第36話 運動不足のオタク達による修行回
一面開放的な美しい景色の背景で、ゆっくりと朝日が昇る。薄橙色に輝く空に、流れ出る汗がキラキラと輝いた。
寒い気候に白い息を吐き出しながら、ヒマラヤの険しい山道を私達はジャージ姿でひた走っていた。
「うへぇ……も、もうダメじゃ……ギブ……」
「死ぬ……」
「わ、私もヘトヘト……」
「あー、きっつ……オタクに運動させるのはほんとコクだってのッ!!」
大自然の中、運動不足のオタク達の情けない声が辺りに響き渡たった。
「ほらほら、皆さんだらし無いですわよ!そんな事では、魔法少女の名が廃ります!目的地まであと少し!ファイト、ファイト!!」
「あのお嬢様、あんなデカ乳ぶら下げてよく笑顔で走れるもんじゃな……」
「…………」
「ああ、息吹の目が死んでる……!ねえ、みんな疲れきってるみたいだし、そろそろ休憩にしない……?」
「そうだそうだ!いい加減休憩させろ、このおっぱいめッ!」
清々しいほど爽やかな表情で、ユリカは私達に喝を入れた。そんな彼女に、噛み付くように一同の野次が飛び交った。
神聖なヒマラヤの山に、騒がしい女子高生達の声が響き渡たる。
一体何故こんな事になってしまったのか……それを説明するのに、まずどこから振り返ればいいものやら……
。。。
心地良い午後の風が、窓から吹き抜ける。
ドボルザーク達との激戦から数日後、みずきは風菜、息吹、沙耶と共に学校へ登校していた。
そんな中、すっかり溶け込みつつある窓際の席で、彼女は口をポカーンと開け、驚きを顕にしていた。その理由は……。
「えー、本日より海道高校に通うことになりました、ユリカ=シラツメこと白爪百合華です。皆様何卒よろしくお願いします……ですわ!」
平凡な海道高校に突如転校してきた世界規模の大財閥、神園グループの社長令嬢の姿を前に、みずきと同じ教室の沙耶は思わず絶句した。
”び、美少女だ……”
”おい、お前話しかけてこいよ!”
”大きい……おっぱ……!!”
その容姿端麗な転校生ユリカに、思春期真っ只中のクラス男子達の視線は釘付けとなっていた。
教室中がざわざわと賑わい出す中、ユリカは笑顔でみずきと沙耶に手を振った。
その様子を見て、みずきは思わず引きつった表情で頭を抱えた。
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「はぁ……こりゃまた騒がしくなるぞ……あんたほんとこんな所で何してんだ?」
放課後、人混みの少ない食堂にて、5人の魔法少女が集結していた。
丸いカフェテーブルを囲みながら、みずきは呆れた表情でユリカに尋ねた。
「だって〜、皆さん同じ学校なのに、ワタクシだけが違う学校に通ってるって何か嫌じゃないですか?というわけで、思い切って転校しちゃいましたの♪」
「”転校しちゃいましたの♪”じゃねーだろ……てか、大財閥のお嬢様がよくこんな普通の学校に転校できたな……」
「ふっふっふ、このワタクシの権力を甘く見て貰っては困りますわ!それに、魔法少女全員が常に集まりやすい環境を作るためという口実もありますので、これくらい朝飯前ですわよ!」
高らかに笑い声を上げるユリカに対し、みずきは疲れ切ったように椅子の背もたれに寄りかかった。
「……ねえ、沙耶もみずきと同じクラスだったよね?」
「えっ……あ、うん、そうだけど……」
「沙耶から見て、転校してきたユリカの様子はどうだった?」
「どうだったって……そ、そうね……割と馴染んでたんじゃないかな、色んな意味で……」
息吹の質問に、沙耶の脳裏にはふと休み時間中のユリカの様子が浮かび上がった。
クラスに潜む腐女子達とすぐに打ち解け、それぞれが推しているサークルさんを勧めあっている様を。そして、その光景を前に絶望するクラス男子達の姿が鮮明に思い出された。
「美人なのに腐ってる……現実とは非常なものなのだよ、男子諸君……」
「あら、何か言いまして?」
「いや、別に何も……」
夢見がちな男子達を哀れみながら、沙耶は心の中でそっと手を合わせた。
たわいも無い会話を楽しむ魔法少女達。魔法少女とはいえ、中身はごく普通(?)の女子高校生。この何でもない日常に、皆どこか暖かさを感じていた。
と、ここで、小さく笑みを浮かべながら、ユリカはある話題を切り出した。
「……さて、皆さん、いきなりの質問ではありますが、ワタクシ達魔法少女は果たしてこのままでいいと思いますか?」
突然の問いかけに、一同はピクリと肩を揺らし、真剣な眼差しでユリカの方へと視線を集めた。
「これから先、襲い来る闇もより強大なものとなるでしょう。そのため、ワタクシ達はさらに強くならなければなりませんわ……はい!そこでみずきに問題ッ!!」
「……はあっ!?唐突だなおい!!」
「魔法少女……いえ、世界の平和を守るヒーローが遂に集結したんです!さらなる脅威に打ち勝つため、ワタクシ達には一体何が必要でしょーか!?」
「脅威に打ち勝つため……ヒーロー集結……ハッ!ま、まさか……!!」
「そう、そのまさかです……」
「「 合体必殺技ッ!!!! 」」
二人の声がシンクロすると、みずきとユリカは勢いよく立ち上がり、互いの手を取り合った。その様子を見て、他の面々は拍子抜けしたように肩を落とした。
「ちょ、ちょっと待て!お主らそれもしかして本気で言っとるんじゃあ……」
「何言ってんだよ、風菜!!合体必殺技は男のロマンッ!!ここでやらずして一体いつやるって言うんだよ!!!」
「まーた変なスイッチ入ってしもうたわい……それに男のロマンって、アッシらは喪女ではあるが一応全員女じゃ!」
消極的になる風菜を見兼ねて、みずきは彼女の両肩を強く掴み、ぐらぐらとその体を揺すりながら必死に訴えかけた。
「合体必殺技……確かにいいかも!」
と、聞こえてくる賛同の声に、みずきと風菜は声の主の方へと振り向いた。
「おお!沙耶、そうこなくっちゃな!!」
「さ、沙耶、お主正気か……?」
沙耶の意外な言葉に、風菜は度肝抜かれながら自らの耳を疑った。
「何というか、その……みんなで一致団結して一つの技を編み出すって、何かこう……友情パワー?みたいなのがあって、かっこいいかなぁ……と……」
「お主……意外と単純なんじゃな」
「べ、別にいいでしょ単純でも!団結力は大事なことよ!これから先5人で戦っていくには、団結する心は必須!かの関ヶ原の戦いでも、西軍は団結出来なかったが故に……」
「あー、はいはい、こっちも何か変なスイッチ入っとるし……もうよい、協力してやるから何でも好きにやっとくれ!」
風菜は半端ヤケクソになりながらも合体必殺技の協力を約束した。その言葉に、みずきと沙耶はアイコンタクトを取ると、互いの手を叩き、ハイタッチを交わした。
「……で、ボクは何でもいいけど(みずきと合体技……みずきと合体技……みずきと合体……)、一言に合体必殺技と言っても、具体的に何をすればいいわけ?」
そわそわと落ち着きのない様子で、息吹はみずきに尋ねた。
その質問に対して、みずきは”よくぞ聞いてくれた”と言わんばかりの表情で答えた。
「どうせ合体必殺技をやるなら、もうアレをやるしかないだろ……そう!大地を裂き、天をも切り裂く最強の必殺技!ワンフォーオール=オールフォーワン……”超絶・アルティメットV”ッ!!」
人差し指を立て、みずきは満足気にそう語った。
「……あくまでそこもパンチマンに寄せていこうと言うわけじゃな」
「あったり前よう!それとも戦隊らしく、協力感ゼロの謎バズーカ出現させるとか、メンバーでボールパスしていって、最後に敵にぶつける的な技のが冴えるかな?」
「いや、それ以外に選択肢はないのか……相変わらずブレんのう、お主は……」
「いやー、それほどでも!」
「褒めとらんわ……」
「……で、その必殺技とやらは一体何処で練習するつもりなんだい……?」
「確かに……魔道生物も出ていないのに、この付近で変身して魔法を使うだなんて、あまりにも危険すぎるような……うっかり建物でも壊したら大惨事になっちゃう!」
とんとんとまるで漫才の如く展開するみずきと風菜の会話に、息吹と沙耶は水を差すようにして問題点をぶつけた。
すると、その問題に対して、ふっと笑みを浮かべながらユリカが口を開いた。
「ふっふっふ、その点に関しましてはご心配なく。実は密かにワタクシ達LDMは、皆さんが快適にトレーニングを行える施設、通称”魔法少女強化施設”を建設済みなのですわ!!」
「「「「 魔法少女強化施設!? 」」」」
ユリカの話に、一同は驚いた様子で思わず言葉を繰り返した。
「ザッツライト!強くなるには修行あるのみ!!明朝5時、この学校の屋上に集合してくださいまし。早速皆さんを魔法少女強化施設にご案内させて頂きますわ!!」
「と、唐突だな……てか、明日休みでも何でもないし、学校はどうするんだよ!せっかく真面目に登校しだしたのに、また私を不登校にさせる気かッ!?」
「ノープロブレム!その点に関しましても心配はご無用!と言いますのも、大変勝手ではありますが、皆さんはこのワタクシが部長を務めさせ頂いております、”魔道電波オカルト研究部”の部員として既に学校側に登録させて貰いましたの。これで今後は、魔法少女活動による欠席は全て公欠となるはずですので、以後ご安心くださいまし!」
「ま、魔道電波オカルト……権力者ってのはほんと何でもありだな……」
「いやー、それほどでもありませんわ!」
「褒めてねーよ……」
あまりに行動派すぎるユリカに、一同は思わずため息を吐きながらも、彼女の言う魔法少女強化施設へ行くことを決意した。
慌ただしい学園生活の始まりを予感させる1日が、夕日と共にようやく終わりを告げる。
。。。
……で、いざ学校の屋上に行くと、そのまま神園グループのロゴがデカデカと描かれたプライベートジェットに積まれて、気が付いたらヒマラヤまで来ちまってたってわけだ……。
「マジで疲れた……今更だけど、何でこんな場所に建てたんだよッ!!」
「何でって……過酷な修行と言えば、やはりヒマラヤ山脈ではありませんか!人もほとんど居ないですし、ここは絶好のトレーニングスポットですわよ!」
やたらとテンションの高いユリカの背中を見詰めながら、私達はゼェゼェと息を切らせ、必死にユリカの後を追った。
「せ、せめて施設まではプライベートジェットに乗せて欲しかったんだけど……まさか途中で降ろされるだなんて……」
「それじゃ修行にならないじゃないですか!それに、これはほんのウォーミングアップ……本当の修行はこれからですわよ!!」
「こ、これでウォーミングアップ……ひぃぃ」
ユリカの言葉に沙耶は目眩を覚えた。
頂上に小さく見える建物目指し、私達は重い足を上げ、寒さに凍った道をひた走る。そう、魔法少女の修行は、まだまだ始まったばかりなのであった。
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