第2話 拳で戦う魔法少女もアリだと思います

「……むしろ、私と契約して魔法少女にしてくれないか?」



 その言葉に反応したニューンは、小さな羽をパタパタと揺らしみずきの側に近づいた。



「おおっ!その気になってくれたようだね!じゃあ、早速これを君に渡そう」



 そう言うとニューンは小さく呪文を唱える。


 と、次の瞬間、みずきの首元に小さな光が円を描くようにして出現した。光の中からは銀色に輝く"ペンダント"が現れ、みずきの首元にかけられた。



「おっ、何だこれ?」



 みずきが不思議そうな顔でペンダントに触れると、ペンダントは強い輝きを放ち、辺りを白く包み込んだ。



「うおっ、眩しっ!!……って、こっ、これは!?」



 みずきが眩しそうに目を手で遮ったその時、自らの手にある違和感を覚えた。


 先程まで首にかけられていたペンダントは姿を変え、全く面影のない赤黒いレザーグローブとなりみずきの両腕に装着されていたのだ。



「あっ……ああ……こ、これは!!」



 みずきは騒然とした。


 この指の先が露出している形、手の甲につけられたプロテクターのデザイン、おもちゃ売り場で売っているモノとは比べ物にならない程の質感……間違いない。



「これは……パンチマンの変身アイテム、”ジャスティスグラブ”じゃねーかよ!!しかも、おもちゃで売ってるやつとはまるでクオリティーが違う……これ、もしかして本物!!?」



 みずきは大声で叫び、感極まった表情を浮かべる。


 状況を飲み込めないながらも興奮するみずきの姿を見て、ニューンは説明口調で彼女に語りかけた。



「さっきのペンダントは大量の魔力が凝縮された物質……"魔道適合者"が"魔法少女"に変身するために必要なアイテムなんだ。ペンダントは使用者によってその形や性質を変える。魔法というのは、適合者の”想像”や”思い”、”心の力”に大きく影響を受けるんだ。そのため、適合者の個性は武器や能力だけでなく、変身アイテムの形や変身後の姿などにも大きく関わってくるんだよ」


「まじか、魔法最強かよ……俄然やる気が湧いてきたーッ!!」



 その予想以上の魔法の素晴らしさにみずきは興奮冷めやらない様子で目を輝かせた。


 あれほど疑心暗鬼だったのにも関わらず、今では手の平を返してすっかりその気になっていた。



「さあ、急いで奴らの破壊活動を阻止しに行こう!僕のテレポートで現場に直行だ!」


「えっ、瞬間移動!?あんたそんな能力あったのか……ヤー○ラット星人かよ」


「一応、僕は"魔道生物"だからね。けど、使える魔力はそこまで多くはないんだ……テレポートも使えて一日数回が関の山だね。あと、ヤー○ラット星人のようなニッチなネタはあまり読者に優しくないから無闇に使わないほうがいいよ」


「読者って誰だよ」



 みずきのツッコミを華麗にスルーすると、ニューンはみずきの肩に乗りかかりゆっくりと魔力を解き放った。ニューンの使う魔力により、みずき達の体がふわりと浮かび上がる。



「じゃあ行くよ……テレポーーート!!!」



 ニューンが叫んだ瞬間、二人の姿は一瞬にして消え去った。


 つけっぱなしにされたテレビの音が、誰もいなくなった部屋に小さく響き渡った。




>>



「テレポート完了。さあ、着いたよ」



 みずきの目に光が射し込んで来た瞬間、目の前には現実とは思えないほど悲痛な光景が広がっていた。


 破壊された建物に崩れ落ちた歩道橋、轟々と燃え上がる車や真っ黒に焦げたコンクリートの足場、ビルやショッピングモールなど耐久性に優れた建造物ですら辛うじて建っているのがやっとという悲惨な状態だった。

 

 視界に入る物全てが、ここで起こった惨劇を物語っているように感じられる。


 隣の街に来たはずなのに、どこか全く別の世界に来てしまったのでは……と、自分を疑いたくなるほどであった。



「おいおい、酷い有様だな。こんなのアニメとか映画でしか見たことねぇ……というか、見たことないのが普通なんだろうけど……崩壊した街ってのはこんなにも静かで不気味なんだな……」



 先程までのテンションとは一転、不安そうな声を上げるみずきを見て、ニューンは横からひょっこりと顔を出し、彼女に話しかけた。



「これが闇の力だよ。本当に恐ろしい奴らだ……そうこう言ってるうちに、どうやら向こうからお出迎えが来たようだ」


「え、嘘っ!?もう来たのかよ!?」



 ニューンの言葉を聞き、みずきはオドオドと辺り見回す。


 するとしばらくして、みずきはそこで信じられない光景を目の当たりにする事となった。



「なっ!?……嘘……だろ…!?」

 


 何ということだろうか。先程まで周りに影も形も無かったはずの数千もの"化物"の群れが、気が付けばどこからともなく現れみずき達を取り囲こんでいたのだ。


 そのウジャウジャと空を舞う姿に、みずきは少し気分が悪くなった。



「こいつらも僕と同じ魔道生物だよ。一体一体の魔力はそれほど強くないけど、なんせあの数だ。油断は禁物だよ……!」


「ふっ……そうか……つっても、要は雑魚キャラだろ!肩慣らしにチュートリアル戦……やってやろうじゃねぇかーーーーッ!!!!」



 内心ビビりながらも、みずきは大声を張り上げ己を奮い立たせた。左右に首を鳴らし、腕をグルグルと回す。


 数千もの化物に囲まれているこの状況の中、普通ならもっと弱気になって、その場で崩れ落ちても可笑しくないだろう。


 確かに、普段の引きこもりアニメオタクのみずきなら、情けない声を上げて泣き崩れていたのかもしれない。


 しかし、今のみずきは違った。


 好きなアニメの主人公と同じ装備を身に纏ったみずきは、その圧倒的自信と開放感の中、周りの空気をも飲み込んでしまうほど激しく自分に酔いしれてしまっていた。要するに舞い上がりすぎて変なテンションになっているわけだ。



(ああ、なんて気分がいいんだろう。コスプレしてる人ってのは、みんなこんな気持ちになってるんだろうか……なんか妙に納得しちまったなぁ……)


「さあ、いよいよ初めての戦いだよ!!魔法少女に変身だ!!」






 胸が高鳴るこの感覚、パンチマン第一話を見た時のことを思い出す……。


 ヒーローの初変身というのは何故か無性にワクワクさせられるものだ。何故なら、初変身とはすなわち新しいヒーローの誕生を意味しているからだ。


 私は、今まさにそんなヒーローの一人になろうとしている。

 

 変身って、こんなにも胸が張り裂けそうになるもんだったのか……。






 みずきの瞳は真っ直ぐと輝いていた。自分の高鳴る鼓動を、全身を駆け巡る血液の流れを、静かに感じ取る。

 

 次の瞬間、僅かな言葉に万感の思いを込めて、強く心の奥から叫んだ。



「変身ッ!!!!」



 その言葉と共に突き上げられた右腕のレザーグローブが赤い輝きを放つ。そしてそのまま、みずきは右手の甲を左手のひらに叩きつけた。


 この動きは言うまでもなく、彼女の憧れたパンチマンの変身ポーズその物だった。


 合わさった両腕から溢れ出した真っ赤な閃光はみずきの体を包み込み、そしてその姿を変化させていった。



(おおっ……これが変身バンクってやつか……一時的なものとはいえ、大っぴらで服を脱がされるっていうのはやっぱり女としては複雑な気持ちだ……)



 やがて赤い閃光は消え、みずきの姿が露となった。


 へそ周りを大胆に露出させた赤いボディースーツ。煌めくヘッドギアをはじめ、所々にあしらわれたメカニカルなデザインが輝いて目立った。そして最大の特徴として、両腕にはパワフルな手甲が装備されていた。


 これが、紅咲みずきの『想像』『思い』が生んだ姿。パンチマンをモチーフとした、みずきにとっての嗜好の武装である。


 変身後の自分の姿に、感極まったみずきは思わず言葉を失った。


 一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を行う。そして心を一旦落ち着かせると、化物の群れに向かって拳を突き立てた。



「貴様の最後に、俺の拳を刻み込め!!」



 変身後の第一声に、みずきは幼い子供のように目を輝かせながら、パンチマンの決め台詞を言い放った。


 新たなヒーロー誕生の瞬間である。



「いや、これヒーローじゃなくて一応魔法少女なんだけど……」



 ニューンの声が辺りに虚しく響いた。




―運命改変による世界終了まであと108日-




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