第91話 聖地、秋葉原の戦い!

 ビルに囲まれた都心へと路線を乗り継ぎ、少女達が降り立った大地はどこか他とは違う”異様”な空気に包まれていた。


 目がチカチカとするほど多くの建物やカラフルな看板が立ち並ぶ巨大な”街”……辺りが人通りで賑わいを見せる中、その中心となる駅に降り立った瞬間、みずきは大きく息を吸い込み、高らかに声を上げた。




「秋葉原キターーーーーーーッ!!!!」




 両手の拳を天高く突き上げ、みずきは街に溢れる”パワー”を全身で感じ取る。



 東京『秋葉原』。


 ここは、アニメ、ゲーム、家電、メイドカフェなど、様々なジャンルの店が建ち並ぶサブカル文化の聖地……通称"夢の街" とも言われている。


 そんなオタク文化の中心地に、今、5人のオタク魔法少女達が足を踏み入れた。



「これっ、待たんかみずき!アッシら皆、ようやく怪我が完治したばかりじゃぞ!そうはしゃぐでない……体に障る」



 街に着くや否や大はしゃぎするみずきに対し、風菜は目の前に広がる光景にウズウズと心躍らせながらも、あくまで冷静に、退院したばかりの彼女の体を心配をする。


 と、そんな風菜に、みずきはニッと満面の笑みを浮かべて見せた。



「へーきへーき!もう怪我も完全に治ってるわけだし、何より今日は前から楽しみにしてた声優”はやち”のイベントがここ秋葉原で開催されるんだ!これが寧ろはしゃがずにいられるかってんだ!!」



 露骨にテンションを高ぶらせながら、みずきは興奮気味にそう話すと、ポケットから取り出したスマートフォンの画面を風菜の顔の前に突き出す。


 その画面には、人気女性声優”はやち”トークショー&握手会のイベント特設サイトが映し出されていた。



「”はやち”はパンチマンのヒロイン役としてデビューした声優なんだ。今や超売れっ子声優になっちまって、アレは黒歴史だのなんだのって色々騒ぐ奴はいるが、私から言わせてみりゃ、”はやち”を育てたのは他ならぬパンチマンでの演技経験なんだ!いや〜、ここだけの話、あの頃から私は”この子絶対売れる!”って睨んでたんだよなぁ〜」


「やれやれ……オタクというやつは、何故こうも好きなものに対して”俺が育てた”みたいな古参アピールが好きなのじゃろうな……」


「ほっとけ!!……それにさ、こんな時だからこそ、少しはみんなで息抜きした方がいいかも……なんて考えてたりしてさ」


「……まあ、それに関してはアッシも一理あるがの」



 ”こんな時”……そう言葉にしたその時だけ、ここまで終始楽しそうだったみずきの表情が一瞬、曇りを見せた。




 ヴォルムガングとの死闘……そして敗北。


 怒り、苦しみ、恐怖……噛み締めるような思いは、魔法少女全員の心と体、その両方に深い傷跡を残していった。


 その時の感情を、状況を、思い出しただけでもみずきの胸は痛く締め付けられた。




 と、不意に流れる重い空気を断ち切るように、ふと風菜は口を開いた。



「……そういえばお主、さっき”みんな”と言ったが、彼奴らは一体どこへ行ったんじゃ?いつの間にかアッシら二人以外、誰もおらんみたいじゃが……」


「ああ……なんか秋葉原に着いた途端、みんな何かに吸い寄せられるように次々と店の中に消えて行っちまったよ……息吹はゲーセンに、沙耶は期間限定でやってる武者絵展に、んで、ユリカが…………」




「みずき!風菜!お待たせしましたわ〜〜〜!!」




 と、その時、まるで呼ばれて飛び出たかのようなタイミングで聞こえてきたユリカの声に、みずきは咄嗟に彼女の声の聞こえる方へと顔を向けた。



「おお、ユリカ!意外と早かったな。買い物はもう終わったのか……って、なんだその荷物の量!!?」



 みずきが振り向いた瞬間、目の前には気品溢れる豪華なフリフリの衣装に身を包み、大量の紙袋を抱えるユリカの姿があった。


 笑顔で手を振りながら近づくユリカに対し、みずきと風菜、二人の表情は少し引きつったものだった。



「いや〜、偶然好きな絵師さんの同人誌を見つけてしまい、ついつい”大人買い”してしまいましたわ……○イトにメ○ブ、と○のあな……全く、本当にいつ来ても罪深い街ですわ……ここ秋葉原は……!!」


「罪深いのはこの街ではなく、お主の度し難さの方じゃろ……大体、なんじゃその荷物の量は!”大人買い”の域を遥かに超えておるわ!この短時間でよくもまあそこまでコミケ帰りの格好みたいになったものじゃな!!」


「失敬な!これでも一応、秋葉原駅の空いていたコインロッカーを全て使って戦利品の整理して参りましたのよ!手に持っているこれらは入いりきらなかった分だけですわ!」


「……寧ろ、その手に持っている以上に大量の同人誌を購入してきおったのか、お主は……しかもジャンルは安定のオールBL……ということは、今秋葉原駅のロッカーはBL本で埋め尽くされているということじゃな…何とも複雑な心情じゃわい……」


「あとで東堂に頼んで回収しておいて貰いますので、その辺はご心配なく!!」



 と、そんな淡々と繰り広げられる風菜とユリカのやり取りにくすりと笑みを浮かべていたみずきであったが、ここで、ハッと我に返った様子で彼女は再びポケットからスマートフォンを取り出し、現在の時刻を確認する。



「げっ!!?もうこんな時間か……危ない危ない、そろそろイベントが始まっちまうよ。じゃあ私、そろそろ行くから!!風菜もユリカもしばらく自由にしててくれ!集合場所とかは後で連絡する!じゃっ、そういうことで!」


「あっ、ちょっ……みずき!!」



 呼び止める風菜の声も虚しく、焦るみずきはそそくさとその場を後にして行った。



「行ってしまった……”自由にしてくれ”と言われたものの、さて、どうしたものか……」


「ワタクシと一緒にお茶でもいたしましょうか?BLカフェで ______ 」


「遠慮しておこう」



 ユリカの誘いを即答で断ると、風菜は小さくため息を吐きながら、辺りをキョロキョロと見渡した。



「……まあ、機材も一通り持っておるし、山手線で撮影でもするかの……いや、せっかく秋葉原まで来たんじゃし、たまには鉄道模型など、その辺りに手を出してみるのもありかのう……うーむ、迷いどころじゃ……」


「……何だかんだ言いながら、結局自分も楽しんじゃう風菜のそういうところ”いっぱいちゅき”ですわよ!」



 広がる街並み、次々と脳内を駆け巡る選択肢の数々に、風菜は今更ながらワクワクと込み上げる興奮を隠せないでいた。


 と、みずきが去ってすぐ、風菜達もまた、気がつけばあっという間に人通りの中へと姿を消した。



 ガヤガヤと賑わう街の音に、彼女達の声は、足音は、徐々に遠のきやがて溶けて聞こえなくなっていった。




<<



 街を一望できるビルの頂上に、冷たい風が吹き荒れる。


 本来、人がいるとは到底思えないようなその場所から、突如、ドスの効いた”女の声”が街に向かって鳴り響いた。

 


「おぉ……!おぉ……!!すげぇ……すげぇよ!!ベリーベイリ!!!!アレもコレもソレも……全部、人!人!人!人間だらけじゃねーかッ!!なぁ、ぶっ殺してもいいか?!早く人間の血が見てぇんだ……虫ケラのようにプチプチと……全部!!ぶっ殺しちまってもいいよなぁーーーーーッ!!!!?」


「あらあら、仕方ない子ね、ゾルビアちゃんは……でもダーメ♡ 興奮する気持ちもわかるけど、ベリーベイリ達の標的(ターゲット)はあくまで魔法少女なんだから☆」



 澄み渡る青空を背景に、そこには地上に溢れかえる”人の群れ”を見下ろすようにして立つ二つの影……闇の使者、ベリーベイリとゾルビアの姿があった。



「そりゃ、ベリーベイリちゃん達の力を持ってすれば、人間を根絶やしにして世界を滅亡させるなんて朝飯前だよぉ☆……だがな、それじゃあダメだよなぁ!!?女王の……いいや、闇の悲願を達成するには、まずはアレの”封印”を……”運命神の扉”を開かなくちゃ話にならねぇよなぁ!!モブの掃除なんざどうでもいい……そのためにも、まずは邪魔な魔法少女の始末が先だ!!」


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!いいじゃないか、少しくらい……血が……血が足りねぇんだよおおおおおおおッ!!!!体が!!浴びるほどに血を欲してるんだよおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」



 大声を出し、荒れ狂うゾルビア。


 そんな彼女の目も当てられないような暴れっぷりに、ベリーベイリは呆れたように小さくため息を吐く。


 と、何か考え事をするかのように顎に指を置き沈黙すると、しばらくして、ベリーベイリはゆっくりとその口を開いた。



「……とはいえ、まあ魔法少女を誘き寄せる”エサ”として使えないこともないしな……。よし、ゾルビア。ほんのすこーし……摘み食い程度の”殺し”なら許してやろう」


「……ッ!!!!」



 血が足りないと騒ぎ、駄々をこねていたゾルビアであったが、そのベリーベイリの言葉を聞いた瞬間、ハッと、まるで無邪気な子どもが見せるような笑顔を浮かべながら、彼女の方へと顔を向けた。



「いっ……いっ……いやったあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!人間、ぶっ殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


「おっと、くれぐれも派手にやりすぎるなよ……派手におっぱじめるのは魔法少女とやり合う本番のお楽しみ……ってことで」


「ああ、わかってるよ……!楽しみだなぁ〜、ワクワクだなぁ〜、ドキドキだなぁ〜……!何人殺す!?どこで殺す!?どうやって殺す!?……想像するだけでゾクゾクしちまうよ……!!」



 突如、澄み渡るほど美しい青空を駆け巡る清々しい風はぴたりと止み、一転、不穏な空気が辺りを覆い尽くす。


 興奮気味に頭を掻き毟り声を荒げるゾルビア。そんな彼女を横目に、ベリーベイリもまた不敵な笑みを浮かべた。




「さあ、ショータイムだ!精々楽しませてくれよ、魔法少女……ベリーベイリちゃん、本気出しちゃうんだからね☆」




 迫り来る新たな刺客達。


 そして、ベリーベイリが口にした言葉……封印されし”運命神の扉”……。


 ここ聖地、秋葉原を舞台に、魔法少女と闇の使者、因縁の戦いは、今まさにさらなる熾烈を極めんとしていた。







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