第54話 GONG

 楽しげな空気に包まれながら、海道高校は多くの人で賑わいを見せていた。


 校門に設置されたカラフルなメインゲート。そのてっぺんに大きく掲げられた”海道祭”の文字。校舎へと続く道には、部活動や委員会によるたくさんの屋台が立ち並ぶ光景が目に入る。


 いつも通っている馴染み深い道であるはずなのに、まるで別の場所に来たかのような雰囲気に、どこか不思議な感覚を覚えた。



「へぇ……まーたえらく盛り上がってるもんだなぁ……」



 その学園を埋めつくほどの人の多さに、みずきは思わず目を丸くして驚いた表情を浮かべていた。



「この時期にお祭りごとをやってること自体珍しいしね〜。それに、うちの学校何かと広いし人も集まりやすいんじゃない?」



 ぶつぶつとボヤくみずきに対し、沙耶はどこか楽しそうな仕草で言葉を返した。



 途中買った綿菓子をフガフガと口いっぱいに放り込みながら、みずきは沙耶と肩を並べて学園内を廻っていた。



 と、その時、突如炊かれたフラッシュの光に、2人は反射的に顔を手で覆った。



「うわっ!眩しッ!何だ何だ?!」



 チカチカと点滅する視界に困惑しながら、みずきと沙耶は細く絞った目をゆっくりと見開く。



「……おー、これはなかなかいい記念写真が撮れたわい!この如何にもデートのようなツーショットを息吹の奴に見せつけてやれば、一体どんな反応をするんじゃろうなぁ……ふっふっふっ」



 やがて視界が晴れると、みずき達の目の前には嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる風菜の姿があった。


 委員会の腕章をぶら下げながら、その手には愛用されたお馴染みの黒い大きなカメラが握られていた。



「……なんだ、風菜か。いきなり写真なんか撮るから驚いちまったじゃねーか……てか、あんたそんなことしてて委員会の方の仕事は大丈夫なのかよ?」


「なーに、心配無用じゃ。そもそもアッシの仕事は委員会発行の新聞や学校の公式ホームページにアップする写真の撮影……故に、今のもまた仕事の一環なのじゃよ、みずき君」


「そりゃ随分と適任な仕事に当たったもんだな……けど、仕事ってのを言い訳に、あんまし自分の好き勝手撮影するのはやめとけよ」



 仕事を言い訳にフラッシュを炊く風菜に対し、みずきは呆れたようにため息を吐いた。



 と、偶然にも風菜と遭遇したその時、沙耶はハッとあることを思い出したように、いそいそと海道祭のしおりを漁り始めた。



「あっ!やっぱりそうだ!危ない危ない……みずき、風菜、もうすぐ息吹とユリカ達のライブが始まる時間だよ!」



 沙耶のその言葉に、みずきと風菜はほぼ同じタイミングで彼女の方を勢いよく振り返った。



「げっ、マジ!?もうそんな時間か!!」


「危うく見逃してしまうところじゃったのう……さあ、ライブ会場まで急ぐぞ!」



 先早に駆け出す風菜の後に続き、みずきと沙耶もまたライブ会場である体育館目指して歩み出す。


 風に揺られ、メインゲートに飾り付けられていた風船達が激しく空に舞い上がった。




<<



 週末、海道高校創立日を記念した伝統行事、海道祭が予定通り開催された。


 と、同時に、緊張高まる体育館の舞台裏。ついに、息吹とユリカの所属するガールズバンド”カイドウ'ガールズ”のライブもまた、今まさに本番直前を迎えようとしていたのであった。



「うわぁ……予想以上に人が入ってますわね……これは、俄然気合を入れて本番に挑まなくてはなりませんわね!」



 舞台袖からそっと客席を覗くユリカは、その人の多さに鼓動を高めつつ、頰をパンパンと手のひらで叩き気合を入れ直す。



「今やってる演劇部の舞台の次の次……JAZZ演奏の後が、いよいよカイドウ'ガールズの出番ね……みんな!私達もユリカさんに負けないくらい、気合入れていくわよ!」


「はわわぁ……ひ、人がいっぱいいるよぅ……ど、どうしよう知世ちゃん!私緊張しちゃって……足が……」


「理依奈、少しは落ち着きなって……それにあんた、いつもスティック握ればキャラ変わるし、今回もまあ何とかなるッスよ……」



 徐々に迫り来る本番へのプレッシャーに、カイドウ'ガールズ初期メンバーである舞美・知世・理依奈の3人もまた、ざわざわとどこか浮き足立っていた。



 そんな中、俯き長い黒髪を地面スレスレまで垂らしながら、息吹は舞台裏に置かれたパイプ椅子に座り込んでいた。


 祈るように指を交互に絡ませて両手を握る。緊張から、手の震えが止まらない。



(やばい……所詮は学祭の小さな出し物とナメてたけど、これは想像以上にキツイ……心臓が今にも飛び出してきそうだ……)



 頭が真っ白になる。


 不安に押し潰されそうになりながら、背筋からはじわじわと冷たい汗が滲み出た。



 と、そんなフルフルと小刻みに揺れる息吹の肩に、ユリカがそっと手を置いた。



「ユリカ……?」


「……大丈夫、息吹ならきっとやれますわ」



 肩に置く手をすっと撫でるように前へと倒し、そのまま息吹の肩を抱き寄せる。


 心地よい暖かさが、息吹の心を優しく包み込んでいった。その温もりに、思わず涙が溢れ出そうになる。



「不安になるのは、それだけ息吹が一生懸命練習したということですわ。この発表まで、確かに練習期間はとても短かかった。けれど、その間、ワタクシ達は慣れないバンド活動に真剣に向き合った。それをさらけ出すのが怖いんですの……」



 耳元で囁くユリカの言葉に、息吹はますます目元を熱くし、彼女の手に触れた。


 と、触れたその手から、息吹はふとある事に気付いた。



(ユリカの手、震えてる……客席を除いてた時の態度は、緊張を誤魔化すための強がり?……そっか、ユリカも怖いんだ……ボクと同じだ……)



 息吹は深く息を吐くと、目の前に回されたユリカの白く細い指を優しく撫でた。



「指、カッチコチに固まってる……そんなんじゃ、いい音は弾けないよ。手を広げて力を抜いて……」


「あっはっはっ、バレちゃったかぁ〜……おっかしいですわね。本来ならこっちが慰めに来たはずでしたのに……けど、ありがとう、息吹。本番では、ありったけのワタクシで、真摯にキーボードを弾いてやりますわ……お互い、練習の成果を見せつけてやりましょう!」


「本番まで1週間もない、付け焼き刃の練習だったけどね……」


「それでも、ワタクシ達が本気で音楽と向き合った大切な時間ですわ……自信持って!ない胸を張るのですわ!」


「……ッ!!なっ、なっ、”ない胸”って……そっちがありすぎなだけだろ!!チクショウ!!」


「ハハッ、やっと元気になりましたわね!……さあ、自分を信じて、本気で行きますわよ!」


「……あーもう、わかったよ!全力でぶつかってやる!」



 大きく深呼吸をし、息吹はユリカの差し伸べた手に捕まり、パイプ椅子から腰を上げる。


 互いに目を合わせ小さく笑みを浮かべると、光り輝く舞台袖まで、ゆっくりと足を進めていった。




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「あっ、いっけねぇ……忘れてた」



 ライブ会場である体育館を目指して、校舎内の廊下をひた走っていたみずき達。


 が、しかし、何かを思い出したように、みずきが突然その足を止めた。



「えっ?!どうしたの、みずき?早く行かないとライブ始まっちゃうよ!?」



 みずきが立ち止まったことに気付くと、声をかける沙耶もまた、走る足を止めた。


 続けて、先頭を走っていた風菜も後ろ側の異変に気づき、その場で立ち止まった。



「あ〜……実は教室に控えの金券忘れちまっててさ、ここからなら教室までも近いし、ついでに取ってくる!すぐに追いつくから、悪いけど先行っててくれ!」


「……わかった!じゃあ先に行って場所取っとておくから!」


「おお、頼んだ!」



 沙耶に事情を伝えると、みずきは全速力で教室の方へと駆けて行った。


 その後ろ姿を見送ると、沙耶と風菜もまた、みずきとは真逆の方向、体育館を目指して再び走り出した。




 沙耶と別れてからすぐ、みずきは教室から取って来た金券を握り締め、体育館目指して再び廊下をひた走る。



「よし、この分だと、息吹とユリカの出番までには余裕で間に合いそうだな……!」



 チラチラと腕時計の時間を確認しながら、みずきは少し急ぐ足を緩めた。


 基本、校舎内では出し物などは行われておらず、盛り上がる外とは対照的に、廊下は不気味なまでに静かなものだった。


 辺りをキョロキョロと見渡しながら、人気のない長い道をただひたすらにひた走る。




 と、その時、突然大きな闇の気配が、みずきの近くで感じ取られた。



(なっ……?!この気配は……なんでこんなにも急に……!?)



 気配に勘付き、みずきが振り返ろうとした次の瞬間、突如、みずきの体はガッチリと”男”の腕に拘束された。



「な、何だこの野郎!!離せッ!!はな……ンンッ!!」



 荒々しく口を押さえつけ、腕を後ろに回される。激しく抵抗を示すも、男は強い力でみずきの動きを抑え込んだ。



「……おいおい、急に仕掛けた僕も悪いが、出来ればあまり暴れないで欲しいなぁ」


(こいつ……ゴッドフリート!!)


「あんまりここに長居すると、他の魔法少女達にも僕の存在が悟られてしまうからね……少しばかり場所を変えさせて貰うよ」



 そう口にすると共に、ゴッドフリートの体は強く光を放つ。


 ゴッドフリートの腕に引っ張られながら、みずきは彼と共にその光の中へと引きずりこまれていった。



 誰もいなくなった廊下に、みずきの握り締めていた金券だけがヒラヒラと舞い落ちた。




<<



 目をゆっくりと開いた瞬間、眩い光が、みずきの瞳に焼きつく。



「ま、眩しい……ここは一体……?」



 ゴッドフリートの奇襲をまんまと許してしまったみずきは、悔しそうに強く歯を噛み締めると、仰向けに倒れたその体を起こした。


 と、目を覚ますと、そこには異様な光景が広がっていた。



「これって、まさか……リング!!?」



 みずきの目覚めた先、そこは、天井にまで届きそうなほど巨大な金網に囲まれたリングの上だった。


 大量のスポットライトに当てられながら、ガラガラに寂れた客席からは小さな拍手が聞こえてくる。



「やあ、紅咲みずき。ようやくお目覚めのようだね」



 と、突如聞こえてくる声の方へ、みずきは体を振り向けた。


 その先、金網越しに見える客席の最上段には、ゴッドフリートとバルキュラスが肩を並べてこちらを見下ろしていた。



「ゴッドフリート!それにバルキュラスまで……テメェら、一体なんの真似だ……!!」


「おいおい、そんな熱い視線で僕を見詰めないでくれよ……照れるだろ?」


「……そんなくだらねぇことを言うために、わざわざ私をここへ連れてきたわけじゃねーんだろ?」


「……チッ、相変わらず可愛げのない……ったく、怒りたいのはこっちの方だっての……君達のせいで、僕らにはもう後がないんだ……!それに、僕に対してキレてるってなら、それはとんだ当て違いってやつさ。何せ、僕は頼まれて君をこの空間に連れて来たに過ぎないんだからなぁ……君に用があるのは、僕じゃなく、そっちの後ろにいる奴の方さ」



 そうゴッドフリートが指差す方へ、みずきは恐る恐る後ろを振り返った。




「やっと……ようやくこの瞬間が訪れた……再開の時をずっと待ってたぜ……紅咲みずき……!!」




 ジリジリと痺れるような殺意に、みずきは思わず足を引く。


 が、そこで臆する事なく、彼女もまた”その男”の目を強く睨み返した。



「……よう、やっぱりあんたか。久しぶりじゃねーか……ドボルザーク……!!」



 みずきの強く睨みつけた視線の先、そこには、かつて戦った時よりも遥かに悍ましい覇気を放つ、ドボルザークの姿があった。


 これまでなかった古傷を大量に付けた彼の姿に、みずきは警戒心を強める。



「思い出すな、テメェと出会ったあの日を……あの時から俺の全てが壊れ始めた……テメェを見てると、何故か無性にイライラしてくんだよ……!!この感情が何なのか、俺にはまだわからねぇ……わからねぇが、これだけは確かに言える……テメェは……テメェだけは!!俺の手で叩き潰さなきゃ気が済まねぇ!!!!……客席の彼奴らには一切手を出させない。テメェと俺、正真正銘の一騎打ちだ……さあ、この前の続きといこうじゃねーか……」



 完全なる自己満足、自分勝手なドボルザークの言葉に、みずきはギリギリと音を立てて歯を軋ませる。



「あんたらはいっつもそうだ……いつもいつも勝手な理由で私達の世界を、私達自身を、何もかもめちゃくちゃにしようとする……」



 震える手を拳と変え、みずきは変身アイテムを強く握り締める。


 真っ赤に燃える閃光と共に、赤い髪を靡かせ、みずきは魔法少女へと変身を遂げた。




「……いいぜ、ここで決着を付けようじゃねーか……ドボルザーク!!!!」




 みずきの張り上げた声と共に、金網に囲まれた異様なリングの上で、睨み合う両者は互いに構えをとった。



 死の宣告を告げんとするデスマッチのゴングが、今、鳴り響く。





―運命改変による世界終了まであと78日-



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