第109話 魔道生物キメラ

 ∞




 夢を……夢を見ていました。

 なんだかとても長い夢を……。



 ……以前みずきが観てたアニメの影響か、少し変な口調になってしまった。


 夢の中は冷たく、何も感じない。


 ただ、どこかで聞いたことのあるような男の声だけが小さく聞こえてくる。



『………………………………………。』



 いつもこの夢だ。

 これ以外の夢を見た記憶がない。



『………………………………………。』



 何を言っているのか全くわからない。


 いつも見ている夢だけど、"彼"の言葉がハッキリと聞こえたことは一度もない。


 ほら、今日だって何も…………



『……ざめよ…………』



 ……えっ。



『……目覚めよ……ニューン……"使命"を……』



 聞こえる……男が……僕の名を呼んだ……!


 でも何故だろう……声がハッキリと聞こえた瞬間、恐ろしく不安に駆られる……直感的に、この言葉を耳にしてははいけないと、肉体が男の言葉を拒絶する……。



『使命を……使命を果たせ……』



 おかしい……何かがおかしい……!僕の中で……何かが壊れる感覚……!


 やめろっ……うるさい……うるさい……!!消えろ……消えろ……!!頭の中から出て行けぇ……やめてくれぇぇぇぇぇーーーーッ!!!!



 みずき、風菜、息吹、沙耶、ユリカ……僕は……僕は……っ!




『魔法少女達を"ここ"に連れて来い』




 ___________データを更新しましタ。


 了解でス。マスター。




 <<



 薄っすらと光を放つ燭台が照らす長い廊下に、1人の少女の影が映る。夜のしじまにコツコツと小走りに駆ける彼女の足音が辺りに響き渡った。


 と、少女が向かう廊下の先、そこには、燭台の光に彩られた洋風な廊下とはあまりにも掛け離れた巨大な"機械仕掛けの扉"がどっしりと構えられていた。


 額に汗を浮かべる彼女は部屋のドアノブに手をかけると、一度乱れた呼吸を整え、力強くその大きな扉を開いた。



「何事ですの?!こんな夜中に、一体何があったというのですか!!」



 張り上げられたユリカの声が、LDMの司令室に響き渡る。


 その声に、慌ただしくしていた作業員達の動きがピタリと止まり、彼女に視線が集まった。



「ワタクシが自室で趣味のBLぼ……おっと、失礼……読書に没頭している時に緊急事態発生の連絡を受けましたわ!様子を見に来てみればこの騒ぎ……一体、何が起こっていますの?!」



 一瞬言葉を濁しながらも、ユリカは真剣な眼差しで辺りを見渡した。その視線の先に、司令室の中央に立つ東堂、アーベラ、小坂の3人の姿が映る。


 と、彼女の言葉に対し、東堂は言いづらそうに苦い表情を浮かべながらも、ゆっくりとその重い口を開いた。



「……申し訳ございません、お嬢様。以前からお嬢様の指示で監視を続けていたニューン殿についてですが……率直に申し上げますと、監視任務に"失敗"致しました」


「なっ……なんですって!?」



 "失敗"……東堂が珍しく口にする言葉に、ユリカは驚きのあまり目を丸くした。


 彼女の反応を横目に、東堂は自らの不甲斐なさを心の底から噛み締めつつ、司令室のメインモニターを起動し話を続けた。



「こちらがレーダーの映像です。魔導生物専用の特殊レーダーを用いて彼の動きを探っていたのですが……午前0時32分、忽然とレーダーからニューン殿の反応が途絶えました」


「レーダーの反応が途絶えた……?瞬間移動で何処かに移動したわけではないんですの?」



 これまで、ニューンが固有能力である瞬間移動を使う場面を何度も目にしてきたユリカは、レーダーに反応がないのは一時的な移動が原因なのではないかと推測する。


 だが、彼女の言葉に、東堂は首を横に振った。



「いいえ、瞬間移動ならば移動先にニューン殿の反応が現れるはず……しかし、レーダーの反応は忽然と"消えた"のです」


「"消えた"……一体、どこへ……?」


「わかりません……彼が消える直前の反応を見ても、この時間、ニューン殿はいつも通り紅咲殿の部屋で寝ていたはずですが……一体、何が起こったのか我々にもまだわかっておりません」


「むむむ……捜査班!付近の防犯カメラ、衛星カメラの映像を確認してくださいまし!何か手掛かりが掴めるかもしれませんわ!それと、おそらく呑気に爆睡しているであろうみずきにも至急連絡を!」



 ユリカの指示を受け、LDMの作業員達は一斉に捜査を再開した。


 慌ただしい空気にユリカの不安が募る……考えを巡らせる中で思い付く最悪の事態に、ユリカは無意識に口元に運んだ親指を強く噛み締め、込み上げる感情をグッと堪えた。


 何か嫌な予感がする……早急に事態を解消させるべく、ユリカは次なる手を必死に模索する……。



 と、その時、緊張高まる状況の中で、一人の男性作業員の手がピタリと止まった。



「ほっ……報告!!レーダーに魔導生物……ニューンの反応を確認ッ!!!!」



 司令室中に響き渡るその声に、周りの視線は一斉に声の主である作業員の男に集まる。と、彼の言葉にユリカはハッと顔を上げると、男性作業員の方へ歩み寄る。



「本当ですの?!それで、反応地点は一体どこから……?」


「そ、それが……」



 肝心なところで作業員は口籠ると、迫るユリカから目を逸らした。


 明らかに様子がおかしい。動揺する彼の姿に、嫌な予感が加速する。


 そう感じながらも、ユリカは恐る恐る作業員の手元にあるモニターを覗き込んだ。



「こ、これは……?!」



 目の前の情報に、ユリカもまた動揺し、堪らず声を漏らした。


 レーダーが示す地点、それは……。





『はい、残念っ!気づいたところでもう手をくれさ……白爪ユリカ!』




 その時、突如司令室に鳴り響く"男の声"に、辺りの空気が一変した。


 軽い口調だが、その裏にどこか冷酷さを潜めた不気味な声。聞き覚えのあるその声色に、ユリカはゆっくりと声の鳴る方へ顔を向ける。


 と、彼女の視線の先、そこには、フードを深く被り、目元を包帯で覆い隠した特徴的な姿の男が立っていた。



「ナイトアンダー……!?」



 ユリカが彼の名を口にすると、ナイトアンダーは嬉しそうに両手を広げ、気さくに話し始めた。



「やあ、また会ったね!と言っても、今日は俺から出向いてるわけだけど……ははっ!」


「どうやってここへ……?!セルクリーチャーの襲撃以来、闇の使者の侵入を防ぐために本部のセキュリティーをより強化したはずですのに……!?」


「しっかしまあ、君達魔法少女の拠点がこんなにも辛気臭いところだったとはねぇ……厳重なセキュリティー、分厚い鉄の壁、こんな地下深くに居て息つまんない?」


「貴方、少しはワタクシの話をお聞きなさいッ!!」



 どうにも噛み合わない会話に痺れを切らし、ユリカは堪らず声を張り上げる。


 耳にキンキンと鳴り響く彼女の声に、ナイトアンダーはダルそうに肩をすくめると、小さくため息をつき、その後再び不敵な笑みを浮かべた。



「やれやれ、そうカッカッするなよ……実際のところ、もうわかってんだろ?」


「…………ッ!!」



 ナイトアンダーの一言に、ユリカの肩がピクリと反応する。


 冷たい汗が頬を伝う……顔色を悪くする彼女を尻目に、ナイトアンダーは淡々と話を進めた。



「確かにここはよく出来た隠れ家だ。特殊なセンサーやらカメラやらが仕掛けまくられてて、侵入したネズミを一発探知!脳なしの魔道生物は愚か、俺ですら誰にもバレずに侵入するのはまず不可能だな……でも、いるだろ?1匹だけ。本部に入ってもセキュリティーに引っかからないよう"対象外"にしてる"魔道生物"が……!」



 その瞬間、ユリカの嫌な予感が、最悪の形で現実となった。


 ナイトアンダーの足元からそっと顔を覗かせる小さな影……宙に浮くモフモフとしたその姿を、忘れるはずがない。



「ニューン……っ!!」



 目に映ったのは、紛れもなくこれまで時間を共にしてきた"仲間"……ニューンの姿だった。


 疑いはあった。だが、そうであって欲しくないと願っていただけに、突きつけられる現実に、ユリカの中で何かが崩れる音がした。


 ユリカだけではない。東堂に小坂、アーベラ……ニューンをよく知る誰もが、目の前に広がる光景に思わず目を伏せたくなった。



「ニューン……貴方、本当にワタクシ達のことを……?!」


「…………」



 ユリカの問いかけに、ニューンは沈黙する。


 表情一つ変えることなく、"色"を失った瞳でただ一点を見詰めるだけだった。



「……ニューン?」


「…………」



 ユリカが何度問い掛けようとも、ニューンは一切反応を示さなかった。


 様子がおかしい。


 人形のように静かに、ただ、虚無を見詰めるその姿は、まるで誰かに操られているかのような…………。



「……っ!!許せませんわ……貴方、一体ニューンに何をしたんですのッ?!」



 震える拳を強く握り締め、ユリカはナイトアンダーに怒号を放つ。


 だが、そんなユリカの言葉にも全く動じることなく、ナイトアンダーは怠そうに首を左右に揺らしながら終始不気味な笑みを浮かべるばかりだった。



「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。別に催眠術かけたとかそんなんじゃねーよ……ただ、"元に戻して"やっただけさ……!」


「元に……戻す……?」



 動揺するユリカのその表情を嬉しそうに眺めながら、ナイトアンダーは話を続ける。



「ああ、そうさ。元々こいつに記憶や感情なんてものは存在しない……全ては君達を信用させるための"作り物"!"偽りの心"!所詮、こいつは"奴"の道具にすぎないのさ!何もない!空っぽなんだよ、こいつは……!」



 まるでナイフのように鋭く尖った言葉の応酬に、ユリカの心が切り裂かれる。


 話の全貌が見えない。


 だが、彼女の中で、共に過ごした"仲間"との思い出が、徐々に霞んでいく感覚が堪らない恐怖となって襲い掛かる。



「作り物……偽り……ニューン、貴方は一体……?」



 震える声を懸命に絞り出すと、ユリカはニューンに向かってゆっくりと手を伸ばす……。




-ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!-




 刹那、突如激しい音と共に地面から噴き出した"闇の柱"が、ニューンとユリカの間を遮るように彼女の体を覆った。



『お嬢様……ッ?!!』



 東堂、小坂、アーベラ、三人の荒げる声が重なり合い、辺りに響く。


 そのあまりに突然の出来事に、その場にいた全員が足を竦ませ、ただ呆然と目の前に広がる光景を見つめることしか出来なかった。



「白爪ユリカ"捕獲"……魔法少女も変身さえしなければ案外ちょろいもんだね……あはははははっ!!」



 不快に響く笑い声と共に、やがて闇の柱は東堂達の前から姿を消す。と、同時に、闇の中に囚われていたユリカの姿もまた、跡形もなく消え去った。


 咄嗟に東堂が辺りを見渡すも、基地内にはユリカの姿は愚か、ナイトアンダーやニューンの気配すらもう感じられなくなってしまっていた。



「そ、そんな……お嬢様……ユリカお嬢様ァーーーーーーーーーーッ!!!!」



 不覚、怒り、絶望……様々な感情が入り混じる叫び声が、基地内に鳴り渡る。


 それは長く長く尾を引きながら、やがて虚しく消えていった。





 ―運命改変による世界終了まであと50日-



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしも魔法少女5人が全員オタクだったら ニカイドン @nikaidon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ