第41話 やったか?!(大抵やってない)
「貴方だけは、絶対に許しませんわ……!!」
傷付いた沙耶を胸に抱きかかえながら、ユリカはニコラグーンを強く睨みつけた。
そんな彼女達を守るように、みずき、風菜、息吹の3人は戦う構えをとり、じりじりとニコラグーンに歩み寄った。
「ふぅ……全く、私も捨てたものではありませんね。こんな素敵な女性達に詰め寄られるとは……ですが、残念ながら私にはもう心に決めているお方が……」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ、あんた。私は今、めっちゃ怒ってんだ……沙耶をこんな目に遭わせやがって……さっきからこの拳が、あんたを今すぐにでもぶっ飛ばしてやりたいって疼いてんだよ……!!」
怒りに声を低くしながら、みずきは拳を強く握りしめ、まるで獲物を狩る肉食動物のようにその眼光をギラつかせた。
「……やれやれ、せっかちなお人だ。貴方が紅咲みずきさん……ですね。話に聞いていた通りの強気な性格……嫌いじゃありませんよ、そういうの」
真剣な眼差しを浮かべるみずき達に対し、薄っすらとほくそ笑むニコラグーン。この余裕な態度が、みずき達の警戒心をより一層強くさせていた。
「ではまあ、そろそろ始めるとしましょうか……精々私を楽しませてくださいよ……小娘共……!!」
吐き捨てるようにそう言葉にすると、ニコラグーンは首を曲げ目を見開き、ニタニタと白い歯を見せて不気味に笑った。
次の瞬間、怒りを抑えきれなくなったみずき達が、一斉にニコラグーンの元へと飛び出していった。
「気を失った沙耶はワタクシが守りますわ!援護の方も任してくださいまし!」
後ろでユリカの声が響く中、みずきはニコラグーンに向かって力一杯拳を振るった。
が、その拳はニコラグーンの顔に届くことなく、彼の手の甲にあっさりと打ち止められてしまった。
「なっ……!?」
「みずきッ!!」
みずきの危機を察知し、それをふせがんとばかりに息吹は後方から魔道弾を複数撃ち放った。
空を裂く銃弾が、ニコラグーン目掛けて真っ直ぐに伸びる。
しかし、撃ち放たれた魔道弾は精々ニコラグーンの髪を掠める程度で、結果、息吹の魔道弾は一発も命中することなく軽く避けられてしまった。
と、魔道弾を回避すると同時に、ニコラグーンは打ち止めていたみずきの拳を振り払うと、体を一回転させ、振り被った脚に勢いをつける。
2人が唖然としていた次の瞬間、ニコラグーンの長い足がみずきの腹部に突き刺さった。
「ガハッ……オエェ……ッ」
響き渡る鈍い音と共に、みずきは周囲に血反吐を吐き散らしながら後方へと勢いよく吹っ飛ばされた。
その飛ばされた先、後方でニコラグーンにライフルを向けていた息吹は、突如こちらへと猛スピードで吹っ飛んでくるみずきに照準を狂わせ、2人はまるでビリヤードの玉のように衝突し合うと、そのまま路上の壁にお互い体を叩きつけた。
「おや、どうしました?あなた方魔法少女の力というのは、所詮この程度のものなのですか……?」
ニコラグーンは2人を煽るように話すと、柔軟な体を曲げ、自らの足を顔の近くまで引き寄せた。
すると次の瞬間、ニコラグーンは足の裾に飛び散ったみずきの吐き血を舌で舐り始めた。
その不快な行動を前に、みずきは再びニコラグーンの元へ飛び出そうとするも、先程の重い蹴りによる傷跡からしばらく体が言う事を聞かなかった。
「ぬるい……非常に生ぬるい……こんな事では、先程まで1人必死に戦っていた神童沙耶さんの努力が浮かばれませんね……貴方もそう思いませんか、潮見風菜さん?」
突然風菜の名を口にすると、ニコラグーンはその場から僅かに体を逸らした。
瞬間、彼の目の前には残像を残す程のスピードでこちらへと飛び出してきた風菜の姿が見えた。
不意打ち気味に、風を切る猛スピードで飛び蹴りを仕掛けた風菜であったが、その攻撃は無情にもニコラグーンにあっさりと回避されてしまった。
(此奴、アッシの攻撃を最小限の動きで躱しおった……明らかに余裕の態度、あの速度が見えるというのか……化け物め……!)
「いいですね、その如何にも絶望したって表情……全く最高ですよ。そんな顔されては、私もますます欲しくなってしまいます……!!」
風菜の攻撃を華麗に回避したニコラグーンは、そのまま肩を竦め背を丸めた。
と、次の瞬間、ニコラグーンの背後から突如大量の鎖が出現し、それらが一斉に風菜目掛けて一直線に飛び出してきた。
大量鎖は風菜の四肢に纏わり付き、彼女の体を強く締め付けた。
「ぐ……ぬああ……ッ!!!」
「どうです?これまでにない、ジワジワと体を蝕まれていく感覚は?……見ている側としては、このまま絞め殺してしまいたくなるほど素敵な眺めですよ……」
無慈悲な攻撃に、風菜のか細い手足はミシミシと音を立て小刻みに震えていた。その様子を見て、ニコラグーンは嬉しそうに笑みを浮かべた。
だが、そんな不気味なニコラグーンに風菜は怯むことなく、それどころか、苦しそうに額に汗を浮かべながらも尚、彼にニヤリと笑みを返したのだった。
その彼女の様子に違和感を覚えたニコラグーンは、思わずその表情を歪めた。
「……なるほどのぅ。アッシのような幼気な美少女の苦しむ姿が絶景とは、お主、どうしようもない鬼畜変態野郎じゃな……じゃがな、いつまでもお主にいい思いをさせてやるほど、アッシは安い女ではないんでの……一度掴んだこの鎖、そう簡単には手放さんぞ……!!」
そう言うと血を滲ませながら、風菜は自らを縛る鎖を握り締め、それらを強く引っ張り、抑え込んだ。
「飛び道具は抑えた!今じゃ、みずきッ!!」
風菜の上げた声を合図に、みずき達は再び動きす。
「息吹!補助を!」
「……ッ!!……わかった!」
みずきの一言に、息吹もまた急いでライフルを構えた。
その銃口にみずきが足を掛けると同時に、息吹は引き金を引いた。発射された空砲と共に、みずきの体は勢い良くニコラグーンの方へと吹っ飛び、その状態で彼女は拳を振りかぶった。
「ちぃっ……!」
想定外の行動に小さく声を漏らしながら、鎖を風菜の手によって封じられたニコラグーンは咄嗟にみずきの攻撃を素手で受け止めた。
ビリビリと痺れるような感覚に、妙な快感を得る。
「……みずきに気を取られすぎて、こっちの注意が疎かになっておるぞ!!」
「なっ……潮見風菜!!?いつの間に私の背後へ……!?」
みずきの拳を受け止めた次の瞬間、突如聞こえてくる声にニコラグーンが振り向くと、目の前には風菜の姿があった。
相手の注意がみずき向いている隙を見計らい、風菜は鎖から力尽くで脱出し、そのままニコラグーンの元へと飛び出していたのだ。
不意を突く攻撃に反応が遅れ、突っ込む風菜の膝蹴りがニコラグーンの顔面に直撃する。ボタボタと血を流しながら、ニコラグーンは足取りをおぼつかせた。
「ぐっ……い、いい……実にいいですねぇ。少しこたえましたよ……でもまだ、まだ足りない……これは、私も久々にひと暴れできそうだ……!!」
額から流れ出る血を手で抑えながら、フラフラと体を揺らすニコラグーンは依然ニヤニヤとその不気味な笑みを浮かべていた。
と、その時、傷を負ったニコラグーンに追い打ちをかけるように、大量の魔道ミサイルが彼に向かって打ち込まれた。
ニコラグーンとみずき達が交戦していた地点から遥か後方、そこには、沙耶を抱きかかえながら杖を構えるユリカの姿があった。
「”援護も任せて”と言ったはずですわよ……!」
ユリカの放ったミサイルにより、周囲は爆風と共に舞い上がる煙に包まれた。
遠距離からの猛攻に、流石のニコラグーンも大きなダメージを受けたのか、辺りにはしばらく静寂な時が流れた。
「や、やりましたの……?!」
「おい、ユリカ!!その露骨なフラグはやめろッ!!」
みずきの言葉通り、次の瞬間、そのわかりやすすぎる伏線はあっさりと回収された。
倒れた沙耶を庇うため、みずき達から遥か後ろへ距離を取っていたはずのユリカの背後、そこには”何か”があった。
そのドス黒い”何か”の気配に、ユリカは恐る恐る背後を振り返った。
彼女の目の前には、先程までミサイルの煙に包まれていたはずのニコラグーンの姿があった。
ニコラグーンはこちらへと向かう動作や素振りを一切見せずに、まるで瞬間移動の如くユリカの背後へと回り込んでいたのだ。
しかも、明らかに何かが違った。
先程までのニコラグーンよりも遥かに邪悪で悍ましい気配、深い深い闇に、ユリカの目の前は真っ暗になった。
まるで全神経を凍らされたかのような、圧倒的恐怖感がユリカの中で渦巻いた。
(あっ、これは本気でヤバイ気が……)
最悪の事態がユリカの脳裏に過ぎったその時、突如、闇を纏ったニコラグーンの手のひらから謎の光が出現した。
手のひらで輝く閃光は、やがてその輝きを増し、ユリカを、沙耶を、みずきを、風菜を、息吹を、町全体を飲み込んでいった。
―運命改変による世界終了まであと95日-
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