第16話 よろしい、ならば戦争だ

『ニュース速報です。本日午前6時頃、神奈川県横浜市、大手企業朝霧グループのオフィスビルが原因不明の爆発により倒壊しました。幸い死者は出ておらず、警察はテロ活動の可能性なども視野に入れ、捜査を……』



  黒い煙が辺りに立ち込める現場。


  無残に崩壊した建物の中から、重傷を負った人々が次々と運ばれていく様子が報道されていた。


 

  早朝、テレビをつけろという風菜からの電話で目を覚ましたみずきは、唖然としながら画面越しの悲惨な光景を目の当たりにしていた。



「風菜、これって……」


「うむ、こっちでも色々調べておったのじゃが、今回の事件、使用されたであろう爆弾や銃弾の痕跡は一切見つかっておらんそうじゃ。つまり……」


「犯人の武器は魔法……てことは、また闇の連中が襲ってきたってことか!?なら、私達も早く行かねえと!!」


「みずき、早まる気持ちはわかるが、まだ話は終わっておらん……」


「えっ……?」



  風菜の言葉にみずきは動く足を止めた。ためらうような風菜の吐息が、電話越しでみずきの耳に入ってくる。



「風菜、どうやら君はすでに気づいているようだね」


「おいおい、どういうことだよ……?」



  突如、ニューンがみずきの肩に乗り移り、二人の会話に自然と混ざった。

  疑問の表情を浮かべるみずきに、風菜は重い口を開けた。



「……あくまで予想じゃが、今回の件に関して闇の連中は無関係なのではないかとアッシは思っておる。考えてみれば、町一つ消し飛ばせるほどの連中が、何故一つの建物を集中的に攻撃する必要がある?アッシらを誘い出す罠という考えもあるが、実際、犯人は証拠も残さず逃亡……あまりにも目的が不明すぎる。それに決定的なのは、今回はアッシらはおろか、ニューンも闇の気配を察知していないということじゃ」


「あっ……」



  ここまで話を聞くと、みずきはニューンに目を向けた。それに対して、風菜の言う通りだと言ったような顔でニューンは首を縦に振った。



「そしてもう一つ、この朝霧グループのオフィスビルは爆破によって倒壊したという事を思い出して欲しい……もう大体察しはついたじゃろ?アッシらは既にこの目で見ているはずじゃ。巨大な建物でも簡単に爆破できてしまうような強力な魔法を……いや、正確には魔法を撃つ武器じゃがの」



  強力な魔法、武器……その言葉を聞いたみずきの脳裏には、魔道生物に容赦なく魔弾を打ち込む息吹の姿が浮かんでいた。

  物騒なライフルを構え、狂気染みた笑い声を上げるあの姿が、今はっきりと思い出された。


  そんなまさか……と、最初は疑念したみずきも、考えれば考えるほど、徐々に受け入れるしかなくなっていった。獅子留息吹が魔法を悪用した……という事実を。




「……ニューン、息吹のいる場所わかるか?」


「うーん……変身していない時に感知できる魔力は微々たるものだけど多少は……大まかにならわかるはずだ」


「よし、探そう」



  そう言うと、みずきは直様その場を立ち上がり、急いで部屋を出ようとした。



「待つんじゃみずき!説得しようという気持ちはわかるが、奴は今非常に危険じゃ。ここは一度策を練ってからでも…… 」


「説得?……いや、違うな」


 

  みずきを止めようとした風菜であったが、その予想外の発言に、思わず口を閉じた。



「私は怒ってんだよ……あいつに何があったのかはわからない。だけど、あいつによって多くの人が傷つけられた……これを見過ごすわけにはいかねえ。顔の一つや二つ、殴ってやらねぇと私の気が済まないんだよ……それに、なりたいんだ、私は。あいつと本当の仲間って奴に……」



  風菜は終始無言でみずきの話を聞いた。怒りや悲しみ、様々な感情に揺れ動くみずきの思いを、不器用な言葉を通してだが、風菜は確かに感じ取っていた。



「……はぁ、また随分と横暴なことを……わかった、お主に任せよう」


「ありがとう、風菜……ニューン行くぞ!」



  風菜に感謝をしたところでみずきは通話を切り、携帯電話を無雑作にポケットへ押し込んだ。 ニューンを引き連れ、急いで部屋を飛び出す。獅子留息吹の捜索が開始された。




 >>



「……ただいま」



  空が美しいオレンジ色に染まる夕方。


  アパートの玄関から、息吹の細い声が廊下中に反響した。


  いつもとは少し違う空気の中、僅かにテレビの音が聞こえる部屋のドアを開ける。部屋に入ると、息吹の弟、悠人が呆然としながらテレビを眺めていた。


  液晶の画面に映し出されていたのは、無論、あの事件の映像だった。



「……お姉ちゃん………」



  あまりにも突然かつ衝撃的な出来事に、悠人は震える声で息吹を呼んだ。

 

  小さく震える弟の姿を見て、息吹はあの時のように悠人を抱き寄せた。



「何も心配することない、ボクが悠人を守るから……」



  悠人を抱きしめるとテレビの映像が目に入った。その光景に、息吹は満足そうに薄っすらと笑みを浮かべた。


  締め付ける腕のだんだんと強くなる。首元にかかる息吹の冷たい吐息に、悠人の背筋が凍りついた。



「……ッ!!」



  その妙な感覚に、堪らず悠人は息吹の腕を振り払った。



「えっ……」



  何故腕を振り払ったのか……不思議そうな顔をしながら、その一瞬の出来事に、息吹はただただ動揺した。


  もう一度触れようと手を伸ばすと、悠人は息吹を避けるように少し後ろへ退がった。


  自分を避けるような動きを見せる悠人に困惑する息吹。やがて、悠人は怯えながらその重い口を開いた。




「今日のお姉ちゃん……怖い」




  その一言に、息吹の顔は真っ青になった。


  息吹の内に秘めた狂気が、悠人に恐怖を与えてしまっていたのだった。



「怖い……ち、違……ボクはただ……」



  涙目になりながら息吹はこもった声で話す。様々な感情が息吹の中で混じり合い、ついには頭が真っ白になった。



「う、うぅぅ……」


「お、お姉ちゃん……!?」



  息吹は頭を抱え呻き声を上げた。


  溢れる感情が制御出来なくなりなった息吹は、そのままドタドタと駆け出し、家を飛び出していった。

 

  姉の奇妙な姿を目の当たりにした悠人は、しばらくは体が動かず、放心状態となっていた。


  息吹の発する呻き声が、しばらく辺りに響いた。




 >>



「ボクは一体何をやっているんだろう……」



  夕日の影で覆われた人気のない路地で、息吹は壁にもたれかかり空を見上げた。


  一時的に満たされた心はすっかり空っぽになり、気持ちがどんどんと荒んでいった。



「……だけど、まだ足りない……これで終わるわけにはいかない……もう、後戻りは出来ないんだ……」



  そう小さな声で呟くと、息吹は小刻みに震える肘に拳を叩きつけ、ふらふらと歩み出した。



  と、路地を抜けようとしたその時、突如、夕日の中から逆光を浴びた人影が息吹の目の前に立ちはだかった。




「よお、会いたかったぜ……息吹」



  特徴的なその男勝りした声に、息吹はその人影の正体をすぐに察した。



「紅咲……」



  息吹の前に立ち塞がったのはみずきだった。


  汗でびっしょりと濡れた額を土に塗れた服の袖で大雑把に拭き取る。息切れした呼吸を整えて、みずきは息吹を強い眼光で睨みつけた。



「あんた、何でこんなことしたんだ……自分が何やったのか、わかってんのかッ!!」



  みずきは声を荒げて息吹を怒鳴りつけた。

 

  みずきの荒げた声に動揺し俯向いた息吹は、しばらく沈黙し、その後不敵な笑みを浮かべた。


  そして、ゆっくりと顔を上げながら口を開く。



「……復讐だよ」


「復讐だぁ……?」



  息吹の言葉にみずきは一瞬眉を歪めるも、ドスの効いた声で言葉を返した。



「父さんの仇……これは残されたボクと弟が望んでいたことなんだ。……そこを退いてくれ、物凄く邪魔だ……」


「父親の仇……弟……あんたに何があったかは知らない。……けど、本当にこれがあんたら姉弟の望んだことだっていうのかよ!!」



  すっかり心を黒く塗りつぶされた息吹の冷酷な答えに、戸惑いながらもみずきは強く言い返す。


  しかし、その言葉に心を逆撫でされた息吹は、イラっとしながら少し上目でみずきを睨みつけた。長い髪の間から、暗い海の底のようによどんだ瞳がチラつく。



「”あんたに何があったかは知らない”だって?……じゃあ放っておいてくれよ!!次は何だい?”復讐なんて意味のない行為はやめろ” ”復讐しても父さんは帰ってこない”とでも言いたいのか?……わかってるさそんな事……知ったフウな事を言っても、結局お前は何もわかってない……家族を奪われた悲しみを、その事から目を背けて生きていく苦しみを!!」



  息吹は怒りで目をカッと見開き、溜め込んでいた思いをみずきに吐き出した。


  そんな息吹の姿を見て、みずきは一度息を深く吸い込み、静かにこう言い放った。




「よろしい、ならば戦争(クリーク)だ」



「……はぁ?」



  あまりにも予想外の言葉に、これには流石の息吹も少し戸惑った表情を見せた。



「喧嘩だよ、喧嘩。今のあんたと話し合ったところで拉致があかない。なら、ぶん殴ってでもあんたを止めてやる。拳でしか語れないこともあるんだよ……色々」



  みずきは肩をグルグルと回し、戦いのウォームアップを始めた。



「……紅咲みずき、あんまり人を馬鹿にするようなら……お前から先に殺すぞ」


「やれるもんならやってみろよゲーム廃人」



  路地の中を冷たい風が吹き抜け、輝く夕日をバックに、二人の魔法少女が相見えた。鋭い目つきで互いにガンを飛ばし合い、両者ゆっくりと一歩前へ出る。




「「……変身」」


 


  重なる二人の掛け声が、狭い路地に響き渡った。





―運命改変による世界終了まであと103日-



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