第14話 その力は正義か悪か

「アルティメット……グへアッ!!」



  拳を振り上げ勢いよく飛び出したみずきを、巨大な魔導生物の触手がいとも簡単に払い退けた。接近戦に持ち込もうと前へ出るみずき達を、ハエのように軽々と叩き落としていった。



「くっそ、あの触手が邪魔で近づけねぇ……風菜!お得意のスピードでなんとかしてくださいよォーッ!!」


「無茶言うでない……さっきのレースでアッシの魔力はもうほとんど残っておらんわ」



  大型魔導生物の複雑な攻撃に、みずきと風菜は苦戦を強いられていた。ウネウネと動き回る触手に、みずきは翻弄され一気に追い詰められた。背後から足を取られ、そのまま触手が全身に絡まり付き体の自由を奪われる。



「うおっ、捕まった!や、やめろ……私に酷いことするつもりだろ!エロ同人みたいに!!」


「ふざけとるとマジで殺られるぞ!」


「いや、一度だけこういうのやってみたくて……」



  体に纏わり付く触手を得意の力で振りほどき、みずきは後ろへと退がった。


  一向に相手の懐に近づけず、もどかしい戦いが続く。




「これが魔導生物……」


「そう、大きさこそ違うが、僕もまたあの化物と同じ存在なんだ」



  目の前で繰り広げられる激しい戦い、奇怪な化物の姿を目の当たりにし、息吹は呆気にとられていた。

  ニューンは大型魔導生物を見上げ複雑そうな表情を浮かべると、息吹に目の前にペンダントを出現させた。



「これは……」


「そのペンダントには魔法少女に変身するための魔力が込められている。ゴッドフリートとの戦いを経験した今の君なら、これを使いこなせるはずだ」



  そう言って差し出されたペンダントに、息吹は恐る恐る指先で触れた。息吹の肌がペンダントに触れた瞬間、ペンダントは強い光を放ち、その形を変化させた。


  様々な種類のボタンが配置された表面、異常に手に馴染むフォルムに、息吹は覚えがあった。

 



「……何でゲームコントローラー?」


「ペンダントは所有者の個性に応じてその形を変化させる。さあ、心で強く念じて!魔法少女に変身するんだ!」


「ボクが魔法少女に……あいつらと同じ力を……」



  息吹はそう呟くと、意を決してスタートボタンを強く押し込む。すると、大量の光がコントローラーの中から溢れ出した。



「ん……?」



  息吹が今まさに変身しようとした瞬間、ある事に気が付いたニューンはその違和感を声に出した。息吹の変身は、今までの変身とは明らかに様子が違っていたのだ。


  溢れ出した大量の”黒い光”が息吹の体を覆った。その事を疑問に感じたニューンは、息吹の変身をじっと見つめる。




「……なっ、いつの間にか息吹変身しようとしてんじゃねーか!」



  眩い輝きに、みずき達は動きを止めた。周りの視線は一気に息吹の方へ向けられる。


  しばらくして、黒い光を上塗りするように、緑色の閃光が息吹の全身を包み込むように輝き、息吹の姿を変化させていった。

 


  まるで軍服のような迷彩柄の衣装に小さな帽子を着用していた。


  しかし、軍服と言えども、太ももや腰回りがバッチリ出ている短パンや胸元はバッサリと開けられているなど、露出はかなり多めであった。


  胸に当てられたインナーには十字キーやボタンなど、まさにコンピューターゲームを連想させる模様もチラチラと見られた。


  そして最大の特徴として、巨大なライフルが息吹の背後からその黒い銃口を輝かせていた。




「これが3人目の魔法少女の姿……」


「もうマジで魔法少女要素どこにもない衣装じゃな、趣味丸出しだし……いや、アッシらも人のこと言えんが」



  みずきと風菜の話し声が聞こえる中、変身を終えた息吹がゆっくりと目を開く。


  変身したという事実に戸惑いながら、キョロキョロと自分の姿を確認した。そして、そのあまりの露出の多さに気づいた瞬間、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに衣装を引っ張りだした。



「な、何この格好!?こんなのボクの趣味じゃないぞ!!」



  そう大声で叫ぶと、息吹はみずき達に”ジロジロ見ないでくれ”と言ったような表情を送り、あたふたと体を隠すような仕草を見せた。



「……まあ、格好が恥ずかしいのは分かるが……あんなんで本当に戦えるのか?」


「お主のそのヘソ出しも大概じゃろ」



  みずき達が心配そうな目で息吹を見つめた。

  と、その最中、息吹の変身ですっかりその存在を忘れられていた魔導生物が、息吹に向かって大量の触手を伸ばし、攻撃を始めた。



「息吹っ!危ない!!」



  みずきの声にハッとなった息吹は、向かってきた触手を華麗にかわしていった。重そうなライフルを背負いながらも、身軽にバク宙を決め後ろへと後退する。



「凄い……思い通りに体が動く……感じる、内側から溢れ出す力を……これが魔力なのか……」



  息吹は魔法少女の力に驚きを隠せない様子で、自分の手の平をじっと見つめた。



「息吹っ!!」



  そうこうしているのもつかの間、魔導生物の触手が、再び息吹に襲いかかる。



「わかる……これの使い方が、頭に流れ込んでくる……!」



  そう呟くと、息吹は背中のライフルを構えた。膝を付き、スコープを覗き込む。グリップを握りしめ、反撃の覚悟を決める。



「……発射」



  息吹がトリガーを引くと同時に、巨大なライフルから魔導弾が射出された。そして、凄まじい威力で向かってくる魔道生物の触手を一瞬で撃ち落した。

  悶える魔導生物に、息吹は第二・第三の魔導弾を容赦なく次々と打ち込んだ。



「おお……これがボクの力……凄い……凄い!!……はは、ははは……あはははははは!!」



  魔導生物を打つ快感にのめり込み、息吹は目を見開き、高い笑い声を上げた。


  その異様な姿に、風菜は息吹にまた強い違和感を感じた。

 

  いや、違和感とは少し違う。何か”恐怖”に近い不気味な感覚を風菜は感じたのだった。



  息吹の打ち込む魔導弾の嵐に、 触手を全て失った魔導生物はついに崩れ落ちた。



「隙あり!!」



  魔導生物の態勢を崩した隙を見て、みずきは拳を振り上げ、真正面から相手の元へ飛び込んだ。



「いくぜこの野郎……打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打ッ!!!!!」



  みずきは息が続く限り叫びながら、握りしめた拳を魔導生物の体に連続で叩きつけた。


  魔導生物はみるみると歪な形へと変化していく。



「これで最後……アルティメット・ブロウッ!!!」



  強烈な一撃が魔導生物の頭部に打ち込まれた。とどめの必殺、アルティメット・ブロウが見事決まり、魔導生物は灰となってその姿を消した。


  その瞬間、周りの空間が歪みを起こす。



「おわっ、何だぁ!?」


「空間が崩壊を始めた……どうやら、無事元の世界に帰れそうだ」



  ゴッドフリートの魔力が解かれ、みずき達は元の世界へと放り出された。



 

>>



「はぁ……なんやかんや結構楽しかったな、ゲームの世界!」


「全く、君は本当に呑気だなぁ、みずき」


「いや〜、悪い悪い」

 


  無事に元居たゲームセンターへと帰還したみずき達は、椅子に腰掛け少しの間談笑に浸っていた。

  全員が楽しそうに話をしている中、息吹だけは暗い表情を浮かべていた。



「……最初は動揺するよな、変身すると。まあ私はこんなんだから、初めて変身した時は動揺より興奮のが上回っちまったがな!そんで調子乗ってたら、そのあとドボルザークの野郎にボッコボコにされたんだよなぁ……あはは、ありゃ参ったよ」



  一人困惑して、まだ輪に馴染めていないのだろうか……と、みずきは気を遣い息吹に話しかけた。返事はなかったが、みずきはお構いなしに話を続ける。



「息吹、あんたの魔法マジすげーな!ありゃ魔法少女というより魔砲少女だな!……まあ、褒め称えるのは後にしてとりあえず……」



  そう言うと、 みずきは息吹に手の平を突き出した。そして、話している間終始無言だった息吹にニッコリと微笑んだ。



「握手、さっき奴らに邪魔されて出来なかっただろ?まあ色々大変なこともあるかもしれないが、これからもよろしく……」


「……ボク帰るよ、じゃあ」


「へぁっ!?」



  冷たすぎる一言。みずきの差し出した手をガン無視し、息吹はそのまま席を立った。この素っ気な過ぎる態度には、流石のみずきもメンタルにダメージを負った。



「ちょっ、ちょっと待てよ!」


「よすんじゃ、みずき」



  そのまま立ち去ろうとする息吹を追いかけようとしたその時、風菜が腕を掴み、みずきを止めた。



「うおっ!?どうしたんだよ風菜……」


「あやつ……獅子留息吹について話したいことがある」


「えっ……」



  いつになく真剣な眼差しをした風菜に、みずきの心が揺れた。

 

  少し戸惑いながらも、みずきは風菜の言った通りに息吹を追うのを止め、ゲームセンターを後にする彼女の背中を見送った。



「ああ、行っちまった……」


「……ニューン、お主は最初から気付いておったのか?」



  突然ニューンに問いかける風菜に、みずきは全く状況を理解できずにキョトンとした。



「いいや……初めに違和感を感じたのは、彼女が変身した時だ。獅子留息吹の体を包んだあの黒い光、あれが彼女の心を透視したものだとしたら……。彼女は間違いなく魔法少女だ。しかし、まだその力は不完全ではないのかもしれない」


「やはりそうじゃったか……」


「おい、誰か私にも説明しろ」



  よくわからない二人の話に、みずきは我慢ならず、無理やり間に割って入った。



「みずき、お主は気づかなかったか?獅子留息吹が見せる暗い表現を。あやつの内に秘めた何かを感じはしなかったか?」


「いや……確かに根暗で喪女臭えなとは思ったが……」



  みずきの答えに風菜は少し呆れながらも、 一度間を空けて、再び重い口を開いた。



「みずき、お主はいい奴じゃ……ほんとにのう。お主と出会えたからこそ、アッシもこの魔法少女という道を選ぶことが出来た」


「な、何だよ急に改まって……気持ち悪いなぁ」



  珍しく真面目に語る風菜は、みずきの余計な一言に少し腹を立てたものの、感情を堪え再び話を続けた。



「じゃが、一つだけ忠告しておこう。力そのものに善悪はない、それをどう使うかは力を有した者次第じゃ。みずき、動機はどうあれ、 お主の選択した道は間違いではないとアッシは思っておる……しかし、力を与えられた人間全員が、正しい道を選択をするとは限らんのじゃよ……」



  風菜がそこまで言うと、みずきの表情が少し歪んだ。不安な気持ちが一気に押し寄せてくる。


  不吉な予感が頭をよぎった。



「……はは、まさか」



  嫌な汗が額を伝う中、みずきは風菜から目を逸らし、引きつった笑顔でそう言った。




>>


  夕暮れが照らす一本の長い道を、息吹はゆっくりと歩いていた。



「魔法少女……この力がボクの内に……やっと、やっとボクに……神様がボクにチャンスをくれた……」



  俯向きながら息吹がそう呟くと、彼女は歩くその足を止めた。


  手の平を空へと掲げ、微かに息を漏らしながら目を見開く。瞳がぐらぐらと不気味に揺らいだ。



「……復讐してやる。ボクから奪っていった奴らに……今度はボクが全てを奪い取ってやる……。そうすれば……そうすれば、失ったものを取り戻せるかもしれない……」



  そう言うと、息吹はまるで空を握りつぶすかのように、開いた手を強く握った。


  夕日が映す影が不気味に揺らぐ。


  暗い世界に目を曇らせ、息吹は再び長い道のりを静かにひた歩いていった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る