第84話 アルティメット・ブロウ
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熱く、激しく、迸るこの感情……。
心がざわつく……こんな思いを抱いたのは、あの日……もう数百年も以前の話……そう、”あの時”以来であった……。
かつて、圧倒的力を持ってして闇に生まれた吾輩は、自身のその力に絶対の自信を持っていた。若気の至りか……今思えば、それはとても浅はかな考えだったと言えよう。
ただ強さだけを追い求め、ただ力だけを欲した……全ては、己自身を限界まで鍛え上げ、さらなる高みを目指すために……!
だが、そんな我が野望を容易く打ち砕いてみせたのが、他ならぬ”あのお方”の存在であった……闇の全てを手中に収める絶対女王……”クイーン・オブ・ザ・ディスティニー”の存在が……!
屈辱的敗北だった……当時、自分の力を過信していた吾輩にとって、女王の存在はとても信じ難いものだった……だからこそ、当時、吾輩の心はそれはそれは目も当てられないほどズタズタに引き裂かれたものだ。
初めてだった……自分よりも遥かに”格上”の力を持つ者が……初めてだった……無様に地を這い、体は震え、声すらもまともに出せない、”恐怖”という感情が……!
悲鳴をあげる肉体……血反吐を吐き、苦しむ吾輩に対し、彼女は全くの無傷。いたって普段通り、冷たく冷徹な澄ました表現を浮かべていた。
”絶望”……状況はまさに、絶望的と言わざるを得なかった。
……だが、しかし、その死を目前とした危機的状況に、吾輩の魂は……”滾っていた”。
恐怖のあまり、頭がどうにかなっただけかもしれない……だが、その時、吾輩は確かに感じていた。目の前に立つ強敵との”戦い”が、嬉しくて仕方がないということを……!自然と口角が上がり、堪らず大笑いしてしまうほどに……!
敗北を喫したというのに、不思議と後悔はなかった……むしろ、その逆、晴れやかな気持ちですらあった。
圧倒的力を前に、もはや死すら受け入れようとしていた……が、その時、彼女が……女王が、地に伏せる吾輩にゆっくりと近づき、耳元で小さく囁いた。
「我が盾となれ。戦士、ヴォルムガングよ……」
そう一言、短く告げると、女王は黒いマントを靡かせ、吾輩から背を向けた。
最初、状況が飲み込めず困惑する吾輩であった。……が、一歩、彼女が足を進めるたび、吾輩はその時、不思議と、その後を追いたくて仕方がなかった。
彼女の放つ圧倒的カリスマ性に、戦いの中で、吾輩はいつの間にかすっかり心奪われてしまっていたのだった…彼女の強さを肌で感じ、彼女の見る世界からは、一体何が見えるのか、知りたくなった……そして何より…………
”いつの日か、彼女の強さに追いついてみせる……!!超えてみせる……!!”
そんな強い野心から、吾輩は女王に忠誠を誓い、”骸の愛”となった。
……はずであったのに、一体いつから忘れてしまっていたのだろうか、この気持ちを。一体いつから、吾輩はただの”従順なる犬”として飼いならされてしまっていたのだろうか……。
忘れていたこの気持ち……熱く、燃え滾るこの感覚、思い出したのは、うぬに女王と同じ強い何かを……胸を打つ”何か”を感じたからだ……紅咲みずき!
吾輩もまた、決断しよう。
もう、この心に迷いなどない……!!
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「全力を持って……かかってくるがよい!!紅咲みずきよッ!!!!」
大地を震わすヴォルムガングの声が、辺りに響き渡る。
その彼のみずきを見詰める目は、轟々と燃え盛る炎を宿し、瞳の奥からギラギラと輝きを放っていた。
「やってやる……私の、全力で……あんたを……倒してみせる……ッ!!」
万感の思いを胸に立ち上がったみずきは、その拳に己の”全て”を握り締める。
『みずきッ!!!!』
支えとなる仲間達の声を一身に受け、みずきは今、”挑戦”の一歩を踏み出した。
魔力を高め、拳を赤く輝かせる。
一歩づつ、確実に、強大な闇を纏うヴォルムガングの元へと近づく……彼の放つ気迫に圧倒されながらも、目に薄っすらと涙を浮かべながらも、みずきは、その重い足を必死に前へと進めて行く。
(来るか……!よかろう……うぬに敬意を評し、今こそ”あの技”を使うとしよう……!密かに鍛錬を積んできたこの技を……実際に使うのはうぬが初めてだ、紅咲みずき……ッ!!)
自身の全身全霊をかけた拳をみずきが突き出したその時、ヴォルムガングもまた、握り締めた黒い拳を、彼女の振るう拳目掛けて全力で解き放った。
力を解放すると共に、お互い、腹の底から大声で”技名”叫ぶ。
『アルティメット・ブロウッ!!!!!』
双方の拳と拳とがぶつかり合い、激しい衝撃が、辺りにビリビリと響き渡る。
と、同時に、みずきとヴォルムガングを含め、その場にいた全員が、ぶつかり合うその”技”に強い衝撃を受けた。
「なっ……そんな!!?なんで……なんで!!あんたが”アルティメット・ブロウ”を……ッ!!!?」
「馬鹿な……吾輩と同じ技だとッ!?まさか、うぬも……!!?」
そう、ヴォルムガングの放った技……それは、みずきの使うものと瓜二つ、アニメ作中にて、パンチマンが使用する必殺技”アルティメット・ブロウ”そのものだったのだ。
衝突する2つの”アルティメット・ブロウ”……その異様な光景に、倒れていた魔法少女達もまた、動揺を隠せないでいた。
「なっ……どうして!?なんで、ヴォルムガングがみずきの必殺技”アルティメット・ブロウ”を使えるの……!!?」
「いや……アルティメット・ブロウは元々、みずきのオリジナル技じゃない……まさかとは思うけど……あり得ない話でもない……!」
「どういうことですの!?」
「アッシが知るに……アルティメット・ブロウとは、元々みずきの憧れであるヒーロー、”パンチマン”が使っていた必殺技……それを、魔法少女となったその時、みずきは憧れのヒーローの姿を体現し、自らの必殺技としていた……じゃが、もし……もしも、ヴォルムガングもまた、この世界で”パンチマン”というヒーローの存在を知り、それに感化されていたとしたら……!!」
風菜が冷静に状況を分析する最中も、みずきとヴォルムガングとの間では、衝突する力と力が、拳と拳とが、激しく火花を散らしていた。
互いの掲げる思念が、熱い魂が、真っ直ぐとぶつかり合い、どちらも一歩も譲らぬ競り合いを繰り広げる。
……が、しかし、やがて、恐れていたその時は訪れた。
「ぐっ……く、そ……負けるわけには、いかねーってのに……もう……力が…………ッ!!」
みずきの突き出す拳が、小刻みに震え、痙攣を起こす。
もはや、ヴォルムガングの力を真っ向から受け止めるみずきの肉体は、とうの昔に限界を迎えていたのであった。
拳を通し、全身に響き渡る激痛が、彼女を苦しめる。
「……終わりだ、紅咲みずき」
そうヴォルムガングが小さく囁くと、彼は拳にさらなる力を加え、みずきの拳を押し切らんとする。
と、刹那、みずきの拳に装着されていた手甲は、ヴォルムガングの拳によって木っ端微塵に砕け散り、バラバラとなった。
いや、手甲だけではない……その瞬間、みずきの中で、何かが崩れ落ちる音が激しく響き渡っていた。
目の前が、真っ暗に淀んでいく……。
「うぬには感謝している……久々に魂を揺さぶる熱い戦いを、ありがとう……!!」
ヴォルムガングの感謝の言葉が耳に届いたその瞬間、重く、鋭い拳が、みずきの腹部に突き刺さる。
光に照らされ艶めく紅血が、バシャバシャと地面に飛び散った。
「…………ッ!!!!」
口の中を溢れんばかりの血でいっぱいにしながら言葉にもならない悶絶を上げると、みずきは苦しみもがき、地面に沈む。
霞む意識の中、もはや、叫ぶ仲間達の声も、耳に届きはしなかった……。
派手にひび割れた大地に、乾いた風が吹き抜ける。真っ赤に染まる荒野が、先ほどまでの激しい戦いを物語っていた。
と、戦いを制したヴォルムガングは余韻に浸る間も無く、静かにゆっくりと、倒れるみずきの元へ歩み寄って行った。
「……やれやれ、手加減なしで全力をぶつけたつもりであったが、まだ息があるとは……全く、恐ろしい少女だ、うぬは……!」
嬉し混じりにため息を吐くヴォルムガングの見下ろす視線の先……彼のその瞳に映るみずきの拳は、痛々しいまでに真っ赤に腫れ上がりながらも、まだ、かろうじて指先をピクリと動かせていた。
「ま……だ……おわっ……て、なんか……ウッ……!オェェ……」
血反吐を吐き出し、消えかかる意識の中、みずきは必死に声を振り絞る。
「みずき……!もういい……もういいんだ……!やめてくれ……このままじゃ、君は……君は本当に死んでしまう……ッ!!」
あまりにボロボロで、あまりに深手を負って尚、それでも思念を貫き通そうとする彼女の姿に、堪らず隠れていた岩陰から飛び出したニューンは涙を流しながら、声を大にして叫んだ。
ニューンだけではない。その場に倒れる風菜・息吹・沙耶・ユリカもまた、悔しさに涙を飲んでいたのだった。
もはや、誰がどう見ても、みずきの肉体が限界を超えているのは明らかであった……だが、それでも、彼女は鋭い目つきを浮かべながら抵抗の意思を見せた。
(何という強い眼差しだ……これで確信した。間違いない……”魔法少女は立ち上がるたび強くなる”……!!しかも、その伸び代は計り知れないほどのもの……現に、最初、この吾輩に全く通用しなかったみずきの力が、今や我が全力の一撃を防ぐまでの威力に急成長を遂げた……今はまだまだ遠くとも、これはやがて、魔法少女の力が”女王”にとって脅威となる日が本当に訪れるやもしれない……本来、女王を守る盾として、このような恐ろしい存在は即刻排除するべきだ……だが……しかし……!!)
ドクドクと、鼓動の音が全身に響き渡る。
高鳴る胸にそっと手を置き、ヴォルムガングは深く息を吸い込み、呼吸を整える。
(紅咲みずき……うぬは一体、どこまで強くなるのだ……?やがては女王ですら超越した力に成長するのか……?吾輩は……その”成長限界に達したうぬの真の力が知りたい”……!!)
自身の内から溢れて止まらない感情に、決意を固める。
と、清々しいまでに透き通った瞳を浮かべると、突如、ヴォルムガングは倒れる魔法少女達に背を向けた。
「……”引き分け”だ。今回はこれぐらいにしておいてやろう……!」
突如、放たれたヴォルムガングの発言に、その時、その場にいた全員が耳を疑った。
「ひ、”引き分け”……だとぉ……!?何言ってんだ……この真っ黒野郎が……!!なんだって、あんた……どこまでもふざけた真似してんじゃねーぞッ!!!!……ウッ!ゲホッ!ゲホッ!……オェェ……」
「落ち着け、紅咲みずきよ。ただでさえ今のうぬは瀕死の状態……興奮すれば、本当に死んでしまうぞ……?」
”引き分け”……その、あまりに唐突で、まるで情けをかけられたかのような言葉が、みずきの逆鱗に触れた。
ここへきて侮辱されたような感覚に、腸が煮えくり返る。
対して、全身からダラダラと血を滴らせ、鬼のような形相を浮かべるみずきを前に、ヴォルムガングは冷静な態度で熱を帯びる彼女を宥め始めた。
その態度が、みずきの心にさらなる”屈辱”を植え付ける。
と、そんなヴォルムガング突然の発言に、風菜もまた、動揺した様子で言葉を零した。
「何故お主は、突然”引き分け”などと……アッシらに情けをかけるとでも言うのか!?」
随分安く見られたものだと、怒りを露わにする風菜の尖った声が、ヴォルムガングの耳に突き刺さる。
すると、その言葉を受けて、ヴォルムガングの瞼がピクリと引きつった。
「……勘違いして貰っては困るな……潮見風菜。吾輩は別に、汝等に情けをかけてやったつもりなどない……!」
「……ッ!!なら、尚更何故!!闇の脅威となるであろう存在を……よもや、目の前で瀕死の状態にあると言うのに、お主は何故トドメを刺さぬのじゃ!!?」
「なに、簡単なこと……それは……」
深く、息を吸い込むと、一呼吸置き、ヴォルムガングはゆっくりと口を開けた。
「限界にまで成長を遂げた”真の魔法少女の力”……それを完膚なきまでに叩き潰したくなった……ただ、それだけのことよ……!!」
不穏な言葉、背後から微か見えるヴォルムガングの浮かべる不気味な表情に、風菜達の背筋にはゾクゾクと、凍りつくような冷たさが走った。
最強の強さを誇る闇の”戦士”……いや、違う。この時、少女達は確信した……彼の本性が、”戦士”などではなく、まごう事なき”戦闘狂”であるということを……そして、その眠っていた彼の感情を目覚めさせてしまったのが、他ならぬみずきであるということを……。
と、酷く怯える魔法少女達を尻目に、ヴォルムガングはそれだけを言い残し、その場を後にした。
瞬間、歩くヴォルムガングの周囲から突如出現した黒い靄が、モクモクと彼のその大きな体を覆っていった。
(さて……やってしまったな。使命を放棄した吾輩はもはや女王の”裏切り者”……まあ、いい。それも覚悟の上よ……それにしても……紅咲みずき、うぬもまた、”あのヒーロー”に魅せたれたファンの一人であったとは……我が魂が揺さぶられたのも、吾輩自身、知らず知らずのうちに奴の姿をあの”正義の姿”と重ねていたからなのかもしれんな……だが、どちらにせよ、最後の一撃……あれは想像以上に”こたえた”ぞ……!!)
内心汗を浮かべながら、ヴォルムガングは小刻みに震え、痙攣する自らの拳をじっと見詰めた。
「ふっ……楽しみだ……!」
震える拳を握り締め、ヴォルムガングは小さく笑みを浮かべた。
やがて、黒い靄に包まれながら、彼は闇の中へと姿を消した。
>>
激しい戦いの末、魔法少女達は全員、満身創痍な表情を浮かべていた。
脱力し、もはや、誰一人として指一本動かすことすらままならない状態にあった。
と、ヴォルムガングがいなくなった直後、荒れたこの土地に、ポツリポツリと雨が降り始めた。
「くそっ……くそっ……!!何が”引き分け”だ……ふざけやがって……!!”敗北”だ、こんなの……圧倒的なまでの”敗北”……!!」
完全敗北……闇の本当の恐ろしさ……痛感した自分達の無力さ……様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、涙となってみずきの瞳から溢れ出した。
冷たい雨が、傷口に沁みる。
滲み流れていく真っ赤な血を見るたび、これまでに感じたことのないほどの”屈辱”が、心を押し潰してしまいそうなほど膨れ上がっていった。
降り注ぐ雨が次第に強まる中、辺りは静寂に包まれる。
滴る雨の雫が、彼女達の頬を伝う涙を洗い流していった。
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