第13話 バイクを買うならスズキのを買え

「せっかくだから、私はこの赤のバイクを選ぶぜ!」



  真っ赤に輝くバイクを引き連れ、みずきがスタートラインに立った。



  みずきが選択したのは『クレイジーレッド』

 

  ぐんと力強く伸びたチョッパーハンドルと、赤と黒で塗装された車体が特徴。その中二心をくすぐられるデザインにより、多くのBurnout初心者が選択してしまう機体である。

  しかしこの機体、約200馬力というとんでもない設定が施されており、その癖のある操作性に、多くのプレイヤーを「100円取られた!」という気分にさせてしまう、まさに地雷機体なのである。




「……それ、見た目はかっこいいけど、初心者にはかなり難癖ある機体だからボク的にはあんまりオススメしないよ」



  右横からボソッと聞こえてきた息吹の声に、みずきはフッと、無性に腹が立つ笑みを見せた。



「確かにBurnoutというゲームの存在は知ってたし、この機体の噂も聞いたことがあった。けどさ、こいつが私に乗ってくれって脳に直接に話しかけてきたんだ……ほら見てみ、このイカしたデザイン。 まさに私のためにあるようなバイク、そう私用のバイク!今決めた!ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ」


「あ、はい、そうですか」



  息吹の話を流すような適当な返事にも、浮かれ気分のみずきはご満悦そうに腕を組んだ。



(こやつ、さっきまでバイクレースなんて全然やる気なかったくせに、今は随分ノリノリではないか……それにしても相変わらず色々こじらせとるのう)



  左側から聞こえてくる二人のやり取りに、風菜も内心少し呆れているご様子。



  みずきの右隣、息吹が選択したのは『グリーン・グリーン』


  車体に美しく引かれた緑色のラインと、すらっと流れるようなフォルムが特徴的。優れた加速力とカーブを得意としており、使い手の腕次第で幾らでも強さを発揮する、伸び代が非常に大きい機体だ。



  さらにもう一つ右隣、風菜が選択したのは『ブルーハイスピード』

 

  まるでSF映画に登場しそうな堂々たるフォルム、渋すぎるマットな青の車体が特徴的。その名の通り、Burnoutで一二を争うスピード機体である。

  後ろに積まれた小型のブーストにより、理想的な走りを実現させた人気機体である。



「何だか、どれも近未来的なデザインのバイクじゃのう」


「……一応、電子世界で行われる近未来のバイクレースって設定だし」



  風菜の疑問に反応して、息吹は簡潔に説明をした。


  オタクは自分のコンテンツに食いついてきた人間に、ついついその知識を入れてやりたくなるという性質を持っているのである。


  息吹の説明に、みずきも薄っすらと反応を見せた。



「そんな設定だったのかこれ……。てか息吹、あんたまで巻き込んじまうことになったが……まだ魔法少女に変身出来てないのに、こんな危険なことしてほんとに大丈夫か?」


「(もう名前呼びかよ……)まあ正直不本意だけど、いつまでもこんな所にいるつもりはないから……ボクはただ、このわけわかんない空間から一早く脱出したいだけだよ。それに、ボクが教えてあげるまでろくに操作方法もわからなかったような人に、自分の命を預けるのはゴメンだ。君達をまだ完全に信用したわけでもないしね。自分の身は自分で守るよ」


(うっ、なかなかに冷たいなこいつ……風菜の時とは違って、こりゃ心を開いてもらうまでの道のりは長そうだ……)



  息吹の素っ気ない態度に、みずきは少しとっつき難さを感じつつも、彼女の抱えた暗い感情を薄々だが察していた。

 

  時々見せる暗い表情に、風菜もまた同じように違和感を感じていたのだった。



  しかし、獅子留息吹の抱えた闇は、みずき達の想像を遥かに上回るものであった。

  そしてその事実が後ほど波乱を巻き起こすことになろうとは、

  この時みずき達は知る由もなかった。




「やあやあ魔法少女諸君、どうやら準備はバッチリのようだね」



  突如聞こえてくる声とともに魔法陣が出現し、その中から分厚い装甲に跨ったゴッドフリートが颯爽と登場した。

  銀色のライダースーツを身に纏い、バイクゴーグルを額に装着と衣装も完璧に仕上がっていた。



  ゴッドフリート操る機体は『ヘブンズホース』


  まるで兵器のような分厚い装甲が特徴の重量型バイク。白い車体に太巻のタイヤが圧倒的存在感を放つデザインになっており、その姿・走りはまさしく神馬そのものである。



  ゴッドフリートが風菜の隣へと並び、いよいよ4台のバイクがスタート地点に揃った。



「おいキメラ、貴様はこのスタート地点でお留守番だ。もしもの不正があっちゃゲームは面白くないからねぇ」


「……わかった。みずき、あいつが何を考えているのかは僕にもわからない。ただ単に君達と戯れたいだけか、あるいは罠かもしれない……充分に気をつけてくれ」


「ああ任せろ……おい、キザ野郎!一人やる気になってるとこ悪いが、私達はとっととこの勝負に勝って元の世界に帰らせて貰うぞ!ひとっ走り付き合えよ!!」



  ニューンの言葉に、みずきは気合を入れゴッドフリートに堂々と宣言を掲げた。そんなみずきを見るや否や、ゴッドフリートはふっと鼻で笑った。



「相変わらず暑苦しいお嬢ちゃんだ。レース前にお喋りは不要……さあ、そろそろ始めるとしようか。この世で最もリアルでエキサイティングなバイクレースゲームを!!」



  額に付けたゴーグルを顔に装着し、ゴッドフリートは手を高く上げてスタートサインを送る。


  その合図とともに、レース開始のカウントダウンが始まった。

 



”3……”


”2……”


”1……”



”ドドドドド……”



体の芯まで鳴り渡るエンジンの音に、辺りは只ならぬ緊張感で包まれた。



”……GO!!!!”



  レース開始と同時に鳴り響く爆音、そしてエンジン音と共にガタガタと揺れ動くバイクの乗り心地。その圧倒的臨場感・風を切る爽快な走りに、みずきは感動を覚えた。



「こ、これがゲームの世界……コントローラ越しでは絶対に味わえない臨場感!!なんだこの高ぶる感情は!!あれ、なんか涙が……」


「感想はあと、右から障害物くる!!次左曲がって!!」


「うおっ、は、はい!!」


「ぬおっ、危なっ!みずき、お主開始早々アッシにぶつかる気か!!」


 


  Burnoutの縦横無尽なコースに悪戦苦闘するみずきと風菜。


  初見殺しと言わんばかりに配置されたギミックの数々、さらには重力という概念を完全無視したほぼ壁面な急角度のコースを必死に駆け抜けていく。

  慣れない操作にギクシャクしながらも、前から聞こえてくる息吹からの指示を頼りに二人は何とか先へと進む。

 


  現在、トップを走るのは息吹のグリーン・グリーン。続いてほぼ息吹と並びゴッドフリートが2位位置、少し離れて風菜・みずきが3位4位という順位に。



(よし、操作にもだいぶ慣れてきた。あのキザ野郎との距離もそこまで離れていない。これはまだまだチャンスはある……)



  まだ勝負はこれからだ……とみずきが意気込んでいたその時、突如電子世界の背景がノイズを起こし、辺りの空間が歪みを起こし始めた。



「うおっ、今度はなんだ!?」


「これは……くっ、そういうことか」



  突然の出来事にみずき達が驚いていると、今度はいきなり辺りがパッと暗くなった。


 

「な、何が起こったんじゃ……うおっ、危なっ!!」



  風菜がみずきに状況確認を取ろうと横を向いた瞬間、先ほどまで存在しなかったはずのトラックが、 二人の間をかすめていった。



「と、トラック!?もうわけがわからん……」

 


  困惑しつつも、みずきは頭の情報整理をするために辺りを見回した。



  暗い夜を照らすネオンの光、淡々と続くコンクリートの地面、まるで自分達を見下ろすかのように、ビルの山々が辺りをびっしりと埋め尽くしていた。


  空に輝く無数の星の元、

  大量の一般車が走る車道の中をみずき達は走っていたのだ。



「ここってまさか……高速道路?」


「……Burnoutのコースセレクトには特別なコースが存在する。それがこの”ランダムコース”。Burnout全16コースのうち、4コースがランダムで切り替わるというモードだよ」


「何それ面白そう……じゃなくて、そんなん初見じゃ難易度高すぎじゃねーかよ!」



  一杯食わされたといった表情を見せつつも、息吹は落ち着いた声でみずき達に状況を説明した。



「あれ〜、最初に言ってなかったっけ?」



  敢えて高難度のコースを設定したゴッドフリートに腹を立てつつ、みずき達は運転に集中し、一般車の間を縫うように進んでいく。

  先ほどとは全く異なるコース設計に、みずきと風菜の初見組は、ここで大きな差を付けられることとなった。



「くそっ、かなり差が開いてきた……速さが足りない!急げクレイジーレッド、全速前進DA!」



  1秒でも早く先頭に追いつこうと、みずきはグリップを強く回し、アクセルを全開にする。現実の制限速度は完全無視、広い高速道路を一気に直走った。

 


  と、ここで勢いよく進むみずきのクレイジーレッドが、道路に配置されていた光る”ギミックパネル”をうっかり踏んでしまった。


 ギミックパネルとは、各コースにいくつも配置された言わばトラップである。うっかり踏んでしまうと、バイクがおかしな乗り物へと変形、一定時間、機体の性質を大幅に下げてしまうのだ(再びギミックパネルを踏めば、効果持続時間が加算されていく)

 


「あっ……(察し)」



  パネルを踏むと同時に、クレイジーレッドが虹色の輝きを放った。


  次の瞬間、クレイジーレッドのタイヤがバネへと変化し、ボヨンボヨンと飛び跳ねながら高速道路を逆走していった。



「うおおおおおおっ!!やばいやばい!!これは死ぬってマジで!!!」



  みずきはそのままどんどん後退していき、やがて後ろを走っていたタンクローリーと激突、大爆発を起こした。



「おーいみずき、大丈夫かぁー?」


「……ハッ!?生きてる!!」



  燃え上がる炎の中、みずきは自分の体を手の平でペタペタと触りだす。

  ここはあくまでバーチャルの世界。みずきが命を落とすことはなかったが、頭上には”リタイア”の文字が浮かでいた。

 


「えっー!私主人公なのに、今回最下位で終わりぃー!?」


「みずき、お主の犠牲は無駄にはせんぞ」


「いや、勝手に殺すな」



  Burnoutでは、1度でもクラッシュしてしまうとそのままゲームオーバーとなる。

  みずきはニューンがいるスタート地点の電子世界まで、ワープで強制送還させられた。



「さて、アッシもあの光るパネルには要注意せねば……」



  ”カチッ”



「って、言ってるそばから!!」



  クラッシュしたみずきに注意が逸れ、足元を疎かにしていた風菜。目の前に配置されていたギミックパネルに気づかず、みずき同様うっかり踏んでしまった。



「うっ、もはやここまでか………ん?これは……」



  先頭二台とは大きく差を開けられ、挙げ句の果てにはギミックパネルを踏んでしまうという大失態。


  状況は絶望的に思えたその時、風菜に絶好のチャンスが訪れた。




>>



「やはりタイマンする形になったか……三人目の魔法少女、獅子留息吹!」



  間も無く新たなコースに差し掛かろうとしたその時、ゴッドフリートは身を乗り出して息吹の名を呼んだ。



「……闇の奴らの狙いは魔法少女を倒すことのはずじゃないのか?この戦いに何の意味が……お前の目的は一体なんだ」



  息吹は自分に執着して来るゴッドフリートを気味悪く思いながらも、自らの疑問を後ろで走るに彼に問いかけた。



「意味・目的……そんなものボクには必要ない。せっかくだから教えてあげよう、僕のモットーは雲のように自由に、僕自身のためだけに生きること!!”クイーン”の元で動いているのも、所詮は気まぐれに過ぎないのさ」



  淡々と語るゴッドフリートの言葉に、息吹は何か心に引っかかるものを感じていた。



「クイーン……それがお前達の親玉というわけか。……けど、お前は本当に気まぐれで配下に成り下がったのか?ボクにはまるでお前が……自由であるはずの雲が、居場所を求めてさまよっているようにしか聞こえなかった 」



  息吹は自分が感じたことをそのまま口に出した。わざわざ敵に伝えるほどでもない微々たる違和感、内心自分でもおかしいとは思った。

  しかし、自由を強く主張するゴッドフリートが、息吹には不自由に見えてしかたがなかったのだ。



「……僕の心理を探ろうというのかい……気に入らないね。だが、だからこそ潰しがいがある!!!」



  息吹に対して闘志を燃やすゴッドフリートは、ここへきて勢いよくアクセルを全開まで引き上げた。オーバーヒート寸前のヘブンズホースからは、大量の火の粉が飛び舞った。



「僕の中にある自由な意思が、第三の魔法少女となる君を見た時ふとある事を思ったんだ。『こいつを倒すならゲームしかない』ってね!!!」



  ゴッドフリートが大声でこう叫んだ次の瞬間、 突如、ヘブンズホースのスピードが格段に速くなった。息吹との距離をじりじりと縮め、グリーン・グリーンの車体スレスレまで接近する。



「そんな!?速度を維持しているボクのグリーン・グリーンに追いつくなんて……いや、そんなはずはない、何かがおかしい。これはまさか……」



  一体何が起こっているのか。息吹は自分の脳を回転させ、あらゆる可能性を上げていく。


  そして、ある一つの結論にたどり着いたのだった。




「チートか……!」


 

  息吹がこの一言を言い放った時、後方からゴッドフリートの高笑いが聞こえてきた。

  満足そうな表情を浮かべ、息吹を煽るような目で見下ろしていた。



「”無限ブースト”……本来、ゲージを一定まで貯めなければ発動できないブーストを無限に使用できるチート技だ……フフフ……ハハハハハ!そう、チートだよ!チートのチートで何が悪い!!元はBurnoutの世界とはいえ、この空間を生み出したのは僕なんだぜ?なんでわざわざ君達を勝たせてやらなくちゃいけないんだ!?さあ屈服しろ!僕の名はゴッドフリート!!神の名を持つ男だ!!!」



  楽しげに語るゴッドフリートに、息吹はただただ無言でハンドルを強く握りしめた。



「そんな軽量型じゃ、ブーストガン積みのヘブンズホースを止めることは出来ない。さあ大人しく道を譲れ!でないとそのグリーン・グリーンごと君を吹っ飛ばしてしまうよ〜!!」



  ゴッドフリートの言葉が畳み掛けるように息吹を襲った。互いの車体が擦れ合い、火花が飛び散る。


  もしここでブーストを使われては、グリーン・グリーンは即クラッシュとなる。そんな極限の緊張・恐怖感の中、このタイミングで背景が切り替わり、3コース目へと突入した。


  海岸沿いをガードレールで仕切られた小さな車道。日の光がやけに眩しいコース……朝日に照らされ、グリーン・グリーンの車体が輝きを放つ。


  と、ここで息吹は大きく息を吸い込み前を向いた。



「結局、ボク達はお前が勝ち確のクソつまんないゲームに付き合わされていたわけか…………舐めるなよチーターが。お前達のような奴にゲームを語る資格はない。ゲーマーのプライドに賭けて、この勝負……ボクが勝つ!!!」



  突然の勝利宣言と共に、 息吹はグリーン・グリーンを大きく傾け華麗なドリフトを決めた。

  そのままガードレールギリギリまで車体を横に倒し、相手の進路を断つコーナリングを見せる。



「狭いコースのカーブを利用して進路を断ったか。だけど、この曲線を抜けてしまえばいつでも君を追い越すことが……なっ!?そうだ、このコースは確か……!!」



  息吹の策略に気づいた頃には時すでに遅し、ゴッドフリートの額から冷たい汗が流れた。



「やっと思い出したようだな……ランダムコースの場合、この海岸コースから選ばれるのは超ロングカーブの場面のみ。もしこの狭いカーブで無理やりブーストを使おうものなら、間違いなくガードレールをぶち破ってコースアウトになるのがオチだ。今お前に与えられた選択肢は、ブーストを使わずにスピードを落とすことだけ。ここを抑えればボクにもまだ勝機はある!!」


「だ、だけど、そんな不安定な姿勢がいつまでも続くわけが……」



  動揺するゴッドフリートを見て、息吹は微かに笑みを浮かべた。



「言っただろ、ゲーマーを舐めるなって」



  今こそゲーマーとしての腕が試される時。

 

  一つのミスも許されない緊張感の中、不安定な姿勢をキープしたまま、その絶妙な操作で難所を突破していく。

  カーブを苦手とする重量型のヘブンズホースを、みるみるうちに引き離していく。



「お前の敗因は二つ、敢えてランダムコースを選択したことと、序盤からブーストを使って先頭に出なかったことだ。自分の有利なように初心者を狩るのは楽しいか?後半で追い上げてこそドラマチックだとでも言いたいのか?……だとしたら最高にかっこ悪いもんだね」


「かっこ悪いだと……この僕がぁ?……」



  ゴッドフリートは怒りのままに拳を握りしめ、それでヘッドライトの上部を叩きつけた。



  長いロングカーブを抜け、いよいよ最後のコースへと移動した。



  永遠と広がる宇宙の光景。 最後のコースは息吹にとって非常に運悪く、長い宇宙トンネルをひたすら一直線に走るコースであった。

 


「ここに来て直線コース……くそっ、後は意地だ!もってくれ、グリーン・グリーン!!」


「ふざけるなよ……気分良く勝たせてもらうつもりでわざわざこんな茶番を用意したってのに……こんなかっこ悪い事があるか!何としてでも勝つ!僕は……神の名を持つ男だ!!」



  残り400メートル直進、互いの意地と意地とがぶつかり合う。

  ゴッドフリートはここぞとばかりにブーストを連続で使用し、息吹との開いた距離を急速に縮め寄った。


  とてつもない緊張感が張り詰める。息吹は体をうんと前に倒し、ハンドルを強く握りしめた。ギリギリの戦いに全神経を集中させ、極限の一瞬を駆け抜ける。

  しかし、必死の健闘を打ち砕くように、ゴッドフリートのヘブンズホースが容赦なく迫り来る。


  グリーン・グリーンの後輪とヘブンズホース前輪、二つの車体がついに平行線上に重なった。


  もはやここまで……息吹が諦めかけたその時、



”ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ……”



  突如、後方から地面を削り上げるような音が聞こえてきた。小さなバックミラーには大量の白い煙が映し出されていた。



「な、何なんだあれは!?」


「後続にバイク!?一体どうやってここまで……あ、あれは……」

 


  全く予想していなかった事態に、二人の意識は完全に後方へと向いた。そして、そこで衝撃的な光景を目にすることとなった。



「じ、自転車……?」



  強烈な摩擦熱が引き起こす煙と轟音の中、そこには猛スピードでこちらに接近する風菜の姿があった。

 

  だが、風菜はブルーハイスピードの代わりに、どういうわけか自転車に跨っていたのだ。



「潮見!?何でそんな状況に……弱体化した自転車で一体どうやってボク達に追いついたんだ!?」


「忘れたのか、アッシの得意とするのは”速さ”……この足じゃ。アッシの魔法の場合、エンジンで動くバイクなんぞより自分の足で動かせる自転車の方が何倍も速く走れるわ!」


「まさかそんな事が……そうか、ここまでに配置されたギミックパネルを敢えて全部踏み、自転車への変形効果時間を継続させていたのか……」



「そ……そんなの反則だああああああああ!!!」



  お前が言うなよ、と言うツッコミを心の中で止め、息吹はゴッドフリートを端へと誘導し、風菜の通る道を確保する。



「さあ、まるで蒸気機関車のごとく煙を巻き上げる、世界最速の自転車のお通りじゃ!!どけどけどけぇ!!!」



  息吹との会話を終えた風菜は、勢いそのままに怒涛の追い上げを見せた。

  先程までの白熱したタイマンレースは一体なんだったのか、風菜は先頭二人をぶっちぎりのスピードで追い抜かしていった。


  無茶苦茶な運転のしすぎでガタガタに歪んだ自転車を奮い立たせ、目の前に張られた赤いゴールラインを全力で目指す。


  ギシギシと軋む自転車の音にも御構い無しに、風菜は只ひたすらペダルを強く踏んだ。




「いっけええええええええええええええええええ!!!!!!」


 


  興奮のあまりに出た風菜の大声と共に、今まで持ち堪えていた自転車はバラバラに大破。爆破した勢いで吹き飛んだ風菜が、赤いゴールラインを超え、顔面から地面へ激突した。

  そのまま身軽な風菜の体はゴロゴロと転がり、やがて勢いが止まった。



「し、潮見!思いっきり顔面からいったけど大丈夫それ!?」



  息吹も急いでゴールラインを超え、地面で寝そべる風菜の安否を確認しに行く。



「い、息吹か……ああ、変身してるからこれくらいの傷……大丈夫……大丈夫じゃ!」



  息吹の声で意識を取り戻した風菜は、その場でゆっくりと起き上がる。そして、頭からどばどばと血を流しながら、息吹に向かって力一杯の笑顔で親指を立てた。

 

  頭上に浮かぶ『You Win!』の文字。


  しかし、血まみれでぐったりとしているその姿は、とても勝者の姿とは思えない酷いものであった。




>>



「いやぁ風菜、私は始めからあんたが勝ってくれると信じていたよ」


「あー、はいはい……しかし今回はお主ほとんど何もしとらんな」


「一々言わんでよろしい」



  白熱のバイクレースを終え、スタート地点である電子世界で合流したみずき達一行。風菜との会話がひと段落すると、みずきはくるっと方向転換し、息吹の元へと駆け寄った。



「息吹もお疲れ様。ずっと見てたが、やっぱあんたはゲームの天才だ」


「……ども」



  レース中のテンションは何処へやら。

  無愛想な返事を返す息吹に戸惑いつつも、みずきは一度咳払いを挟み、手の平を突き出した。



「……えっ、何?」


「握手。まあその、魔法少女への変身はまだ出来てないけど、これからも私達とよろしくしてくれたら嬉しいんだが……」


「あ、ああ……よろしく……」



  みずきと息吹、二人の手が重なり合おうとしたその時、もはや聞き慣れた高笑いが耳に響いた。



「ハハハハハ……ふっ、なるほど、これが魔法少女か……面白い……面白いじゃないか」



  以前余裕そうな態度をとるゴッドフリート。


  先程のレースで見事に敗北したにも関わらず、またしても宙に浮き、高い位置からみずき達を見下ろしていた。



「おいキザ野郎、勝負はもうついた。約束通り私達を元の世界に戻して貰おうか!」



  息吹との握手を後回しにして、みずきはゴッドフリートを指差して強く言い放った。



「……ああ、勝負は勝負だ。もちろん元の世界に帰れるとも……こいつを倒せたらなぁ!!!!」



  そう言うとゴッドフリートはニヤリと笑顔を浮かべ、右腕を大きく振り払った。


  すると、ゴッドフリートの真下から巨大な魔法陣が出現し、中からはまるでタコのようにたくさんの触手を持った大型魔導生物が召喚された。

 


「くそっ、何となくわかってたが、やっぱりこういう展開になるのね」



  みずきが愚痴をこぼしながら一度後ろへと後退する。

  魔導生物の出現により、先程までバイクのコースだった電子世界の足場が変形、巨大な円状ステージへとその姿を変えた。


  みずきと風菜は、息吹を庇うような姿勢で戦闘態勢に入った。





―運命改変による世界終了まであと104日-



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