第89話 ユリカの決意

 世界経済をも動かす大財閥、”神園グループ”。


 そのトップである白爪家の豪邸が堂々と建つ広大な敷地の地下深く、そこには、まるでアリの巣のように張り巡らされた巨大地下施設『LDM本部』が存在する。



 地下最深部、中央司令室にて、巨大なモニターに映し出された映像を前に、東堂とアーベラは苦い表情を浮かべていた。



「……そ、そんな……こんなことが……でも、それしか考えられないデス……”これ”が示す意味……東堂さん……!!」


「ふむ……この悪状況の中、まさかこのような事実が発覚してしまうとは……幸か不幸か、当研究機関は優秀すぎますな……」


「それもそうデスが……この事実、”彼女達”に伝えるんデスか……?」



 コソコソと小さな声で会話を交わす2人。


 アーベラの言葉に東堂は少し間を置くと、しばらくして、その重い口を開いた。



「……少し、検討させてください。少なくとも今はまだ話す必要はないかと……もし、いずれその時がくれば、タイミングを見てワタクシから…………」




「聞き捨てなりませんわね!!このワタクシ隠し事とは……お二人とも、一体どういうつもりですの!?」




 突然、重い空気を切り裂くようにして基地内に響き渡った声に、東堂とアーベラは咄嗟に背後を振り返る。


 と、目の前には頭に包帯を巻き、松葉杖をつくユリカが、頰をぷくりと膨らませ不機嫌な表情を浮かべていた。



「お嬢様?!ど、どうしてここにいるデスか!?まだ入院していたはずデハ……」


 

 本来、まだ入院しているはずのユリカの突然の登場に、声を裏返して動揺するアーベラ。



 と、そんな彼女の様子を見兼ねて、開かれた扉の裏にこっそりと隠れていた小坂が、申し訳なさそうな表情を浮かべながらアーベラの前へ姿を現した。



「申し訳ございません……ユリカお嬢様が忘れ物を取りにどうしても屋敷に帰りたいと仰ったので、つい……」


「小坂ちゃん、貴方の仕業だったんデスね……まあ、それはいいとして、何でわざわざ怪我をしている本人を連れて来ちゃったんデスか?忘れ物なら小坂ちゃん一人が代わりに取りに来ればいいのに……」


「も、もちろん私だってそうしたかったんですが……その……お嬢様の”忘れ物”があまりにも難解で……私一人じゃ探しようもなく……」


「難解……?お嬢様、一体何をお屋敷に忘れたんデスか?」



 顔を赤らめながら話す小坂の異様な様子を見て、アーベラは恐る恐るユリカに”忘れ物”が何だったのかを訪ねた。


 すると、アーベラの質問に対し、ユリカはニッと満面の笑みを浮かべると、手に持っていたその”物”を全員に見せつける。




「小川ぴくぴ先生作『学×艶-できちゃった男子婚-』!BL同人誌ですわ!」




 一瞬、空気が凍りついたのを感じた。


 案の定というか、何というか……そこに関しては相変わらずなユリカに対し、全員が思わず言葉を失った。



「……本当にすいません。その手のものに疎い私の知識では、山のように積み上げられたお嬢様のコレクションの中からこの一冊を探し出す自信がなくて……」


「大丈夫デスよ、小坂ちゃん!理由は納得出来るものでしたから!」



 理由が理由だけに、頭を深く下げる小坂に対し、アーベラはその肩に触れ、顔を上げるよう促した。



 と、ここで、先ほどまでのご満悦そうな表情は一転、ユリカはハッと我に返った様子で、再び本題へと話を切り替える。



「……って、ワタクシの忘れ物など今はどうでもいいんですわ!……いや、どうでもなくはないですけど……とにかく!東堂、何か重大な情報を得たというのに、それをあろうことかワタクシに教えないとは、貴方一体どういうつもりですの!!?」


「……誠に、申し訳ございません」



 魔法少女に関する重大な情報であるにも関わらず、あろうことかそれを隠そうとしていた東堂に対し、ユリカは声を張り上げキツく当たった。



「ま、待って欲しいデス!東堂さんがこの”真実”を隠そうとしたのは、他ならぬお嬢様のことを思って…………」



 腹を立て冷静さを欠く彼女から東堂を擁護しようと、アーベラは咄嗟に声を発する……が、刹那、東堂は彼女の肩に手を置き、小さく首を横に振って見せた。



「もう良いのです、アーベラさん……お嬢様に全てをお話しましょう」


「……っ!?で、デスが、東堂さん……!」


「こうなってしまっては、もうお嬢様を説得するのは困難です……それに、ワタクシが少し過保護すぎたのかもしれません。魔法少女である以上、お嬢様とて、決して軽いお気持ちではないというのに……。それに、あの目……今のお嬢様からは、底知れぬ強い”覚悟”を感じます故に……!」


「覚悟……ですか……」



 東堂の言葉に、アーベラはちらりとユリカの方へ目を向ける。



 と、次の瞬間、静かに、だが、それでいて熱く燃え盛るような瞳を浮かべるユリカの姿が、圧倒的気迫と共にその目に飛び込んできた。



「お、お嬢様……!」


「……やれやれ、ワタクシも随分と甘く見られたものですわね……ワタクシは白爪ユリカ!白爪家次期当主にして神園グループ次期CEO候補!そして……魔法少女ですわ!……わざわざ隠そうとするということは、それはワタクシにとって……いえ、魔法少女全員にとって良くない話なのでしょう……ですが、少なくともワタクシは……LDMと魔法少女、二つを繋ぐ重要な責任を持つこのワタクシは、その事実を知る必要がある……知っておかなくてはならないはずです……!たとえどんな”真実”が待ち受けていようとも……ワタクシは……全て受け入れる覚悟ですわ……!!」


『…………』



 これまで以上に真剣な眼差しで語るユリカの言葉に、その気迫に、一同は思わず圧倒され、言葉を失う。



 辺りがしんと静まり返る中、ユリカの言葉を受け、東堂は小さく頷くと、無言のまま巨大なモニターにその全貌を映し出した。



「こ、これは……!」



 モニターいっぱいに映し出された”2つの画像”を前に、ユリカは額にじわじわと汗を浮かべ、息を飲む。



「左の図は傷ついた魔法少女……もとい、お嬢様達の緊急手術時、LDM開発の特殊カメラにて撮影した体内図です。この全身を流れている赤い線が魔導回路を表しています。これは本来、お嬢様達の体に異常はないか、検査目的で撮影されたものでした……が、しかし、魔導研究機関の調査により、この体内図からある”事実”が浮かび上がってきました……右の図をご覧ください。こちらは以前、LDMに搬送された際に撮影した闇の使者”バルキュラス”の魔導回路です。……お嬢様も、もうお分かりでしょう……この二つを見比べて見えてくる真実が……!」



 美しい瞳に向かって真っ直ぐと飛び込んで来る”真実”に、ユリカの鼓動はドクドクと音を立てて唸った。


 視界がグルグルと歪む……。


 と、目眩から、ふとユリカは足元をふらつかせた。



『お嬢様!!』



 蹌踉めくユリカの姿を見て、咄嗟に、小坂とアーベラは同時に彼女の元へと走り寄った。


 が、しかし、咄嗟に、ユリカは駆け寄る二人の助けを断るように手のひらを突き出し、息を荒げながらも自力で立ち上がって見せた。



「平気、大丈夫ですわ……なるほど、そういうこと……彼女達が元は人間だと知った時から何となく予感はあったものの、確かにこれは、いざそうはっきりと突きつけられるとなかなかにキツい事実ですわね……」



 荒れた呼吸を一度落ち着かせると、ユリカは胸に手を当て、その重い口を再び開ける。




「闇の使者と魔法少女……魔導回路の作りがまるで瓜二つですわ……そして、これが指し示す意味……それは、ワタクシ達とバルキュラス達が”同じ存在”であるということ……!」




 ユリカの言葉に、辺りはハッと静まり返った。



 映し出された二つの体内図。


 そこに浮かび上がる魔導回路は、誰がどう見比べても必然的にわかるほど、どちらも似た構造をしていたのだった。



 と、渦巻く感情に思わず言葉を失い唇を強く噛み締めるユリカに変わり、重い空気の中、続けて東堂が口を開いた。



「……調査の結果、お嬢様の他、魔法少女全員がバルキュラスと類似した構造の魔導回路を体内に宿していることがわかりました……魔導回路とは本来、各個体によってそれぞれ構造が大きく異なるもの……それはこれまでの魔道生物研究等で既に証明されています。ですが、今回の異例……最も、異例というのは、あくまでそれが”自然的”だった場合の話です……もし、技巧的に魔導回路を持つ生物を生み出すことができるとすれば……ここから導き出される答えは一つ…………」


「ええ……ここまで類似した魔導回路、明らかに”何者かの手が加わっている”としか考えられませんわね……ドボルザークやバルキュラス、元は人間だった闇の使者達……そして、それと同じ魔導回路を持つワタクシ達魔法少女……どちらも”何者かによって意図的に生み出された存在”……とでも言ったところでしょうか……なるほど……これは、東堂が隠しておこうとしたのにも納得ですわね……実際、真実を知った今、ワタクシの心は今にも擦り切れてしまいそうなほどに弱ってしまいましたもの……」



 ”魔法少女は意図して作られた存在”……。


 突き立てられた事実に気分を悪くしながらも、必死に冷静を保ちつつ、ユリカはさらに話を続けた。



「……ですが、ワタクシ、後悔はしていませんわよ……真実を知ったことも、況してや、魔法少女になったことも……そう、落ち込んでいる暇などありませんわ……この事実が意味すること……それは、何らかの目的で魔法少女を生み出した”第三勢力”の存在!敵か味方か、それすらも謎に包まれた存在がいるということの証……!」



 真実を受け止めた上で、感情をグッと押し殺し、ユリカは己を奮い立たせる。


 全ては運命に導かれた魔法少女としての使命を果たすため……それまで、立ち止まるわけにはいかないと、彼女は心の奥でそう強く感じていた。



 ……と、ここで、ユリカは一度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。


 まるで何か考え事をするかのようなそんな素ぶりを見せつつ、しばらく間を空けて、長い沈黙の中、彼女はどこか遠い目を浮かべながら再びゆっくりとその重い口を開いた。




「……知ってしまった以上、もう迷っている場合ではなさそうですわね……このことはみずき達には秘密にしておきます。これから”ワタクシがしようとしていること”を、みずきはきっと許してくれないでしょうから……。意図して魔法少女を誕生させた者の正体、そしてその目的、これらを探るにあたって鍵となる存在……思い当たるのは一つ、ワタクシ達が魔法少女となる力を与えてくれた”彼”の存在……!」


「…………ッ!」



 と、その時、ユリカのその言葉に、彼女の後ろで終始呆然としていた小坂はハッと我に返った。



「ちょ、ちょっと待ってください!ユリカお嬢様……まさか、あいつを……”ニューン”を疑っているんですか……?」


「…………」



 恐る恐る問いかけた質問に対し、ユリカは何も答えようとせず、ただ無言で小坂の瞳をじっと見詰めていた。


 そんな彼女の姿に、小坂はグッと唇を噛み締め、拳を強く握り締めた。



「お嬢様!!あいつは……確かに、記憶喪失ってのは怪しすぎるだろってくらい怪しい話だけど……けど、それでもこれまで、幾度となく魔法少女を助けてくれたじゃないですか!!あいつも……ニューンも、大切な”仲間”じゃなかったんですか!?」


「ニューンを敵だと決めつけたわけではありません。しかし……同時に味方であると決定づける根拠もないはずですわ……!」


「…………ッ!!」



 ユリカの放った冷たい一言が、小坂の心にぐっさりと深く突き刺さる。


 悲しみ、怒り、湧き上がる感情に、小坂はギリギリと歯を食いしばった。



「……東堂、これよりニューンをLDMの監視下に置きます。24時間365日、ひと時も目を離すことのないよう、部隊にもそう伝えておいください……くれぐれも悟られぬよう、慎重に……!」


「……本当に、それで構わないのですね?」


「……ええ、お願い」


「……かしこまりました、お嬢様」



 ユリカの出した苦渋の決断に、東堂は深く頭を下げ、それを承諾する。



 が、そんなやり取りの間も、話が淡々と進んでいく中、小坂の浮かべる鋭い目は、じっとユリカの方へ向けられていた。



「なんだよ、それ……そんなのって……あんまりじゃないか……!」


「小坂ちゃん、落ち着いて!お嬢様だって、辛いんデスから……!」



 目には涙を浮かべ、地に膝をつく小坂を前にして、咄嗟に、アーベラは彼女の肩にそっと優しく手を添えた。



 ニューンのことを思い、他者のためにいつまでも悲しみ怒る小坂。


 そんな彼女の姿を目に、ユリカは自身の不器用さに思わずため息を漏らしつつ、複雑な表情を浮かべながら再び小坂に声をかけた。



「……小坂さん、貴方はどこかみずきに似たところがありますわね」


「私が……あいつに似てる……?」


「ええ……おそらく、ワタクシがニューンを疑っていると知ったら、みずきもまた同じようなことを言うはずですわ……」


「…………」


「他者をどこまでも思いやれる……本当に、貴方達は根っからのヒーロー思考ですわね……いい意味でも悪い意味でも……強く、優しく……そんな言葉がとてもよく似合う、絵に描いたようなヒーロー像……ですが、もし……もしも、その優しさが仇となり、命を落とすようなことがあれば……ワタクシは耐えられません」



 小坂との会話の中で溢れ出そうになる感情を必死に堪えると、ユリカは胸に手を当て、深く息を吸い込んだ。


 静寂の中、しばらくして、ユリカは再び言葉を吐き出す。




「みずきがヒーローであり続けるためにも、誰かが彼女を支えてあげなくてはなりませんわ……ワタクシは……大切なお友達に辛い思いをさせたくない……少しでもみんなを守ることが出来るのなら、例え汚れ役であろうとそれで構いませんわ……それが、世界を……いいえ、そんな大それたもの以前に、”お友達を守りたい”という、ワタクシの”決意”です……!」




 後ろのモニターの光に照らされて、逆光を浴びるユリカの姿に小坂は思わず息を飲んだ。


 彼女の抱く強い”決意”に、ビリビリと全身から溢れ出る覇気に、その場にいた全員が小さく身を震わせ、静かに口を閉じるのであった。







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