第34話 攻略できないボスキャラなんて存在しない

 風菜と沙耶がバルキュラスとの熱戦を繰り広げた地下から更に上、ホール2階。辺りは凍りついたかのようにしんと静まり返っていた。


 恐るべきゴッドフリートの能力を前に、息吹は戦意を喪失し、その場で膝を着いた。



「息吹ッ!!」


「ユリカ……だ、大丈夫、ボクはまだ戦える……ここで諦めるわけにはいかない……うっ……」



 ユリカの声に反応し、息吹は慌てて膝を立て、頭を手で押さえながら半ば強引に体を起き上がらせようとした。



「おいおい、どうしたんだい魔法少女ォ?そっちが来ないのなら……こちらから仕掛けさせて貰おうかッ!!」



 余裕そうな表情を浮かべながら、ゴッドフリートは指を鳴らすと、彼の周囲の空間が歪み、その亀裂から強力な魔力を纏ったエネルギー弾が息吹目掛けて撃ち込まれた。



「……ッ!!」



 息吹は咄嗟に構えるも、姿勢が悪く、上手くライフルの標準が合わない。



「息吹、ここは任せてくださいまし!轟け、ワタクシの魔法!”ああ……ありのままの僕を包み込んで……シールド”!!」



 ユリカが、非常に声に出すのが恥ずかしい技名を堂々と且つ熱演で叫ぶと、中心にデカデカと♂の模様が描かれた巨大なバリアが出現し、息吹と自らの体を包み込んだ。


 ”ああ……(中略)シールド”は見事にゴッドフリートの攻撃を防ぎ、周囲に爆風が吹き上がった。



「ほう、主張の激しそうな君が補助系の魔法の使い手とは、意外じゃないか……だが、聞けば君達は心の力を魔力と変えるらしいが、果たしてそんな柔な魔法がいつまでこの僕に通用するかな?」


「あら、お気遣い感謝ですわ。ですが、ご心配なく。ワタクシの心の力……いえ、”妄想力”は天井知らず!油断してると痛い目みますわよ……てなわけで、連続でいきますわ!ワタクシの魔法を受けてみなさい!”イくぞ……俺の、エクスカリバー……ショット”!!」



 またしても、声に出すにはあまりに下品な技名を叫びながらユリカが杖を前に突き出すと、突如、杖の先から白い煙が上がり、中からは♂型のミサイルが出現した。先程のお返しとばかりに、ミサイルがゴッドフリートの元へと発射される。



「ワタクシ、受ける(バリア)だけが能じゃありませんのよ?ばっちり攻め(ミサイル)も務めさせて頂きますわ!」


「なるほど、守りだけでなく、遠距離魔法も使えるとはなかなか器用だ……だけどね!全然!全く!この僕には、通用しないんだよねぇ、これが!!」



 迫るミサイルにも全く動揺せず、ゴッドフリートは不敵な笑みを浮かべると、例の如く空間を捻じ曲げ、あっさりとその攻撃を跳ね返してしまった。


 こちらへと方向を変え襲い来るミサイルに、ユリカは瞬時にバリアを張り、自分自身の攻撃を辛うじて防いだ。



「くっ、これでも駄目ですの……ええい、この程度、想定の範囲内ですわ!1でダメなら10、10でダメなら100、数で押し通すまで!”イくぞ(中略)ショット”乱れ打ちいいッ!!!!」



 ユリカがブンブンと杖を振り回すと、彼女の周囲には大量のミサイルが出現し、それらはゴッドフリート目掛けて一斉発射された。



「わお、こいつは凄い……だが、当たらなければ意味はないんだよね!」



 しかし、ゴッドフリートその言葉通り、派手な攻撃虚しく息吹の魔道弾の弾幕同様、撃ち込まれたミサイルは空間移動で全て華麗に躱されてしまった。




(攻撃しても全く当たらない。それどころか、奴の気分次第では、攻撃を跳ね返されてしまい逆に不利に……しかも、以前やって見せた、自らの創り出した異空間にボク達を引きずり込むことだって可能……くそっ!考えれば考えるほど、奴の強さを痛感させられる……いや、まだだ、まだ何か手はあるはず……もしみすぎなら、こんな時でも絶対に諦めないはずだ。だからボクも……最後まで諦めたくないんだ……!!)



 ユリカとゴッドフリートの戦いをじっと観察しながら、息吹は考えを巡らせ攻略法を模索する。

 だが、良い案が浮かばず、悔しそうに親指を噛み締めた。



「もう、何なんですの!普通、追加戦士の初回戦闘は無双すると相場が決まっているでしょうに!これじゃワタクシが無力みたいじゃないですの!キーッ、腹立たしい!何で避けるんですのよ!」



(……ッ!!……”何で避ける”……!!?)



 と、その時、息吹に電流走る。


 一見ただの愚痴にしか聞こえないユリカの台詞、しかし、その中にあった言葉、”何故ゴッドフリートは攻撃を避けるのか”という部分に、息吹は強く違和感を感じた。



(そうだよ……奴は何でわざわざボク達の攻撃を空間移動で躱す必要があるんだ?ボク達の魔法を無効化する事も出来れば、跳ね返す事だってできる……気分屋を自称する奴の事、その辺りは気紛れで判断しているのだろうと思っていたが……思えば、今の段階でゴッドフリートが攻撃を無効化、或いは跳ね返したのは、威嚇と検証で撃ったボクの二撃に、ユリカの初めて撃った魔道ミサイルの一撃のみ……どれも火力の低いものばかりだ。逆に、ボクの最初の弾幕やユリカのミサイル乱れ打ちなど、跳ね返してしまえば圧倒的有利になれるであろう超火力の攻撃を、奴は敢えて空間移動で躱していた……まさか……そんな単純なことなのか……いや、単純だからこそ、これはゴッドフリートの致命的な弱点になり得る。自分を信じろ!この作戦で行くしかない!)



 グルグルと頭を回転させながら、息吹は一つの答えにたどり着いた。それが正解か不正解か、絶対確かな確信などない。だが、それでも、彼女は前に進む覚悟を決めた。



「ユリカ、ボクに力を貸してくれ」


「oh、息吹!どうやら立ち直ったようですわね。そしてその顔……何か策が?」



 まるで、息吹の心情を見透かしたかのような口振りで、ユリカは彼女に問いかけた。



「ああ……だけど、ボクの考えが正しいかどうかは、やってみなくちゃわからない。危険な賭けになるかもしれないけど……」


「ノープロブレム!魔法少女の一員となってまだ日は浅いですが、ワタクシ、あなた方とお友達になれてとても嬉しく思っていますわ。そりゃ、闇との戦いは苦しく、険しいものとなるでしょう……ですが、あなた方となら、どんな辛い事でも乗り越えられるような気がするんですの……だから息吹、ワタクシは貴方を信じています」



 ユリカの熱い言葉に、息吹はふと、みずきと拳を交えたあの日の事を思い出した。


 みずきと風菜、二人に語りかけられ、今自分はこうしてここに立っている。

 その後、沙耶とユリカが仲間に加わり、様々な出来事が、息吹の頭の中を駆け巡った。



 やがて、息吹は無意識のうちに、その目に涙を浮かべていた。



「……ああ、そうか。これが仲間……ボク達は仲間なんだ……」


「ふふ、今更すぎる答えですわね」



 拍子抜けしたようなユリカの笑顔を見て、無愛想な息吹が優しい表情で笑った。



「そうだね……そうさ、今更すぎたセリフだ……さあ、行こう!作戦がある……最大出力だ!最大出力で攻撃する!それもただ闇雲にじゃなく、様々な種類の攻撃を奴をお見舞いして欲しい。ボクは前線に出る。だから……ユリカ、ボクの……背中を任せてもいい?」


「オフコース!何故かなんて野暮なことは聞かないわ。貴方の作戦、有無を言わずに乗りますわよ!」


「ありがとう……じゃあ、行ってくるよ。攻略できないボスキャラなんて存在しないってことを、奴に教えてやる!!」



 伝えられたことをそのまましっかりと頭に叩き込み、詳細を聞くことなくユリカは攻撃体制に入った。それを確認すると、息吹もまた、作戦通り前へと全速力で駆け出した。


 覚悟を決めた二人の少女は鋭く目をギラつかせ、ゴッドフリートを全力で追い詰めにかかった。




「な、何だ突然……何度やっても同じこと!君達の力など、所詮最強の空間魔法を操る僕の前では無力!それが何故わからない!!?」


「ああ、わからないね!お高くとまったお前を引きずり下ろして、その鼻へし折ってやる……ユリカッ!!」



 ライフルを構え、全速力で駆け抜ける息吹は、大声でユリカの名を叫んだ。



「待ってました!さあ、ショータイムですわよ……妄想力全開ッ!!ワタクシの最大出力を受けてみなさいまし!!」



 ユリカは足をしっかりと地に付け、力強く杖に魔力を込めた。


 杖はバチバチと電流を放ち、魔法が解放される。先程のミサイルから爆弾、魔力の込められたエネルギー弾など、ユリカは自らの使えるありとあらゆる攻撃魔法を出現させ、それら全てをゴッドフリート目掛けて一斉に発射した。


 後ろから飛んでくるユリカの魔法に振り返ることをせず、息吹はただ前を向き、そして自身もライフルを使い魔道弾を乱射しながらゴッドフリートの元へと駆け続けた。



「なんて数だ……チッ、ちょこざいな真似を……!!」



 これまでにない程の一斉放火に、ゴッドフリートは焦りを見せながらも例の如く空間移動を繰り返し、時折、空間を捻じ曲げ魔法を防ぐ素振りを見せた。


 その動きを息吹の目はしっかりと捉えていた。



「やっぱり、全ての攻撃を同時に防ぐことは出来ていない……ユリカ!もう一押し頼む!!」



 再び呼び掛けられた指示に、ユリカは奇妙な決めポーズをとりながら笑みを浮かべた。



「ふっふっふっ、それではお見せ致しましょう。ワタクシの持つ最強クラスの魔法……いでよ、”ゴースト”!!」



 そう叫ぶと同時に、ユリカの背中から、まるで幽波紋の如く宙を浮く謎の生物が現れた。その容姿は、まるでピンク色の全身タイツを被ったような無機質な人型であり、鍛え上げられた肉体美な上半身を有していた。



「えっ……何それキモい……」



 そのあまりに奇妙なビジュアルに、これには走り続けていた息吹も堪らずドヤ顔で後方に立つユリカを二度見した。



「これはワタクシの妄想力の結晶体、ゴーストですわ……さあ、ゴースト!あそこにいる敵をやっつけてきてくださいまし!!」


「ホ……モォ……」



 奇妙な呻き声を上げながら、ユリカの出すゴーストは飛び交うミサイルや魔道弾を掻い潜り、ゴッドフリートの元へと接近した。



「な、なんて不気味な魔法だ、美しくない……こんな物で僕を倒そうなどとは、随分とナメられたものだ」



 急接近する不気味なゴーストに、ゴッドフリートは手を前に出し、ゴーストと自らの間に見えない空間の壁を張った。


 見えない壁に激突するも、諦めず壁を叩き続けるゴースト。だが、検討虚しく、その壁を破ることは出来なかった。



 すると、突如ゴーストに異変が起きた。


 ゴーストは見えない壁にベッタリと張り付くと、壁越しにゴッドフリートを熱く見詰め、息を荒くしながらその両手を壁に這い回らせた。



「ホ……モォ……ホモォォォ……」


「ひっ……な、何なんだこいつ……」


「あらあら、流石ワタクシの妄想力から生み出された結晶体。どうやら、雄にはついつい靡いてしまうようですわね」


「き、気色悪い!!そんな下品な魔法は跡形もなく消し去ってくれるッ!!」



 遂にその姿を間近で見るのがキツくなったゴッドフリートは、空間を捻じ曲げゴーストを跡形も残さず粉砕してしまった。



「ホ……ホモォォォォォォォ……!!!」



 ゴーストは断末魔を上げると、キラキラと魔法結晶をばら撒き、儚く散った。



「ああ!ワタクシのゴーストが!!」


「ハハハッ!どうだこの力!これで君達は完全に万策尽きた……」



「……とでも思っていたのか?」



 刹那、空中をキラキラと魔法結晶舞う中、ゴッドフリートが顔を下に降ろす。すると、そこには前傾姿勢で懐に潜り込む息吹の姿があった。


 ゴーストの存在に気を取られ、付け入る隙を与えてしまったゴッドフリートは、速やかに捻じ曲げた空間を元に戻し、息吹の攻撃を防ごうとする。



「遅いッ!!!」



 瞬間、攻撃を防ぐ隙すら与えず、息吹は抱えた巨大なライフルの銃口で、ゴッドフリートの頬を思い切り殴りつけた。


 ライフルは鈍い音を上げ、ゴッドフリートの顔の骨を砕いた。



「イ、イダイッ!!イダイよおおッ!!!僕の顔が……顔がぁ!!!」



 ゴッドフリートは情けない声を上げると、頬を押さえつけながら地面に倒れ込んだ。



「き、貴様ァ……一体いつから……」


「二人がかりで集中砲火を始めた頃には気づいてたさ……お前の空間魔法にはその使用範囲・限度が存在することに!細かい範囲まではわからないが、今思えば、最初にバイクレースで勝負した時だって、お前はチートや魔道生物を出すだけで、自分の魔法は一切使わなかった……いや、使えなかったんだ。おそらく、お前の魔力は自分で創ったあの異空間を維持するだけで精一杯だったんだろう。いくら強い技を覚えても、MPがなければ使えない……お前はまだ、空間魔法の力を使いこなせてはいないんだ!……違うか?」


「……だとしたら何だ……貴様達人間なんかに……この僕がッ!!この僕がッ!!負けるはずないんだッ!!」



 怒りを露わにしゴッドフリートは尖り声を上げると、右腕だけを器用に空間移動させ、空間を跨いで飛び出すその拳を息吹に突き立てようと不意打ちを仕掛けた。


 だが、その攻撃は息吹を守るようにして張られたユリカのバリアにより、あっさりと防がれてしまった。



「お前の負けだよ、ゴッドフリート……お前は一つの空間魔法を使用している間、他の魔法を使うことは出来ない!」



 そうハッキリと言い放ち、息吹はライフルを構え、彼が腕を引き戻す前に素早くゴッドフリートの肩を魔道弾で射抜いた。



「イダイッ!!!……嫌だ……こんな、こんなの……もう嫌だあああッ!!!!」



 恐怖のあまりパニックを起こすと、ゴッドフリートは声を荒げて空間移動を使い、どんどん後退しながら逃げて行った。



「逃がすか!ユリカッ!」


「ええ、追いかけましょう!」



 互いにライフルと杖を構えると、今度は二人一緒に逃げ惑うゴッドフリートを追いかけた。

 再び魔法を一斉放火させながら、ジワジワと奴との距離を詰めて行く。



「やめろッ!!来るなあああッ!!僕に……僕に近づくんじゃねえええッ!!!」



 叫び声を上げながら、逃げるゴッドフリートもまた彼女達に攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃虚しく、又してもゴッドフリートは息吹に間合いを詰められてしまった。



「……普段、こんな攻撃はしないんだけど……」


「や、やめろ……助けて……」


「歯、食い縛れよ……!!」


「痛いのは嫌だああああああああああああッ!!!!!!」



 気が狂ったように叫ぶゴッドフリートの顔面に、息吹は渾身の右フックをお見舞いした。全体重を乗せた拳を突きつけ、勢いそのままゴッドフリートの頭を地面に叩きつけた。



「い、イダイ……イダイよぉ……うう……」



 殴られその場に倒れたゴッドフリートは戦闘不能となり、その姿を闇の中へと消していった。




 過ぎ去った脅威に、息吹とユリカは深く息を吐き、ホッとした様子で地面にそれぞれ武器を突き立て寄りかかった。



「ダハーッ!これは流石に、魔力の使いすぎで疲れましたわ……本体が異常なまでに軟弱で助かりましたわ」


「ああ、そのようだね……くそっ、体が動かない……みんなすまない、しばらく助けに行けないかもしれないけど、何とか耐え忍んでくれ……」



 動けなくなる程に魔力を激しく消耗しても尚、息吹はすぐさま仲間の顔を頭に浮かべながら、心からそう願った。



 バルキュラス、ゴッドフリート……既に魔法少女達は二人の闇の使徒を撃退し、残すはドボルザークただ一人となった。


 果たして、激戦を繰り広げるみずきとドボルザークの運命や如何に……。






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