第17話 魔法少女vs魔法少女

「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」


「はああああああああああああッ!!!」



  体の底から湧き上がる二人の叫び声が、激しい爆音と共に辺りに響き渡った。狭い路地で、強力な魔法と魔法がぶつかり合う。



「これはボクの戦いなんだ……放っておいてくれよ……邪魔なんだよ……邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔……邪魔だああああああああああッ!!!!」



  目を見開き、息吹は気が狂ったように魔道弾を連射した。

 

  憎悪に心を支配されながらも、その射的は正確そのもの。遠距離戦を得意とする息吹に必死に近づこうとするみずきであったが、あまりにも的確な攻撃の嵐を前に、間合いを詰めることが出来ないでいた。

 

  と、ほんの一瞬みずきの気が緩んだ瞬間、魔道弾が僅かに肩を掠め、真っ赤な血しぶきが宙を舞った。



(こいつ、本気で私を殺す気か……こりゃ、こっちも半端な覚悟じゃヤバイかもな……よし)



  この一撃で、みずきは息吹の内に秘められた殺意が尋常ではない事を察知した。それはまるで、傷口から息吹の憎しみが染み込んでくるかのような不気味な感覚だった。

 

  息を大きく吸い込み、みずきは覚悟を決める。目をゆっくりと閉じ、神経を研ぎ澄ます。

  刹那、息吹の容赦ない魔道弾の嵐が、止まることなくみずき目掛けて一斉に撃ち込まれた。


  と、次の瞬間、みずきは目を開き、息吹に向かって全力で駆け出した。



「な、何ッ!?」


「どりゃあああああああああああッ!!!」



  大声を上げて突進してくるみずきを、息吹は必死に撃ち落そうと魔道弾を連射する。が、そんな猛攻にも臆することなく、みずきはどんどんと息吹に接近して行った。

 

  一気に間合いを詰め、みずきは息吹の元へと一気に急接近した。それでも尚、攻撃を続けようとする息吹を見て、みずきは息吹の持つ巨大ライフルの銃口を強く握り、照準を自分から離すように横へと向けた。

 


「な、なんでボクの攻撃が効いてないんだよ……」


「はっ……この姿のどこを見て攻撃が効いてないなんて言ってんだよ、あんた」


「……ッ!!」



  みずきの言葉に、息吹はハッとした。攻撃することに必死だった息吹は、ようやくボロボロになったみずきの姿に気がついた。身体中に大きな傷を付け、全身血塗れの状態。みずきの握った銃口から血液が流れ伝わり、息吹の指を赤く染める。その奇妙な感触に、息吹の表情は少し青ざめた。



「ようやく気付いたのか……私は別に攻撃が効いてないわけでも、弾を華麗に避けたわけでもない。ただ形振り構わず突っ込んでただけだよ!」


「そ、そんな……なんで……」


「なんでだぁ?……決まってんだろ、こうするためだよ!!」



  そう言うとみずきは息吹の顔を思いっきり殴りつけた。あまりの勢いに、息吹はライフルを手放し後ろへ吹っ飛ばされる。地面に頭をぶつけ、その激痛にしばらく悶えた。


  しばらくすると、息吹はゆっくりと立ち上がり、みずきを睨みつけた。口元から流れた血を手で拭い、悔しそうに息を荒げていた。



「こっちも半端な気持ちじゃないってことだ……来いよ、あんたの痛みも、思いも、全部正面から受け止めてやるよ」

 


  フラフラと立ち尽くす息吹に、みずきは落としたライフルを彼女の足元に投げつけた。



「……ぐっ…あああああああああああああああああッ!!!!!」



  歯を食いしばりながら息吹はライフルを拾い上げると、大声で叫びながらみずきの元へ駆け出しながら、魔道弾を乱射した。


  魔法少女の激しい戦いは続く……




 >>


 轟音と共に、辺りに強い風が吹き荒れた。



「ちょいちょい……確かに”お主に任せる”とは言ったが、いくらなんでも派手にブチかましすぎではないかのう……?」



  高倍率ズーム機能を搭載したカメラ片手に、風菜とニューンは遠方の高台から二人の戦いを見届けていた。

  みずきと息吹、両者のぶつかり合う魔法は凄まじく、遠目から見ている風菜にもその戦いの激しさはヒシヒシと伝わっていた。



「……しかし、周辺の人間に危害が加わることはなかろう。何故ならまるで狙ったかのようなタイミングでこの町に避難勧告が出ておるから〜……おい、聞いておるのかニューン?」



  そう言いながら、風菜は避難勧告の速報が映し出されたスマートフォンの画面をニューンの頬にグリグリと押し付けた。

  その行為に少しうっとおしそうな表情を浮かべながらも、ニューンは変わらずみずき達が戦っている方向を向き続けていた。



「みずきが初めて闇の者と交戦したあの日、確かあの大規模な横浜の被害は全て自然災害によるものだと報じられておった。そして、一度はネットに流出したはずの魔法少女都市伝説的な数々の情報も、いつの間にか跡形もなく消滅……これらのことを考えると、明らかに別の何かからの隠蔽工作が働いているようにしかアッシには見えんのじゃが……ニューン、お主その点について何か知っとるんじゃないのか?」



  相変わらず勘の鋭い風菜は、目を光らせニューンに問い詰めた。その的を得た質問に、流石のニューンも口を開かざるを得なかった。



「別に隠しているわけじゃないんだ。ただ、今は言えない……が、その答えはいずれ必ずわかる……とだけ言っておくよ、一応」


「やれやれ勿体振るのぉ。焦らしプレイも程々にせんと女に愛想尽かされるぞ?」


「……この状況でそんな冗談言えるなんて、まるでみずきみたいだ」



  ニューンの言葉に風菜は少し照れ臭そうに頬を掻くと、ふっと笑みを浮かべ、眩しい夕日を見上げた。



「確かに。もしかしたら馬鹿が移ったのかも知れんのぉ……じゃが、あやつなら心配いらん。今回も信じておるぞ、みずき……」



  吹き抜ける強風に髪をなびかせ、風菜は囁くようにみずきの名を呼んだ。




 >>


 魔法同士が激しくぶつかり合う夕暮れ。息吹の動きに変化が見えた。


  先程までとは違い、射撃と肉弾戦を入り混ぜた近接距離での戦闘が目立つ。間合いを詰めほぼゼロ距離で打ち込まれる魔導弾に、みずきは苦戦を強いられていた。

 

  みずきは咄嗟に息吹の攻撃を防ぐも、間近で放たれる強力な魔道弾の威力に、態勢が大きく崩れた。その僅かな隙を突き、息吹のかかと落としがみずきの首筋に突き刺さる。



「ぐっ……!!」



  脳にまで走る激しい痛みに、みずきは歯を食いしばり耐える。そして、みずきは息吹の足首を掴み、バランスを崩させるように足を振り払う。そこへすかさずカウンターを仕掛けた。

  みずきの咄嗟の打撃が息吹の肩にめり込む。息吹は一度後退し、みずきとの間合いを置いた。互いに荒げた呼吸を整え、その場で再び構えをとった。


  空中で交差する互いの血しぶきが、残酷ながらも美しく、キラキラと夕日に照らされ輝きを放っていた。



「はぁ…はぁ……何なんだよお前……限界まで消耗してるはずなのに……何でそんなに必死になって戦えるんだよ……」

 

「……理由は二つ、一つはあんたがした事が許せなかったから……」


「はっ、正義のヒーロー気取りかい?……笑えない、虫唾が走るよ……」


「そしてもう一つッ!……息吹、あんたを救いたいって思ったからだ」



  そのみずきの予想外の発言に、息吹は思わず言葉を失った。

  夕日に照らされたみずきの姿が、自分よりも遥かに大きい存在のように感じられた。



「最初にニュースを見た時、正直混乱した。でも、やっぱり、それでも私はあんたが悪い奴だとは思えなかった……だけど、実際あんたがやった事は絶対に間違ってる……このまま、あんたを本物の悪にしたくないんだ!息吹!!」



  畳み掛けるように突きつけられるみずきの言葉に息が詰まる。息吹は動揺を隠しきれず、一歩一歩後ろへと下がった。その度に、みずきも一歩づつ前へと歩み寄った。



「あんたと会ってハッキリした。あんたは自分を必死に抑えて、その復讐とやらに覚悟決めてるつもりなんだろうけどよ……狂人装って暴れるその姿が……私には、あんたが心の中で”助けてくれ”って叫んでるように見えて仕方がねぇだよ……」



  ずっしりと重い何かが、息吹の心にのしかかる。パクパクと口を開くが、体が震えて上手くものが言えない。内から湧き上がる感情が、より一層息吹の葛藤を駆り立てた。



「……はぁ?いい加減なこと言うなよ……今更ボクが助けてなんて思うわけない。朝霧は父さんの仇なんだ……これは残されたボクと弟が望んだ…」


「本当にそうなのか!!本当にあんたも、そして弟もこんな事を望んでるのかよッ!!!」


 

  弟……みずきの言葉に、息吹の脳裏には自分に怯える悠人の姿が思い出された。生まれて初めて悠人から向けられたあの目、そして言葉に……再び蘇る記憶に息吹は気分が悪くなる。



「あんたは自分を見失いそうになった時、都合のいいように弟を盾にしてるだけじゃねぇか……今のあんたを見た時、弟がどんな思いをするかちゃんと考えてんのかッ!?あんたの家族が、そんな事望んでるはずな…」



「黙れえええええええッ!!!!」



  みずきの話を遮るよう、息吹は大声を上げると、同時にライフルを天に向け、威嚇をするように魔道弾を放った。そして息を切らし、目をギラつかせてみずきを睨みつけた。



「黙れよ……みずき、お前にボクの何がわかるっていうんだ……。もう嫌なんだよ……父さんの事を無理矢理忘れて過ごす生活、自分も辛いはずなのに、元気のないボクに気を遣って明るく振る舞う悠人をただ見ていることしか出来ない日々に……こんな惨めな人生、後先どうなろうがもう知ったこっちゃない……ボク達姉弟がこの呪縛から解き放たれるには復讐しかないんだ……たとえそれが間違ったことだとわかっていても……!」


「この……!」



  みずきが拳を振りかざし走り出したその時、息吹は躊躇することなくみずきの頭部に照準を合わせ、ライフルの引き金を引いた。



  それはほんの一瞬、ほんの僅かな時間での出来事だった。しかし、その一瞬だけ、まるで時間がゆっくりと流れているような感覚に陥った。


 

  螺旋状に回転する魔道弾が、みずき目掛けて真っ直ぐ進む。咄嗟の攻撃にみずきの判断が遅れ、魔道弾は頭部に着弾。みずきの額をえぐるように回転し、弾はじわじわとめり込んでいった。



(ヘッドショット……当たった……)



  目前に迫った勝利に息吹は目を見開いた。

  そして勝利への確信から湧き上がる感情に、息吹の頭は真っ白になった……



  瞬間、みずきは体を大きく左に逸らした。



  永遠とも思えた一瞬の時間が、今崩れ落ち、時は加速する。撃ち込まれた魔道弾はみずきの頭のラインに沿って後方へと流れた。



「この……大馬鹿野郎があああああああッ!!!!」



  美しく横一直線に吹き出されたみずきの血が宙を舞う。

  左に大きく逸れた勢いに任せ、みずきは拳を前へと突き出した。みずきの全体重を乗せた重い拳は、自らの蒔いた横一直線の血を空で切り裂き、そのまま息吹の顔面に突き刺さった。そのあまりの破壊力にアスファルトの地面はかち割れ、息吹の体は豪快に吹っ飛ばされた。



「ぐっ……あぐ……」



  痙攣する息吹は何とか立ち上がろうとするも、既に体は限界を超え、自らの言うことを全く聞かなくなっていた。


  「息吹、あんたがずっと抱え込んでいた苦しみは私にも伝わった……だけど、あんたの復讐にたくさんの人が血を流した、その人の家族・恋人・友人、たくさんの人が涙を流した。あそこにいた人達は、ほとんどがたまたま朝霧グループで働いていた人間に過ぎないってことはわかっていたはずだ……」



  全力の戦いにより、みずきの肉体もまた限界を迎えていた。その場で倒れそうになるのを必死で耐え、フラフラと息吹の元へと近づいた。

 


「このままじゃ、奪っちまうんだよ……取り戻すと言ったあんたが、奪われる悲しみを知っているあんたが、たくさんの人の命を……!人を殺しちまったら、あんたは本当に戻ってこられなくなる……そんなあんたを……父親も弟も、絶対に望んでなんかいない!!」



  一言一言を噛みしめるように、みずきは倒れる息吹に語りかけた。息吹のすぐ側まで近づくと、彼女の首元を掴み、ゆっくりと立ち上がらせた。



「一発いいの貰って少しは頭冷えたか?……”復讐するな、悟りを開け”なんてご立派な事、私は言わない。嫌いな奴は嫌い、憎い奴は憎い、それがたとえ悪い感情だとしても、そう思っちまうのが人間だろ……。だけど、今のあんたのやり方は間違ってる。こんなのは弟も……あんた自身も望んでいなかったはずだ……」

 

 

  グラグラと揺れる視界、霞む意識の中でみずきの声が息吹の心に響く。と、ここで、息吹はある事に気がついた。



(みずき……泣いてるのか……)


「だから……自分の人生を、惨めな人生とか言うなよ……後先どうなってもいいとか思うなよ……もっと違う解決策を考えよう……一人で抱え込むんじゃなくて、今度は私達と……」



  強気の態度とは裏腹に、みずきの頬には大量の涙が溢れ出していた。歯をぐっと食いしばり、掠れる声でその思いを伝えるみずきの姿に、息吹もまた一粒の涙を零した。



「辛いことも、苦しいことも、全部分かち合える。”頑張れ”じゃなくて”頑張ろう”って言い合える仲に……そんで……みんなで笑顔に………」



  みんなで笑顔に……どんなに辛いことがあっても、前を向いて歩いて行けば必ず笑顔になれる……みずきの言葉と遠い記憶の言葉が、息吹の頭の中で重なり合い、響き渡った。



(泣いている……ボクの憎しみや怒りを肌で感じて、みずきは悲しんで……泣いている……。……ちくしょう……何なんだよ……こんなのって…ズルいよ……)



  先程まで互いに全力で戦っていたはずなのに、何故か今は互いに涙が止まらない。息吹の涙を見て安心したのか、体からふっと力が抜け、みずきは膝から崩れ落ちた。




  「……両者、ここまでじゃな」



  と、何やら聞き覚えのある特徴的な声が聞こえると共に、倒れかけたみずき達を支えるように、彼女は現れた。



「……風…菜……」


「よっ、お疲れ。帰りはタクシー役が必要じゃろ?」


「へっ……悪いな……何も考えてなくて……」


「全くその通りじゃな。……じゃが、大したやつじゃよ、お主は」



  現れた風菜の存在が、みずきの心を何倍にも楽にした。そのまま風菜の背中に抱えられ、みずきの意識はここで途絶えた。




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