第90話 闇の決意

「…………ふざけるなッ!!貴様、そんな戯言が本気で通用するとでも思っているのか!!!!」



 紫色に揺れる炎が照らす広い空間に、ジークラインの荒れた声がキリキリと響き渡る。



 殺風景な空間に唯一設けられた長い巨大な階段の先、そこには、側近であるジークラインと、圧倒的オーラをその身から放つ闇の女王”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”の姿があった。



 そんなディスティニーの座る玉座の前で、ジークラインの怒鳴り声を浴びるヴォルムガングは、階段の下から並ぶ二人の姿を見上げていた。



「悪いが、吾輩は考えを曲げる気はない。この地を去る……そう決めたのだ」


「よくそのような事をおめおめとディスティニー様の前で口にできたものだな……一体、何がそこまで貴様を突き動かすのだ!!ヴォルムガング!!」



 怒るジークラインから投げかけられた言葉に、ヴォルムガングは薄っすらと笑みを浮かべる。


 


「……見てみたくなったのだ。”少女達”の生き様を……彼女らの真の力を……!!」




 そのヴォルムガングの答えに、ジークラインはしばらく困惑した様子で言葉を詰まらせると、しばらくして、呆れたように大きなため息を吐いた。



「はぁ……くだらん。貴様ほどの男が……失態を犯すだけでは飽き足らず、よもや人間如きに惑わされるなど恥を知れ!!そんなわけのわからん理由で我々を……偉大なる闇の女王ディスティニー様を”裏切る”というのかッ!!」



 ”裏切る”……ずっしりとのしかかるその言葉に、ヴォルムガングは一瞬躊躇いを見せるも、咄嗟に胸に手を当て、ゆっくりと息を吐き出し気持ちを落ち着かせる。



「……全て、覚悟の上だ」



 そう一言、強い眼差しで答える彼の姿に、ジークラインはギリギリと歯をきしませ、怒りをあらわにした。



「馬鹿げている……そんなことが認められるものかッ!!貴様もまた、ディスティニー様へ絶対の忠誠を誓った戦士……”骸の愛”の一人だ!それを、こうも簡単に抜けようなど……貴様のその”左肩”に描かれているものはなんだ!!刻まれているではないか!貴様には!”忠義の烙印”……骸の愛の証が!!」



 声を張り上げ彼が指差した先、ヴォルムガングの左肩には、ジークラインの額に押されたものと同じ、ハートの形を象った烙印が刻み込まれていた。


 と、その肩に押された”骸の愛である証”をヴォルムガングはそっと手のひらで撫でると、スッと息を吐き出し、静かに目を閉じた。



「……そうであった……まだこいつが……確かに、一度忠誠を誓った以上、戦士として最低限の”ケジメ”はつけるべきであったな……!」


「”ケジメ”……だと?」



 ヴォルムガングは小さくそう呟くと、ゆっくりと右手で自身の左手首を強く握り締め、深く呼吸を吐く……。




 と、次の瞬間、あろうことか、ヴォルムガングは自身の手でその豪腕な左腕を、烙印の押された肩の根元からごっそりと引きちぎったのだった。



「なっ……!!?」



 その予想だにしないヴォルムガングの行動に、ジークラインは困惑した表情を浮かべながら思わず声を漏らした。


 引きちぎられた左肩の断面から黒い血が大量に噴き出し、ポタポタと血しぶきが激しく床に飛び散る。



「グッ……!!ハァ……ハァ……ふぅ。これで晴れて楔から解き放たれたというもの……なに、腕はしばらくすれば再生する。案ずることはなかろう……これが吾輩の答えだ。こうなってしまっては、もう後戻りはできまい……!!」


「き、貴様ァ……どこまで落ちぶれれば気が済むんだ!!!!許さん……”裏切り者”は斬って捨てるのみ……!!」


「勝てると思うか?うぬがこの吾輩に……!片手で充分。気に入らんと言うのなら掛かって来るが良い……!」



 美しい白銀の髪を逆立て、怒りに満ちたジークラインは”かつての同志”に敵意を剥き出し、臨戦体勢へと移る。


 睨み合う二人の間に、バチバチと火花が飛び散った……。




 刹那、玉座の間に、微かな音が響き渡った。




 ”パチパチパチパチ…………”




 突如聞こえてくる音に、ヴォルムガングとジークラインはハッと我に返ると、ゆっくり音のする方へ顔を向ける。



 二人の視線の先、音の主は、先程から静かに、まるで人形のように動くことすらなくただ無言で玉座に座っていた女王……クイーン・オブ・ザ・ディスティニーであった。



 突然、パチパチと手を叩き、ヴォルムガングに拍手を送る……その表情は凍りついたかのように冷たく、何を考えているのか全く読み取ることができない……。


 やがて、一頻り手を叩き終えると、長い沈黙を得て、ディスティニーは静かにその口を開いた。



「ヴォルムガングよ……貴様の意志、この目で確かに見届けた。なるほど、やはり”最強の戦士”の考ることは面白い。久々に楽しませてもらったよ……あとは好きにしろ」


「っ!……感謝します」



 女王のそのあまりにあっさりとした対応にヴォルムガングは驚きつつも、深く頭を下げ、感謝の気持ちを表した。



「ディスティニー様?!!な、何故!?この男は…………」



 と、女王の決断に納得がいかないとジークラインが堪らず口を挟もうとした刹那、ディスティニーは彼の前にスッと手を出し、”少し黙れ”と言わんばかりに冷たい視線を送った。


 その冷徹な瞳に、ジークラインは表情を青ざめさせると、額にぐっしょりと大量の汗を浮かべた。



「し、失礼致しました……」



 圧倒的威圧感に、堪らずジークラインが身を引いたことを確認すると、ディスティニーは再び話を再開する。



「……だが、この地を離れれば最後、貴様は我の”反逆者”となる……もう”駒”にもならん者をわざわざ生かす必要もあるまい……この意味はわかるな?」



 静かに、だが、それでいてどっしりと腹の底に響くディスティニーの言葉に、ヴォルムガングは息を詰まらせながらも、しかし、体の芯から湧き出る武者震いに、堪らず笑みを浮かべていた。



「もちろん、わかるとも。拳を交えた”あの日”のように、再び貴方と敵対関係になろうとは……震えが止まらぬわ……!では、失礼しよう……次に会うときは本気で殺しに来るがよい。待っているぞ……女王、クイーン・オブ・ザ・ディスティニー……!!」



 瞳の奥に轟々と燃え盛る炎を宿し、ヴォルムガングは”闇の頂点”に怯むことなく力強く挑戦的な言葉を口にする。


 と、同時に、玉座に背を向け、”闇の世界”から姿を消した。




 ヴォルムガングの離脱に辺りがしんと静まりかえる中、彼の一連の態度・行動に、ジークラインはイライラとした様子で再び口火を切った。



「理解できんな……これまで積み上げてきたものをみすみす手放し、我々を裏切ってまで魔法少女の行く末を見届けたいなどと……馬鹿馬鹿しい!たかが人間如きに、”絶対女王”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー様に仕える以上の価値があるなど、あり得るものか!!」


「……それぐらいにしておけ。我の判断だ。口出しなど求めていない」


「ですが……!!」




「キャハハっ!ジークラインったら怒られてやんの〜☆……ハッ!滑稽だな!!」




「……ッ!!?」



 ジークラインが女王に対し言葉を返そうとしたその時、突如辺りに響き渡る小高い笑い声に、彼はハッと声のする方へ顔を向ける。



 と、そこには暗闇の中からゆっくりと玉座の建つ階段に向かって歩み寄る三人の人影……ベリーベイリ・ゾルビア・フレデリック、”骸の愛”の戦士達の姿があった。



「お、お前達、何故ここに……!?」


「我が呼んだ。貴様も含め、少し話したいことがあってな……」


「ディスティニー様が……?い、一体、我々”骸の愛”を集めて何を……?」



 ジークラインの言葉に、ディスティニーは小さく息を漏らすと、その美しく、どこか怪しい唇を開いた。


 瞬間、階段の下で、ベリーベイリ達はその近づく足を止める。



「……貴様ら、”ある件”に関して色々と嗅ぎ回っているそうではないか……それも我の目の届かぬところでな」



 女王の口にする言葉に、その場にいた全員がぴくりと肩を揺らした。


 額に、頰に、冷たい汗が流れた。



「そ、それは……」


「なに、貴様の魂胆など手に取るようにわかる。何も言われずとも仕える者のために最善を尽くせる……その行動は、自分が如何に優秀であるかを我に見せつけたいがためにすぎない……取り繕って、心に強くくい入ろうとする……まるで人の子のようだな、ジークラインよ」


「……っ!!それの何がいけないというのです……!事実、全てはディスティニー様を思うが故の行為……!!」


「不器用な男め……それ故に何事も空回りなのだ、貴様は……。絶対女王の名の下に命ずる。これ以上”奴”に関わるな……!」



 女王の下す命令に、一同衝撃が走る。


 だが、絶対命令である以上、皆その場で深く頭を下げざるを得なかった。


 ただ一人、ジークラインを除いて……。



「何故……!先ほどのヴォルムガングの時もそうだ……貴方は!何故自ら敵を増やすような真似をする!?”奴”のことに勘付いていたのなら何故!今のうちに潰そうとしないのです!!我々には”崇高な目的”があるはず……!だというのに、ディスティニー様は一体……何を考えておられるのですかッ!!?」



 息を荒くしながら感情的に話すジークラインに対し、女王は眉一つ動かさない冷ややかな表情のまま、ゆっくりと玉座から腰を上げ、静かに彼の方に瞳を向ける。



「……理解できぬか、貴様には。……簡単なことだ。事は急を要するものでもない。どのみち”アレ”を地上に呼び起こさない限り、我々の目的は果たされない……ならば、今、この瞬間をより『楽しむ』ことこそが最善だとは思わないか……?」


「……は?」



 ”楽しむ”……その意外すぎる言葉に、ジークラインは思わず大口を開け、唖然とした表情を浮かべた。



「つ、つまり……ディスティニー様がヴォルムガングの脱退を許したのも、”奴”の不審な動きをわかっていながらみすみす見逃していたのも、全てはその方が『面白そうだったから』……と、そう言いたいのですか……!!」


「もう一つ……ニコラグーンの死後、ジークライン、貴様を我が側近に置いたのも実力を認めたからではない……単に『面白そうだったから』だ」


「……ッ!!?ふっ……ふざけるなああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」



 涼しい顔でナイフのように鋭い言葉を投げつけるディスティニーに対し、堪らずジークラインは大声を上げながら彼女の体に触れようとした……刹那。



「ガハッ!!!?」



「側近という立場と言えど、女王様の前であまりに無礼が過ぎるぞ……ジークライン」



「フ、フレデリック……!!」



 一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。


 突如、ジークラインの前に現れたのは”骸の愛”が一人……フレデリックであった。


 目にも留まらぬ速さで長い階段を駆け上がり、強く放たれた彼の蹴りが、ジークラインの腹部に深く突き刺さっていた。



 突然の不意打ちに、ジークラインは血反吐を地面に撒き散らし、その場で腹を抱えて小さく蹲った。



「うぅ……こんなことが……ゲホッ、ゲホッ……」



 と、苦しみもがく彼の側に、ディスティニーはそっと近づき、ゆっくりと再びその口を開いた。



「あの日……魔法少女が誕生した時、正直、突然の出来事に心が踊った……。気がつけばニコラグーンが倒され、その後も次々と我が刺客達が散っていった……そして、あの時、”彼女”は言った。ナイトアンダーの義眼を通して、この我に……『魔法少女は必ずあんたをぶっ飛ばす』……と。奴に義眼を制御されていたおかげでほとんどの状況がわからなかったが、この言葉だけはハッキリと耳に届いた……ときめいたよ。最高にシビれた。何千年ぶりだっただろうか……『面白い』と感じたのは。乾いた心がほんの少しだけ満たされた気がした……だからこそ、我は求めるのだ……その分、悲願が達成された時の喜びもまた極上のものとなるだろう。壁が高くなればなるほど、乗り越えた時の感動はより大きい……そうは思わないか?」



 ”面白い”……そう連呼しながらも、クイーン・オブ・ザ・ディスティニーの表情は未だ人形のように凍りついたまま動かないでいた。


 その独特な奇妙さに、一瞬、ジークラインは崇拝する彼女を不気味にすら感じた。



「ぐっ……あ、貴方の目的は……もっと崇高なものであったはず……!」


「無論、”真の目的”は常に同じ場所を向いている。ジークラインよ、我が側近として一つ、知っておくと良い……”絶対の支配者というものは、退屈なのだよ……”」



 そう最後に言い残すと、女王クイーン・オブ・ザ・ディスティニーは黒い巨大なマントを靡かせ、闇の中へと姿を消していった。


 しばらく、辺りには苦しむジークラインの呻き声だけが鳴り響いた。




「……あーあ、最悪ゥ。アホなジークラインの言う通りにしてたら、な〜んにも悪くないベリーベイリちゃん達まで怒られちゃったじゃない!プンプン☆……やってらんねぇぜ。もうあんたの言葉に耳はかさねぇ……これからは好きにやらしてもらうぞ……おい、ゾルビア!!とっとと行くぞ!!」


「血ッ!!血が足りないィィィィィ!!!!ベリーベイリ!!あんたに付いていけばアタシは……血が見られるのかァ!!!?」


「ああ、そりゃもう大量にな……!人間殺戮ショーの始まりなんだから☆」


「キャハハハハハッ!!!!そいつは最高だァ!!!!乗った!!あんたに付いて行く!!やっと殺せる……殺せるぞオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」



 蹲るジークラインのことなど尻目に、盛り上がりを見せるベリーベイリとゾルビアの二人は、早々に玉座の間から姿を消した。


 そんな二人の勝手な行動に、ジークラインの怒りはさらに高まる。



「まっ……待て……!!クソが……!!何故このオレが……こんな惨めな目に遭わなくてはならんのだ……!!」


「……まあ、当然といえば当然だな。それだけお前の人望は目に見えて落ちぶれてしまったと言うことだ」


「な、なんだと……!!」



 その時、腹を強く手で押さえながらゆっくりと立ち上がるジークラインの肩に、フレデリックはそっと手を置くと、彼の耳元に顔を近づけ小さく囁いた。




「覚えておけ……確かにお前は女王の側近となり、ある程度の立場とそれに見合った命令権が与えられたことだろう……だがな、勘違いしてはいけない。偉いのはあくまで女王クイーン・オブ・ザ・ディスティニーただ一人……”お前が王様になったわけじゃない”……!」




 そう言い残すと、フレデリックはジークラインとすれ違うようにして、闇の中へと姿を消していった。



 と、気がつけば、しんと静まり返る広い空間にジークラインだけがただ一人ポツリと取り残されていた。



「ハァ……ハァ……大きなお世話だ……そんなこと、他ならぬオレ自身が一番よく理解している……!ディスティニー様は間違っておられる……間違いは……オレが正さねば……あのお方を、さらなる”絶対の存在”へと導くためにも……ああ、やってやる……!オレ一人でも、”奴”を止めてみせる……それに……ヴォルムガングも、魔法少女も、我々の邪魔をする者は全て消し去ってくれる……!フハハッ……ハーッハッハッハッハッハッ!!!!」



 歪んだ決意をさらに強く固めると、遅れてジークラインもまた闇の中へと姿を消し、玉座の間を後にした。


 誰もいなくなった空間を紫色の炎が静かに、不気味に照らし続けていた。





―運命改変による世界終了まであと56日-



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