第81話 魔法少女は砕けない
艶めく真っ赤な血流が、まるで彼岸花のように美しく、また儚く無残に散る。
ヴォルムガングの強烈な一撃を受け血塗れに倒れるみずきの姿に、一同は表情を凍りつかせた。
まさか……そんな……想像以上の敵の強さを前に、堪らず足が竦む。
ただ”一人の少女を除いては”……
「……よくも……よくも、みずきをッ!!!!お前だけは絶対に許さない!!!!ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」
「……ッ!?待て、早まるでない!!待つんじゃ息吹!!!!」
酷く傷つき血に沈むみずきの姿を目に、怒り狂った息吹はヴォルムガング目掛けて勢いよく飛び出していった。
考えなどない……ただ、みずきを傷つけた目の前の相手が、堪らなく憎くくてしかたがなかった。
「セット!『ガン・アイズ・ビューティ』……マシンガン!!」
相手との間合いを一気に詰めると、息吹はその手に新たな武器、魔道マシンガンを召喚させる。ゴツゴツとした黒いフォルムが、日の光に照らされ眩く輝いた。
「くらええええええええええーーーーーーーーーッ!!!!!!」
声を張り上げると共に、息吹の構えるマシンガンが火を吹いた。
凄まじい轟音を響かせながら、無数の弾丸がヴォルムガング目掛けて放たれる……が、しかし、そんな激しい攻撃に対しても、彼は全く動じることはなかった。
それどころか、まるで嵐のように激しく降り注ぐ弾丸の中を、あろうことかヴォルムガングは銃弾の放たれる先、息吹の元へとゆっくりと歩み寄って来たのであった。
「……ッ!?そんな、馬鹿な!!!?」
どれだけ長くトリガーを引こうとも、ヴォルムガングの足は止まることなく確実に、真っ直ぐとこちらへ向かって近づいて来る。
迫り来る脅威に、ただただ目の前が真っ暗になった。
と、次の瞬間、息吹の目の前まで迫ったヴォルムガングは、弾丸の放たれるマシンガンの銃口を片手で掴み取ると、それを目の前で軽く握り潰して見せた。
銃口をガッチリと掴むヴォルムガングの手を振り解こうと必死に抵抗するも、彼の驚異的なまでの握力によって、息吹の力では、マシンガンはぴくりとも動かなかった。
「ぐっ……なんて力だ……それに、あれだけ弾を撃ち込んだのに、まるで無傷だなんて……全て己の肉体で弾き飛ばしたっていうのか……!?」
「いや……それも可能ではあったが、それでは”運動”にならんからな……うぬの放った攻撃は全て”この手の中”に……!」
そう口にすると、ヴォルムガングはマシンガンを掴む手とは別の、もう片方の拳を息吹の目の前へと突き出して見せた。
「……ッ!!?」
そのヴォルムガングの握る大きな拳がゆっくり開かれた瞬間、息吹は驚愕した。
なんと、先ほど撃ち込んだ数百以上の弾丸が、彼の開かれた手のひらからこぼれ落ちていったのだ。
(う……嘘だ……あの速さの、あの数の弾丸を、受けるわけでも、かわすわけでもなく、一つ残らず素手で掴み取ったって言うのか!?そんなこと、本当にあり得るのか……?!!)
仮にそうだったとしても、周りの誰一人として、ヴォルムガングが飛び交う銃弾を手にするその瞬間を目にした者はいなかった……それほどまでに超速で飛び交うマシンガンの弾丸を余すことなく掴み取るなど、もはやそれはあまりに非現実的な強さと言わざるを得ないだろう。
だが、無常。
これは現実。全て現実に、今、目の前で行われた行為なのである。
新たなる敵、ヴォルムガングの強さを身を以て感じたことで、途端に頭が冷えた息吹の足はガタガタと震えて動かなくなってしまっていた。
(ころ……さ……れる……殺される……!!)
そう心の中で確信した瞬間、彼女の脳裏にはこれまでの記憶が湧き上がってきた。
頭の中がグチャグチャと掻き回される……自身の記憶、家族との思い出、そして…………
『生きていれば……諦めなければ道は開かれる……何があっても最後まで足掻き続ける!!それが紅咲みずきじゃなかったのか!!』
と、突如聞こえてくる声に、息吹はハッと我に返った。
この言葉は、かつてニコラグーンとの死闘の中、息吹がみずきに対して放った自身の言葉であった。
(……”諦めなければ道は開かれる”……そうだ……そうだった……!!)
刹那、息吹の瞳に、ヴォルムガングの背後で倒れるみずきの姿がチラリと映る。
と、その時、彼女の手が……みずぎが、ほんの僅かに動いたのが見えた。
(みずき!!……みずきはまだ、諦めていない……あんなに傷ついても尚、立ち上がろうとしている……!!だったら、ボクもこんなところで、諦めるわけには……いかないんだッ!!!!)
決意を胸にした時、息吹の瞳の奥には熱い炎が灯された。
瞬間、息吹は咄嗟にマシンガンを捨て去り、ヴォルムガングの懐へと急接近する。
「スイッチ!『ナックルKO』!!」
そう口にした刹那、息吹の拳がネオンレッドの輝きを放ち、直後、赤色に艶めくボクシンググローブが、彼女の両手に装着された。
「スマアアアアアアアアアアーーーーーーーーッシュ!!!!!!!!!」
声を大にし、息吹は全身全霊で振るった拳を、ヴォルムガングの腹に叩きつける。
まだ有り余る魔力を全て拳に凝縮し、放つ。
これが、今、息吹に出来る精一杯の……全力にして最大級の攻撃であった。
だが、しかし…………。
「……ほう、遠距離攻撃から瞬時に近接での戦闘に切り替えることが出来るのか……なかなかに面白い魔法を使うな……だが、その一つ一つがあまりに”チャチ”すぎるぞ……!」
「……ッ!!!!」
息吹の全力を持って放たれた一撃を真っ向から受けても尚、表情一つ変わりやしない……渾身の攻撃も、この男には全く通用しない。
(けど……それでも!!)
そう心に強く言い聞かせると、息吹は何度もその拳をヴォルムガングにぶつけた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…………
何度でも、拳を叩きつける……やがて、溢れんばかりの思いに、彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
刹那、そんな息吹の姿を見て、ヴォルムガングは呆れたようにため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「はぁ……いい加減、鬱陶しいぞ……!!」
そう一言口にすると、ヴォルムガングは静かに息吹の顔に手を近づけ、彼女の額目掛けて中指を弾いた。
瞬間、息吹の体に、かつてないほどの強い衝撃が走った。
頭がぐるぐると回る……脳液が掻き回される感覚に、吐き気を催す。
と、気がつけば、息吹の体は大きく後ろへと吹き飛ばされ、遥か遠くに聳え立つ岩山に叩きつけられていた。
意識が朦朧とする……岩盤に埋もれる息吹の体は血に塗れ、もはや、その場から立ち上がることすらままならなかった。
たかが”デコピン”一つでこの威力……常識では測れないほどに規格外なヴォルムガングの力に、魔法少女達は手も足も出ない状態にあった。
「終わりだ、獅子留息吹……!完全なるトドメを刺し、その姿を見せしめとする。うぬの健闘を称え、せめて安らかに眠らせてやろう……!」
そう静かに呟くと、ヴォルムガングは黒く艶めく拳を力強く握り締め、ゆっくりと倒れる息吹の元へと歩み寄る。
決意は確かに、今も彼女の胸の中で輝きを放っていた。
……だが、目の前に迫るあまりに強大な”恐怖”に、息吹のそのか細い体は震えて止まらなかった。
まるでライオンを前にした小動物のように小刻みに震える少女に対し、ヴォルムガングは容赦なく握り締めた拳を振り下ろす。
もはや、これまでか……と、危機迫る状況に息吹が目を閉じた次の瞬間、目の前で、強い魔力の結晶が光り輝いた。
「シールドッ!!!!」
その時、倒れた息吹の前にはそう、彼女を庇うようにして颯爽と現れたユリカの姿があったのだ。
「何っ!!?」
一瞬、間に割って入るユリカの存在にヴォルムガングが動揺を見せるも、すぐさま気持ちを切り替え、構わず拳を突き出した。
刹那、シールドはいとも容易く破壊され、まるでガラスの破片のように粉々に散った魔道結晶の中、ユリカの顔面にヴォルムガングの拳が鋭く突き刺さった。
シールドで威力が多少緩和されたとはいえ、その力は絶大。
ヴォルムガングの拳によって、ユリカの頭はそのまま地面に強く打ち付けられた。
「ユ……ユリカアアアアァッ!!!!」
息吹の彼女を呼ぶ悲痛な声が、辺りに響く。
ヴォルムガングがゆっくりとその拳を引き上げると、そこには血で真っ赤に染まり、酷く歪んだ顔を浮かべるユリカの姿があった。
まるで潰された直後の虫のように、彼女の体はビクビクと痙攣を起こす……そのあまりの生々しい姿に、息吹は顔色を変え、血の気を引かせた。
「な……んで……」
「ほう……自らを犠牲とし、仲間を庇ったか……その心意気や良し。……だが、あまりに愚かな……勇気と無謀を履き違えるなよ、小娘…………」
突然の出来事に動揺を隠せない息吹。
そんな彼女を尻目に、ヴォルムガングは倒れるユリカの前へと立ち、見下すように冷たい目を浮かべていた。
……が、その時、命を投げ捨てたと思われたユリカの指が、僅かだがピクピクと再び動き始めた。
「何っ!?……信じられん……我が拳を受けて、まだ息があるというのか……」
確実に相手を仕留めるための一撃……それを受けて尚、まだ動けるだけの力を残したユリカの強い生命力に、これには流石のヴォルムガングも驚きを露わにした。
だが、ここからさらに、彼女は”意地”を見せる。
なんと、あれほどの攻撃を受けた直後にも関わらず、ユリカは歯を食いしばり、必死にその場から立ち上がろうとしたのだ。
顔中から血を滴らせながら、震える手を地面に付き、ゆっくりと……だが、確実に、ユリカは自身のその二本の足で大地を踏みしめたのだった。
フリフリとしたピンク色の衣装は血と砂に塗れ、激しく呼吸を乱しながら、足はまだガクガクと震えていた。
「馬鹿な……立ち上がっただと!!?一体、その壊れかけた体のどこにそんな力が……いや、それ以上に……何故”勝てない”と理解しながら、それでも尚立ち上がる?!もうわかっているはずだ……汝等では吾輩には遠く及ばぬことを!!それでも、何故……何故”そのような目”が向けられるのだ!!?」
”そのような目”、そうヴォルムガングが言い放ったユリカの目には、轟々と燃え盛る”炎”が宿っていた。
どれだけボロボロになろうとも、どれだけ苦しい思いを味わうことになったとしても、その瞳の輝きは、決して枯れることはなかった。
その堂々たる姿に動揺を見せるヴォルムガングに対し、ユリカはゆっくりとその重い口を開いた。
「ハァ……ハァ……何故……ですって?……馬鹿にするのも大概にしてくださいまし……立ち上がる理由なんてただ一つ……大切な”お友達”をこんなにも傷付けられて、ワタクシはもう……”プッツン”きてますのよッ!!!!」
「…………ッ!!?」
強い眼差しで放たれたユリカの言葉が、ヴォルムガングの胸を打ち付ける。
(なんだ……この胸の高鳴りは……!?)
ドクドクと鼓動が高鳴り、血が全身を通う音が響く……ここへ来て、ヴォルムガングは初めて魔法少女に対し”動揺と警戒”を示した。
「確かに貴方は強い……今のワタクシ達の力を遥かに上回っていますわ……ですが!だとしても!ワタクシ達は最後まで諦めない!!これまでもずっと……そう……してきたように…………」
強い眼差しで語るユリカであったが、無常、そこまで話すと、彼女はとうとう力尽き、パタリとその場で再び倒れてしまったのであった。
『……ッ!!ユリカ!!!!』
一斉に彼女の名を呼ぶ声が、辺りに響く。
と、同時に、ヴォルムガングはそっと胸に手を当て、その湧き上がる妙な”気持ち”について、自分自身に問いかけた。
(少しは治った……が、しかし、今の高鳴る感情は……?目の前に立つ少女はちっぽけな……本当にちっぽけな存在だというのに……吾輩は一体、どうしたというのだ……!?)
額に大量の汗を浮かべながら、ヴォルムガングは湧き上がる妙な感情に困惑した様子で頭を抑える。
と、その時、近くに擦り寄る”2つの気配”に、ヴォルムガングはハッと顔を上げた。
「”だとしても”……か。全く、つくづくアッシ達らしいのう……沙耶!いけるか!?」
「”いけるか”……じゃなくて、”いくしかない”でしょ……!私も、これ以上友達を傷付けられるのはもう我慢できない……!!」
迫る2つの影……その正体は言わずもがな、残された2人の魔法少女、風菜と沙耶であった。
倒れるみずき達のことを思い鋭い眼差しを浮かべる沙耶に、風菜はふっと笑みをこぼした。
「ふっ……いい顔をするようになったではないか、沙耶。何か悩んでいたようじゃが、無事自分の力で乗り越えおったわけか……」
「……ッ!?風菜、気づいてたの?!!」
「何となくじゃが……みずきと違って、アッシは不器用じゃからのう、何もしてやれんかったのはすまないと思っておる……」
「……嘘。どうせ風菜のことだし、敢えて様子を見ていたとかそういうことでしょ?」
「アッシを買い被りすぎじゃよ。……じゃが、そう思うならそれでも構わんがの」
はぐらかすように話す風菜の言葉に、沙耶はプクーっと頰を膨らませる。
辺りが張り詰めた空気に包まれる中、激戦の最中とは思えないほど和やかな空間が、2人の間には広がっていた。
が、しかし、その時、空気を一変させる男の低い声が、2人の耳に響いてきた。
「……血迷ったか、少女達よ……いくら汝等が奮起しようとも、この吾輩を倒すことなど出来ぬ!!……だが、まあいい……汝等のその”鋼の精神”に免じて猶予を与えてやろう。話は終わったか?これが最後の会話になるやもしれんからな、思う存分語るがいい……」
腹の底にずっしりと響くヴォルムガングの声に、風菜と沙耶に緊張が走る。
次々と倒れていく仲間達、圧倒的力を見せる強敵を前に、今、2人の胸を打つ鼓動の音は最高潮に達していた。
……だが、しかし!
「……行くぞ!!沙耶!!!!」
「”勝利は、もっとも忍耐強い人にもたらされる”……私は諦めない……みんなの為にも、全身全霊をかけて戦い抜く!!そして……意地でも勝利を掴んでみせる!!!!」
少女達は立ち向かう。
強大な闇を前に、少女達は雲一つない透き通るほど純粋で美しい瞳を浮かべながら、 真っ直ぐに突き進んで行った。
―運命改変による世界終了まであと63日-
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