第95話 その刀は何を守るためにあるのか
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一体いつからこうなってしまったのか……理由やきっかけが何だったのか、細かいことはもう覚えていない。
ただ、私は幼い頃からずっと歴史が大好きな、いわゆる”歴女”と呼ばれるものだった。
特に日本史……戦国武将や侍といったものには当時から目がなかった。
それは子どもの趣味としてはあまりに独特で、周りに理解されることなどほとんどなかった。”女の子なんだからもっと可愛い趣味が…………”そんな言葉を小さい時から浴びるように聞かされ続けた結果、私はいつしか自分の心に蓋をして、好きなものから自然と目を逸らすようになってしまっていた……その方が、苦しい思いをせずに済んだから……。
そんな思いを抱くようになったある日、お母さんが私に尋ねた。
『沙耶はお侍さんのどういうところが好きなの……?』
その平凡な質問が何故か印象的で……あの時、私は何て答えたんだったっけ……?
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「…………じょうちゃん……沙耶の嬢ちゃん!!しっかりしろッ!!!!」
「……ハッ!?わ、私は一体……?」
突如聞こえてきた自身の名を呼ぶ声に、しばらく呆然としていた沙耶はハッと意識を取り戻す。
と、目の前に立つ”不死身の肉体”を持つゾルビアの存在に、彼女はすぐさま刀を構え直し、警戒を強めた。
そんな沙耶の様子に、ゾルビアは頭をボリボリと搔きむしりながら深くため息を吐いた。
「……ハァ〜〜〜、何だお前?さっきからボーっと突っ立って……アタシに勝てないとわかった瞬間、戦意喪失かぁ?……くっそつまんねぇ……!魔法少女ってのは所詮その程度なのかぁ!?」
声を荒げ、ゾルビアはそう強く言い放つ。
と、彼女の言葉に、沙耶は肩をピクリと揺らすと、すかさず反論を口にした。
「ちっ、違う!!私はまだ……戦える!”あの日”、誓ったんだ……私はもう、諦めないって!!だから…………」
「……嘘だな。そいつはただの強がりにすぎない」
「……ッ!!?」
まるで自分の全てを否定するかのようにすっぱりとそう言い切るゾルビアの言葉に、沙耶は咄嗟に言い返そうと重い口を開く。
が、しかし、何故か言葉は喉の奥で引っかかり、彼女の口から否定的な発言が出ることはなかった。
「アタシは長い時の中をずーーーっと戦(いくさ)と共に歩んで来た……だからわかる。戦いの中で、相手が何を思い、そして何を考えているのか……!今のお前の瞳……闘士の炎をまるで感じられない……!口ではそう言いつつも、心のどこかで本当はこう思っているはずだ……”無理だ、こいつには勝てない”……ってなぁ……!!」
「そ、そんなことは……!そんな……ことは…………」
張り詰める冷たい空気に、沙耶の刀を握る手は小刻みに震え出す。
まるで全てを見透かしたかのようにじっとこちらを見詰めるゾルビアの瞳に、彼女の呼吸は徐々に乱れていった。
「ハァ……ハァ……だ、ダメだ……諦めちゃダメだ……!何か……きっと何かあるはず……”勝つ”ための方法が……!」
「ひひひっ……まだ自分自身の感情が受け入れられないみたいだなぁ……!なら仕方がねぇ、特別だ。わからせてやるよ……あんたじゃアタシには勝てないってことを……!」
瞳孔をカッと見開き、ゾルビアはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。と、次の瞬間、彼女は手に握ったナイフを地面に投げ捨てると、両手を大きく広げ、沙耶の前へと立ち塞がった。
「来い、魔法少女!今のアタシは隙だらけだぜぇ?……その銀色に輝く刃で、このアタシの心臓を取ってみろよッ!!」
そのゾルビアの挑発に、沙耶は言葉を失う。
額には大量の汗……呼吸は激しく乱れ、刀を握る手はブルブルと小さく震えていた。
以前にも味わったことのあるこの感覚……間違いない。これは、沙耶の胸を刺す”恐怖”という感情に他ならなかった。
その美しい瞳に映る”化け物”……ゾルビアという底知れぬ不気味な存在を前に、沙耶の鼓動はドクドクと音を立て、強くその胸を打つ。
「……どうした?あんたに本当に勝つ気があるのなら、アタシが完全に油断しきった今この機を逃すわけねぇよなぁ……!!さあ、来いよ!!さあ!さあ!さあさあさあさあさあさあさあさあさあッ!!早く……かかって来いよッ!!!!」
「ぐっ……うぅ……くっそおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
相手の気持ちを急かすよう煽るゾルビアの言葉に、沙耶の闘志に火がついた。
勇敢か、はたまた無謀か……彼女は刀を横に真っ直ぐ構えると、ゾルビアの胸部に狙いを定め、勢いよくその場から飛び出して行った。
「……ッ!!?待て、嬢ちゃん!!早まるな!!」
焦る沙耶のとった行動に驚いた零は、彼女を呼び戻そうと咄嗟に手を伸ばす……が、しかし、その手が届くことはなかった。
半端ヤケクソになりながら、沙耶は声を荒げ、一心不乱に真っ赤に染まった血だまりの上を駆け抜けて行く……。
と、やがて、沙耶の握り締める刀の刃先が、ゾルビアの胸へと深く突き刺さった。
「うぐっ……!!」
刀は無抵抗のゾルビアの心臓を確実に捉えると、その刃は貫通し、彼女の体を串刺しにした。
口から大量に噴き出る黒い血が、密着する沙耶の体に飛び散った。
「あっ……ぐっ、ぐあぁ……!いっ……いっ……いっ……ッ!!」
沙耶渾身の一撃に、ゾルビアは苦しそうに声を漏らす。
すると、震える手でそっと沙耶の刀に触れると、彼女は虚ろな目を浮かべ、息を荒くさせていた。
(やった……!?)
その時、悶えるゾルビアの姿に、微かな希望が沙耶の脳裏を過ぎった……が、しかし。
「いっ…………痛くなぁ〜い♡」
次の瞬間、ゾルビアはゆっくりと顔を上げると、ニヤリと沙耶に向かって不敵な笑みを浮かべて見せた。
「……ッ!!!!」
無情、ゾルビアの演技に、沙耶の心は音を立てて砕けた。
「そ、そんな……確かに今、心臓を突き刺したのに……本当に不死身だなんて……そんなの……そんなの、どうやって勝てって言うのよ…………」
心を痛く締め付けるほどの圧倒的絶望感に、沙耶の表情は歪み、美しく輝いていた瞳は真っ暗に淀んでいった。
「うひひひひっ……!なかなかいい顔するじゃねーか、あんた……!その絶望に染まった表情……興奮するなぁ……”ないもの”がそそり勃っちまいそうだぜ……ッ!!……んじゃまあ、とりあえず……はい、こいつは”さっきの攻撃”のお返しだ♡」
絶望する沙耶の表情に、ゾルビアは興奮気味に息を荒くすると、次の瞬間、腰元から取り出した鋭いナイフを彼女の目の前で振りかざした。
「嬢ちゃん、危ない!!早く逃げろ!!」
その瞬間、零は声を上げると、咄嗟に沙耶を助けようとその場から飛び出す。
が、時既に遅く、振り上げられたナイフはざっくりと沙耶の体を深く切り裂き、真っ赤な”血の雨”が降り注いだ。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッ!!!!アッ……アッ……!!」
キンと耳に響くほどの沙耶の痛々しい悲鳴が、辺りに鳴り渡る。
やがて、悲痛の叫びは徐々に掠れていき、痛みとショックから沙耶はその場で崩れ落ちるように倒れ、意識を失った。
「おい!嬢ちゃん、しっかりしろ!……良かった、まだ息はある……おい……沙耶!!目を覚ましてくれ!!」
咄嗟に、零は倒れる彼女の元へと急いで駆け寄った。が、何度声をかけても、軽く頰を叩いても、沙耶が目を覚ますことはなかった。
気を失った沙耶の肩を抱き寄せ、彼女の安否を心配する零……そんな彼の前に、不敵な笑みを浮かべるゾルビアが、べっとりと血の付着したナイフを嬉しそうに舌で舐め回しながら、ゆっくりと二人の元へ歩み寄った。
「諦めな、起きたところでもうこいつの心はボロボロさ……ひっ、ひひひひひひッ!!さあ……ここからはお待ちかね、一方的な蹂躙タイムだ……!さてどうしてやろうか……まずは抵抗できないよう手足を切り離して、そこからは死なない程度にじっくりと、じっくりと…………っ!!」
ニヤニヤと不快に笑うゾルビアのその言葉に、零の眉がピクリと反応する。
胸の内から湧き出る熱い感情が、溢れて止まらなくなった。
「……そんなこと……絶対にさせない……!!この子にはこれ以上、指一本足りとも触れさせるものかッ!!」
怒りに震える声で、零はその燃え上がるような感情を絞り出す。
と、沙耶を胸に抱きかかえたまま、刀を鞘から抜き出し、その刃先を真っ直ぐゾルビアに向けた。
「ぐひっ……ぐひひっ!諦めの悪いこった……気を失ったそいつ抱えてあんた一人……勝てると思うか、このアタシに……!?」
ゾルビアのまるで挑発するかのような言い回しに、零は今にも飛び掛かりたくなる気持ちをグッと堪え、頭の中で冷静に、現状を整理する。
(……悔しいが奴の言う通りだ……このまま戦っても勝てる可能性は皆無……ならば、”生き残る術”は一つ……ここは一度引くしか…………)
「おっと!アタシから逃げれるなんて……思うんじゃねぇぞッ!!」
零が”撤退”という選択に考えを至らせた刹那、まるでこちらの頭の中を覗いているのではないかと疑いたくなるほど正確に、ゾルビアは零の考えを鋭く言い当てると、次の瞬間、隙を与えぬ速さで彼女は零の懐へと攻め入り、銀色に光るナイフを手に猛威を振るった。
「くっ……こっちの考えなんてお見通しってわけか……なら、これならどうだ!!」
一瞬不意をつかれるも、零はゾルビアの突き立てたナイフを紙一重のところで交わすと、瞬間、沙耶を片手で抱きかかえた状態で、全体重を乗せ、刀をゾルビアの腹に突き刺した。
「ぐひっ……!おいおいおい!なーにやってんだお前……まだわからねぇのか?アタシの不死身の体にそんな捨て身の攻撃は通用しねぇって…………」
「……不死身の肉体を持つからこそ、アンタなら躱す必要のないこの攻撃を敢えて”避けない”と思ったぜ……!!」
「……あぁん?」
耳元で小さく囁かれた零の言葉に、ゾルビアは表情を曇らせる。
と、刹那、零は腕に魔道回路が浮かび上がるほど強く刀の鞘を握り締めると、次の瞬間、自身の魔力を限界まで解放した。
「こいつは俺の隠し球だ……くらえ!!”爆・打突”ッ!!!!」
零が技名を大声で叫んだ瞬間、彼の握り締める刀が強い光を放つ……。
「なっ……!?テメェ!一体何を…………」
零の妙な行動に悪い予感を感じたゾルビアは、瞳孔をカッと見開き、腹に刺さった刀を慌てて抜き取ろうとその刃に触れる……。
と、次の瞬間、零の腕を伝って刃へと流れた魔力が一斉に放出され、ゾルビアの体内で大爆発を起こした。
ゾルビアの体は内側から引き裂かれ、大量の血と肉片が部屋中に飛び散った。
「今だ!!奴の体が再生する前にここから逃げ出すぞ、嬢ちゃん!!」
返事はなかった。
零は刀を急いで鞘に納めると、未だ目を覚まさない沙耶を抱きかかえ、近くのガラス窓を体当たりで突き破りそこから勢いよく飛び出していった。
空を落ちる二人の衣服が、髪が、フワリと風に靡いた。
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