見開き、熱くなる……。



「嬢ちゃん!!気をしっかり持て!!!!いいか、とにかくまずは刀を握るんだ……どうも、”奴”の放つ殺気はこっちを待ってくれそうにないからな……!」



 その時、零の発した大声によって、沙耶はようやく気が付いた。


 転がる肉の塊を掻き分け、血の沼からズルズルと鉈を引きずりながらゆっくりとこちらへ近づく”女の影”に……。




「ヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……!!見つけた、見つけたぁ……!!やっと会えたなぁ……魔法少女ォォォォォォオオオオオーーーーーーーッ!!!!!!!!」




 キリキリと周囲に響き渡る奇声に、零と沙耶は堪らず耳を塞ぐ。


 目の前に立ちはだかる女……顔中に付けられた銀色に艶めくピアス、ボサボサに伸びた長い黒髮に血に塗れた衣装……その全てが異様と思える彼女を前に、二人は警戒を強めた。



「アタシはゾルビア……闇の世界から魔法少女共をぶっ殺しに来たぁ……さあ、自己紹介はこれで十分だろぉ?余計なお喋りは嫌いだ……そんな時間があるなら、もっと楽しいことしようぜ……例えばそう……殺し合いとかさあああああああッ!!!!命と命のやり取りィ!!燃えるようなひと時ィ!!あんたの血を……アタシに見せてくれよおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」



 向けられる飢えに飢えた獣のような鋭い眼光……その輝きに、沙耶の胸は強く締め付けられる。


 と、声を荒げた後、ゾルビアは血の付いた唇を上げ、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。





―運命改変による世界終了まであと55日-



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