第105話 ヒーローを超えろ!
荒廃し、風の音だけが響く静かな街の中心で、5人の魔法少女とジークラインが激しく睨み合う……。
と、しばらくして、深く息を吐き出すと、長い沈黙を破り、ジークラインが口を開いた。
「……いいだろう。どのみち全員皆殺しにするつもりだったんだ……今!ここで!貴様ら一人残らず俺の"究極魔法"で消し飛ばしてやるよッ!!」
そう声を荒げると、刹那、魔力を最大限に高め、ジークラインはゆっくりと天高くへ舞い上がって行った。
彼の放つ強大な魔力に、風は吹き荒れ、大地が揺れる……溢れ出す不気味な"覇気"を前に、魔法少女達の背筋がゾクゾクと凍りつく。
「……ッ!!何という強大な魔力じゃ……この感じ、前にもどこかで……皆備えよ!!"ヤバイ"のが来おるぞ!!!!」
風菜の叫ぶ声に、全員がハッと我に帰った様子で一斉に身を構えた。
この時、既に魔法少女達は気づいていた……押し寄せる"既視感"、"デジャヴ"から、次の瞬間放たれるであろう魔法の正体に……!
「この魔法だけは使いたくなかった……これは、俺の"弱さ"の象徴……!出し抜かれた"あいつ"に追い付きたいが一心で、俺は必死に奴の真似をした……以降、俺自身の魔法がこれに勝ることはなかった……!!」
宙に浮遊するジークラインはその右腕を天に掲げ、空に巨大な魔法陣を描き出す……と、次の瞬間、魔法陣から、"水晶の塊"を象った巨大なエネルギー弾が召喚された。
天へと登り、巨大な水晶の塊を掲げるジークラインの姿が、過去に見た『轟々と燃え盛る太陽のような巨大なエネルギー弾を掲げる"あの男"』の姿と重なる……。
「聞こえているか!?今、ここで、貴様が倒せなかった魔法少女を倒し……俺は、お前を超えるぞ!!"ニコラグーン"ッ!!!!」
かつて目の敵にしていた男の名を叫ぶと同時に、ジークラインは魔法少女目掛けて巨大なエネルギー弾を投げつけた。
空を裂く禍々しい魔法が、ゆっくりと地上へ向かって接近する……。
「くっ……まさか二度もこの感覚を味わうことになるとは……これは紛れもない、ニコラグーンの魔法……!相変わらずボクらの使う魔法とは全く違う、とてつもないほど不気味なエネルギーを感じる……!」
「ええ、確かに恐るべき魔法ですわ……ですが、あの時とは違い、今のワタクシ達にはこの局面を打開する"術"がある……!」
「"アルティメットV"……みんなの力を合わせれば、きっとあいつにも勝てるはず!」
"アルティメットV"……かつて、ニコラグーンに打ち勝った必殺技の存在が、彼女達の心の支えとなっていた。
当然、相手の使う魔法がニコラグーンのものと同様だとわかった以上、今回もアルティメットVでの真っ向勝負に賭けようと、誰もがそう思っただろう。
だが、しかし……
「ちょっと待ってくれ……!」
刹那、背後から聞こえてきた声に、魔法少女達はハッと後ろを振り返る。
と、そこには、深い傷を負いながらも必死に自らの足を動かし、ゆっくりと前へ歩み寄るみずきの姿があった。
激しく息を切らせ、今にも倒れそうな様子の彼女だったが、その瞳は未だギラギラと強い輝きを放っていた。
「みんな、私がピンチの時に駆け付けて来てくれて本当にありがとう……心強い仲間がいてくれて、こんなに嬉しいことはない……けど……だけど、この戦い……悪いが私と奴の"一騎打ち"でケリをつけさせてくれないか……?」
その時、みずきの口走る言葉に、仲間達は思わず耳を疑った。
「なっ……何言ってるんだよ、みずき!!そんなボロボロの体で……ボク達がいるのに、わざわざ自分1人で戦いたいだなんて……!」
「そうですわよ!どうして自ら危険を冒すようなことを……強大な敵を前にした時、いつもみんなで一緒に力を合わせて乗り越えてきたじゃない!……一体、何をそんなに焦っているんですの?!」
駆け付けた仲間の手も借りず、無謀にも1人で戦いを挑もうとするみずきの発言に、息吹とユリカは堪らず声を上げる。
と、動揺する2人に対し、みずきは小さく笑みを浮かべて見せた。
「別に焦ってるとか、そういうわけじゃないんだ。ただ、一つ"試してみたいこと"があってな……さっき、あいつとの戦いで感じた"あの感覚"……もう少し……あとちょっとで、何か掴めそうなんだ……!」
『…………』
言葉に出されたみずきの思いに、難しそうな表情を浮かべ、皆だんまりと口をつむいだ。
ただ1人を除いて……
「……わかった。お主の策とやらを信じよう。事実、この先さらなる強敵と相見える以上、奴を1人で倒せるだけの力を身につけることは重要になるじゃろうしな……」
「でも、風菜……ッ!」
「ただし!その怪我ではろくに戦えまい……アッシの魔力を持って行け。後は……絶対に死ぬでないぞ……!」
そう強く念押すと、風菜は手のひらをみずきの方へ向け、自らの魔力を彼女に分け与えた。
その姿を前に、風菜に続くようにして、息吹、沙耶、ユリカの3人は互いに目を向け小さく頷き合うと、一斉にみずきに魔力を送った。
傷がみるみるうちに回復し、体の底から力が溢れ出す……拳を強く握りしめ、深く息を吐き出すと、みずきはニッと笑みを浮かべた。
「ありがとう……みんなッ!!」
瞬間、短く感謝の言葉を告げると、接近する巨大なエネルギー弾に向かって、みずきは勢い良く飛び出していった。
「貴様1人で止められるものか!!この街もろとも灰となれーーーーーーッ!!!!」
ジークラインの荒げる声が響き渡る。
土煙を巻き上げて、放たれたエネルギー弾が今まさに地上へと降り立たんとしていた。
「さあ来い!受けて立つ!私の拳で……あんたのそのくださらないプライドごと打ち砕いてやるよッ!!」
全身に力を込め、静かに構えを取る……と、瞬間、迫る巨大なエネルギー弾に向かって、みずきはその拳を叩きつけた。
……だが、みずきの放つ一撃を物ともせず、エネルギー弾は止まることなく真っ直ぐに魔法少女達を飲み込まんと突き進む。
踏ん張る足でゴリゴリとコンクリートの地面を削りながら、みずきの体が徐々に後ろへと押されていった。
「ダメだ!みずきの拳が全く通用していない……!!今すぐ助けに…………」
「いや、待つんじゃ!!」
絶体絶命の状況……だが、この時、風菜は直感的に"何か"を感じ取っていた。
「さっきの攻撃……アレは決してみずきの"本気の一撃"などではない……彼奴め、何か企んでおるぞ……ッ!」
緊張の走る中、風菜が声を上げると、そんな彼女の言葉が耳に入ったのか、ジークラインの放つ強大な魔法を受け止めている最中にも関わらず、その時、みずきは薄っすらと笑みを浮かべて見せた。
(……ずっと"ヒーロー"に憧れてた……だからこそ、魔法少女になったあの日から、私もそうあるべきだと無意識のうちに決めつけていた……でも、ヴォルムガングの奴にコテンパンにやられてハッとした……"パンチマンになりたい"じゃない……"パンチマンを超えるヒーローになりたい"って、そう思ったんだ……!これはその第一歩……パンチマンの真似事じゃない……私の、"紅咲みずき"だけの必殺技……ッ!!)
刹那、みずきの体から、轟々と燃え盛る炎の如く、メラメラと魔力が溢れ出した。
大きく息を吸い込み、万感の思いを胸に、大声で叫ぶ……!
『マジカラッシュ★ゲキスマッシュ!!』
即興で考えた技名を堂々と声に出すと同時に、みずきは再びエネルギー弾に向かって拳を叩きつけた。
右 左 右 左 右 左 右 左 ……
交互に連打し、やがて、拳が無数に存在しているかのように見えるほど高速で、みずきは何度も魔力のこもった一撃をお見舞いした。
(こ、これは、俺の"水晶の衣"を破壊した時の……こいつ、アレからヒントを得て、新たな必殺技として完成させやがった……)
「これが!あんたが"虫ケラ"と罵った人間の底力だ!私の拳を、その胸に刻み込みやがれッ!!フィニッシュだーーーーッ!!!!」
みずきの叫び声と共に、辺りに衝撃波が走るほどの強烈なアッパーカットが、ジークラインの放つエネルギー弾に突き刺さる。
と、瞬間、水晶を象ったエネルギー弾は大きな音を上げ粉々に砕け散った。
「そ……そんな馬鹿なッ!?!?」
砕け散ったエネルギー弾の破片はみずきの放ったアッパーカットの勢いに押し上げられ、ジークラインの元まで飛んでいった。
一斉に飛び交う破片はジークラインの全身に突き刺さり、空中から大量の"黒い血の雨"が降り注いだ。
「イ、イタイ……身体中が熱い……お、俺は……最後まで"貴様"に追いつくことは出来ないというのか……ッ」
溢れる血で詰まった喉から必死に声を絞り出すと、刹那、宙を浮いていたジークラインの体はバランスを崩し、真っ逆さまに瓦礫の山の中へと落ちていった。
と、その時、散り行く敵の姿を見て一気に気が抜けたのか、慣れない必殺技に魔力を使い果たしたみずきもまた、息を荒げて地面に膝をついた。
「ハァ……ハァ……ジークライン、確かにあんたは強かった……だが、それと同時に、どこまでも哀れな男だったよ…………」
霞む意識の中で、みずきは最後にどこか寂しそうな瞳を浮かべていた。
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