第96話 ヒーローは遅れてやってくる
沙耶と零、二人がゾルビアとの死闘を繰り広げる中、一方その頃、秋葉原の大通りでも激しい戦いが巻き起こっていた。
「くっ……なんて数ですの!これじゃ、いくら倒してもキリがありませんわ……!」
ベリーベイリの手によって召喚された”アンデット”の群れを相手に既に数十分が経過……厄介な魔法を前に、魔法少女達はそこで完全に足止めを食らっていた。
一体一体の戦闘能力はそれほど高くないものの、積み上げられた”アンデットの城”から無限に湧き出る圧倒的数の暴力に、悪戦を強いられる。
そんな中、ここで、後方でライフルを構え援護に徹していた息吹が口を開いた。
「ユリカ!LDMの援軍はどうなってる?!」
「先ほど、秋葉原一帯の避難誘導を開始したとの報告を受けましたわ!そちらの対応が終わり次第、こちらにも部隊が駆けつけてくれるはずですわ……!」
「……なるほど。流石東堂さん、仕事が早い……!裏で既に避難が回っているなら、こっちも”守り”を重視しなくて済む……!風菜!ユリカ!このままじゃらちがあかない……ここからは一気に”攻め”に出よう!!」
”攻め”に出る……息吹のその言葉に、前線で戦っていた風菜は険しい表情を浮かべながら彼女に問いかけた。
「息吹……何か考えがあるんじゃな?」
風菜の質問に対し、息吹は小さく首を縦に振った。
「なに、簡単なこと……こういう無限湧きするザコキャラの対処法はただ一つ!その発生元となっている核……つまりは”ボスキャラ”の方を先に倒す!これぞゲームの鉄則!」
思わず”発想源がゲームかよ!”とツッコミたくなる気持ちを堪えて、風菜は一度咳払いをし、言葉を改めた。
「……果たしてゲーム通りにいくかどうか……憶測に過ぎんが、今は沙耶の安否が心配じゃ。考えている暇もあまりあるまい……試してみる価値はあるじゃろう……!ユリカッ!!」
「承知致しましたわ!!」
風菜の声を合図に、ユリカはアンデット達の攻撃を防ぐため周囲に張り巡らせていたバリアを解除し、天へと杖を掲げ、攻撃魔法の態勢へと移った。
「いでよ、我が忠実なる化身ッ!!汝、その力をもって大罪に裁きを……!!”ゴーレム”生成ッ!!」
詠唱と共にユリカの姿が変化すると、背後に出現した魔法陣から、周囲の瓦礫や倒れた電柱、廃車など、ありとあらゆる廃棄物を吸収し巨大なゴーレムが生成された。
「くっ……!相変わらずこの召喚魔法は体への負担が大きいですわね……一気に畳み掛けますわよッ!!」
ユリカの言葉に続き召喚されたゴーレムは大きな雄叫びを上げると、群がるアンデット達をその巨体で次々となぎ払い、ベリーベイリ目掛けて進撃を開始した。
「あらあら……やってくれるじゃない☆ けど、こっちもそう簡単にやられるほどヤワじゃないわよ☆」
迫り来るゴーレムの圧力にも全く怯むことなく、ベリーベイリはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せる。
すると、それを合図にゴーレムの足元を這うアンデット達が、まるで虫のようにガサガサと蠢き出す……。
と、次の瞬間、ゴーレムのその巨体の上を、なんと大量アンデット達は一斉に登り始めたのだった。
へばりつくアンデット達の群れに徐々に足の自由は奪われていき、やがて、ユリカの召喚したゴーレムは完全にその動きを止められてしまった。
「そんな……!?ワタクシのゴーレムが……まさか、アンデットにここまでの連携ができるなんて……!」
「はい、残念☆ これがあなた達の切り札ってわけぇ?だとしたら、もうこのベリーベイリちゃんには絶対に勝てないんじゃないかなぁ〜???」
「ぐっ……ここまでですわね……仕方がありませんわ……最低限、”貴方の注意を引く”という目的は達成できた……!あとは……頼みましたわよ!風菜ッ!!息吹ッ!!」
声を大にして叫ぶユリカの言葉に、ベリーベイリはハッとした表情を浮かべ、咄嗟に後ろを振り返る。
と、目の前には空中で電撃を帯びた脚を振り上げ、今まさに彼女の顔面を蹴りにかからんとする風菜の姿があった。
「卑怯な手ですまんのう……じゃが、こうでもしなければお主の厄介な魔法は突破できそうになかったんでな。悪く思わんでくれよ……ッ!!」
そう口にした刹那、風菜は背後からベリーベイリに向かって全力の蹴りをお見舞いした……。
が、次の瞬間、風菜は思わず絶句する。
自身の最大火力で叩き込んだはずの一撃を、あろうことかベリーベイリはその白く細い右腕一本で軽々と防いで見せたのだった。
唖然とする風菜……そんな彼女に対し、ベリーベイリは表情を豹変させ、重い口をゆっくりと開いた。
「……よくあるんだ。”雑魚を量産する魔法”故に、勘違いされること……”本人は大したことないんじゃないか”……ってな。全く、ナメられたもんだよなぁ……このベリーベイリちゃんがよぉ……ッ!!」
怒りに目の色を一変させると、ベリーベイリは風菜の足を振り払い、カウンターで彼女の腹に強く握り締めた拳を叩き込んだ。
その強烈な一撃に堪らず血反吐を吐き出すと、風菜の体は風を切り裂く勢いで吹き飛び、後ろのビルへと激突した。
「ガハッ……!!ゲホッ……ゲホッ……な、なんて……馬鹿力じゃ……」
「風菜!!くそ……よくも風菜を……!!」
軽々と吹っ飛ばされる風菜の姿を目の当たりにし、息吹の怒りが爆発する。
「セット、『ナックルKO』ッ!!」
掛け声と共に両手を纏うようにして出現した赤いボクシンググローブを装着すると、息吹はアンデットの山を全速力で駆け上がり、果敢にもベリーベイリに対しその拳をぶつけた。
だが、その実力差は歴然。
狭いフィールドの中、ベリーベイリは最低限の動きで息吹の攻撃をヒラリヒラリと軽く遇らうように躱していった。
「……へ〜、さっきまで大きな鉄砲担いでたもんだから、てっきり遠距離攻撃しかできないんだと思ってたけど……あなた、なかなか厄介な魔法を使うのね☆ これは早めに仕留めておかないと☆」
「くそっ……!!フリフリとした格好でちょこまかと……!!」
「こう見えて結構武闘派なのよねー☆ ほらほら、頑張れ頑張れ☆ あんまりにも退屈だと反撃しちゃうよぉ〜???」
彼女の動きに必死に食らいつこうと懸命に拳を振るう息吹の姿に、ベリーベイリはニヤリと不敵な笑みを浮かべる……。
と、次の瞬間、ベリーベイリは息吹の腹に強烈な一撃を叩き込んだ。
「あら、ごめんなさい!うっかり手が滑っちゃった☆」
「うぐっ……!お、お前……ッ!!」
「ふふっ……結構いい顔するじゃない……そんな顔されたら、ベリーベイリちゃん興奮してもっと激しく痛ぶりたくなっちゃう☆」
口から大量の血を吐き出しながらも、それでも尚抵抗しようと抗う息吹の反抗的な表情に、ベリーベイリは堪らず背筋をゾクゾクと震わせる。
と、腹を抱えて苦しそうに背を丸める息吹に対し、ベリーベイリは不気味な笑顔を浮かべると同時に足を高く振り上げ、その鋭く尖ったヒールのかかとを彼女の後頭部に全力で叩きつけた。
全身を稲妻の如く駆け抜けるそのあまりの激痛に、瞬間、息吹の意識は遠く彼方まで吹き飛んでいった。
フリフリのスカートお構いなしに、豪快に放たれたベリーベイリのかかと落としの威力は絶大。
そのあまりの威力に耐えきれず、足場となっていた”アンデットの城”は忽ち崩壊。
悲鳴のような奇妙な鳴き声を上げながら、大量のアンデット達が次々と秋葉原の道路に雪崩れ落ちていった。
「おっと、少しやりすぎちまったか……自分で自分の兵隊を粉砕しちゃうだなんて、ベリーベイリちゃんのうっかりさん!テヘペロ☆」
目の前でまざまざと見せつけられるベリーベイリの規格外の力に、傷付き倒れる魔法少女達は思わず息を飲んだ。
「ハァ……ハァ……これはワタクシ達、結構ピンチな気がしますわ……風菜!息吹!2人とも大丈夫ですの?!」
「大丈夫……といえば、正直嘘になるのう……かなり重い一撃をもろに受けてしまったわい……!」
「ぐうぅ……ふざけた口調、ふざけた格好……だが、あいつの強さは”本物”だ……ボク達が束になって掛かっても敵わないなんて……!」
感じる圧倒的実力の差に、その時、傷付いた風菜・息吹・ユリカの三人の額には大量の血と共に冷たい汗がびっしょりと噴き出ていた。
そんな深く傷を負い、自身に怯え、声を震わせる彼女達の姿を目に、ベリーベイリは満更でもないといった様子で口を開いた。
「ふふっ、やっと気がついたようね……あなた達のような下等な人間如きに、このスーパーウルトラキュートで最強のベリーベイリちゃんを倒すことはできない!相手が悪かったわね☆ んじゃ、この辺でさっさとトドメを……………」
満身創痍の魔法少女達を前に勝利を確信すると、ベリーベイリは一度服に付いた埃をパンパンと手で払い、余裕の表情を浮かべながらゆっくりと彼女達の元へと近づく……。
と、次の瞬間。
”パリイイィィィイイーーーーンッ!!!!”
突如、何かが割れる鋭い音が、辺りに響き渡る。
と、同時に、魔法少女達の瞳には、飛び散るガラスの破片と一緒に空から落ちる”二人の人影”が映って見えた。
その視線の先……彼女達の目の前には、ビルの上階からガラスを突き破り、一人の少女を抱きかかえ颯爽と戦場の真ん中へと着地する”侍”の姿があった。
「いててっ……!やっぱりあの高さからの脱出は少し無理があったか……着地した時の足が馬鹿みたいに痛てぇ……って!おいおい!いつの間にか外もえらいことになってんじゃねぇか!!おい、沙耶!沙耶の嬢ちゃん!目を覚ませ!!」
「……ムニャムニャ……あと5分……」
「寝ぼけてる場合じゃないぞ!ようやく奴の手から逃れられたと思っていたのに、外もとんでもない状況になってやがった!!」
「うーん……零……?……ハッ!!私は何を……こ、ここは!?一体、何が起こってるの!?」
頰を叩きながら必死に少女を起こそうと叫ぶ零の声に、彼の胸で眠っていた少女……沙耶は、ようやく目を覚ます。
と、その瞬間、咄嗟に辺りをキョロキョロと見渡すと、変わり果てた秋葉原の街並みに彼女は驚愕した。
人の気配は完全になく、荒廃した秋葉原のメインストリート……そして、そこに大量に転がる人の形をした”化け物”の存在……明らかに異常な光景を前に、沙耶と零の二人に緊張が走る。
「沙耶!?お主、無事であったか!!」
と、突如、背後から聞こえて来た聞き覚えのある声に、二人は咄嗟に後ろを振り返った。
「その声……風菜!!それに、息吹!ユリカも!……酷い怪我……みんなも闇の使者にやられたんだね……」
「ああ、あの目の前のぶりっ子野郎に……ね。ともあれ、今は全員の命の無事が確認出来ただけでも良かった……!」
「ええ、そうですわね……それと……沙耶、横の侍のような風貌をした方はもしかして以前話してくれた……?」
「うん……彼の名は零。今は記憶がなくて自分が何者なのかもわからない状態だけど……大丈夫、彼は私達の味方だよ。さっきも危ないところを零に救われたの……!」
と、その時、一斉に集まる少女達の視線に、一人状況を飲み込みきれていないでいた零は少し困惑した様子でポリポリと頰を掻いた。
「え……えーっと……沙耶の嬢ちゃんのお友達?俺の名は零……一先ずまあ、よろしく頼むわ」
自分の中で状況を整理しつつ、零は魔法少女達に対し気さくに挨拶をする……と、次の瞬間、零はハッと何かを思い出した様子で咄嗟に顔を上げた。
「……って、今はそんな悠長にしてる場合じゃなかった!早くしないとまた奴が……不死身の化け物が…………」
そう零が口走った矢先、空から今度は不気味な”黒い影”が地上へと降り立った。
「ふひひっ……みーつけた!まさかあの状況から逃げられちまうとはな……すまねぇな、ベリーベイリ!こいつらに一杯食わされちまった!」
引きつった奇妙な笑い声を上げながらベリーベイリの元へ近づく黒い影……それはまさしく、沙耶と零を瀕死の状態にまで追い込んだ張本人、ゾルビアであった。
つい先ほど、零の放った渾身の必殺技で体を爆散されたにも関わらず、既にその体には傷一つ残っていなかった。
「チッ……ヘマした癖に何ヘラヘラと笑ってんだ、テメェ!……まあいい。分担作戦は失敗だが、こいつら全員もう立ってるのがやっとの状態……みんなまとめてこのベリーベイリちゃんが片付けてやるんだから、覚悟してよね☆」
「ひひっ……!相変わらず狂った性格してるよなぁ……お前も……!あんたのそういうとこ、アタシは結構好きだぜ……!」
地上へと降り立った”悪魔”がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、二つの強大な闇は肩を並べ、共に戦闘態勢へと移った。
圧倒的力の差。
目の前に広がる圧巻のオーラに堪らず飲み込まれそうになる……このままでは、傷付いた魔法少女達にもはや勝ち目などない……。
誰もが絶望したその時、微かな希望の光が、彼女達の瞳に映った。
そう、これまでも、辛いことや苦しいこと、多くの困難を皆共に乗り越えて来た……その中心には、いつも”彼女”の存在があった……。
熱くて、真っ直ぐで、倒れても倒れてもしつこく何度でも立ち上がる……誰かを救おうと必死に手を伸ばし続ける”ヒーロー”の存在が……!
「覚悟するのはあんた達の方だ……闇の使者……!」
瞬間、空を覆う暗雲を吹き飛ばすほどの強い風が、辺りに吹き荒れる。
突如、背後から聞こえて来たその”少女”の声に、ベリーベイリとゾルビアはゆっくりと後ろを振り返った。
「ふふっ……☆ ようやくお出ましのようね……”始まりの魔法少女”……紅咲みずきぃ……ッ!!」
静かに熱く、登る日の逆光を浴びて、赤い派手な衣装がより一層輝き艶めく。
拳を強く握り締め、ベリーベイリとゾルビアの元を目指し、みずきは荒廃した秋葉原の道路を真っ直ぐ突き進んで行く。
その瞳には轟々と燃え盛る炎が宿っていた。
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