第106話 そして盲目の監視者は不敵に笑みを浮かべた

「……酷い有様だな」



 瓦礫で溢れ返る悲惨な街の様子を見て、みずきは思わず声を漏らす。



 ジークラインとの壮絶な死闘の末、崩壊し、乾いた風の音だけが響く"みなとみらい"の中心で、魔法少女達は海の向こうで沈みゆく夕日を眺め黄昏ていた。



 と、遠い目を浮かべるみずきに対し、ユリカが重い口を開いた。



「……対魔道生物を想定して設置された従来の防衛システムではセルクリーチャーを探知出来ず、対応に遅れが生じてしまいましたわ……申し訳ございません。ワタクシ達LDMが不甲斐ないばかりに……!」


「ユリカが謝ることないさ……私達は私達にしか出来ないことをしてこの街を救った」


「ですが、駆けつけるのが遅くなってしまった分、救えなかった人も大勢いますわ……」


「…………」



 "救えなかった人"……ユリカの口にする言葉が、ずっしりとみずきの胸にのしかかった。


 重い空気に、辺りがしんと静まり返る……。




「……しかし、アッシらが戦ったからこそ、救われた命も多くある……そうじゃろ?」




 沈黙の中、風菜が口にしたその言葉に、全員が俯いた顔をハッと上げ、彼女に視線を集めた。



「魔法少女には世界を守る使命がある……とは言え、魔法少女である以前にアッシらはただの……いや、ちょっと変わったオタク高校生じゃ。出来なかったことを悔やむより、寧ろこれまで自分達が成し遂げてきたことにもっと胸を張らんかい!」


「風菜……」


「それにのう……多くの人類の中で、"運命"がこの5人を魔法少女に選んだのには何か意味があるはずじゃ。アッシらにはきっと"この世界を救えるだけの力がある"……だからこそ選ばれた……アッシはそう信じておる」



 落ち着いた口調で語る風菜の言葉が、スッと胸の奥に入り込んで来る……と、瞬間、みずきは気持ちを切り替えるように自らの頬を両手で叩いた。



「そうだった……!今は落ち込んでる場合なんかじゃない。これ以上犠牲を出さないためにも、一刻も早く闇の女王とやらを倒して世界の平和を取り戻さなくちゃな!」



 ニッと白い歯を見せ、赤く腫れた頬を緩めるみずきの表情に、他の少女達もまた釣られるように笑みを浮かべた。


 柔らかな雰囲気に、暫し穏やか時が流れる。




 ……だが、そんな笑顔もつかの間、次の瞬間、辺りに緊張が走った。




『……さ……せ……るか……ッ!!』




 突如、静かな街に響いたその低い呻き声に、少女達は声の聞こえた方へ一斉に顔を向ける。


 と、彼女達が見つめる視線の先で、積み上がった瓦礫の山が崩れ、中から"黒い男の影"が飛び出した。


 その男の姿に、全員が動揺する。



「ジークライン……!?」



 そこには、全身血塗れになりながら瓦礫の上に立つジークラインの姿があった。


 あれほどの攻撃を受けて尚再起するその圧倒的執念。カッと見開かれた鋭い眼光に、少女達の背筋が冷たく凍りついた。



「じょ、女王を……倒す、だとぉ……?にんげ……ふぜ……が……人間風情が……ど、こまでも図に……乗りやが……って……あの、方の……邪魔はさせ……ん……お、れは……行くんだ……じょお……の創る"り……そうのセカイ"へ……!だから……こんな、ところで……俺、は……倒れるわけに……は……ッ!!」



 何度も息を切らせ、何度も血反吐を吐き出しながら、それでも尚必至にジークラインはぎこちない言葉を絞り出す。


 吐き捨てるような一言一言が、虚しく響き渡る……だが、いくら執念深い彼であったとしても、その体は遠に限界を超えていた。



 やがて、ジークラインは力尽き、燃え尽きたようにゆっくりと崩れ落ちていく……。




 と、刹那、闇の中から、倒れかけたジークラインの体を支えようと手を伸ばす"一人の男"が姿を現した。



「はい、お疲れさん〜。なかなか良いものを見させてもらったよ、ジークライン……!」



 どこか鼻に付く軽い口調、黒いフードを深く被ったその男を、少女達は知っていた。



「お主は……ナイトアンダーッ!!」



 その名を呼ぶ風菜の声に、ナイトアンダーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、魔法少女達の方へ顔を向けた。



「やあ、魔法少女諸君!お久しぶりだなぁ〜」


「お前……何しに来た!またボク達と戦いに来たのかッ!?」



 声を荒げ、問答無用で銃口を向ける息吹に対し、ナイトアンダーはケタケタと笑いながら両手を上げ、戦いの意思がないことをアピールして見せた。



「アハハ!まあそうピリピリするなよ、獅子留息吹!今回は君らと戦うつもりで来たわけじゃない。というか、正確には今"戦える状態じゃない"わけで……って言うのも実は……」



 意味ありげにそう話すと、ナイトアンダーは深く被っていた黒いフードをゆっくりと外す……。




「生憎、今の俺……"目"が使えないもんでね」




 と、その言葉通り、彼の頭には目を覆い隠すようにしてグルグルと包帯が何重にも巻き付けられていた。


 そのあまりに意味ありげなナイトアンダーの姿を前に、堪らずユリカが口を開いた。



「貴方……その目は一体……!」


「俺の視界は女王の力によって支配されている。この目に映るもの全てが奴に筒抜けになる呪い、『奴隷の義眼』……だが、俺はもう奴の"手駒"なんかじゃない……"監視者"の使命を捨て、自由となった!これはその代償。俺の居場所を隠すと同時に、奴への報復を意味している……!」



 自慢げに語るナイトアンダーの言葉に、ユリカの表情が徐々に曇り出す。



「報復って……ナイトアンダー、貴方は何を考えているの……闇の世界では今、一体何が起こっているというんですの!?」


「おっと、流石にお喋りが過ぎたようだな……いけねぇいけねぇ、悪い癖だ。今回は死にかけたジークラインの回収が最優先……こいつにはまだ"利用価値"があるからな……今日のところはこれで引き上げるとするよ。アデュ〜、魔法少女諸君〜!」



 突き詰めるユリカの言葉を軽く聞き流し、ナイトアンダーは瀕死のジークラインを抱え、闇の世界への門(ゲート)を開く。



「あっ……!お待ちなさいッ!!」



 と、瞬間、ユリカの呼び止める声に、ナイトアンダーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、彼女の方を振り返る。



「へへっ、白爪ユリカ、俺は元"監視者"として見てたんだぜ?あんたらエル……えっと、なんとかって組織が、俺ら"闇"についてあれこれ嗅ぎ回ってるとこをな……!そんなに知りたいのか、"真実"を?……けど、焦る必要はない。いずれ……いや、もうすぐだ。もうすぐ君達は知ることになる。女王の目的、俺達について……そして……魔法少女の"真実"を……なっ!」



 そう意味深な言葉だけを残し、ナイトアンダーは闇の中へと姿を消した。




 彼の語る"真実"とは一体……


 高鳴る鼓動と共に、"運命"の歯車が今、再び動き始める。


 魔法少女達の進む先に待つのは、天国か、地獄か、或は…………




 荒廃した街に、冷たい風が吹き荒れた。





―運命改変による世界終了まであと54日-



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る