第103話 諸刃の拳

 瓦礫の山に埋もれた街の中心で、睨み合う"二人"の間に激しく火花が散った。


 鋭い眼光を向けながら、ジークラインはみずきに対しゆっくりと口を開く。



「俺の名はジークライン、誇り高き闇の戦士であり女王様の新たな側近だ……さあ、名は名乗った。もはや、これ以上貴様と語る必要もあるまい……闇の使者と魔法少女、出会ったその瞬間から既に火蓋は切って落とされている。女王の忠実なる盾として……邪魔者は容赦なく排除するッ!!」



 そうジークラインが高らかに声を上げた刹那、辺りに突如冷たい風が吹き荒れた。


 荒れる風の流れに、瓦礫の山が微かに崩れる音が響く……。




 と、次の瞬間、ジークラインの放つ無数の"水晶の矢"が、みずき目掛けて一斉に襲いかかった。



「くっ……!」



 雨の如く降り注ぐ鋭い矢に動揺しながらも、みずきは咄嗟に腕に取り付けられた手甲を盾に攻撃を防ぐ。


 が、刹那、目の前には瞬時に移動したジークラインが、溢れ出る殺気を全身に纏い、みずきの元へ迫っていた。



「遅いッ!!貴様の血、我が槍の餌としてくれよう!!」



 ジークラインが声を荒げた瞬間、彼は出現させた"水晶の槍"を握りしめ、みずきの腹を貫かんとする勢いで槍を伸ばした。


 が、この危機的状況においてもみずきは顔色一つ変えることなく、真っ直ぐな瞳を向けたまま徐に口を開いた。



「……悪いが、そう簡単に餌にされるほど、私の血は安くねーよッ!! 」



 刹那、突き出された刃先を前に、みずきはそれを冷静に足で払い除けると、反撃の拳をジークラインに向かって振り上げる。



「……っ!クリスタル・シールドッ!!」



 と、咄嗟にジークラインが技名を叫んだ瞬間、みずきとの間を遮るようにして、地面から"水晶の壁"が出現した。


 みずきの振う拳は勢いのまま壁にぶつかり、目の前に張られた防御壁を粉々に粉砕していった。



 攻撃が途切れた瞬間、お互い素早く間合いを取り、一度呼吸を整える。


 その際、ここまでのジークラインとの戦いを振り返り、みずきはある一つの考えに至っていた。



(あれが女王の側近、ジークラインの力……水晶で物体を造形する魔法以外にも高い身体能力を持つ厄介な相手だ……だが……!)



 ジークラインとの戦いを通して、みずきの脳裏には"あの日の記憶"が鮮明に思い起こされていた。



 "初めて魔法少女となりドボルザークと戦ったあの日。みんなの力を一つにニコラグーンを倒したあの日。ヴォルムガングと戦い、底知れぬ絶望を味わったあの日……。"



 これまで積み上げてきた努力・苦悩・決意……あらゆる感情と記憶が重なり合い、そして彼女の胸を強く打った。



 この時、みずきは確信した。




「これまで味わってきた絶望的なまでの戦いに比べれば……勝てる相手だ……!」




 死闘の中で培われ、研ぎ澄まされてきたみずきの感覚が、本能的にそう感じさせていた。



 すると、真っ直ぐな瞳で言い切るみずきの言葉に、ジークラインの目元がピクリと反応する。



「"勝てる相手"……だと?くっ、くくく……図に乗るなよ虫ケラがッ!!下等な人間風情がこの俺を愚弄するかッ!!許さんッ!!」



 怒りに声を荒げた瞬間、ジークラインは咄嗟に手を前に突き出し攻撃態勢へと移った。



(この動き……さっきの矢がまた来る!奴の使う魔法からして、遠距離での戦闘はこっちが圧倒的に不利……なら……!)



 みずきが脳内で考えを巡らせている最中、ジークラインの周りに無数に出現した水晶の矢が、再び彼女目掛けて放たれる……。


 と、次の瞬間、深く息を吸い込むと、覚悟を決め、みずきは嵐の如く降り注ぐ無数の矢の中へ自ら飛び込んでいった。



「無理やりにでも私の得意な間合いに持ち込んで、一気に畳み掛けてやるッ!!」



 向かい来る矢などお構いなしに、みずきは深い傷を負いながらも強引にジークラインの元へと全速力で駆け抜けて行く。


 手甲を盾に顔だけはなんとか防御するものの、ガラ空きになった体にはいくつもの矢が突き刺さり、大量の血を流していた。


 それでも必死に歯を食いしばり痛みに耐え、彼女は強く握りしめた拳をジークライン目掛けて思い切り振りかぶった。



「ば、馬鹿な……逃げるどころか近づいて来ただと!?……だが、そんなヤケクソな攻撃、所詮は諸刃の剣にすぎんッ!!」


「……生憎、私の体はここんところ戦いすぎですっかり感覚バグっちまってるみたいでなぁ……これくらいの痛み、どうってことねぇよ!!」


「ぐっ……!クリスタルゥ…………」


「もう遅いッ!!くらえ!!アルティメット・ブロウーーーーッ!!!!」



 咄嗟に魔法を発動しようとするも時既に遅し、みずきの放つ渾身の一撃が、ジークラインの腹に突き刺さる。



「ガ……ハ……ッ!?!?」



 瞬間、雷の如き衝撃が全身を駆け巡る。


 あまりの激痛に血反吐を撒き散らしながら、勢いそのまま、ジークラインの体は遥か後方へと吹っ飛ばされていった。



(な、なんだこの威力は……あ、あり得ん……!?一気に勝負を決めるつもりか……舐めるなよ、人間風情が……ッ!!)



 キッと殺意に満ちた鋭い目を浮かべると共に、ジークラインは咄嗟に足裏を地面に擦り付け、吹き飛ばされる自身の体に無理矢理ブレーキをかける。


 と、刹那、苦しむジークラインに追い討ちをかけるようにして、みずきは容赦なく彼の懐へ飛び込んでいった。



「チッ……クリスタル・スピアッ!!」



 畳み掛けるようにして振るわれるみずきの猛攻に、ジークラインは水晶の槍を出現させ、彼女の攻撃に対抗する。


 両者が激しくぶつかり合う一瞬たりとも気の抜けない攻防戦……だが、やはり近接戦闘において、みずきの能力はジークラインを圧倒的に上回っていた。



「くっ……まさか、この俺が押されているだと……!?そんなことが……あってなるものか……ッ!!」


「悪いな。どうやらあんたの使う魔法に対して、私のファイトスタイルは相性がいいらしい……!」


「ぐぐっ……クソがァァ!!!!」



 互いに息を荒げ、傷を増やす中、やがて、みずきの攻撃が再びジークラインを押し負かした。



「グハァ……ッ!!」



 みずきの放つ重い一撃に、ジークラインは蹌踉めき、堪らず地面に膝を着いた。



「ハァ……ハァ……ふぅ。さあ、ジークラインとやら、どうする?まだ続けるか?」



 荒れた呼吸を整えると、みずきは一度腕を下ろし、静かにジークラインに問いかける。


 と、その言葉にピクリと肩を揺らすと、ジークラインはフラつきながらも再び立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。



「まだ続けるか……だとぉ?魔法少女が偉そうに……不愉快……不愉快極まれりだ……」



 刹那、ジークラインが話し出すと同時に、辺りの空気が一変した。


 空は曇り、冷たい不気味な風が二人の髪を靡かせる。



 圧倒的に優勢であるこの状況においても、みずきは既に察していた。ジークラインの様子がどこかおかしいことに……。




「ああ、不愉快だ……実に不愉快だ……エリートであるこの俺が、人間如き虫ケラ一匹に手こずり、あまつさえ"本気"で戦わねばならぬという自分の不甲斐なさがな……ッ!!」




 そうジークラインが口にした刹那、額に浮かぶ"骸の愛"の烙印が赤く不気味に光を放つ。


 と、瞬間、サラサラだった髪は轟々と逆立ち、彼の魔力は一気に増幅していった。



 鋭く研ぎ澄まされた強大なオーラを前に、みずきは堪らず息を飲み、武者震いを起こす。



「……やっぱ、流石にそう簡単には終わらしてくんねぇわな……さあ、第2ラウンドといこうじゃねーか……ッ!!」



 美しく輝く真っ直ぐな瞳、そして、殺意に満ちた歪んだ瞳……睨み合う両者の間に、再び火花が激しく散った。






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