第20話 ギャルゲーならたぶん息吹が一番難易度高い



「や、やっと家に着いた……」



 まさかよく知らない公園に一人置き去りにされるとは……道を模索しながらの帰宅に、夜はすっかり深まってしまっていた。



「……ただいま」



 玄関のドアを開け、ボクは囁くような声で言った。

と、その瞬間、廊下にドタドタと忙しない足音が響き渡った。



「お姉ちゃんどこ行ってたの!?心配したよ……」


「ごめん……」



 息を切らせ詰め寄ってくる悠人に、ボクはまたすぐ謝ってしまった。



「もう……お風呂沸いてるから、早く入って来なよ」


「は、はい」



 意外にもあっりとした反応。


  これも出来のいい弟の対応というものなのだろうか……もっとどやされるんじゃないかと心の中で思っていた分、ホッとしながらボクは脱衣所に向かった。




 長い黒髪を丁寧に洗い流し、浴槽へ足をつけ入れる。

 それからゆっくりと体を湯船に沈め、肩までしっかりと温める。


 傷跡が少ししみるものの、疲れが湯の中に溶けていくような感覚に心が癒されていく。



  そして、一息つくたび今日の出来事が頭の中を駆け巡った。


  憎悪に支配され破壊衝動に駆られる感覚、殴り殴られ気持ちが異常にまで高ぶったあの瞬間、全てが終わった後最後に眺めた夜空の美しさ……あまりの情報量の多さに、頭がパンクしそうになる。



「また明日……か……」



 自分自身で放ったこの言葉が、頭にぼんやりと浮かんだ。




 寝巻きに着替えると、バスタオルを肩から羽織った状態でそのまま食卓へと向かった。そこには悠人が暖かい食事を並べ、ボクを待つ姿があった。



「え、まだ食べてなかったんだ……」


「お姉ちゃんが心配で、ご飯食べてる余裕なんてなかったよ……電話しても全然出ないし」



 あれだけのことがあったんだ、携帯なんて言われるまで存在を忘れていた。

  そういえば、魔法少女に変身している間、携帯や他の持ち物は一体どこへ行っていたのだろう……


 そんなことを考えながら、ボクがテーブルの前で立ち尽くしていると、悠人は立ち上がり、突然申し訳なさそうな顔で頭を下げた。



「今朝はごめんね、お姉ちゃん。突き飛ばしたりなんかして……その事をずっと謝りたかったんだ」


「い、いや、そんな事気にしなくていいって。それに、アレはボクがどうかしてただけだし……」



 本当は自分が一番気にしていたくせに……ボクは少し照れくさくなって、頬を人差し指で掻いた。それを見て、悠人がクスリと笑った。



「ん、今何で笑った?」


「いや……口数は相変わらず少ないけどさ、何となく……何となく、お姉ちゃん明るくなったなって思って」


「そ、そうかな……?」


「うん、何かいいことでもあった?」



 そう悠人に言われて、ボクはハッとした。

 しばらく考え込むと、顔からは自然と笑みがこぼれた。



「……秘密」


「えぇー、何だよそれー」


「ふふ……」



  何で今まで気づかなかったんだろう。


 お母さん、父さん、そして悠人……ボクはたくさんの愛を受けてきたんだ……いつの間にか躍起になって、自分を見失って……でも、それに気付かせてくれたのは紛れもなくみずき達だった。



「……まあ、とりあえずご飯をいただくとしようか」


「そうだね。では、手を合わせて……」



 互いに息を合わせ、いつものあのセリフを口に出した。



「「どんなに辛いことがあっても、前を向いて歩いて行けば必ず笑顔になれる……いただきます」」



 ありがとう……みずき……




>>


 建物が崩れる激しい破壊音に、辺りは包まれた。


 川崎市に突如出現した魔導生物は、体に付いた多数の触手を振るい、みずき達を翻弄させていた。



「くそ、前にゴッドフリートが送ってきた奴の亜種かよ……あー、相変わらずこの触手うぜぇぇぇぇぇ!!」



 掴みどころのない触手の動きに、みずきはイライラを隠せないでいた。



「!?……みずき、危ない!!」


「へっ?」



 風菜の声に反応しみずきが振り向いたその時、いつの間にか頭上から魔導生物の触手が急接近していた。



「う、うわあああああっ!!!」



  急いで回避態勢をとるも間に合わない。


  みずきが咄嗟に目を瞑った次の瞬間、



”ドガアアアアアアアアンッ!!!”



  突如、頭上から凄まじい轟音が鳴り響いた。


  みずきが上を見上げると、先程まで間近にあったはずの触手は、煙を出して木っ端微塵に吹き飛んでいた。


 その様子を見て、みずきは思わず口角を上げた。



「へっ、ちょっと遅かったじゃねーか……息吹ぃ!!」



  みずき達よりも後方、そこには屋根の上でライフルを構える息吹の姿が見えた。



「みずきぃ!!いけええええええええっ!!!」



 ライフル越しに、息吹はみずきの名を大声で叫ぶ。その声に応えるように、みずきは魔道生物の元へと一気に駆け込んだ。


 本体に接近しようとするみずきに、魔道生物の容赦ない攻撃が襲いかかる。


 しかし、みずきを捉えようとする触手を息吹が的確な射撃で射ち落していく。



 完璧なサポート…… いける。息吹が一瞬気を緩めたその時、予想外の動きを見せる触手に、息吹の魔道弾が一発だけ外れた。



「しまった!!?」



  ほんの僅かなミス。しかし、この僅かな気の緩みが命取りとなる戦いに、息吹は思わず目を伏せた。



「顔を上げい!息吹!!」


「えっ」



 突如聞こえてきた風菜の声に、息吹は顔を上げた。


 瞬間、走っていたみずきを抱きかかえ、ギリギリのところで触手の攻撃を回避する風菜の姿が目に飛び込んできた。



「息吹、お主にしか出来ぬことがある。失敗を恐れるでない!お主のミスはアッシがカバーする。それが仲間ってもんじゃろ?だから……思いっきりぶちかましてやれい!!!」


「風菜……うおおおおおおおおおッ!!!」



  風菜の言葉に、息吹は声を張り上げながら魔道弾を撃ち続けた。


 みずきは息吹を、息吹は風菜を、互いを信じて突き進んで行く感覚に、息吹は何とも言えない心の高まりを感じていた。


 みずきを抱きかかえながら高速で移動する風菜の後ろ姿が、驚くほどたくましく思えた。



「みずき、これで……決めるのじゃあ!!」



 ある程度まで距離を縮めると、風菜はみずきを魔道生物の元へ思い切り投げ捨てた。



「うおおおおお……アルティメット・ブロオオオオオオウ!!!」



 勢いよく振りかぶったみずきの拳が、魔道生物の本体に突き刺さる。

 苦しそうな鳴き声を上げ、魔道生物は灰となり姿を消した。



  宙に浮いていたみずきは、そのまま勢い余ってアスファルトの地面に背中を強くぶつけた。



「いっ……てええええええ!!!あ〜、絶対背骨イったわこれ……魔法少女に変身してなかったら死んでたパターンだ……おい、風菜ァ!!強く投げすぎなんだよ!!」


「はは、悪かったのう」



 ヘラヘラと笑いながら、風菜は倒れたみずきを引っ張り起こす。

  そして、楽し気に話す二人の元へ、息吹も近づいて来た。



「息吹……」


「か、勘違いしないでよね。別に、あんた達の仲間になったとかそんなんじゃないんだから!」


((な、何だこの唐突なツンデレキャラ……))



 予想外の息吹の言動に、みずきと風菜は顔を見合わせ対応に苦しんだ。

 その空気を察知して、息吹もまた苦い表情を浮かべた。



(あ、あれ、もしかして掴みミスった……!?いやでもこういうキャラの方が友達の枠に入りやすくて良いってネットに書いてあったし……)



  一人困惑する息吹の顔を見て、みずきはフッと笑みを浮かべ、彼女の前に手の平を差し出した。



「えっ、これって……」


「握手、あの時ゴッドフリートの野郎に邪魔されて出来なかっただろ?これからよろしく頼むぜ、相棒!」


「え、あ、えっと……よろしく、お願いします……」



 息吹は恥ずかしそうに顔を赤らめてみずきの手を握った。


  直接伝わる人の温かさに、息吹の鼓動が高鳴る。

  手を繋いだまま、二人はお互いに顔を見合わせ、ニッコリと笑顔を見せ合った。


  心地の良い爽やかな風が辺りを吹き抜けた。




>>


 とある大きな洋館の中、本に囲まれた部屋。ステンドガラスの窓を背景に、少女は高価な椅子に腰掛け紅茶をひとくち口にした。


 部屋の中は暗く、唯一ランタンの灯りだけが部屋を優しく照らしていた。



「失礼いたします。お嬢様、例の件ですが、ご要望通り上手く方を付けさせていただきました」



 暗闇の中、タキシード姿の老人が顔を覗かせた。老人とは言ったものの、長身で体格も良く、気品な態度はまさにナイスミドル……と表現するのが正しいであろう。



「おお!流石ですね、東堂。ご苦労でした。これでようやく朝霧も終わりですわね。あの男、以前からどーにも気に食わなくて……おっと失礼、取り乱してしまって。細かい後処理に関しては、まだ本人達にワタクシ達の存在を隠しておきたいということもありますので、保留もしくは息吹さんの親戚を通してなどして上手くやっておいてくださいな」


「承知しました、お嬢様」



 タキシード姿の老人、東堂から”お嬢様”と呼ばれていた少女は、話がひと段落着くと、透き通るほど美しい白い髪をなびかせて、背もたれに寄りかかった。

 机に肘を付けると、自然と台の上に乗ってしまうほど豊満な胸もまた彼女の特徴だった。



「……しかし、魔法少女というのもなかなか派手にやってくれますわね……後ろ盾しているこちらの苦労も少しは考えて欲しいものですわ」


「では、そろそろ我々も魔法少女達との接触を……」


「いえ、その必要はありませんわ」


「と、言いますと?」



  東堂の発言を途中で止めると、白髪の少女は椅子から立ち上がり、胸に手を当てこう言い放った。



「真打というのは、最後に登場するものでしてよ。魔法少女が4人揃ったその時こそ、ワタクシ達の真の出番というわけです」



 少女が高らかに発言した瞬間、背後の窓から月の光が射す。その光はまるでスポットライトのように少女を照らした。


 月明かりに照らされた白い髪が、幻想的に揺れた。




 しばらくして、突然、朝霧グループの過去の不正がメディアによって報じられた。企業は解散、朝霧氏には正当な裁きが下されたのだった。







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