もしも魔法少女5人が全員オタクだったら

ニカイドン

第1話 むしろ、私と契約して魔法少女にしてくれないか?

 気持ちのいい風が吹き抜ける清々しい朝。朝礼のチャイムがなると同時に、いつものように先生がクラスの出席を取り始める。



「今日の欠席は……"紅咲"さんだけね」



 いつもクラスでポツリと空いた窓際の席。最近ではすっかり荷物置き場と化していた。



「紅咲、最近全然見ねーよな」


「もう来ないんじゃないの?」



 出席をとる度にいつもクラスが少しざわつきだす。しかし、彼女が来ないことがもはや日常となりつつある今、そのざわつきも日に日に小さくなっているように感じる。


 それだけみんな彼女に対する関心が薄らいでいるのではないかと、他人事ながら時々心配になることがある。



(紅咲さん、何で学校に来ないんだろう……まあ、私もあんまりあの人と喋ったことないから何とも言えないんだけど……)



 そう思いながら、私は学校生活において最も好きな時間である"歴史の授業"に備えて、教科書を机の上に並べた。




>>



「”超絶ヒーローパンチマン”は神アニメ、にわかアンチ乙……っと。ふぅ、こんなもんか」



 とある六畳半ほどの狭い空間、わざと暗く閉鎖された部屋からは朝からブツブツと独り言を呟く"少女"の声が聞こえる。静寂の中で、キーボードを打ち込む音が部屋に響き渡った。


 壁一面に貼り付けられたポスターや大量に並べられたフィギュアの山が、住む人間の趣味を物語っていた。



「何度観てもやっぱりパンチマンは最高だわ……ネットでは”時代遅れ”とか”インフレ激しすぎるクソアニメ”とか散々叩かれてるけどさ、『どんな強敵が現れても諦めず何度でも立ち上がり、心強い仲間達と協力して悪を倒す!』って、あの泥臭さが最高なのにさぁ……ネット民は文句ばっかでほんと何もわかってないわ〜」



 布団を体に巻きつけるように羽織り、パソコンの画面を見詰めて愚痴を零す。イライラと指先を机に叩きつけ、彼女はその怒りを露わにしていた。



「……まあ、部屋に引きこもって一日中パソコンの電源ONになってる私も十分ネット民か……」



 自分で言っておきながら少しふてくされた気分になる。ため息ついて、彼女はそのまま地べたに寝転がった。



『紅咲(こうさき)みずき』


 神奈川県横浜市A町、海道高校に通う高校一年生。男勝りな性格ではあるものの、その整った表情や豊満な胸はまごうことなき美少女である。……が、実のところ、入学してからすぐに不登校となり、毎日アニメとネット三昧の自堕落な生活を送る残念な美少女でもある。


 趣味はアニメ鑑賞で、今も何度も周回したアニメの感想をネット掲示板に書き込んでいる真っ最中であった。



「……臭いな、この部屋。みんな大好きJKの部屋の匂いとはとても思えねぇ……流石に換気するか……」



 そう呟くと、みずきはダルそうに腰を上げ、ゆっくりと窓を開いた。


 窓を開けると、そこには一面清々しい青空が広がっていた。久々に見る開放的な景色に、みずきは窓の縁に肘をつき、しばらく外の世界をボーッと眺めた。



「……ん?」



 すると突然、空の彼方、何か星のように輝く"小さな光"が見えた。


 みずきは目を擦り、気のせいではないかともう一度目を凝らす。……気のせいではない。間違いなく空で"何か"が輝いていた。その光はどんどんと大きくなり……



「えっ、はっ?あの光、なんかこっちに近づいてきているような……」




”メメタァ!!!!”

 



「ガッ……ハ……!」



 鈍い音とともに、突如みずきの顔面に激痛が走った。空で光っていた"何か"と正面から激突したのだ。


 そのあまりの勢いに、みずきの体は大きく後ろへ吹っ飛ばされた。



「いっ……いってええええ!!血出てない!?出てないよなぁ!?」



 手で額を擦り、怪我の有無を確認する。


 幸い血は出ておらずホッとしたのもつかの間、今度は部屋の中に入ってきたその"何か"に意識を向けた。


 部屋の隅に墜落してきた"それ"は、モフモフとした毛皮に悪魔のようなギザギザとした羽を携えた、まるで幼児向けのぬいぐるみのようなな外見をしていた。



「んん、何だこれ?なんでぬいぐるみが空から……」


「僕はぬいぐるみじゃないよ」


「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」



 そのあまりの衝撃に、みずきは思わず奇声を上げた。


 つい先ほどまでぬいぐるみだと思っていたものが、急にむくりと起き上がり普通に日本語で喋り出したのだ、誰だって驚く。



「な、何なんだあんた……!?」


「僕の名前は"ニューン"!紅咲みずき、君は運命に選ばれたんだ。この世界を守るため、僕と一緒に戦って欲しい!」



 突拍子のない発言に、みずきはキョトンと目を丸くした。


 こいつは一体何を言ってるんだ……と言わんばかりの表情に気が付いたのか、ニューンと名乗る謎の生物は一度呼吸を整え、再び落ち着いた口調で話し出した。



「今、混乱している君に何を言おうと信じてもらえないことはわかっている。でも、君はこれから僕の話を嫌でも信じることになる……心して聞いてほしい」


「あ、はい……」



 何が何だかよくわからないまま、みずきはとりあえず適当に返事をした。



「おっほん……もう間もなく、人間界の常識を覆すことになる事態、”闇の勢力”による人間界への進撃が開始されるだろう。残念だけど、今の人類では強大な闇の力に太刀打ちすることはできない。だが、諦めないで欲しい。一つだけ、人類が奴らに対抗できる手段がある!」



 淡々と熱く語るニューンに対し、みずきの表情は徐々に険しくなっていった。



(こいつが何を言っているのかよくわからないようでわかってしまう自分が怖い……なんだこのアニメとかによくある展開は……そんなことが現実であるわけ……)



 ここまで考えて、みずきはハッとした。


 この場面での「そんなことあるわけない!」とか「ドッキリか何か?」というセリフは、あまりにも露骨なフラグだということに。



(このニューンとかいう奴、ロボットにしては動きとかリアルすぎだし……引きこもりの家なんかに誰がドッキリ仕掛けに来るんだよって話だし……となると、こいつの言っていることは本当……?)




”ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!”




 突如、狙ったかのようなタイミングで、外からとてつもなく大きな爆発音が鳴り響いた。



「ほらやっぱりフラグだった!……って言ってる場合かっ!何事だぁ!?」



 みずきとニューンは慌てて窓の外を覗く。



「嘘……だろ……」



 絶句するみずきの瞳には、これまでに見たことのないような非現実的な光景が広がっていた。


 隣町から、まるで火山が噴火したかのような巨大な煙が噴き出し、さらにその周辺には、まるで巨大な虫のような不気味な見た目をした"化物"の群れが大量に空を舞っていた。


 その数は数百、数千……いや、それ以上かもしれない。


 あまりにも突然の事態に視界が真っ暗になる……。冷静さを欠きながらも、みずきは大急ぎでネットやテレビの情報を漁り始めた。



『こちら神奈川県横浜市B町の様子です!現場はものすごい轟音と揺れが続いております!突如、横浜に現れた謎の生命体による破壊活動は規模を拡大しており……う、うわっ!?来るな化物!!!……ザーーー……』



『1.横浜\(^o^)/』

『4.日本終わったな』

『18.これまじ?』

『21.宇宙人による地球侵略wwwww』

『36.お前ら自分が無事ならなんでもいいのかよ。これはマジでやばいって』



 みずきは絶句した。

 

 これはアニメではなく、現実だ。


 なのに、あの光景はなんだ……町が化物によって壊滅されていくこの光景は。



「こんなことって……あり得ないだろ……」



 こんなことあるわけがないと考えれば考える程、恐怖という感情が、みずきを蝕んでいった。


 肩を抱きかかえながら震えを必死で押し殺そうとするが、しばらくして、みずきは恐怖に耐え切れず膝から崩れ落ちた。


 体の震えが止まらない。



「……私は……どうすればいい……?」



 掠れる声を振り絞り、みずきは縋るような思いで謎の生物ニューンにそう尋ねた。



「僕の言葉を信じてくれたみたいだね……突然のことに、パニックになるのも無理はない……だけど、今の君に絶望している時間はないんだ。今、この世界を救うことができるのは、他でもない君自身なんだから」


「こんなの、私にどうしろって……あっ……」



 『世界を救えるのは君だけ』、目の前には謎の生き物……こんな絶望的な状況にもかかわらず、みずきの脳裏にはある言葉が過ぎった。



「僕と……」


「『僕と契約して魔法少女になってよ』……ってやつだよなぁ、これ!?」


「えっ、いや、契約ってほどでもないんだけど……これは運命に選ばれた君にしか出来ないことなんだ。”魔法少女”になって、闇の勢力から世界を救って欲しい!」






 謎の生物によって告げられたこの言葉はあまりに非現実的で、普通とてもじゃないけど信じられない話なのだろう。


 だけど、私は少し違った。


 もちろん、この話に乗ってしまえば私はもう後戻りできないのではないだろうかとも考えた。ただ、こんな時にも関わらず……いや、こんな時だからこそ、私の頭の中に私自身の言葉が響いたんだ。



『自分は今の生活に満足しているのか?』って……。

 


 つらいことばかりで、退屈な人生。自分の居場所など、どこにもなかった現実。



『君は運命に選ばれたんだ』

『君にしか出来ないこと』

『魔法少女になって、闇の勢力から世界を救って欲しい!』



 そんな私のところに転がり込んできた、アニメのような非現実的な現実。


 これは、もしかしたら神様が私に与えてくれたチャンスなのかもしれない……そう思えてならなかったんだ。



 心の奥に眠っていた感情が溢れ出した。



『パンチマンのような、世界を救うヒーローになりたい!!』



 正直、興奮した。人生で最もときめいた瞬間だったかもしれない。怪しげなこの話に抱いた不安や疑心は、全てこの感情に打ち消されていった。




「……むしろ、私と契約して魔法少女にしてくれないか?」



 私はキメ顔でそう言った。





―運命改変による世界終了まであと108日-



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