第43話 その手に宿す力は何のために
ビリビリと地鳴りのように響くみずきの声に、周囲に集まっていた人々は思わず体を一歩後ろへと引いた。
血相を変えて声を荒げるみずきに、皆足を竦ませる。それほどまでに、彼女の叫ぶ姿は人々の心に強い何かを感じさせ、また恐ろしいとまで思わせた。
だが、みずきの言葉一つでは、混乱する人々の心を掴むことはできなかった。
辺りがしんと静まり返る中、突如、耳に突き刺さるような鋭い音が響き渡る。
「ひっく、……ええぇぇーーーーんッ!!!」
子供の泣き声だ。
状況を整理できなくなった幼い少女が、薄汚れたクマのぬいぐるみを必死に抱きしめながら、感情的に大きな声で泣きじゃくり始めたのだ。
耳を突くその小高い声に、ニコラグーンは徐々にストレスを感じ、眉間にしわを寄せた。
「うるさい……うるさい……少し騒がしすぎやしませんかね……?こんなことで私の楽しみが台無しにされるなど、あってはならない……たとえ子供であっても、何一つの躊躇なく……消え失せなさいッ!!」
そう言うと、ニコラグーンはすっと差し出した手のひらに溢れんばかりの魔力を込め始めた。
「これは……感じますわ、恐ろしい魔力を……これだけ町をめちゃくちゃしておいて、奴は一体何人人を殺せば気が済むというんですの……」
「この野郎……!!させねぇ……そんなこと、私が絶対にさせねぇ……!!動げ、私の体……動けええええーーーーッ!!!!」
容赦無く力を振るおうとするニコラグーンに、魔法少女達は激しく動揺し、倒れる体を起こそうと必死に藻がいた。だが、無常にも傷ついたみずき達の体は思い通りに動くことはなかった。
ボンヤリと手のひらに浮かぶ魔力の光を握り締めると、ニコラグーンはそれを泣きじゃくる少女の方へと放り投げた。
キラキラと赤く輝く光の粒子が、少女目掛けてゆっくりと降り注ぐ。
瞬間、赤い光の粒子がその輝きを増すと、突如魔光の粒子はその場で大爆発を起こした。
辺りが舞い上がる土煙に包まれると同時に、みずき達は思わず言葉を失った。ただただ悔しさから、地に拳を突き立て肩を小刻みに揺らしながら涙を流す。
だが、しかし、煙が晴れると共に魔法少女達の
反応は一変した。
沙耶だ。そこには背を向け激しい爆発から少女を庇う沙耶の姿があった。
「さ、沙耶……!!」
「ほう、これは……まさかまだ動けるとは信じられないほどタフなお人だ……初めて手合わせした時から思っていましたが、やはり貴方は素晴らしいですよ……潰し甲斐がある」
傷だらけになりながらも少女を守る沙耶の後ろ姿に、一同はざわつきを見せた。
唯一動けるまでに肉体が回復していた沙耶は、咄嗟に爆発の中へと飛び込み、身を呈して少女を救ったのだ。
息を荒くし足をガタガタと揺らす。身を守る鎧はボロボロと崩れ落ち、露出した背中は真っ赤に焼け爛れていた。
「あっ……あっ……」
「に、にげ……逃げて……早く……!」
目の前の状況に困惑する少女に沙耶は一言そう告げると、目を白く向けその場に倒れ込んだ。
その光景を目の当たりにするや否や、先程まで慎重に息を潜めていた町の人々は一気にパニックへと陥った。
あちらこちらから悲鳴が飛び交い、皆一斉にその場から全速力で逃げ出した。
(そう、これでいい……これでいいのよ……生きて、生きて、生き抜いて……)
霞む意識の中で、沙耶は初めて魔法少女として変身した時の事を思い出した。
小田原城での戦いの中で、沙耶は人々が無残に死んでいく光景を目の当たりにした。名も知らぬ誰か、だけど、彼らの死が堪らなく苦しかった。
もうあんな想いはしたくない……その一心で、沙耶は身を呈して少女を守ったのだ。
だが、そんな彼女の想いをも嘲笑うかのように、奴の笑い声が周囲に響き渡たった。
「ハハ、ハハハ……たかが人間如きにここまで必死になりますか!やはり理解出来ませんねぇ、魔法少女という奴は……ですが、理解は出来なくとも興味は湧きました……!」
ニコラグーンの言葉に、魔法少女達は悪寒を感じ、顔を青ざめさせた。
一頻り話し終えると、ニコラグーンは深く息を吸い込み、薄っすらと目を開く。
「……この私が、目の前に集る虫をわざわざ生かして返すわけないじゃないですか」
その悪魔的なニコラグーンの一言に、魔法少女達は背筋を凍らせた。
倒れる沙耶の視界が歪む。あまりの恐怖に、心臓がバクバクと破裂しそうなほど激しく音を立てて動いた。
ニコラグーンはその場で右手を天に突き上げると、宙に赤い魔法陣を描いた。
だが、そうはさせまいと、魔法少女達もまたニコラグーンに対して抵抗を見せた。
「くっ……いつまでもナメた真似して、ボク達を見くびるなよ……お前の好き勝手には……」
「させませんわ……!ゴーストッ!!」
多少なり動けるまでに回復した息吹とユリカは、魔法陣を掲げ隙だらけとなったニコラグーンに武器を構えた。
復活した魔力を費やし、息吹はライフルを構え魔道弾を、ユリカは杖を掲げゴーストを召喚し、それぞれ果敢にニコラグーンへと攻撃を仕掛けた。
が、しかし、もはやその程度の攻撃にニコラグーンは動揺することなく、召喚した鎖武器で華麗に2人の奇襲を防いで見せる。と、同時に、魔道弾にゴースト、両者を貫く鎖がそのまま息吹とユリカの頬を掠めた。
「必死ですね……その程度の攻撃では、私を倒せないことくらいわかっている癖に……」
切れた肌から血が滴り落ちる。
薄っすらと笑みを浮かべるニコラグーンに、2人は悔しそうに唇を噛み締めた。
「では、せっかく生き残って頂いたのに早々で申し訳ございませんが……さようならです、永遠に……!!」
ニコラグーンの言葉と共に魔法陣は輝きを放つ。と、宙に描かれた魔法陣からは大量の光が、まるで雨のように地上へと降り注いだ。
降り注ぐ光の雨は逃げ惑う人々の体を次々と射抜き、その身を消し炭へと変え跡形もなく消滅させていった。
「嘘……ですわよね……だって、こんなの……こんなの、酷すぎますわ……」
「命が消えて行く……こんなにも容易く……外道め……くそっ……くそぉ……!!」
「あの世へと誘う雨……悪魔か、彼奴は……」
目の前に広がるまるで地獄のような光景に、魔法少女達は心を鉛のように重くし、絶望の渦へと飲み込まれていった。
人々が蹂躙され、命が消えて行く様を、彼女達はただただ見ていることしか出来なかった。
「やめろ……やめろ……やめてくれええええええーーーーーーッ!!!!」
みずきの叫び声が辺りに響き渡る。
だが、その叫びも虚しく、光の雨は途切れることなく人々の命を奪い続けた。
「いやっ……いやっ……逃げて……」
繰り広げられる惨劇を前に、朦朧としていた沙耶の意識は一気に覚めた。
横たわる沙耶は無意識のうちに、目の前をひたすら真っ直ぐ走り続ける少女の後ろ姿に、ゆっくりと手を伸ばしていた。
だが、そんな悲痛の想いも虚しく、光の雨は鋭く少女の体に突き刺さり、そのまま彼女を跡形もなく消滅させた。
体を張って守ったはずの少女の命が、こうも容易く、儚く消えて行く。
「ああ……ああああああああああああああああああああああッ!!!!」
声を荒げながら両手で前髪をぐしゃぐしゃに掴むと、沙耶は大量の涙を流し、肩を疼くめた。
地面に額を擦り付け、自分の無力さを呪った。
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悲劇の雨が止んだその時、辺りは静寂に包まれていた。
先程までごった返していた人々の群れは一瞬のうちに一掃され、跡には乾いた風が土煙を上げるのみだった。
「……何なんだよ、これ……私の手には何もない……何も守れない……じゃあ何のために……何のために、私は魔法少女になったって言うんだよ……!!」
絶望。圧倒的絶望。
溢れ出す感情に押し潰されてしまいそうになりながら、みずきは1人葛藤した。
「これで邪魔なハエ共は全て片付きました……さあ、これでようやく戯れを再開できますよ……!!」
聞こえてくるニコラグーンの声に、みずきはピクリと眉を動かした。
フラフラと揺れる体を無理矢理叩き起こすと、みずきは鬼のように怒り狂った形相で再びニコラグーンの元へと立ち塞がった。
「テメェ……この野郎、テメェ……!!!」
「おやおや、随分日本語がお下手になられたんじゃないですか?紅咲みずきさん……」
「黙れよ……あんただけは絶対に……絶対に許さない……!!!」
怒りに拳を震わせながら、みずきはニコラグーンを強く睨みつけた。
すると、怒りに震えるみずきの肉体が、突如赤く輝き始めた。
土煙を上げながら、燃えるような赤い髪を靡かせる。と、赤い光を身に纏うと共に上昇する強力な魔力に、ニコラグーンは驚きの表情を見せた。
「これは……この力、一体……?」
燃え上がる闘士、みずきの覇気に、一同がざわついた。
覚醒するみずきは瞳を鋭く輝かせながら、ニコラグーンの元へとゆっくり歩み始めた。
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