第35話 クイーン・オブ・ザ・ディスティニー

 広いホールには、相変わらず拳と拳のぶつかり合う激しい轟音が鳴り響いていた。


 ドボルザークの放つ強烈な一撃により吹っ飛ばされたみずきは、背後の壁に勢いよく体を叩きつけた。


 バラバラと砕け落ちる瓦礫に埋もれた彼女の肉体は、血に塗れ既に限界を迎えていた。



「マジでヤバイな……明らかに私が押されちゃってるよ、これ……」


「そのようだな……」



 拳を握り締めながら、鋭い目付きでドボルザークは項垂れるみずきにゆっくりと歩み寄る。



「先にハッキリ言っておく……紅咲みずき、テメェは強かった。くそったれな貴様と出会ったあの日から、闇の使者がどうのだとか、この世界がどうなろうが、正直どうでもよくなっていた……ただ、テメェに勝つためにここまで強くなった。やがて、俺は下等だと見下していた人間の力をも認めざるを得なくなってしまっていた……そして誓った!認めた上で、それをさらに上からねじ伏せてやるとなあッ!!」



 そこまで話し、ドボルザークは地を蹴りみずきの元へと急接近すると、彼女の首を強く掴み、そのままズルズルとみずきの体を壁に押し付けながら上へと持ち上げていった。



「アッ……グッ……うう……」


「苦しいか?これが今のテメェと俺の力の差ってやつだ。喧嘩を売った相手が悪かったな……俺は血も涙もない闇の使者、ドボルザーク様だ……所詮はガキ向けヒーロー擬きのテメェ何か、ワケねぇってことだよッ!!!」


「ガ……グ……こ、この野郎……ッ!!」



 みずきは首を絞め付けるドボルザークの腕を掴み、足をバタつかせ必死に抵抗した。



「本当のこと言われて怒ったか?……そんな程度じゃ、この俺には到底勝てねーよッ!!」



 みずきの首をより強く握りしめ、ドボルザークは力任せに彼女を放り投げた。



「……シャドウレイン!!」



 さらに、地面をガリガリと削りながら吹き飛ぶみずき目掛けて、ドボルザークは容赦無く大量の魔道光線を放射した。


 ウネウネと動き接近する光線に、みずきは無理やり体を奮い立たせ、後ろに下がりながらドボルザークの猛攻を回避していった。


 やがて壁際まで追いやられるも、みずきは光線をギリギリまで引き寄せると、勢いよく壁を蹴り上げ、光線を回避しつつドボルザークの元へと真っ直ぐ飛び出した。



「確かに、私のやってることはパンチマンの真似事にすぎないかもしれない……最初は戸惑って、辛いことだって何度もあった……けど、後悔はない!風菜に息吹、沙耶にユリカ、それにニューン、東堂さんとついでに元警部補も……いろんな出会いがあった……最近は学校にだって行くようになったんだ……魔法少女になって、いろんな事があった。あんたらからしてみれば、それは何の価値もない、ちっぽけなことかもしれない……けどなぁ、私にとって、魔法少女ってのは半端なく大きな……かけがえのないものなんだよ!!”所詮はガキ向けヒーロー擬き”かどうか……確かめてみろよッ!!!」



 声を張り上げ、みずきは強く握り締めた拳を大きく振りかぶった。




「アルティメット……ブロオオオオオオーーーーーーウッ!!!!」




 みずきが技名を叫ぶと共に、巨大化したその拳は強い光を放ち、ドボルザーク目掛けて真っ直ぐ撃ち込まれた。




「チッ、この俺を見縊るなよ……そう何度も同じ手にやられてたまるか!!”シャドウノック”ッ!!!!」




 対して、ドボルザークは邪悪な気を放つ拳を握り締め、向かい来るみずきの拳に真正面から己の拳をぶつけた。


 激しい技と技のぶつかり合いに、大地は震え、吹き荒れる風圧が周囲を破壊し尽くした。


 一歩も譲らぬ二人の拳は強い輝きを放ち、大きな爆発を引き起こした。瞬間、立ち込める煙が辺りを包み込む。



 やがて舞い上がる煙が晴れ、中から二人の姿が露わとなった。


 みずきとドボルザーク、互いに真っ黒に焦げた拳を突き出した状態で、目を見開き硬直状態となっていた。



「そんな……私のアルティメット・ブロウが通らないだと……!?」



 とうの昔に限界を超えた肉体を奮い立たせ、渾身の力で振るった必殺技が相打ちに終わったという事実に、みずきは思わず絶句した。



「まさかあの状態からここまで形勢されるとは……相変わらずとんだバケモンだぜ、テメェはよう……苦労に苦労を重ねて生み出したこの新技も、俺の片腕もろともぶっ潰されちまったぜ……だがな、これがテメェの奥の手だってのはわかってんだ。もうお前の体は動くことすらままならない……一方俺はどうだ?まだもう片方、腕が残ってるんだよなぁ……!!」



 潰れた腕をぶらつかせ、ドボルザークはもう片方の拳を握り始めた。ジワジワと力を溜め、ゆっくりと構えをとった。


 状況を打破しようと必死にもがくみずきであったが、彼女の体はまるで言う事を聞かなかった。



「もはや、一切の躊躇もない……勝利!!完全なる勝利!!くたばれやああああああああーーーーーーッ!!!!」



 硬直しふるふると小刻みに揺れるみずきに、ドボルザークは容赦無く拳を振り下ろした。




 と、今まさに振り下ろされた拳がみずきに撃ち付けられようとした次の瞬間、突如ドボルザークの前に全身ピンク色の謎の人型生物が現れ、そのまま彼の体に纏わり付いた。



「ホ……モォ……ホモォ……!!」


「な、何だこの気持ち悪りぃ奴はッ!!?」


「気持ち悪いとは失礼ですわね……それはワタクシの妄想力の結晶体、ゴーストですわ。相変わらず男には効果抜群のようですわね!」


「て、テメェは……」



 ゴーストを振り払い、ドボルザークが背後を振り返ると、そこにはユリカの姿があった。いや、ユリカだけではない。そこには風菜、息吹、沙耶、ユリカ、そしてニューン……ボロボロになりながら立つ、魔法少女達の姿があった。四人の魔法少女が横一列に並び、鋭い視線でドボルザークを睨みつけていた。



「は、はは……全員無事だったんだな……」


「……そういうお主が、一番無事ではなさそうじゃがな」


「奴らは片付けてきた。ボクらの心配は無用だ、みずき」


「みずきを助けに来たの!みんなで力を合わせて、一緒に帰ろう!!」


「……というわけで、全員無事ということですわね。流石は選ばれし魔法少女!パーフェクトですわ!」


「さあ、みずき!これで僕らの形勢逆転だ!」



 一度は散った魔法少女が再び合流し、彼女達は各々嬉し気に言葉を発した。


 そんなやり取りを聞きながら、ドボルザークは不敵に笑みを浮かべた。



「やれやれ、この様子だとバルキュラスもゴッドフリートも無様に敗北したってわけか……これじゃーまた”クイーン”もさぞお怒りなることだろうなぁ……」


「”クイーン”……だと?」


「ああ、そうだ。闇の女王……全てを超越した異端の存在、大いなる闇……それが運命の支配者……”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”だ!!」



 ”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”……その名をドボルザークが口にした瞬間、周囲の空気が一変した。


 初めて耳にする名でありながら、何故か強烈な嫌悪感が沸き立つ感覚に、魔法少女全員の背筋がぞわっと凍り付く。



「……さて、流石の俺も馬鹿じゃーない。この状態で魔法少女全員を相手にすればどうなるかなんて一目瞭然だ。ここは素直に撤退させて貰うぜ」



 そう口にすると、ドボルザークは背後に出現したドス黒いゲートを潜り、闇の中へと身を沈めようとした。



「ま、待て……!!」


「よく聞け紅咲みずき、クイーンがどう動こうと俺の目的は変わらない……テメェは俺が倒す!次に会った時が本当に決着をつける時だと思え……そして覚えておけ、今までテメェら魔法少女が相手にしてきたのは闇のほんの一部だということをな!!ここからが本当の地獄の始まり……精々俺以外に殺されないよう、努力することだな……!!」



 不吉なことを口にしながら、ドボルザークは闇へとその姿を消した。辺りは不穏な空気に包まれ、みずきは額に汗を浮かべた。



「……もう!なんて顔してるですの、みずき!ワタクシ達はあの憎っくき闇の連中に完全勝利を収めたのですよ!心配事は山ほどありますが、今はスマイルスマイル!気を抜く時はしっかり抜かないと自爆してしまいますわよ!ほら、ぎゅーっ!!」


「い、痛い痛いッ!!わかったから今は抱きつかないでくれ!締め付けられて傷に触る!」



 しかし、そんな張り詰めた空気も、ユリカがみずきに抱きついたことにより、場は一気に穏やかな雰囲気に包まれた。



「あわわ!ユリカ!みずきがマジでヤバイ時の顔してる!早く解放してあげてっ!!」



 みずきの顔色を見兼ねて沙耶が待ったを入れるも、ユリカの悪ふざけはまだしばらく続いた。



「み、みずきにぎゅーって……むむむ……」


「……息吹、お主まさか妬いておるんじゃ……」


「は、はぁ!!?べ、別に妬いてなんかないしッ!!てかそれどういう意味だよッ!!」


「(あー、やっぱりそっちの感情若干入っておるのか……)オッホン!うむ、何でもない何でもない……気にするな」



 先程までの激戦がまるで嘘だったかのように、彼女達はワイワイと賑わい始めた。そんな様子を見て、みずきは痛みで目に涙を浮かべながらも、ふっと笑みを見せた。



「全く、相変わらずだな、私達は……」


「……みずき、君は本当にいい仲間に巡り会えたと、僕は思っているよ」


「ああ、ほんとにな……」



 ニューンの言葉に、みずきは様々な思いを込めて、小さく頷いた。


 その反応を見て、風菜、息吹、沙耶、ユリカは互いに顔を見合わせ、くすりと笑い合った。


 ユリカはみずきの体からそっと離れると、今度は腕を抱え、ほとんど動けない状態にある彼女に肩を貸した。その様子を見るや否や、息吹はもう片方のみずきの腕に瞬時に潜り込み、自らの肩を貸した。



「さあ、そろそろ帰ろうか……みんなで」



 ニューンの言葉に一同が頷くと、皆みずきを支えるようにヨタヨタと歩き、ニューンの元へと近づいていった。



(”今まで私達が相手にしてきたのは闇のほんの一部”……か。奴は確かに強くなっていた。正直、あの時みんなが助けに来てくれなかったら、私は今頃とっくにやられていたかもしれない……。ドボルザークは言った、”ここからが本当の地獄”だと……強く、強くなるんだ……私一人じゃ無理かもしれない……けど、今の私には、風菜、息吹、沙耶、ユリカ、ニューン……みんなが付いてる!世界の危機を救うなんて、話が大きすぎて未だに実感が湧かない……けど、私は、みんなと過ごすこの時を、今、一瞬を、失いたくはないんだ……!!)



 みずきは静かに決意を固め、半壊したショッピングモールを後にした。




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 深い闇の底。漆黒の影に、紫色に灯る炎が不気味に揺れた。


 広く殺風景な空間には、長い長い巨大な階段だけが奇妙に聳え立っていた。



 その頂上には大量の逆光を浴び、バサバサと大きな黒いマントを靡かせる人影があった。


 心の中を全て見透かすかのような青い氷の眼ざし、まるで人形のように美しい髪に端麗な顔立ち、不気味さを秘めた妖しい色気……全体的に黒で統一されながらも奇抜さを前面に引き出した衣装を纏い、圧倒的オーラを放つ彼女こそが、強大な闇を従える女王、”クイーン”であった。



「……以上、ドボルザーク、ゴッドフリート、バルキュラスは任務に失敗した模様です。よもや、ここはこの私、ニコラグーンが出る他ないと考えております」



 女王の間にて、スーツを纏った長身の男、ニコラグーンは階段の下でひざまづき、状況を報告していた。



「……ニコラグーンよ」


「はっ!!」



 男の名を囁くと、女王はゆっくりと一歩一歩、階段を下り始めた。高いヒールが地面に接するたび、階段は一段づつ青白くボンヤリと光り、辺りにカツンカツンと鋭い音を響かせた。


 長い沈黙が続く。凍りつくような時間に、ニコラグーンは背筋をゾクゾクと揺らした。


 やがて、ひざまづくニコラグーンに、女王はすれ違うようにして彼の横に並んだ。



「退屈だ……広大な闇の世界を支配しても尚、退屈な未来に不安を覚える……支配など、もはや無意味。この”世界”に、果たして価値などあると思うか……否、価値などない。全て不要でしかない……」


「貴方様のお言葉通りです。女王様以外、この世に存在するものは全て腐っております」


「腐ったものは処分しなくてはならない、単純な話だ。我々も、そして人間も、世界を生み出したことそのものが失敗だったと認めぬ愚かな神々に代わって、ワレが全てを裁く。こうしている間にも、我が脈動は奴等の世界、地球を覆い尽くしている……運命改変による世界終了の時は近い……」



 天に手を伸ばし、女王は光の中にその身を掲げた。そのあまりに美しい立ち姿に、ニコラグーンは絶句しながらゆっくりと立ち上がり、体を大きく震わせた。



「素晴らしい……ああ、素晴らしい!!貴方様の手によって、偽りの時は終わりを迎え、全ては楽園へと還る……そのためにも、邪魔する魔法少女達には死を!それもただの死ではない……圧倒的恐怖を!!圧倒的絶望を!!」


「邪魔する者は全て排除する。それが我が望み……貴様に叶えることは出来るか?」


「私は貴方様の忠実な僕(しもべ)でございます。失敗などあり得ません。この命、既に貴方様に捧げた身です……全ては闇の女王、”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”様のために!!」



 ”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”……その名を口にすると、ニコラグーンは心臓に手を当て、深く頭を下げた。



「……と、任務に当たるその前に……ディスティニー様、その腕に付けられたお召し物、少し汚れているように伺えますが……あの、もし宜しければ……」


「……餞別だ。受け取っておけ」


「おお!おお!……オッホン、では、お言葉に甘えさせて頂きます」



 ニコラグーンの申し出に、ディスティニーはその真っ黒な手袋を外し、地面に放り投げた。


 すると、ニコラグーンは彼女の手袋を興奮気味に拾い上げると、嬉しそうに懐にそれを仕舞い込んだ。



「……では、失礼させて頂きます」



 そう一言口にすると、ニコラグーンは闇の中へと姿を眩ませていった。



 と、ニコラグーンが姿を消すや否や、ディスティニーは広い女王の間を見渡し、呆れたような表情で声を発した。



「我が部屋に無断で立ち入り、挙げ句の果て盗み聞きとは……このクイーン・オブ・ザ・ディスティニーを前に、あくまでその態度を通す面の皮の分厚さだけは褒めてやろう」


「いやー、盗み聞きなんて人が悪い。俺が出るとニコラグーンの奴がやたら怒ってくるんですよね」



 ディスティニーの声に反応し、遠くの柱からパーカーを羽織った青年、ナイトアンダーがひょっこりと顔を出した。



「それにしてもいいんですか?彼奴、いっつも涼し気に斜に構えてますけど、ありゃただの変態ですよ?忠誠というか欲情してるだけというか……この前も、ディスティニー様から褒美で頂いた履き物を気持ち悪い顔して舐め回してましたよ?うう……思い出しただけで吐き気が……今回の手袋もどうせロクなことに使いませんよ?」


「承知の上だ。駒をどう手懐けようが、我の勝手。好きなように使わせて貰う……その方が、少しは退屈しなくて済みそうだ」


「……やれやれ、全く、相変わらず何考えてるかさっぱりで、摑みどころのないお方だ」



 ニコラグーンの性癖を包み隠さず暴露したものの、まるで動じないディスティニーの様子に、ナイトアンダーは額に汗を浮かべた。


 ディスティニーを中心に、冷たく不気味な空気が場に張り詰めた。



「神々の悪戯か、絶望の運命を背負わされた哀れな小娘達よ……精々今のうちに仮初めの幸せを噛み締めておくことだ。世界の最後は近い……運命改変による世界終了まで……」






―運命改変による世界終了まであと80日-


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