第22話 僕らを縛る学校という名の監獄

「キュアップラパパ、学校よ、消滅しなさい♪」


「いつまで現実逃避しとるんじゃ……ほれ、行くぞ」



 学校のチャイムが鳴り響く昼下がり。みずき・風菜・息吹の三人は制服に身を包み、校門の前で立ち尽くしていた。



「いや、そりゃいつかは行かなきゃなぁ〜とは思ってましたよ?でもまさかこんな急に脱不登校を強いられるなんて思ってなかったから!!そら現実逃避もしたくなるわ!!」


「やばい、チビりそう……」



 学校恐怖症を患った二人の足が小刻みに震える。

  久々の校舎を前に、みずきと息吹の心臓は爆発寸前まで高鳴っていた。



「はぁ……そういつまでもズルズル引きずったところで何も解決せんじゃろ。今行かずして一体いつ行く?こういうのは時間が経てば経つほど行き辛くなるもんじゃぞ」


「そりゃそうだけど……」


「わかったのならさっさと行く!あんまりしつこいようなら、ニューンのテレポートで教室まで強制連行という形に……」


「あーあー、わかったわかった!!行きゃあいいんだろ!?」



 風菜に腕を引っ張られながら、みずきと息吹は渋々と門をくぐった。


 懐かしい香りに、気分が少し悪くなる。




>>


  久しぶりの学校、久しぶりの教室、久しぶりに会うクラスメイト……様々な思いが頭の中を駆け巡る。不安で胸をいっぱいにしながら、みずきは教室のドアの前で立ち止まった。



「……オーケーオーケー、こんな時こそ冷静になれ紅咲みずき。落ち着け……素数を数えて落ち着くんだ……」



  強がりを言うように、みずきは震えた声でブツブツと呟いた。廊下と教室との境目であるドアが、みずきにはとてつもなく巨大で悍ましい扉に感じられた。


  もう逃げたくない、だけどその一歩を踏み出す勇気が振り絞れない。


 押し寄せてくる目まい、じわじわと額から滲み出す冷たい汗に、みずきの思考は完全に停止していた。その時……



「……紅咲さん?」


「ヘアッ!!!?」



  突然背後から聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、みずきは肩をビクつかせながら思わず奇声を上げた。


 恐る恐る振り返った先には、歴史の教科書を抱えた一人の少女が立っていた。


 赤い眼鏡をかけた大人しめの少女、そんな彼女に、みずきは見覚えがあった。



「やっぱり紅咲さんだ!あ、私は同じクラスの神童沙耶(しんどう さや)……って言っても、ほとんど喋った事ないから覚えてないかもしれないけど」


(やべぇ、見た事あるぐらいで全然覚えてねぇ……てか私の名前覚えてるってことは、もしかして不登校の間やたら話のマトにされてたってことじゃ……)



  嫌な予感を感じ取り、より顔色が悪くなったみずき。

 そんなみずきを見て、沙耶は細く笑った。



「久々のクラスは少し気まずいよね……一緒に入ろっか?」


「あ、ああ……」



 全身を包み込むような優しい声に、みずきはただただ首を縦に振った。


  沙耶の差し出した手を握り、ゆっくりとドアの向こうに吸い込まれていく。

 その先で広がる眩い光景にみずきは目を細めた。




>>


「大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……彗星かな?いや、違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな」


「さっきからブツブツと何言っとるんじゃお主?」


「……要は疲れたってことだよ」



 長く苦しい授業という名の戦い終え、魔法少女三人は食堂のテーブルを囲みダラダラと放課後の時間を過ごしていた。


  冷えた缶コーヒーをグビグビと一気に飲み干し、みずきは死んだ魚のような目をしながらダルそうな表情を見せた。

 一方、同じく久しぶりの学校を終えた息吹もまた、同じようにダルそうな表情で頬をテーブルにへばりつかせていた。



「ほんと嫌んなるよ……教室入った途端、明らかに周りの視線がこっちに向いてくるし……」


「それな」


「ヒソヒソ話とか不思議と全部自分の悪口に聞こえてくるし……」


「それな」


「授業中暇すぎてなんかムラムラしてくるし……」


「それn……いや、流石にそれはねーよ」



 淡々と打たれる息吹の相槌も虚しく、みずきの発言が見事に辺りの空気を凍らせた。


 と、そんな微妙な空気が漂うの中、突如三人が囲むテーブルの上にニューンが出現した。相変わらずの神出鬼没っぷりに、みずき達は「また出た……」と言わんばかりの目でニューンを見つめていた。



「やあ魔法少女諸君。調子はどうかな?」


「……何?まさかこんなところまでわざわざ冷やかしに来たってわけか?」


「いやいやとんでもない、僕はただ君達の様子が気になっただけだよ。それに学校に来てもらったのは他でもない、いよいよ四人目の魔法少女について……」



「四人目の魔法少女は神童沙耶なんだろ。で、これからあいつの尾行でもすればいいのか?」



「……え、あ、いや……その通りなんだけど、何故神童沙耶が魔法少女だとわかったんだい?」



 自分のセリフを奪われことを少し不服に思いながらも、今話そうとしていた内容をみずきが全て理解していることに疑問を感じたニューンは思わず口が吃った。



「神童は私と同じクラスだったんだ。教室に入る直前で声をかけられた。その時ふと思っちまったんだよ……”あ、四人目の魔法少女絶対こいつじゃん……”って」


「……要は勘で四人目を言い当てただけじゃろ?」


「まあ、このタイミングでそれっぽい人物が出てきたら、”とりあえず追加戦士かな”と疑う気持ちはボクでも何と無くわかるが……」



 風菜と息吹からの的を得た返答に、みずきは思わず顔を掻いた。


 しかし、一見ただの偶然にも思えるこのみずきの発言に、ニューンは強い関心を持っていた。



(偶然……なのか?いや、みずきは既に少数人にのみ宿る微量の魔力・魔法少女としての才を感じ取ることが出来るようになっていた可能性も考えられる。本人は自覚していないようだけど……全く、彼女にはいつも驚かされるよ)



 そんなことを考えながら、ふと仲間に囲まれたみずきの姿を見て、ニューンは薄っすらと笑みを浮かべた。



「……で、その四人目の魔法少女って奴は今どこに?」



 話を切り替える息吹の問いに、みずきは肘をつきながら答えた。



「なんか今日の放課後は友達とカラオケ行くんだとさ」


「ほう、魔法少女候補の割にはなかなかに青春しておるのう……しかし、よく知らない人間にそんなことを聞き出せるほどお主のコミュ力は高かったかのう?」


「いや、休み時間に湧く人の群れの中からたまたま聞こえてきただけで、私は自分の机からほとんど動いてない……」


「「あっ……(察し)」」



 表情に影を作りながら半笑いで話すみずきの姿を見て、風菜と息吹の脳内にはみずきの休み時間の様子が鮮明に過ぎっていた。


 こうして、魔法少女達の放課後ティータイムは妙な空気に包まれながら幕を閉じた。





―運命改変による世界終了まであと101日-


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