第4話 君が憧れたヒーロー

「あ、オワタ……」






 心の中で自らの死を確信した時、まるで時間がゆっくりと流れているように感じた。


 死を悟るってのはこんな感覚だったのか……今までの記憶が走馬灯のように脳裏に浮かび上がる。


 幼いとき家族と過ごした時間、学校での思い出、そしてパンチマンの映像までもが、まるで自分の記憶ように鮮明に蘇ってきた。

 


 そして、思い出したくもない中学の頃の記憶までも…………。



 私に向けられた周りの視線、机に無造作に描き殴られた人を嘲笑うかのような言葉の数々、浴びせられたナイフのように鋭い罵声の数々は、忘れたくても忘れられない。

 

 あの時の私は世間知らずで、空気が読めなくて、きっと幼すぎたんだ。入学式、期待に胸を高鳴らせ潜った門の先が悪夢の始まりだったなんて……。


 あの時も最後は部屋に引きこもって……何とか高校には入学できたものの、すっかり臆病者になってしまった私は結局クラスに馴染むことが出来ず、そのまま逃げるように自分の世界へ再び塞ぎ込んでいって……そこから先の記憶は……



 一日中暇を持て余すようにアニメ見たり、漫画読んだり、ゲームしたり、ネットしたり、自慰行……って……



 いやいや、もっとマシな思い出あるだろ私……ああ、なんだかもうどうでもよくなってきたなぁ……ここで私の人生はおしまいなんだ、きっと……第3部完……。






「おいおい!自暴自棄になって終わろうとするにはまだ早すぎるよ!言っただろ!想いを形にすることで、魔力は君に応えてくれるって!君の持つ魔力なら、きっと空だって飛べるはずだ!」



 突如、耳元から聞こえてきたニューンの声に、みずきはハッと我に返った。



「はぁ!?私、飛べるの?!それをもっと早く言ってよ!!」


「魔法少女なんだから空ぐらい飛べて当然だろ?」


「でもパンチマンは空飛ばないし……」


「なんだよその自分の設定とことんパンチマンに寄せようとするこだわり……というか、早くしないとマジで死んじゃうよ?」


「えっ」



 落下中だということを忘れ、みずきがのんきに会話を続けていると、気付いた頃にはもう地面は目の前まで迫っていた。



「うおっ!?思ってたより状況最悪だった!!飛べ!!私の体!!飛べッ!!」



 みずきは咄嗟に心に強く念じた。


 すると、落下しているみずきの体はふわりと空中で軽くなり、背後に現れた二つの魔方陣から、強い魔力で造形された輝く翼が召喚された。



「うわっ、なんか背中から中二病っぽい羽生えてきた!?」



 初めて使う浮遊魔法の余韻に浸る間もなく、みずきは急いで翼のコントロールを取り、必死の旋回に試みた。



「上がれえええええええええええええ!!!」


 

 全力の叫び声とともに、みずきの胸が地面すれすれを掠める。砂煙を上げながら、ギリギリのところで浮上に成功した。



「いっ……てぇ……やばい、乳首逝かれたかもしんない……」



 乳頭という尊い犠牲を出したものの、間一髪で一命を取り留めたみずきは、休む間もなく、光線の射程範囲外まで高く上昇した。



「ここまで来ればとりあえず一安心か……」



 命がいくつあっても足りない危機的場面を回避し、みずきはホッと肩をなでおろした。



「初めてでここまで浮遊魔法を扱えるとは……どうやら君は魔法少女として優れた力を持っていたようだね。このまま一気にドボルザークをやっつけに……」


「よし、このまま逃げるか」


「おい」



 みずきの一言に、聞き捨てならないとばかりにニューンが詰め寄る。つぶらな瞳のため表情はわかりにくいが、これはおそらく怒っているのだろう。



「ここで奴を止めないと、誰が闇から世界を守るっていうんだよ!」


「でも、見ただろあいつの力!いくら私が魔法少女だからって、あんなのに勝てっこないって!それに、そのうち自衛隊とかが来て後は何とかしてくれるって……たぶん?」



 みずきの言い分に対して、少し呆れたような顔でニューンは答えた。



「冷静になってくれ。敵はドボルザーク1人だけではないんだ。”闇の使者”……奴らの中にはドボルザークよりももっと強大な力を持つ者だって存在する。魔法少女の力を得た君ですら苦戦を強いられる相手だ。普通の人間に奴らを倒せるだけの力があると思うかい?」



 ニューンの話を聞いて、みずきは思わず目を逸らした。込み上げてくる不安と恐怖に、握りしめた拳が震える。



「実際にドボルザークの力を前にしてわかったはずだ。奴ら闇の使者に対抗する手段は魔法しかない……今、人類で唯一魔法が使える君が諦めるということは、それは即ち、人類の終りを意味することになるんだよ」


「でも……」


「……君の憧れたヒーローってのは、そんなに意気地なしの男なのか」



 呆れたような口調で零したニューンの言葉に、みずきの体がピクリと反応した。この言葉が相当頭にきたのか、みずきはニューンに詰め寄り、強く言い返した。



「なっ……パンチマンは関係ないだろ!!それにパンチマンはそんなんじゃない!強い信念、立ち向かう勇気、諦めない心を持った最強のヒーロー!これがパンチマンの掲げるヒーロー三原則だ!」


「……なら今の君はどうなんだい。今の自分が本当にヒーローだと言えるのかい?」


「……だって、怖いものは怖いし……そもそも私はただの引きこもりの女子高生でヒーローじゃないし……」



 みずきはぶつぶつと呟くように愚痴を零すと、まるで拗ねた子供のようにいじけだす。


 その姿を前に、ニューンは少し言い淀むと、しばらくして申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「……すまない、君の憧れを貶したりなんかして……本当はこんなことが言いたかったんじゃないんだ。ただ、僕も焦って取り乱してしまっていたようだ……無理を言ったことを許してくれ……。僕はわかっていたんだよ、最初に出会った時から。君は強がってはいたけど、決して強い少女ではないことに。君はずっと怯えていたんだ、この世界に」


「…………」



 今まで以上に冷静な声で、ニューンはみずきに語りかけた。その全てを見透かすような声に、みずきは目を背けたまま黙り込んでしまった。




 

 確かにニューンの言うとおりかもしれない……私はずっと怯えていたんだ。この世界に。自分の未来に。運命に。


 パンチマンのように世界を守るために魔法少女になった。


 だけどそれは ”憧れのヒーローに……魔法少女になれば、何かが変わるんじゃないか”という期待に後押しされて生まれた"正義"とは違う感情だったのかもしれない。現に私は、強大な力を前に立ち向かうことを諦めた。

 

 ……結局、私は何がしたかったのだろう。






「……だけど、君は諦めてはいなかった。何かが変わるかもしれない。そう思って僕に付いて来てくれたんだろ?」



 不意に聞こえたニューンの言葉に、みずきの目がハッと見開いた。遠くへ飛んでいった意識が、再びこちら側へと戻ってくる。



「今、世界を守れるのは君しかいない。でも大丈夫。だって、君は誰よりもわかっているじゃないか。魔法少女を……いや、ヒーローってやつが何なのかを!」



 その瞬間、鼓動の高鳴りを感じた。


(大きな力を前に、さっきまであんだけビビってたってのに……全く、私は本当に単純な奴だ。こんなよくわからない謎の生き物の言葉に心動かされるなんて……)



"どうすればいいかじゃない。自分は今、どうしたいのかを考えろ。わからない時は遠回りしたっていい、周りを見渡せ。そこから生まれた純粋な気持ちこそが、お前自身の答えだ"(参照:パンチマン第8話より)



(ああ、そうだった。私は今どうしたいのか、それは…………)



 一度目を閉じて深く深呼吸すると、みずきはゆっくりとまぶたを開ける。その瞳には、眩い輝きが宿っていた。



「……わかってるさ、自分が本当はダメな奴だってことぐらい。今だってほんとは怖い、今すぐにでも逃げ出したい……でも、もし、ここで逃げたら……私は……もう二度と取り返しがつかなくなってしまう気がする……」



 重い口を開き、言葉一つ一つに強く思いを込める。



「正直、世界を救うとか言われてもイマイチピンとこねぇけど……ただ憧れだけで突っ走ってる大馬鹿野郎かもしれないけど……だとしても!!」



 過去の記憶が頭の中でぐるぐると駆け回る中、今までの自分とケジメをつけるかの如く、みずきは意を決し大声で叫んだ。




「私は、もう逃げない……必ずあいつをぶっ飛ばすッ!!!!」




 この瞬間、みずきは"本物のヒーロー"になれたような気がした。





―運命改変による世界終了まであと108日-



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る